こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
本日の【漫画描写で学ぶ医学】は、福本伸行先生『賭博覇王伝 零』、なかお白亜先生『麻酔科医ハナ』、弘兼憲史先生『課長 島耕作』の3作から、適切な心臓マッサージと一次救命処置に関する解説です。
それでは、順番に解説していきましょう!
賭博覇王伝 零
『賭博覇王伝 零』は、ギャンブル漫画の天才、福本伸行先生の筆が乗りに乗っていた時代に描かれた傑作です。
特に第一部は全8巻とすっきり終わっており非常に読みやすく、自信を持ってお勧めできる作品です。
…ギャン鬼編(第二部)についてはノーコメントとさせて頂きます。


世界中の大富豪が集まり、世界の王者を決めるためのギャンブルが行われるという設定で話は始まります。
その日本代表である在全無量(総資産3兆円以上)の代打ちを決めるため、
主人公の宇海 零(うかい ゼロ)など頭脳明晰な猛者たちが集められます。
建設中の遊園地「ドリームキングダム」を特別仕様に改装し、
その中で行われるギャンブルに勝ち上がった者だけが在全様の代打ちの権利を得られる、というストーリーです。
ギャンブルの内容は非常に苛烈で、負けると指を一本失う「ジャックルーム」、死亡率75%の「クォータージャンプ」など、命を賭けることすら珍しくない内容ですが、どのギャンブルにも模範解答があり、正答を導き出せば生き残れるようになっているため、良質な謎解きゲームをしているような気分になる素晴らしい作品です。
そんな中で、零が友人のユウキ、ヒロシと3人で挑むギャンブルが「迷宮のトライアングル」です。

殆ど何の説明もされないまま、3人は奇妙な三角形の小部屋に入れられます。

ヒロシは柱に拘束された後、透明な円筒に閉じ込められ、円筒内に注水が始まります。
「部屋は全て同じ。君たちは何…?」という問いに30分以内に答えられなければヒロシは溺死してしまうというルールです。
また、30分まで行かなくとも25分ほどで鼻の高さまで水が溜まり、呼吸も不可能になります。

この解答を導くまでの過程がまた非常に面白いのですが、ともかくこの難問を零は制限時間の30分となる寸前で正答し、ヒロシの拘束が解かれます。
しかし数分間の溺水で既に心停止に至っているヒロシ。
零はただちに心臓マッサージを開始します。


ユウキは人工呼吸を提案しますが、零は「それは気休め程度の効果」「心臓マッサージが優先される」と解説しつつ蘇生を続け、見事息を吹き返すのでした。


心肺蘇生
さすがは零、一次救命処置の基本がしっかり頭に入っていますね。
日本蘇生協議会(JRC)が2020年に発行した最新のガイドラインによると、
意識がなく呼吸もしていない時の一次蘇生処置としては、119番の通報とAEDの用意、
そしてただちに「胸骨圧迫(心臓マッサージ)30回」と「人工呼吸2回」を繰り返すことが推奨されています。
(出典:日本蘇生協議会ガイドライン2020)
但し書きとして、
訓練を受けていない市民救助者は,胸骨圧迫のみの心肺蘇生を行う.訓練を受けたことがある市民救助者であっても,気道を確保し人工呼吸をする技術または意思がない場合には,胸骨圧迫のみの心肺蘇生を行う.
と記載されています。
実際、正しい人工呼吸って結構難しいのです。
しっかり訓練を受けた医療従事者ならともかく、一般人が突然このような場面に遭遇して適切な人工呼吸を行うのは不可能と言い切ってもいいほどです。
それで心臓マッサージの手が止まるくらいなら、救急隊とAEDが到着するまで心臓マッサージを全力で続けましょう。


胸骨が5cm沈むくらい(普通の体格の人ならほぼ全体重かけるくらいの強さ)、
1分間に100~120回のリズムで絶え間なく行います。
余談ですが、我々医療者は『「アンパンマンマーチ」と同じ速さで押せ』と教わることが多いです。
Googleで「胸骨圧迫」で検索すると「胸骨圧迫 アンパンマンマーチ」が候補に上がる程度には有名なネタですね。
それにしてもBLS(一次救命処置)がここまで完璧に頭に入っており実践もできる高校生、零は流石というほかありません。
ただし、実際には心肺蘇生の直後というのはものすごく危険な状態なので、ただちに病院に送るべきです。
ヒロシのようにしれっとギャンブルを続けてはいけません。

麻酔科医ハナ
適切な心肺蘇生の例として次にご紹介するのは、なかお白亜先生『麻酔科医ハナ』です。
主人公の麻酔科医・華岡ハナは作中冒頭、麻酔科医の激務に嫌気が差し、居酒屋で同僚たちと管を巻いていました。
その隣の席で酔った男がハナに絡み始めたかと思えば、突然男は意識を失います。



なんと心停止しているようです。
そうはならんやろ。

卯月が救急車とAEDを手配する横で、ハナは心臓マッサージ、浅野目は人工呼吸、いつきは輪状軟骨圧迫を開始します。
そうこうしていると救急隊が来て除細動を開始。

「…いったいアンタたち なにモンだ?」の問いに女性陣3人が答えます。
「麻酔科医ですっ!!」

こんな健康そうな若い男が突然心停止し、
たまたま隣の席に麻酔科医が4人いて適切な処置をする、
ついでにサービスシーンも忘れない。
細かな考察が野暮にすら感じる都合の良すぎる展開と、
無駄なものを徹底的に削ぎ落としたスピード感はもはやF1の域です。
編集者からの指示による大人の都合が見え隠れする、模範的な新連載の冒頭と言えます。
ちなみにこのエピソード以降の麻酔科・外科描写は非常にしっかりしています(微妙に古いけど)ので、良質な医療漫画として十分に楽しめるものとなっています。
興味のある方は是非読んでみて下さいね。
医師が行う一次救命処置
ツッコミはさておき、このエピソードは一次救命処置と新連載の見本のような展開です。
意識消失、呼吸微弱、心停止を確認。ただちに119番通報とAEDの手配を行い、同時に心臓マッサージと人工呼吸を施し、手の空いた研修医に輪状軟骨圧迫を担当させる。
模範的と言ってもいいでしょう。
さて、「輪状軟骨圧迫って何?」と思われた方も多いと思います。
これは簡単に言うと、喉のあたりにある気管の軟骨(輪状軟骨)を押しつけることにより、胃の中にあるものを吐くのを防ぐために行っています。

現場は居酒屋ですし、胃の中には食べた物や胃液が入っているはずです。
これが逆流して気管に詰まってしまうと気道閉塞や誤嚥性肺炎といったものが起きてしまいますし、何より嘔吐してしまうと周囲が大変なことになりますので、そういった被害も防げるわけです。
これも正しく行うのは結構難しいのですが、麻酔をかける時にはよく行われる手技なので、いつきに担当させるのは理にかなっています。
もっとも、心臓マッサージと人工呼吸に比べれば重要度は低いですし、正しい心臓マッサージはかなり疲れるので(2~3分でも相当しんどいです)、私がハナの立場ならいつきと交代で心臓マッサージをするでしょうね。
課長 島耕作
最後にご紹介するのは弘兼憲史先生『課長 島耕作』です。
言わずと知れた長期連載作品で、週刊モーニングでは『クッキングパパ』と並び称される顔のような作品ですね。
息をするように女性を抱くことに定評のある初芝電器の課長・島耕作が、国内はおろか世界各地を飛び回りながら出世していき、日本中・世界中の女性を抱きまくるという、サラリーマンの夢を具現化したかのような存在です。
そんな島ですが、社長の愛人である馬島典子を抱いていたところを社長に見咎められ、直後に京都にある電熱器事業部への転勤を命じられます。

かと思えば、小料理屋を営む美人店主、鈴鴨かつ子と良い仲になったりと下半身も精力的でした。
要するにいつもの島耕作です。

そんな島の京都での上司が、事業部長の蔵重俊一です。

彼は目立った功績も無いもののスキャンダルも無く、スルスルと出世を重ねて常務にまで昇り詰めた男です。
ところが実際には、蔵重は行きつけのお茶屋「西紋」おかみのフクさんと愛人関係にあります。

※この漫画に出てくる重役には8割くらい愛人が居ます。そのうち半分くらい島耕作が抱きます。
ある時、系列販売会社の社長3人の接待に「西紋」を利用することになるのですが、
その社長らはあまり品の良い人間ではなく、野球拳を強要したり、
芸者さんの身体を触る、三味線で軍歌の伴奏をさせる等、やりたい放題です。

怒りと屈辱のあまり裏で涙するフクさんですが、突然胸の痛みを訴えます。

蔵重さんによると、フクさんは狭心症の既往があるとのこと。
救急車を呼び、病院へ付き添います。


その車中、フクさんは突如として意識を失います。
蔵重さんは救急隊員に声をかけましたが、既に脈はありませんでした。


救急隊員が死亡時刻を確かめようとしたところを蔵重さんが咎め、
「…脈がなくてもまだフクさんは死んどらんのや」
と涙を浮かべました。

…はい、零とハナの適切な対応を見たあとだと分かりやすいですね。
この救急隊員の対応は論外オブ論外です。
病歴をまとめると、狭心症の既往がある人が、胸痛を訴えたあと突然の心肺停止に陥ったという状況です。
これは心筋梗塞により心室細動を起こした可能性がきわめて高いですね。
細かいことは割愛しますが、これはAEDや除細動器などで「除細動」という電気ショックを与えれば高確率で蘇生します。
劇中の1988年にAEDはありませんし、当時の救急車内に除細動器が設置されていたかまでは調べられませんでしたが、それでも少なくとも心臓マッサージだけは絶対にするべきでしょう。

救急車内で心肺蘇生を行い、病院に着いたら速やかに除細動を行えば、フクさんが助かった確率はそれなりにあるはずです。
そもそも救急車内では、患者さんの急変に備えて、隣に必ず救急隊員が一人付き添うものです。
救急車を呼ぶほどの事態なわけですから、救急車内で急変する可能性は大いにあるわけです。
にも関わらずこの名も無き救急隊員は、蔵重さんに呼ばれるまで患者さんを見もせず、
しかも心肺停止を確認した後、ただ時間を確認しただけ。
とても救急車に乗っていい人間とは言えません。
もし私がこの救急車を受け入れた当直医の立場なら、確実にクレームを入れるでしょうね。
まとめ
以上、宇海零と華岡ハナと名も無き救急隊員から学ぶ、心臓マッサージと一次救命処置でした。
漫画オタク歴≒年齢の私ですが、まさかこの三人を一緒に取り上げる記事を書く日が来るとは思いませんでした。
ここまで長く一次救命処置についてお話ししてきましたが、
医療従事者でもない限り、目の前で人が倒れた時の対応を完璧に頭に入れておく必要はありません。
とにかく一刻も早く119番通報をすることを覚えておきましょう。

119番の電話の向こうにいる人はプロですから、救急隊員が到着するまでに行うべき心臓マッサージやAEDなどについても指示してくれます。
心肺蘇生は最初の数分が運命を決めます。
とにかくまずは119番!これだけ覚えておきましょうね。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
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