こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
本日の【漫画描写で学ぶ産婦人科】は、藤崎竜先生『封神演義』より哪吒の出生にまつわるエピソードです。
『封神演義』は紀元前11世紀の「殷」「周」時代の中国の物語で、史実の殷周革命を背景に、特殊能力を使えるアイテム「宝貝」(パオペエ)を操る仙人たちの戦いを描いた中国の古典作品を藤崎竜先生が少年漫画風に大胆にアレンジした名作です。

そんな『封神演義』メインキャラの一人、哪吒の出生について産婦人科医学的に解説していきましょう!
あらすじ

哪吒(なたく)は、主人公の太公望が物語序盤で仲間に引き入れた宝貝人間(アンドロイドみたいなものです)です。
穏便な人間が比較的多い主人公陣営にあって好戦的な性格と屈指の戦闘能力を兼ね備え、
無愛想ながら少年らしい純粋さを持った、本作品きっての人気キャラクターです。

陳塘関の総兵官である李靖の妻、殷氏は三人の息子(金吒・木吒・哪吒)を持つ母親ですが、その末子である哪吒は妊娠したまま3年6か月も出産することなく胎内にとどまり続けていました。
普段は明るく楽天的な殷氏も、さすがに「お腹の子は死んでいるのかもしれません」と心配します。

そんなある日、殷氏の夢枕に仙人・太乙真人が立ち、お腹の子が既に死んでいることを告げますが、
同時に女性のお腹に命を宿す宝貝「霊珠」を使います。


翌朝、殷氏に突然の陣痛が来たのち、出産します。
ところが産まれたのは赤ちゃんとは到底呼べない、ただの肉の塊でした。

落胆する李靖は肉塊を切って捨てようとしますが、
この肉塊の中から産まれたのが、宝貝人間・哪吒というわけです。

それでは、産婦人科医学の観点から哪吒と殷氏に起きたことを考えてみましょう。
子宮内胎児死亡
哪吒のように、不幸にもおなかの中で赤ちゃんが亡くなることは時に起きえます。
胎児が母体内で死亡することを「子宮内胎児死亡」(IUFD)といい、
その死児を分娩したり、分娩中に赤ちゃんが亡くなることを「死産」といいます。
妊娠22週以降では、約300人の妊婦さんに1人の割合で死産が発生するとされます。
しかも、その約4分の1は原因が不明で、子宮内胎児死亡の予知は困難なことが多いのです。
ちなみに、妊娠22週未満で赤ちゃんが亡くなった場合は「流産」と呼び、死産とは区別されます。
また、亡くなったとはいえ途中まできちんと成長してきたわけで、
死児は基本的に赤ちゃんの見た目そのままです。
では、哪吒のように死児がずっと胎内にとどまるとどうなるのでしょうか?
まず前提として、人間も動物も、
生きている(細胞が代謝をする)からこそ皮膚・筋肉・内臓の構造を保てているのです。

細胞が死ぬと、少しずつ体の組織が分解され、構造が保たれなくなっていきます。
こうした胎児の死後変化を「浸軟」と呼び、
強く浸軟が進めば体の形を保てなくなり、融解していきます。

そういった意味では、この肉の塊になってしまった描写は現実に即したものと言えます。
産まれるまでが長すぎる問題
…と、ここまではいいのですが、産婦人科医学的に気になるのは3年6か月という圧倒的な妊娠期間の長さです。
亡くなった赤ちゃんが胎内に居て何か都合が悪いことがあるの?
と思われるかもしれません。
死胎児症候群という病気があります。
これは、亡くなった赤ちゃんの成分(組織や細胞など)が母体の血液に流れていってしまうことにより、体に色々な不都合が起きてしまう病気です。
そうした不都合の中でも特に重篤なものがDIC(播種性血管内凝固)という病気で、母体の免疫システムが赤ちゃんの細胞成分に反応し、血を固める作用(凝固作用)や血栓を溶かす作用(線溶作用)がめちゃくちゃに起こってしまいます。
要するに体中の小さな血管が詰まったり出血したりするので、脳出血や臓器障害などに繋がり、命にかかわります。

そのため、妊娠経過中に赤ちゃんが亡くなった場合、双子などの一部例外を除き、すみやかに赤ちゃんを娩出することになります。
死胎児症候群は、赤ちゃんが亡くなってからおおむね数週間で発症するとされていますが、もっと早く発症する方もいらっしゃるようです。
妊娠10か月(臨月)くらいに哪吒が胎内で死亡したと仮定すれば、殷氏の胎内に2年8か月近くも死児がいたということになります。
これはもう、普通の女性ならほぼ確実にDICが起こりますし、DICが起こったまま年単位で経過するのは母体の生命も危険…というより、はっきり言って殷氏が生きてるのが不思議なレベルです。
ところで最初はさらっと流しましたが、
李靖が肉の塊(哪吒)を観察するシーンの、


…肉の塊、大きすぎませんか?
殷氏の出産
このシーンを見るに哪吒が入った肉塊は、夫である李靖の頭よりさらにでかいです。
それもそのはず、哪吒が肉塊から産まれてきたとき、既にその大きさは2~3歳児くらいはありました。
つまり、殷氏が産んだ肉塊の中にそれくらいのサイズの赤ちゃんが収まっていたことになります。

仮に2歳男児サイズとすると、その平均体重は約12kgほど。
(出典:平成22年乳幼児身体発育調査報告書)
これは以前に解説した『ONE PIECE』エースをさらに5kgほど上回るびっくり出産です。
しかも、エースの母ルージュは産後まもなく死亡しましたが、殷氏は出産後もピンピンしています。
体内で数か月~数年にわたり、DICという超異常事態が起きたままで、その上さらに12kg近い分娩を行ってなお平然としている…

産婦人科医としては、殷氏が普通の人間とは思えません。
天然道士について
普通の人間ではない…
ここで私は一つの仮説に辿り着きました。
『封神演義』の世界で、仙人骨を持ちながら仙人になり損ねた人間は、そのエネルギーを身体能力に還元する「天然道士」になります。
天然道士は強靱な肉体や高い身体能力を特徴としています。
作中では武吉や武成王などが該当しますね。


殷氏は天然道士である可能性があるかもしれません。
李靖は仙人の修行をしていた経験があり、その李靖と殷氏の3人の息子は全員が道士(仙人の素質があり、修行中の人)という超エリート一家です。
殷氏にも仙人の才能がある天然道士だったとするならば、これだけのエリート一家になるのも合点がいくというもの。


作中の同じ天然道士の武吉を見ると、両足を切り刻まれても数十分(推定)で自然治癒する、水の上を走るなど、並外れた代謝能力と身体能力を持っていることが分かります。

天然道士なら死胎児症候群やDICを克服し、10kg超の出産も余裕なのかもしれません。
まとめ
死胎児症候群は本当に怖い病気なのですが、それを克服してさらに10kg超の出産を成し遂げた殷氏。
もしかすると太乙真人は、殷氏の途方もない素質に気付き、彼女のお腹の子も放っておくのは勿体ないと考えたのかもしれません。
結果、哪吒は太公望とともに人間界・仙人界を大きく変えていくので、
殷氏の夢枕に立ったことは太乙真人の超ファインプレーだったと言えるでしょう。
それにしても『封神演義』は懐かしいですね。
この考察にあたり読み返しましたが、やはり最初から最後まで安定して面白い作品です。
1990年代のジャンプで一時代を築いた実績は伊達ではありません。
読んだことのない方は、是非一度お読み頂きたいと思います!
昔読んでいた方や、本編を読み終わった方には、
『封神演義外伝~仙界導書~』もお勧めです!
2018年にヤングジャンプで短期連載された外伝が掲載されています。
フジリュー版『封神演義』の世界観をもう一度楽しみたい方は、こちらもご一読をお勧めします!
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
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