こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
本日の【漫画描写で学ぶ産婦人科】はこちら。
森恒二先生『自殺島』より、ナオの出産に関するエピソードです。

以前に解説した『鋼の錬金術師』サテラさんや、『山田太郎ものがたり』綾子さんなど、専門家がいない状況での出産というシチュエーションはフィクションではしばしば見られます。
それらは産婦人科医が見ても感心させられる丁寧な描写がなされていたり、逆にツッコミ所が満載であったりと様々ですが、
この『自殺島』の作者は森恒二先生であり、実体験に基づいた徹底的にリアルな描写に定評のある方です。
例えば、前作『ホーリーランド』はストリートファイトを題材とした作品で、
作中随所にあるナレーションで作者の体験談を交えた格闘技・喧嘩に関する理論が綴られます。


そのあまりの具体的な内容に、
読者「漫画家が格闘技や喧嘩の話なんてできるわけないだろう」
↓
Googleで森恒二先生のお姿を検索する
↓
読者「あっこの人なら喧嘩について語れるわ」
となってしまう流れは『ホーリーランド』を読んだ人のテンプレ行動ですね。
しかも、森恒二先生といえば『ベルセルク』で有名な故・三浦建太郎先生の盟友でもあります。
『ベルセルク』は大人気漫画ながら、作者の三浦先生が2021年に急逝大動脈解離のために急逝され連載が終了となってしまいました。
しかし、森先生は三浦先生から今後の全てのストーリーを伝えられていた唯一の人物であったため、森先生が監修することにより2022年6月24日から『ベルセルク』の連載は再開することとなりました。
これからの森先生のご活躍に、さらなる期待をしたいところですね。
さて、前置きが長くなりましたが、森恒二先生の代表作の一つ『自殺島』のナオの出産について、産婦人科医の目線で解説していきましょう!
目次 表示
自殺島
『自殺島』の舞台となるのは、日本近海の無人島、通称「自殺島」です。
政府により自殺未遂者たちが送り込まれる島で、島内に法律は無く、島から脱出することも許されていません。
廃村に多少の設備こそあるものの、島で生きていくためにはほぼ完全な自給自足を余儀なくされます。
後ろ向きなタイトルに反して、内容は見事な人間賛歌。
主人公のセイなど、自殺未遂をするほどに追い詰められていた人々が、
島の中で生き抜くことを通じて命について向き合う名作です。
島内の人間たちには自然と仕事や役割分担が生じ、
狩猟をする者、漁をする者、農耕をする者、道具を作る者、それぞれが自らの個性や能力を発揮することで生活をします。

そんな自殺島で、別の集落からナオという女性がセイたちの集落にやって来ました。
彼女は自殺未遂をする前から娼婦として生活しており、自殺島に送り込まれてからも同様に過ごしていたようです。

最初は集落の女性達も、風紀の乱れを嫌ってナオを拒絶していました。
人類最古の職業とも呼ばれている娼婦という職業は自殺島でも需要があり、
セイやリョウら集落の主要メンバーは積極的な受け入れも拒絶もしておらず、
ひそかにケンら数人の男性がナオの世話になっていました。
そんなある時、ナオの妊娠が発覚します。

赤ちゃんの父親が誰かも分からないままですが、島内で唯一の妊婦ということもあり、最初はナオを認めていなかった女性達も次第に結束し、やがて集落の全員がナオの妊娠・出産に協力するようになっていきます。
稲作の成功などを経て食料供給も安定してきた頃、ついにナオに陣痛が訪れます。
元看護師のタエが主導し、出産を介助することで、女の子を無事に出産します。

自殺島内での新たな命の誕生は、セイ達にとって生きる意味を見つけ出すきっかけにもなりました。
ナオの分娩経過について
それではナオの分娩経過、タエの出産介助について産婦人科医の目線で見てみましょう。
事前の準備
前駆陣痛が来たことで、ナオ達は出産に備えて廃病院で役に立つ物が無いか探します。
幸い、そこにはある程度の道具や産婦人科の本が揃っていました。

元看護師とはいえ、通常の看護師になる過程で妊娠・出産を診る機会はほぼありません。
助産学は看護師の中でもかなりの特殊技能に分類されるものなので、助産学を修めるにはそれなりの課程が必要なのです。
タエにとって分娩は完全に専門外ですから、専門書で知識を仕入れておくのは重要なことです。

「あったよ!産婦人科の本!」「でかした!」
と言いたくなる、彼岸島みを感じる展開に若干の違和感を覚えなくもありませんが、
実際のところ「この本いつ役に立つの?」と思うような医学書が病院に並んでいることは珍しくありません。
診察室に置いてある本というのは、すごくよく使う便利な本か、置いとくと良い病院っぽく見えるインテリアかの2通りです。(やっきー調べ)
そのため、分娩設備も無いであろう小さな総合病院に産婦人科の本が置いてあっても不思議ではありません。
分娩中の介助

そして、ついに陣痛が来ます。
タエは消毒用の焼酎を用意し、男たちにお湯を準備させます。
いきむ時に掴みやすいロープを備えておくなど、準備も万端です。
『鋼の錬金術師』サテラさんの記事でも書いた通り、
出産に清潔な水や道具はいくらあっても困りません。
自殺島内で清潔な水を手に入れようと思うと、たっぷり沸かして殺菌し、そのあと冷ますという工程が必要でしょう。

助産師ではないとはいえ、元看護師のタエなら手を清潔に保つことの重要性はよく認識しているはずです。
電気もガスも無い環境で大量のお湯を用意するのも一苦労でしょうから、これを男たちに任せるのは妥当なところですね。
いきむ時に掴みやすいロープを用意したのも実に的確です。
出産時に使う分娩台には、妊婦さんが握りやすい場所にレバーが設置してあることが多いです。


分娩時に力を入れる、いわゆる「いきむ」というのは、
分かりやすく言えば超特大のウ〇コを出す感覚に近いため、
手で何かを思い切り引っ張っていると力が入りやすいのです。
そして子宮口が開いていることを確認すると、陣痛にあわせていきむよう指示します。
この適切な指示と介助のおかげもあり、ナオはついに出産しました。


新生児への処置

しかし、赤ちゃんは息をしていません。
そこでタエが赤ちゃんの気管に詰まった羊水を直接吸い出したことで、元気よく泣き出します。


作中のナレーションでも言われている通り、羊水は赤ちゃんにとって非常に重要な役割があります。
衝撃から身を守るほか、子宮の中で羊水が肺の中に満たされているおかげで肺が成熟していくのです。
通常の出産の過程だと、産道を通る際に肺の中の羊水がしぼり出されるのですが、
分娩の進行が非常に早い場合や、帝王切開の場合などでは羊水が十分にしぼり出されず、赤ちゃんが呼吸をしないことがあります。
特別な道具などを使わずにこの状況に対処する方法としては、大きく2つあります。
1つは、赤ちゃんの背中や足の裏などを刺激してやることです。
タオルで背中をやや強くこすったり、足の裏を軽く叩くことで、赤ちゃんの自発呼吸を促すことができます。
「背中刺激」「足底刺激」などと呼ばれ、よく使われる手法です。
もう1つが、タエが行ったように羊水を直接吸い出すことです。
普通の分娩室なら吸引用の道具がありますので、口で吸い出す必要はもちろん無いのですが、他にやむを得ない場合なら仕方ないでしょう。
とはいえ、口で羊水を吸うのはかなり抵抗があります。
ナオがどんな感染症を持っているかも不明ですし(娼婦をしていたわけですから、特に性感染症のリスクは見逃せません)、何より羊水は非常に生臭いので、できればやりたくはありません。
私(筆者)自身が未熟なのもあると思いますが、躊躇なく羊水を口で吸えるタエの行動は賞賛ものです。
私なら背中刺激・足底刺激を十分に行い、それでも赤ちゃんが泣く気配がない場合の最終手段にするでしょうね。
まとめ
さすがリアルな描写に定評のある森恒二先生です。
産婦人科医から見ても大きなツッコミどころはありませんし、
命の誕生を通して人間賛歌を描ききった森先生の手腕は流石と言わざるを得ません。


ちょっと手に取りにくいと感じるかもしれない『自殺島』ですが、
人間賛歌あり、熱い展開あり、闘争ありと、様々な方向から「人間」に対して向き合った、本当に素晴らしい作品になっています。
そもそも森先生の漫画自体、ハズレ無しで全部面白いです。
特に『ホーリーランド』はマジヤバイ。あんなにノンストップで最後まで読めてしまう作品はなかなかありません。
最初に書いたように、森先生は『ベルセルク』の監修をされることになりました。
これからの『ベルセルク』や、森先生の『無法島』『創世のタイガ』がどうなっていくのか、目が離せません。
森先生ファンとして、現行連載の上記3作を楽しみつつ、お体に気を付けて頑張って頂きたいと願うばかりです。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
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