こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
2024年10月現在、小児科・産婦人科を中心に最もホットな話題、それが「RSウイルス」です。
というのも、2024年6月からRSウイルスに対する母子免疫ワクチン「アブリスボ®」が販売開始となったためですね。
小児科医や産婦人科医としては待望の存在だったアブリスボですが、
世の親御さんたちからすると、
どういう効果があるんですか?打った方がいいんですか?
シナジス®(パリビズマブ)と何が違うんですか?
そもそもRSウイルスって何ですか?
といったあたりが非常に分かりづらく、世の親御さんたちを惑わせている存在でもあります。
何なら私も産婦人科医になるまでRSウイルスのことをそれほど理解していませんでした。
そんなわけで本日はRSウイルスとは何かを振り返りつつ、
従来使われていたRSウイルス抗体製剤「シナジス」について、
そして新発売のワクチン「アブリスボ」、新たな選択肢「ベイフォータス」について分かりやすく徹底解説していきましょう!
RSウイルスとは
さて、話の根幹となる病原体「RSウイルス」とは何者なのかと言いますと、
極限までシンプルに表現するならば「赤ちゃんにとって非常に重い風邪を引き起こすウイルス」といったところでしょうか。
赤ちゃんにとってはインフルエンザウイルスや新型コロナウイルスとほぼ同列で語っても良いくらい危険なウイルスです。
正式名称は「Respiratory Syncytial Virus」と言います。
あまり日本語で表現されることはありませんが、むりやり日本語にすると「呼吸器合胞体ウイルス」となります。
しかし、英語名・日本語名どちらもアホみたいに長い&覚えにくいので「RSウイルス」以外の呼び方をされることはほぼありません。
覚えにくい場合は「理不尽なほど咳が出るウイルス」の略とかで大丈夫です。覚えやすいかはさておき。
そんなRSウイルスですが、生後1歳までに半数以上が、2歳までにほぼ100%の子供がRSウイルスに少なくとも一度は感染するとされるありふれたウイルスで、
発熱・くしゃみ・咳などといったいわゆる「風邪」の症状を起こします。
しかし、このRSウイルスに感染するとひどく重症化する可能性の高い方が居ます。
それが「肺・呼吸器に基礎疾患のある高齢者」と、
「心臓・肺などに基礎疾患のある2歳未満の小児」(詳しくは後述)、そして「早産児」です。
上記を満たさない場合も、生後半年以内の乳児は重症化リスクが高いことが明らかとなっています。
RSウイルス感染自体に肺炎や無呼吸、急性脳症のリスクがあるほか、その後の気管支喘息の発症リスクも指摘されているという困ったウイルスです。
2歳までに100%の子供がかかる風邪ウイルス…と聞くと大したことがなさそうに見えますが、決して侮れません。
2010年時点では全世界の1歳未満の急性下気道炎による死亡の3分の1を占め、
感染症による乳児の死亡原因としてはマラリアに次いで2位であり、
新興国を中心に約25万人の赤ちゃんがRSウイルスにより命を落としています。
大人はどうかというと、アメリカでは年間約17000人の成人がRSウイルスにより死亡しており、その約80%が65歳の高齢者と報告されています。
高齢者のRSウイルス罹患率や入院期間、ICU入室率、死亡率はインフルエンザと同程度であり、かなりの疾病負担となっていることが示されています。
このRSウイルス、効果のある抗ウイルス薬もワクチンも存在しておらず、
長らく新生児・乳児医療における懸念事項のひとつとして存在し続けてきました。
RSウイルスの対策法
シナジス(パリビズマブ)とは
そんな中、人類はRSウイルスに対しひとつの武器を獲得しました。
1998年にアメリカで、2002年に日本で承認がなされた「パリビズマブ」。
商品名「シナジス®」です。
パリピではありません、パリビです。
余談ですが、この手の薬の名前(パリビズマブ)はやたら濁点が多くて発音しづらいことに定評があります。
卵巣癌や乳癌などの治療に使われる「ベバシズマブ」とか、様々な種類の癌に効果がある「ペムブロリズマブ」とか。
何故こんな早口言葉みたいな名前が多いかと言いますと、実はこの手の薬の命名法は製法や目的などに応じてわりとガッチガチに決まっているためです。
この命名のルール上、〇〇マブとか〇〇ニブといった名前の薬がやたら多いわけですね。
逆に言うと、詳しい人なら薬の名前を見ただけで何に効果があるものか、どうやって作られたかがぼんやりと分かる仕様となっています。
そしてパリビズマブ(シナジス®)など最後に「ズマブ」がつく薬は、簡単に言えばヒト用に調整されたモノクローナル抗体であることを表しています。
どこが簡単やねん肉球引きちぎったろかとお怒りの読者様が大半だと思いますので、ここのところを分かりやすく解説しましょう。
重症化リスクのある赤ちゃんにシナジス®を1か月ごとに注射しなければならない理由もここにあります。
抗体とは
では、まず「抗体」というものについて考えてみましょう。
人間にRSウイルスが感染した場合に体内でどのようなことが起きるのか、解説していきます。
ワイはRSウイルスやで!
ワイもお年頃のウイルスやから、誰かの細胞を乗っ取って増殖したい…
それがワイの理想の生活…!
ワイに対して免疫のない赤ちゃんとか居たら最高やな!
ばぶー!
どうも、赤ちゃんの肺の細胞です。
ふむ、この赤ちゃんはどうやら生後半年くらいやな…
(ニッコリ)
ぎゃあああなんやこいつ!
ゲホゲホ…
ワイ増え放題www
楽園みたいな住み家やないかwww
ちょっと兄ちゃん、誰に断って商売しとるんや?お?
え?僕そこの細胞を使って増殖してただけですけど?
ちょっと事務所まで来てもらおうか…
アニキ!こいつですかウチの細胞を乗っ取ろうとした奴は!
アニキ!いっぱい仲間連れてきましたんで!
もう二度とウ〇コできないねえ…
あひいいいいい
……
ふう…これで片付いたな…
しかしあのウイルスがもう一回来たらちょっと面倒やな…
ワイらは記憶力が悪いからな…
大丈夫や、そのためにワイらがおるんやないか!
せやせや!さっきのウイルス野郎に悪さはさせへんで。
Bリンパ球とTリンパ球のオジキ!
ほな、ワイが作った「抗体」くんに体内をパトロールさせとくで。
ヨロシク オネガイシマス
さて…再びこの体を乗っ取る算段ができたで…
ん?あそこにいるのは…
!!おいBリンパ球、ワシらの出番やぞ!!!
ほんまや、こないだのヤツやないか!いったれ抗体!!!
カシコマリマシタ
ん、なんやあのロボット?
白血球…ではなさそうやけど…
モクヒョウ ハッケン
…こっちを見とる…?
RSウイルス ゼンブコロス
RSウイルス コロス
コロス
あばばばばばば
…と、このような仕組みでRSウイルスに感染するとRSウイルスを殺してくれるロボットこと「抗体」がリンパ球の手によって作り出されます。
この仕組みを俗に「免疫がつく」と表現するわけですね。
これによって2回目以降の感染を防いだり、重症化を抑えたりすることが可能となります。
しかし、早産児や心臓に病気のある赤ちゃんなど、そもそも1回目の感染が致命的になりうる場合が厄介です。
そのため、あらかじめRSウイルスに対する抗体を持っておきたいですね。
本来、こういう場合はワクチンで予防するのが常套手段ではあるのですが、後述する理由でRSウイルスには有効なワクチンが存在しませんでした。
そこで2002年から日本で使われ始めたのが前述のパリビズマブ(シナジス®)というわけです。
これはRSウイルスを殺すロボットそのものです。
シナジスの製法はこんな感じです。
RSウイルスをやっつける抗体を作ってみましょう。
用意するのはRSウイルスと、こちらのマウスちゃん。
チュー!
それじゃマウスちゃん、RSウイルスを注射させてもらうね…(注射器ブスリ)
チュー!!!
む?この体は…ニンゲンやないな、ネズミか…
マウスにも白血球はおるんやで。
あばばばばばば
顔覚えたから抗体作るで!
RSウイルス ゼンブコロス
抗体ゲット!!!
デモ ソノママ ニンゲンニ ツカウノ ヨクナイデス
むむ…確かにマウスの抗体だから、このまま人間に投与すると発熱とかが起きるね…
よし、遺伝子組み換えだ!!!
ガガガガ………
ニンゲンヨウ ニ カワリマシタ
やったぜ。
シナジスの製法を簡単に言うとこんな感じです。
マウスちゃんが作ってくれたRSウイルスに対する抗体を、遺伝子組み換え技術によって人間に投与できる構造に変えたわけですね。
そして、こんなふうに「特定の抗体をたくさん増やして作った薬」を「モノクローナル抗体」と呼びます。
シナジスの添付文書や資料など、公的な文書に「モノクローナル抗体」と書いてあるのはそういう意味です。
このような画期的なRSウイルス対策ロボットこと抗体くんですが、欠点もあります。
1つ目が、抗体ロボットはわりとすぐに電池切れで動かなくなってしまうこと。
せいぜい1か月くらいしか効果が持たないのです。
後述するように毎月シナジスを打たなければならないのはこのためです。
2つ目が、遺伝子組み換えというかなり難易度の高い操作が求められることや、
上の説明では省略しましたが抗体ロボット自体をたくさん増やす技術もなかなか一筋縄ではいかないため、
アストラゼネカ級の超絶大企業が大量生産してもなお値段が張るというところですね。
(薬代だけで10万円以上、保険が効いても窓口負担で1回ごとに約3万円)
シナジス(パリビズマブ)を打つべき赤ちゃん
さて、先ほど「心臓・肺などに基礎疾患のある2歳未満の小児」と「早産児」がシナジスの適応になるとお話ししましたが、
正確には2024年5月現在でシナジスの適応となるのは以下の赤ちゃんです。
◎在胎期間28週以下の早産で、12ヵ月齢以下の新生児および乳児
◎在胎期間29週~35週の早産で、6ヵ月齢以下の新生児および乳児
◎過去6ヵ月以内に気管支肺異形成症の治療を受けた24ヵ月齢以下の新生児、乳児および幼児
◎24ヵ月齢以下の血行動態に異常のある先天性心疾患の新生児、乳児および幼児
◎24ヵ月齢以下の免疫不全を伴う新生児、乳児および幼児
◎24ヵ月齢以下のダウン症候群の新生児、乳児および幼児
◎24ヵ月齢以下の肺低形成を伴う新生児、乳児および幼児
◎24ヵ月齢以下の気道狭窄を伴う新生児、乳児および幼児
◎24ヵ月齢以下の先天性食道閉鎖症を伴う新生児、乳児および幼児
◎24ヵ月齢以下の先天性代謝異常症を伴う新生児、乳児および幼児
◎24ヵ月齢以下の神経筋疾患を伴う新生児、乳児および幼児
めちゃくちゃ多い。
…のですが、「このくらいする価値があるほどRSウイルスの脅威は恐ろしい」とも言えます。
そしてこのRSウイルスですが、毎年冬場に流行する傾向があるため、従来はおよそ9月~翌4月くらいに毎月シナジスを注射する必要がありました。
これは赤ちゃんにとっても親御さんにとっても、時間的・金銭的・身体的な負担が無視できません。
先日私が対談させて頂いた王嶋環先生のエッセイ『なんもわからん双子育児』でもシナジス注射のハードルの高さが描かれていますね。
さらに厄介なことにここ数年は流行時期が春~夏くらいに前倒しになることがよくあり、
必ずしも「9月~翌4月くらい」が正解とも言えない状況になってきました。
よって、シナジスの適切な注射タイミングはその年ごとに判断が変わるため、上記の適応となる赤ちゃんがいるご家庭は小児科の先生にスケジュールを確認しましょう。
RSウイルスワクチン
ワクチン製造失敗の歴史
ここまでシナジスという「抗体(RSウイルスを殺すロボット)」の話をしてきたわけですが、そもそもウイルス対策の基本といえばワクチンですよね。
1796年に天然痘ワクチンが発明されて以来、数多くのウイルスに対しワクチンが開発されて人類を感染症から守ってきました。
そのため、かつてRSウイルスに対してもワクチンは試作されました。
なんと今から60年も前、1960年代のことです。
さて、ワクチンというのは元々存在するウイルスをすんげー弱くしたウイルスです。(ものによりますが)
ワクチン=よわよわウイルス、だと覚えてください。
1960年代はよわよわウイルスを作る手法がそれなりに確立され始めた頃であり、例えばインフルエンザワクチンなどは重症化予防効果が十分に見込めることが証明されていました。
では、1960年代の試作RSウイルスワクチン(よわよわRSウイルス)を接種するとどうなったのか、見てみましょう。
ワクチンの製法もだいたい確立されてきたし、RSウイルスのワクチンを作ろう!
インフルエンザワクチンの製法を応用して…RSウイルスを無毒化して…
よしできた!
どうも、毒を失ったRSウイルスです。
よわよわRSウイルスと呼んでください。
では、このワクチンを乳児に接種してみよう…
ばぶー!
比較対象のため、他の子にはよわよわウイルスを入れてない偽薬も接種しよう。
ばぶー!
~数か月後~
試作のワクチンを接種した赤ちゃんたちがRSウイルスに感染したらしいけど…軽症で済んでいるかな…?
た、大変だ!!ワクチンを打った方の赤ちゃんが重症化している!!
ゲホゲホ…
…そんな…!!?
ぎ、偽薬を投与した赤ちゃんはどうなんですか!?
それが…重症化している赤ちゃんはほとんどいないんだ…
ばぶー!
このように、1960年代のRSウイルスワクチンは接種した赤ちゃんの方がかえって重症化するという予想外の事態となりました。
具体的な数字で言うと、ワクチンを接種していない児の初感染時の入院率が1%だったのに対し、
ワクチンを接種した児はむしろ入院率が80%に爆増、さらに2名が死亡するという最悪の結果になったのです。
何故このような結果になったのか、仕組みを簡単に説明すると
免疫細胞がRSウイルスの外側の殻だけを記憶する
(ウイルスの毒性部分はよわよわウイルスの製造過程で失われているので記憶されない)
⇒RSウイルス(本物)に感染する
⇒免疫細胞がRSウイルスに反応するがウイルスの毒性部分は壊されない
⇒免疫細胞がアレルギーに近い過敏な反応を起こすが毒性部分はそのまま
という大惨事が起きたとされています。
全てのウイルスがこの現象を起こすわけではありませんが、RSウイルスは性質上、中途半端なよわよわウイルスを接種するとこの現象が起きやすくなってしまうわけですね。
一部の反ワクチンがこの現象を拡大解釈して「コロナワクチンを打つ方が重症化する」と主張することもあったりします。
(コロナワクチンに関してはそんな現象は確認されていません)
ともかく、この大失敗がその後のRSウイルスワクチン開発に影を落とした歴史があります。
ただでさえ、RSウイルスワクチンの恩恵が受けられるのは乳児・妊婦・高齢者と、臨床試験の対象としてリスクの高い方々です。
健康な成人に臨床試験を行うのと比べると、超えるべきハードルが2~3個は増えます。
そんなわけでRSウイルスワクチンの研究は進みづらくなり、
ワクチン以外でとれる唯一のRSウイルス対策であるシナジスに頼りきりの状態が続いていた…というのが今までの状況でした。
RSウイルスワクチン「アブリスボ」
とはいえ、毎月注射が必要になるシナジスは患者側としても医療者側としても負担であったため、
ワクチンの開発は常に求められ続けていました。
そしてついに、ファイザーがRSウイルス母子免疫ワクチン「アブリスボ」の実用化に成功します。
これは赤ちゃんにワクチンを打つのではなく、妊婦さんにワクチンを接種することにより赤ちゃんに抗体が移行する、という仕組みを利用したものです。
もちろん今回のRSウイルスワクチンは1960年代に起きたような副反応が起こらないことが確認されていますし、
妊婦さんの接種により生後3か月以内での重症化予防効果が81.8%、半年以内でも69.4%にのぼることが実証されています。
日本では、まず妊婦さんや乳児に先駆けて2023年9月より高齢者へのRSウイルスワクチン接種が承認されました。
続いて2024年1月18日に妊婦さん用のワクチンが承認され、2024年6月から発売開始となりました。
価格は病院ごとに差がありますが、おおよそ約30000~40000円程度の模様。
このアブリスボの存在は想像以上にインパクトが大きく、
実際の現場でも、重症のRSウイルス感染症の発症数で言うと「早産などの重症化リスクがある赤ちゃん」よりも「正期産など、特にリスクがない赤ちゃん」の方だったりします。
(重症化リスクのある赤ちゃんはシナジスを打っていますがリスクのない赤ちゃんだと打たないため、母数の問題でノーリスク赤ちゃんの方が発症数が多くなる)
よって、妊娠中から赤ちゃんに免疫を移行させておくことは非常に重要で、
「シナジスの適応にならない(重症化リスクの相対的に低い)赤ちゃんをいかにRSウイルスから守れるか」が小児科診療におけるひとつの課題となっていました。
アブリスボはこの問題を解決できる可能性があるため、まさに小児科・産婦人科にとって待望のワクチンだったわけです。
いつアブリスボを接種するべき?
日本においてアブリスボの接種が推奨されている時期は「妊娠28週~36週」の間となっています。
ファイザーの公式見解では「妊娠24週~36週」の接種により赤ちゃんへの免疫が得られるとしていますが、
万にひとつ接種後に予期しない副反応が出た時のことを考えて、赤ちゃんがそれなりに成熟する週数(28週)まで待とう、というのが日本産婦人科学会の方針です。
(とはいえ24週~27週でも適応ではありますし、早産リスクや合併症次第では接種が望ましいと個人的には思っています)
また、接種後14日以内に赤ちゃんが生まれた場合に赤ちゃんに免疫が得られるかどうかは不明であるとしています。
これらを踏まえた私のおすすめ接種タイミングとしては、
①28週を超えていればなるべく早めに打つ(36週など、ギリギリまで待つメリットは特にない)
②早産のリスクが高い人に関しては24週~27週のうちに打ってもよい(主治医の先生の判断による)
といった感じになりますね。
ベイフォータス(ニルセビマブ)とは
というわけで念願のRSウイルスワクチンが販売開始となったわけですが…
実は間もなく、シナジスともアブリスボとも異なるもう1つの選択肢が導入される予定です。
それこそが「ベイフォータス」(ニルセビマブ)です。
ベイフォータスはシナジスと同じ「抗体」(自動でRSウイルスを殺すロボット)の薬ですが、
1か月くらいで効果が切れてしまうシナジスと異なりベイフォータスは約5か月にわたり効果が持続するという、シナジスをご経験された親御さんからすると夢のような薬です。
もちろん効果も実証されており、アメリカが行った検証ではベイフォータスを注射した赤ちゃんのRSウイルス感染症による入院予防率は約90%にのぼると報告されています。
このベイフォータスは2022年10月にEUで承認されたのを皮切りに、アメリカや中国でも承認され、2024年3月27日に日本でも承認されました。
日本での販売は2024年の夏ごろになる見通しであり、価格や保険適応の有無・接種対象者が誰になるか等はこれから決まっていくものと思います。
(ベイフォータスは〇〇万円とかなり高額だという話も耳にしますが、保険適応の有無等も関わってくるため値段は確定していません)
(シナジスの接種対象は早産などの適応がある赤ちゃんのみに限定されていますが、ベイフォータスは基礎疾患のない正期産の赤ちゃんにも効果が認められています)
とはいえ現時点でもアブリスボの接種を逃した赤ちゃんや、接種後14日以内に生まれた赤ちゃん等、
ベイフォータスの利益を享受できる状況はたくさん考えられますので、
赤ちゃんのRSウイルス感染症対策の選択肢としてアブリスボとの使い分けは小児科診療の鍵になっていくことでしょう。
今後、動きがあれば適宜こちらの記事にも追記していきます。
よくある質問集(2024年10月追記)
この記事を最初に書いてから5か月が経ち、アブリスボについては様々なご質問が届いていますので、それぞれお答えしていきましょう。
出来たばかりのワクチンなので怖い
アブリスボは出来たばかりのワクチンですよね?メリットは分かりますが、接種が怖いです。
確かにアブリスボは発売してから間もないですが、安全性の確認はしっかりできています。
確かに出来たばかりのワクチン、というのが怖い気持ちは分かります。
しかしここが大事なところで、「出来たばかり」と「発売したばかり」では意味合いが大きく変わってきます。
アブリスボは後者です。
アブリスボは2020~2022年にかけて既に安全性と有効性が確認されておりまして、18か国・約7400人の妊婦さんを対象としたワクチンの試験が行われました。
これにより、赤ちゃんの重症RSウイルス感染症の発症予防効果と同時に、安全性についても確認されています。
「MATISSE試験」というもので、詳しいデータも無料公開されています。
加えて言いますと、アブリスボは60歳以上の高齢者も対象となるわけですが、
高齢者に関しては2023年9月から既に接種開始となっており、そこに関しても現時点で大きな有害事象は報告されていません。
要するに、「出来たばかり」ではなく「出来上がってしっかり安全性の試験もして高齢者にも打ち始めた上でようやく妊婦さんが対象に発売開始になった」というのがアブリスボなのです。
少しでもご安心を頂ければと思います。
他のワクチンとの接種間隔は?
インフルエンザやコロナワクチンと同時に打ってもいいですか?間隔をあけるべきですか?
インフルワクチン・コロナワクチン・アブリスボはすべて間隔に関する制限がありません。同時に接種可能です。
ここで『複数のワクチンを接種する場合の間隔』について解説しておきましょうか。
とはいえ話はかんたん。押さえておくべき基本ルールは「注射の生ワクチンは27日以上の間隔を置かなければならない」だけです。
昔は「不活化ワクチンは6日以上の間隔を空けるべき」というルールがありましたが、今はなくなりました。
現実的に、妊娠前後の女性で接種しうる注射生ワクチンはMRワクチン(麻疹風疹混合ワクチン)くらいですね。
生ワクチンというのは読んで字のごとく「生きてるワクチン」です。
すんんんんんんごく弱らせたウイルスを注射し、体にそのウイルスに対する免疫を獲得させるわけですね。
ただ、すんんんんんんごく弱らせたといっても病原性はゼロではありません。
妊娠中に生ワクチン、特に風疹を含んだMRワクチンを接種できない理由はここにあります。
それに対し、不活化ワクチンは「病原性をゼロにしたウイルス」であり、これは妊娠中にも打てます。
しかし、複数種類の生ワクチンを短い間隔で接種した場合、ワクチン間の干渉が起こり、
有効性が減弱する可能性が指摘されており、そのために注射生ワクチンは27日以上の間隔を空ける方針になっているわけです。
言ってみれば、ワクチン同士の相互の間隔に関するルールは本当これだけです。
ただ、ちょっと話がややこしくなったのがコロナワクチンですね。
コロナワクチンの流通当初、安全策をとって「インフルワクチンとの間隔は2週間」「それ以外のワクチンとの間隔は4週間」としていた時期がありました。
今はこの縛りは無くなっています。(医者の中にも情報をアップデートできてない人が多いですが)
また、コロナワクチンのようなmRNAワクチン(レプリコン含む)は、体内での免疫の付き方に関してはだいたい不活化ワクチンと似たような感じです。
結論として、インフルワクチン・コロナワクチン・アブリスボ、全て同時に打ってもOKです。別々に打ってもOKです。
通院先にアブリスボの取り扱いがない
私が妊婦健診を受けている病院ではアブリスボを取り扱っていません…
「〇〇市(お住まいの地域) アブリスボ」で検索してお探し頂くのがお勧めです。
アブリスボに限った話ではありませんが、いかに画期的な新薬や新しいワクチンが出たとしてもすぐに採用できるかどうかは病院によります。
いくら大きい病院とて管理できる薬剤の数には限りがありますし、院内の薬事委員会や他科のお偉い先生の承認も得なければなりません。
というかむしろ、こういう新薬に関しては小規模な病院の方が小回りが利くこともよくあります。
私が所属する総合病院も、だいぶ早い段階で私や上司がアブリスボの導入にかなり積極的に動きはしたものの、
2024年6月にすぐさま院内で導入とはいきませんでした。(現在は取り扱っています)
幸か不幸か、アブリスボは自費での接種になるので、
妊婦健診先の病院で採用されていなくとも他所の病院で接種したとて咎められる理由はありませんし(反ワクチン医師以外)、
少々手間ではありますがご自身で接種先をお探し頂くのが現状は最適解かと思います。
なお、アブリスボの接種には母子手帳を持参することが望ましいため、忘れずに持っていきましょう。
(母子手帳にアブリスボのロット番号を貼り付けるスペースがあります)
まとめ
というわけで以上、RSウイルス感染症とワクチン(アブリスボ)、抗体製剤(シナジス・ベイフォータス)に関する解説でした。
近い将来、RSウイルスに悩まされる赤ちゃんと親御さんが大きく減ることに期待しましょう。
そして一人の産婦人科医として、僭越ながらシナジスと製薬会社の皆様にこれだけは言っておきたいところです。
20年以上にわたり赤ちゃんを守ってくれたことに、お疲れ様でした、と。
参考文献
日本小児科学会「RSウイルス母子免疫ワクチンに関する考え方」
日本産科婦人科学会「妊婦に接種するRSウイルスワクチンについて」
ファイザー「アブリスボ」
アストラゼネカ・サノフィ「ベイフォータス」
以下、関連記事です。
妊娠中のインフルエンザワクチン・コロナワクチンに関する解説はこちら。
結局、妊娠中にコロナやインフルのワクチンは打つべき?(2024年10月改訂)
赤ちゃん(子ども)に打つべきワクチン全種類の解説はこちらです。
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やっきー先生
こんにちは。
わたしは現在31週の妊婦です。
本日RSウイルスのワクチン「アブリスボ」を打って来ました。
わたしが打とうと思ったのはやっきー先生のツイートの存在が大きく、今日打ってくださった小児科の先生も「僕たちはRSウイルス大っ嫌いなんでね、打ってくれて本当にありがたいです。亡くなった子もたくさん診てきました」とおっしゃっていました。
お忙しいのに、有益な情報をたくさんツイートしてくださってありがとうございます!これで赤ちゃんをしばらくRSから守れると思うと安心できます。
わたしが鍵をかけたアカウントのためこちらからご連絡させていただきました。
やっきー先生こんばんは。
私は36週0日でアブリスボを接種後、36週5日で出産しました。元々切迫早産で入院しており、かかりつけでは入院中は予防接種不可でしたので、退院のタイミングでの接種となりかなりギリギリの週数でした。
接種前に主治医からも2週間以内に産まれると効果がわからないこと、私は1週間以内にも出産となる可能性が高い状態であることを説明され納得した上で、それでも接種を希望し受けましたが、結果としてやはりとても残念です。(33000円もしたのに、という面と我が子に抗体をつけたかった、という思いから)
これはもう願望なのですが、接種から5日で産まれてしまったとしても、接種しないよりは子に効果がありますでしょうか?それともやはり2週間以内で産まれてしまうと接種していないのと同じなのでしょうか?こんなところからお聞きして申し訳ありません。
まずはご出産、おめでとうございます!
接種から5日で分娩されたとのことですが…
申し訳ありませんが、この状況においてどのくらい赤ちゃんに抗体が移行するのか、どのくらいの予防効果があるのかのデータを私は持ち合わせていないので、お答えできません。ごめんなさい。
理論的に考えると、まったくもって効果ゼロ…ということにはならないと思いますが、具体的な効果については何とも言えません。
お力になれず申し訳ありません。