こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
突然ですが、一般的に「産婦人科医の漫画」と聞いて、『コウノドリ』を連想しない人は居ないはずです。
それにも関わらず、このブログでは『コウノドリ』をメインで取り上げたことは殆どありません。
なぜなら『コウノドリ』はそれ自体で完成していますし、
私より遥かに偉い先生の監修も入っているので、私が茶々を入れる隙がないのです。
しかし産婦人科医としてこのテーマは避けて通れない、それでいて『コウノドリ』以上の題材が無いテーマが1つあります。
それが、子宮頸がんに関する話です。
子宮頸がんはワクチン・がん検診によりかなり高い確率で予防できるにも関わらず、
それらが普及していないため先進国の中で日本だけがぶっちぎりで発症率が高い病気として知られています。
そんなわけで本日は子宮頸がんとHPVワクチンについて解説しましょう。
「子宮頸がんワクチンって打つべき?」「子宮頸がんワクチンは怖くないの?」という疑問についてもみっちりとお話ししていきます。
「HPVワクチンに関する疑問の答えについて先に知りたい!」という方はこちらをクリックして下さい。
『コウノドリ』 TRACK40,41 ー 子宮頸がん
鈴ノ木ユウ先生『コウノドリ』は、産婦人科医兼ジャズピアニストの鴻鳥サクラを主人公とした医療漫画です。
妊娠・出産を通して起こる様々な出来事が鴻鳥先生の視点で描かれ、TVドラマも大ヒットしました。
今回取り上げる子宮頸がんのエピソードはTRACK40~41(単行本13~14巻)に収録されています。
初産婦の市川マイさんは、鴻鳥先生のもとで妊婦健診を開始しました。
妊娠初期に行う検査のひとつに子宮頸部細胞診(子宮頸がん検診)があります。
その結果は初期の子宮頸がんの可能性があるというものでした。
子宮頸がんは子宮頸部(子宮の出口のあたり)にできる可能性のあるがんです。
鴻鳥先生は追加の精密検査として、コルポスコピー検査を行いました。
コルポスコピーとは、簡単に言えば子宮をメチャクチャよく見る検査といった感じです。
さらに、必要に応じて怪しい部分の組織を採取して調べることもできます。
子宮頸がん検診が「なんか怪しそうなのは分かる」というレベルの精度なのに対し、
コルポスコピーは「これは絶対にがんだ!」「これは異形成(がんの手前の状態)だ!」と言えるレベルの精度の検査なのです。
そして一週間後、コルポスコピー検査の結果が告げられました。
この結果、確実にがんであることが発覚しました。
これで子宮頸がんであることは確定しましたが、次にどのくらい進行したがんなのか?を調べる必要がありますね。
そこで鴻鳥先生は円錐切除という手術を勧めました。
円錐切除とは、子宮の出口を円錐状に切りとる手術です。
この円錐の中に子宮頸がんの病変が全部おさまっていれば良し、おさまっていなくとも子宮頸がんの進行度の診断はできる、ということですね。
そのため「診断的治療」(検査を兼ねた治療)と呼ばれることもあります。
実際の診療でもこのような流れになります。
そして手術は無事に終了。
ちなみに妊娠中の円錐切除術は出血も多く、流産・早産のリスクも高まります。
産婦人科医としても、妊娠中の円錐切除術はメチャクチャ緊張します。
手術は終了し、大きな合併症もなく1週間後に退院となりました。
そして、円錐切除術の結果は…
がんの範囲は思った以上に進行しており、円錐切除でも取り切れる大きさではありませんでした。
こうなると、広汎子宮全摘術という手術をする必要があります。
広汎子宮全摘術は産婦人科で出てくる手術の中でもトップクラスの大手術です。
例えば、子宮筋腫などでよく行われる「単純子宮全摘術」にかかる時間は1~2時間といったところですが、
広汎子宮全摘術なら6時間以上かかります。そのくらい難しく、しかも繊細な手術です。
周りのリンパ節を取るので術後にリンパ浮腫という足の強いむくみが起きたり、
膀胱の神経にも影響するため排尿がうまくできなくなる可能性があるなど、
術後の生活にも強い影響を及ぼす手術です。
さらに言えば、広汎子宮全摘術自体がかなり難易度の高い手術なのですが、
妊娠中の子宮の広汎子宮全摘術となると桁外れの難易度になります。
シンプルに子宮が大きくて手術が難しいですし、妊娠中の子宮には大量の血液が通っているので出血も恐ろしいほど出ます。
鴻鳥先生もかなりの技術を持っていることが伺えますが、おそらく専門は周産期医療(妊娠や出産)と思われますので、彼らだけでこの手術を行うのは不可能でしょう。
こればかりは子宮頸がんの手術に非常に精通した婦人科腫瘍専門医による執刀が必要です。
そんなわけで講談医大の婦人科医師の協力のもと手術を行うわけですね。
もちろん、赤ちゃんを産んだ後でなければ不可能な手術なのですが、
そうすると出産まで未治療のがんを放置することになります。
本人の希望次第では赤ちゃんを諦めて、ただちに手術することさえ選択できます。
そんな中、市川さん本人は妊娠継続を希望しました。
いつ出産すべきか、鴻鳥先生を初めとしたスタッフ一同は議論を交わします。
本来、正期産と呼ばれる週数は37週からですが、37週まで待つと5か月近くもがんを放置することになります。
そのため、37週を待たずして手術することが望ましいのです。
母体のことを考えれば一週間でも早く手術をした方が良いですが、
赤ちゃんのことを考えれば一週間でも遅く手術した方が良いという難しい状況です。
鴻鳥先生は、赤ちゃんの後遺症の可能性が低い最低限の週数・28週での手術を提案します。
それに対し四宮先生は、さらに赤ちゃんの合併症の心配が少なくなる週数・32週が妥当だと意見します。
28週だと赤ちゃんは未熟で、生後すぐは自力での呼吸も望めません。合併症のリスクも上がります。
しかし、この議論に正解はありません。
28週で手術をすると、予想よりも赤ちゃんの状態が悪いかもしれません。
32週で手術をすると、予想よりもがんが進行しているかもしれません。
これはもう手術をしてみるまで分からないのです。
ちなみに、私なら四宮先生と同じく32週を推すと思います。
市川さんは夫との話し合いの末、28週で手術を受けることを決め、
そして帝王切開と同時に広汎子宮全摘術が行われました。
そして、手術は無事に終了しました。
市川さんは術後3日目でようやく赤ちゃんに面会がかないました。赤ちゃんの経過は順調のようです。
そして病理検査(摘出した子宮やリンパ節の精密検査)の結果も出ました。
がんの転移は見られませんでした。
化学療法(抗がん剤)や放射線治療をする必要はなく、このまま経過を見ることができそうです。
さて、鴻鳥先生は市川さんを診ながら自らの過去を振り返っていました。
なぜなら鴻鳥先生の実の母親は妊娠中に子宮頸がんが発覚したからです。
しかも、がんが分かった時には既に膀胱に浸潤するほどに進行していました。
当時の産科医の反対を押し切って鴻鳥先生を産み、そして子宮頸がんで亡くなったのです。
そんな鴻鳥先生にとって市川さんは、自分の境遇と重なるところがあったのでしょう。
子宮頸がんについて
以上、『コウノドリ』子宮頸がんのエピソードの紹介でした。
普段ならこのブログでは物語の展開に何らかのツッコミを入れるところですが、
『コウノドリ』は妊娠の経過も、医師同士で手術の段取りを決めるまでの流れも非常にリアルで、医学的におかしなところが殆どありません。
そのため、ここからは「子宮頸がん」と「子宮頸がんワクチン」について解説していきましょう。
そもそもがんって何?
まず、子宮頸がんについて理解する前に「がん」という病気そのものについて解説します。
人間の細胞は常に新しい細胞を作り、古い細胞を捨てるというサイクルを繰り返しています。
この「新しい細胞を作る」という働きを「細胞分裂」と呼ぶのですが、細胞分裂は必要以上に起こりすぎないようコントロールされています。
しかし、何かの間違いで「細胞分裂が必要以上に起こりすぎている状態」になると「腫瘍」と呼ばれます。
腫瘍にも「良性腫瘍」と「悪性腫瘍」があります。
良性腫瘍には他の組織を侵したり、転移したりする機能はありません。
そのため良性腫瘍が命に関わるケースは少なく、ちょっと乱暴に言えば「小さければ必ずしも治療は必要ではない」「大きくても取ってしまえばOK」という扱いなのが良性腫瘍です。
(詳細を割愛しましたが良性腫瘍には様々な種類があるので、必ずこの話が当てはまるわけではありません)
それに対して、悪性腫瘍は「他の臓器に浸潤したり転移したりする」という性質を持ちます。
(浸潤=隣り合った別の組織・臓器にがん細胞が移ること)
これが非常にやっかいで、転移した腫瘍が他の臓器の機能を妨げてしまう可能性があります。
しかも、増殖した腫瘍が体の栄養分をどんどん奪い取りますし、
腫瘍の場所や大きさによっては耐えがたい痛みも出現します。
がんで命を失う原因は、これらの様々な症状が積み重なったことによるものなのです。
がんができる理由
では、何故がんができるのでしょう?
細胞分裂が起きるたびに細胞の内部ではDNA(設計図)をコピーしているのですが、このDNAのコピーも完璧ではなく、たまにミスが起きます。
このミスがめちゃくちゃ大きいものならそのまま細胞は破棄されますが、ミスの種類によってはそのまま細胞が作られることがあります。
こうしたミスが積み重なると、コントロールを受けずに増殖し、他の臓器を侵してしまうがん細胞が誕生するわけですね。
特定のウイルスや化学物質、放射線などの影響を受けると、このようなDNAのコピーミスが起きやすくなることが知られています。
子宮頸がんとHPV
そして子宮頸がんに大きく関わるウイルスが居ます。それが「ヒトパピローマウイルス(HPV)」です。
HPVは普通に生活していても、すべての女性のうち80%が性交渉により一生に一度は感染します。
厳密に言うとHPVには100種類以上いるのですが、一部のHPVは子宮頸がんのリスクをものすごく高めるのです。
(こういった、子宮頸がんの原因となるHPVを「ハイリスクHPV」と呼びます)
HPVの感染なしで子宮頸がんになるケースもわずかに存在しますが、頻度としては5%以下です。
(参考:日本産科婦人科学会『子宮頸がんとHPVワクチンに関する正しい理解のために』)
HPVワクチンについて
以上で述べたように子宮頸がんの原因の大部分を占めるHPVですが、一度感染すると人為的に取り除くことは不可能です。
そのため、感染する前に予防をしておくのが大事なわけですね。
このHPVに感染しないよう予防するワクチンが「HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)」です。
HPVワクチンは2024年4月現在、小学校6年生~高校1年生の女性への定期接種が勧奨されており、接種すれば高い確率で子宮頸がんを予防できます。
日本では年に約10000人の方が子宮頸がんと診断され、約2800人の方が子宮頸がんで亡くなっています。
(出典:国立がん研究センター)
前がん病変(異形成)の人数となればそれをさらに大きく上回ります。
HPVワクチンを適切に接種できれば、この人数を大きく減らすことが期待できます。
一部報道のせいでネガティブなイメージのあるHPVワクチンですが、
その有効性と安全性は既に様々な研究で実証されており、素人が聞きかじった程度の知識で反論することは不可能と言っても良いほど有効性の高いワクチンであることが示されています。
例えば、スウェーデンで行われた大規模な調査によると、
16歳以下で4価HPVワクチンを接種すると子宮頸がん発症率は88%も減少し、
17~34歳の接種でも子宮頸がん発症率は53%減少したようです。
これは2006年から2017年までにワクチンを接種した167万人以上のデータに基づく結果です。
私は今までに若くして子宮頸がんで命を失った方や、子宮頸がんで子供を望めなくなった方を多く診てきました。
それだけに、全員にHPVワクチンを接種してほしいと願うばかりです。
『コウノドリ』作中でも、鴻鳥先生と養母・ケイコママがHPVワクチン接種について議論していました。
母という立場からHPVワクチンに漠然とした不安を抱きつつもワクチンを打たずに子宮頸がんを発症することへの不安も抱えるケイコママの考えは、
まさに日本の多くの母親の総意かもしれませんね。
さて、このようにHPVワクチンの話をすると必ずと言っていいほど聞かれるのが安全性の問題です。
ここからは私が実際に患者さんからよく聞かれる疑問に対してお答えしていきましょう。
副反応があるのでは?
ひどい副反応が出ているのをテレビで見たことがあり、不安です。
HPVワクチンと副反応の関連性についてはすでに否定されています。
日本では2013年に、12~16歳の女性に対しHPVワクチンを無料で接種できる制度が導入されました。
しかしその後、ワクチンを接種した女性に「記憶がなくなる」「体が震える」などの副反応が出たという報道が相次ぎ、
特に若い女性がけいれんを起こしている様子がセンセーショナルに取り上げられました。
この報道に世論が「HPVワクチンって危ないんじゃないか?」という風潮に傾いてしまいます。
しかし海外では既にHPVワクチンの接種が進んでいたので膨大な研究データも揃っており、因果関係がないことはほぼ確実でしたが、
重い副反応が出たとする患者に弁護士団や政治家が絡んで被害者団体が非常に大きくなってしまい、マスコミも煽ったことで国としては接種を中止せざるを得ませんでした。
もっとも海外のデータでは因果関係がないと考えられたとしても、日本人にワクチンが合わないという可能性もあるかもしれません。
確かに人種によって発症率に違いのある病気があるわけですから、ワクチンの副反応にも人種差が無いとは言い切れませんね。
ならば日本国内で調べてみようということになり、
反HPVワクチンの急進派として活動していた名古屋市長・河村たかし氏の主導により、2015年に名古屋市で大規模な統計調査が行われました。
通称「名古屋スタディ」と呼ばれる有名な調査です。
この調査は「HPVワクチンを打った女性」と「打たなかった女性」で症状の比較をした研究で、約7万人にアンケートを送付し、約3万人の回答をもとに集計されました。
その結果は「HPVワクチンを打っても打たなくても、同様の症状が同じ頻度で発生した」というものでした。
こういった調査に回答を送る人は、どちらかと言えば副反応が強く出た人ほど積極的に回答することが多いと予想されますが、
そんなバイアスがあって尚、この結果だったわけです。
日本国内の数万人規模の調査で副反応に有意差が無かったならば、ワクチンの安全性に関する信頼度は(100%確実とは言えないにせよ)非常に高いと言えます。
よって、これで万事解決…
とはなりませんでした。
というのも、この研究を主導していた名古屋市が、速報版で出ていたオッズ比や「有意差が無い」という結論を正式版では意図的に削除した上、製薬会社にもデータを引用させないよう圧力をかけていたことが判明しています。
(参考:Wedge Online『正しくは「速報と変わらず因果関係なし」名古屋市子宮頸がんワクチン副反応疫学調査「事実上撤回」の真相』)
マスコミもこの結果を積極的に報道することはせず、沈黙を貫いていました。
そんな事情もあって日本におけるHPVワクチンの接種は遅れに遅れ、ワクチン接種勧奨を取りやめたまま8年が経過してしまいました。
余談ですが、この名古屋市長はソフトボール日本代表選手の金メダルを噛んだり、新型コロナウイルスに関する発言でもやらかしてたりと世間や医学界を騒がせる話題に事欠かない方です。
その他、世界各国における接種状況や統計調査も示しておきますと、
2017年時点でHPVワクチンは全世界で3億回分が出荷されており、
アメリカ・フランス・イギリス等が名古屋スタディの100倍以上の人数を対象とした大規模な統計をとって「安全性が実証されている」「明らかに有効性が上回る」という結論を出しています。
(参考:諸外国の公的機関及び国際機関が公表しているHPVワクチンに関する報告書)
これらのあらゆるデータを総合した結論としては、
「HPVワクチンにより重篤な副反応が出るという確かなデータは皆無である」と言えます。
副反応はなぜ起こる?
それじゃ、結局あの副反応は何だったの?
現在では予防接種ストレス関連反応ではないかと言われています。
世界保健機関(WHO)が近年提唱している概念として、予防接種ストレス関連反応というものがあります。
これはワクチンの種類と関係のない、接種前・接種中・接種後の急性ストレス反応とされています。
具体的な症状としては不安感や呼吸困難感、めまいや失神、さらに時間を置いて脱力や麻痺、言語障害などが含まれます。HPVワクチン接種後の副反応として報道された内容に近いですね。
予防接種ストレス関連反応についてはその機序がほぼ解明されており、症状への対応についても整備が行われています。
東京大学医科学研究所・石井健先生の研究室に予防接種ストレス関連反応に関するPDFが載っていますので、こちらも参考になるかと思います。
考えてみれば、多感な思春期の女性が何だかよく分からないうちに針を刺され、よく分からないものを注射される…
と考えれば強いストレスを感じるのもやむを得ないことです。
これについては我々医療者側も反省するところであり、丁寧な説明、信頼関係の構築の重要性を認識するところですね。
ちなみに私自身が過去に経験した事例を挙げますと、
2021年に某ウイルスのワクチン接種が始まったばかりの頃、近所の中学~高校生女子にワクチン接種をする機会がありました。
そこにはそもそも接種を始める前から泣き叫んで嫌がる子が一定数居ました。
本来なら一人一人に丁寧に説明をした上で接種をしたいところですが、後ろにはとんでもない長蛇の列が並んでおり、
さらに〇〇時までに終えなければならないという制限もあり時間的猶予も決して多くなかったため、十分な説明ができないまま接種を進めていくほかありませんでした。
本人にとってみればわけのわからん物質を無理やり注射されるようなものですから、そのストレスは筆舌に尽くしがたいものがあるでしょう。
そりゃあ予防接種ストレス関連反応が起こるのも致し方ないところだと思います。
説明が理解できないくらいの小児に対しての接種ならまだしも、
ウイルスに対してワクチンがなぜ有効なのか、過去の有害事象の発生率はどうなのか、といったあたりを丁寧に接種者へ説明する機会があればと思うところです。
もしも副反応を疑ったら?
副反応なのかどうか分からない場合はどうすればいいの?
副反応について相談できる医療機関が存在します。
もちろん、上記のようなデータを踏まえた上で、それでも副反応が怖いという気持ちはあると思います。
そこで、副反応かどうか疑わしい症状が出現した場合のために「予防接種後の症状に関する協力医療機関」(外部PDF)が厚生労働省により選定されています。
こちらをご覧頂ければ分かる通り、協力医療機関は各都道府県に1つ以上は必ず存在しますし、
必要に応じてお近くの救急病院への受診などを指示してくれる体制が整っています。
不安な場合は、これら各機関に相談するのもお勧めです。
日本での接種状況は?
結局、今の日本では接種できるの?
2022年4月から積極的な接種が推奨されました。
上に挙げたような流れでHPVワクチンの接種は遅れ、先進国の中で子宮頸がんの発症率が日本だけぶっちぎりで高いという状況になりました。
小学6年生~高校1年生の女子についてはHPVワクチン接種が無料で受けられるという制度自体はあったものの、希望者だけだったので認知度も接種率も非常に低かったのです。
その状況を重く見た世界保健機関が2015年末に「HPVワクチンの接種を一刻も早く再開するべき」と日本を名指しで批判するにまで至りました。
WHOだけでなく小児科学会や産婦人科学会も常にワクチン再開を要請していたもののなかなか受け入れられなかったわけですが、
2022年4月からようやく厚労省によりHPVワクチンの積極的推奨が再開されました。
しかしマスコミはこれに対し、揃ってほとんど何の報道もしていません。
被害者団体とも政府とも揉めたくないので、肯定も否定もしないというのが実情でしょう。
ワクチンは製薬会社の金儲けのため?
政府や製薬会社がお金儲けのために危険なワクチンを勧めてるんじゃないの?
ちょっと考えれば分かりますが、ありえません。
HPVワクチンに限った話ではありませんが、ワクチンの話になると「製薬会社or医者の金儲けのため」「政府の陰謀」と考える方々が一定数居ます。
具体的には言いませんが特に今もっとも話題のあのワクチンで顕著ですね。
もし彼らが言うように、政府や製薬会社が本当は危険な薬だと分かっていて私欲のために接種を押し通すようなことをしたとしても、全人口の数十%というレベルで接種を進めれば途方もない人数の被害者が現れるでしょう。
そうすれば第三者機関の調査が入るのは必然ですし、数人や数十人ならまだしも国単位の人数となると被害の隠ぺいは不可能です。
この規模の薬害が発生した場合の賠償・補償額は製薬会社が2~3社吹き飛んでも足りないレベルでしょうね。
そもそも、製薬会社はひとつのワクチンを作るのに莫大な費用と膨大な労力をかけています。
製薬会社も慈善事業でやっているわけではありませんし、薬の開発・製造にも人員にもコストはかかるので、それを回収しなければ会社としてやっていけません。
しかも完成するまでの間、彼らには一円も入ってきません。そもそも完成するかどうかも分かりません。
言うなれば、今ワクチンを販売している製薬会社はワクチン製造という事業投資に成功したわけですから、相応の見返りがあって然るべきです。
9価HPVワクチン接種って何?
9価HPVワクチンというのは何ですか?
9価HPVワクチンとは、現状もっとも子宮頸がんの予防効果が高いワクチンです。
よく使われるHPVワクチンには、『2価ワクチン』『4価ワクチン』『9価ワクチン』の3種類があります。
『○価』というのは、分かりやすく言えば「守備範囲の広さ」だとお考え下さい。
HPVには100種類を超える型が存在し、子宮頸癌の原因になりうる型はそのうち15種類程度と言われています。
そんな中でも、特に子宮頸がんを起こしやすいのは「16型」と「18型」です。この2種類だけで子宮頸がんの原因の半分以上を占めるというとんでもない奴らです。
『2価ワクチン』は、この特に強い「16型」と「18型」を予防することができます。
スーパーマリオブラザーズで例えるなら、クッパとハンマーブロスに対して無敵になれるといった感じです。
『4価ワクチン』は、「16型」と「18型」に加えて尖圭コンジローマという病気の原因になる「6型」と「11型」のHPVを予防できます。
例えるならばクリボーとノコノコに対しても無敵になれる状態です。
『9価ワクチン』では、この4つの型+子宮頸がんの原因になりやすい5つの型を予防できます。
現状、この『9価ワクチン』こそが最強の予防策の1つと言っても過言ではありません。
もはや常にファイアマリオ+スターで無敵になり続けているようなものです。
もちろん過信は禁物で、この9価ワクチンでも防ぎきれない子宮頸がんもあります。
具体的な数字で言うと、子宮頸がんの原因となっているHPVの型のうち、
2価/4価ワクチンでカバーできるウイルスは65.4%、9価ワクチンでカバーできるウイルスは88.2%にのぼるわけですが、
逆に言うと9価ワクチンでも10%近くのウイルスは守備範囲外というわけですね。(それでもかなり有効な予防策には違いありませんが)
そんな症例を子宮頸がん検診で早期発見できれば盤石の体制が築けます。
なお、2023年3月までは定期接種(無料で受けられる)の対象なのは『2価ワクチン』『4価ワクチン』の2種類だけでしたが、
2023年4月より9価ワクチンの定期接種開始が決定したため、現在は無料で9価ワクチンを接種することができます。
(参考:厚生労働省「9価ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン(シルガード9)について」)
ちなみに、2価や4価のHPVワクチンは確実に効果を得るために3回接種する必要がありました。
とはいえ小6~高1の女の子が、子宮頸がんの予防のためとはいえ3回も通院するのはハッキリ言って面倒くさいですよね。
そんな中、なんと9価ワクチンに限っては1回目の接種が15歳未満であれば2回接種でOKという親切設計となっています。
途中から9価ワクチンに変更するのは有り?
既に2価・4価HPVワクチンを1回打ちましたが、2回目から9価HPVワクチンに変更できますか?
これまでと同じ型のワクチンを接種することをお勧めします。
HPVワクチンは1回接種すれば終わりではなく、2回または3回接種する必要があります。
中には「既に1回目の接種を2価/4価ワクチンで済ませてしまった」という方もいらっしゃるでしょう。
そこでファイアフラワー+スター状態こと9価ワクチンを打ちたい気持ちはよーく分かるのですが、
途中からワクチンの型を変更することによる安全性や有効性の効果を評価した報告は現時点で存在しません。
MSD製薬の『シルガード®9 適正接種の手引き』によると、「可能な限り同じ種類のワクチンを接種することをお勧めします」とあります。
2価/4価ワクチンも有効性は十分に高いので、2回目以降は同じものを接種しましょう。
なお、これに関連して「既に2価ワクチン・4価ワクチンを打ち終えた人が、追加で9価ワクチンを接種することに意味があるのか?」という疑問をお持ちの方もいらっしゃると思いますが、
これについては9価ワクチンがまだ比較的新しいワクチンであり十分なデータが揃っていない状況ですので、はっきりした答えはありません。
また、WHOのガイドラインでも現時点では9価ワクチンの追加接種は推奨されていません。
結論として、2価ワクチン・4価ワクチンが接種できているなら、慌てて9価ワクチンを接種する必要性はそれほど高くないと思われます。
ワクチンを打っていない人は?
私はワクチンを打っていないけど、どうすればいいの?
接種は可能ですが、性交渉の経験がある人ではワクチンの有効性が下がります。
前述の通り、定期接種(無料で接種できる)の対象となるのは小学6年生~高校1年生までです。
なぜこの年齢に設定しているかと言うと、HPVは性交渉により感染するからですね。
そのため、初めての性交渉よりも前に接種するのが最も効果的です。
逆に言えば高校2年生以降でもHPVの感染がなければ接種の有効性は高いと言えます。
前述したスウェーデンの大規模な調査では17~34歳の接種に関しても子宮頸がん発症率は53%減少していますからね。
しかし、ここで大きな問題がひとつ。
性交渉を経験していると、「現在どの型のHPVに感染しているかを調べること・推測することは非常に難しい」のです。(性交渉の人数に関わらず)
HPVの検査というのも存在はするのですが、アレが役に立つ場面というのはかなり限られた状況のみです。
少なくとも、ワクチンを接種するかどうかの判断材料にはなりません。
これを踏まえた上で、後述のキャッチアップ接種の対象年齢以上、かつ性交渉を経験した方へのワクチン接種の有効性はどう考えるべきでしょうか。
結論から言いますと「接種しないよりはした方がいいが、接種するメリットは大きくない」と言えます。
確かに、性交渉を既にしていたとしてもまだ感染していない型のHPVを予防することは可能ですので、今後新たなパートナーができる可能性があるならばワクチン接種による有効性はあると言えます。
しかし、だからと言って決して安くないワクチン費用(4価ワクチンで約5万円、9価ワクチンで約10万円)を自費で払うほどのメリットがあると言えるでしょうか。
それは「分からない」です。
個人個人の感染状況、今後の新たなパートナーの有無など、ワクチン接種のメリットは個々で大きく異なりますからね。
もちろん、これを踏まえた上で「どんなに僅かでもメリットがあるのならば接種する」という考え方も有りだと思います。
金銭的なことを除けば、少なくとも接種して損はありません。
ここまでの話から、「いっそ麻疹や風疹のワクチンのように幼児のうちに打っておけば良いのに」というご意見もあるかと思います。
確かに幼児のうちなら接種スケジュールも立てやすいですし、本人にとっても楽ですね。
ではなぜそうしないのかと言うと、HPVワクチンがHPVの感染を防いでくれる期間がはっきりしていないためです。
これまでのデータから「少なくとも20年近くは効果が続くだろう」と予測されてはいますが、それ以上となると何とも言えません。
そしてHPVに感染しやすい(≒性交渉が最も活発な)時期が15歳~35歳であることが分かっているため、
この20年間をHPVから守るために小学6年生~高校1年生でワクチンを打つ、というのがこのタイミングで接種する理由となっているわけです。
キャッチアップ接種とは?
キャッチアップ接種というのは何ですか?
一言で言えば、「HPVワクチンを打ち逃した方」が無料で接種できる制度です。
上記のように、HPVワクチンの接種は若年のうちに済ませるに越したことはありませんが、仮に打ち逃していたとしても接種することで子宮頸がんの発症を予防する効果はあります。
そこで、日本ではワクチンが定期接種化が復活するまでの間に高校1年生を過ぎた方々、
すなわち誕生日が1997年4月2日~2008年4月1日の女性に関してはキャッチアップ接種という制度が適用されます。
(2023年3月までは2005年度生まれまでの女性が対象でしたが、2023年4月から対象が拡大されました。現在は2007年度生まれの女性まで対象となります)
要するに特例で無料のHPVワクチン接種が可能となります。
ただし、このキャッチアップ接種が可能な期間は2022年4月~2025年3月の3年間となっています。
この期限内に接種を終えるためには、遅くとも2024年9月までに接種を開始しておく必要があります。
これを逃した場合、9価HPVワクチンの3回接種だと約10万円の自己負担が発生することになるため、接種が済んでいない方はお早めの受診をお勧めします。
詳しくは厚生労働省のホームページをご覧ください。
がん検診について
子宮がん検診は受診した方が良いの?
20歳以上の女性は、2年に1回の子宮頸がん検診が推奨されています。
子宮頸がんは20歳頃から罹患率が上がり始めます。
HPVワクチンは子宮頸がんの予防に非常に有効ですが、それでも全てを予防できるわけではありませんので、
20歳から2年に1回の子宮頸がん検診を受診することが勧められています。
なお、ほとんどの市町村のホームページでは検診を受けられる医療機関・公費補助について公開されていますので、
20歳以上の女性の方々は一度調べてみることをお勧めします。
自己負担額は自治体によりますが、高くても1000円に満たない程度です。
HPVワクチンと子宮頸がん検診を組み合わせて、しっかり予防していきましょう!
男性のHPVワクチン接種
うちには男の子がいるけど、HPVワクチンを接種した方が良いの?
若い男性にもHPVワクチンの接種をお勧めします。
今回は子宮頸がんの話だけをしましたが、実際にはHPVは中咽頭がん・肛門がん・尖圭コンジローマなどの男性にも発症する病気の原因ウイルスでもあります。
加えて、性交渉が感染の原因となるわけですから男性のHPVワクチン接種は結果的に女性の感染を防ぐことにも繋がります。
そのため海外の先進国では男性もHPVワクチンを接種するのが当たり前になりつつあり、例えばオーストラリアでは男性の接種率が88%にのぼります。
日本では2020年12月から男性へのHPVワクチンが承認されましたが定期接種化はされておらず、2024年4月現在では全額自費(5~6万円前後)となります。
しかしながら、日本国内でもいくつかの市町村が男性へのHPVワクチン接種の一部または全額補助制度を導入しています。
2024年4月現在では、北海道余市町、北海道新篠津村、北海道西興部村、青森県平川市、秋田県にかほ市、秋田県横手市、山形県南陽市、群馬県桐生市、群馬県渋川市、茨城県水戸市、茨城県龍ケ崎市、埼玉県熊谷市、埼玉県秩父市、千葉県いすみ市、静岡県藤枝市、愛知県豊橋市が既に補助制度を導入しているほか、
東京都は小池百合子都知事がワクチン接種に積極的な姿勢であるためか、中野区を皮切りに多くの市区が助成制度を開始しています。(詳しくは「(お住まいの自治体) HPVワクチン 男性」で検索してみましょう)
この風潮が日本全体に広がる未来は遠くないかもしれませんね。
ただし2024年4月現在、男性が接種対象となるHPVワクチンは4価ワクチンのみであり、前述の2価ワクチンや9価ワクチンは承認されていませんのでご注意下さい。
もっとも、男性が発症しうる中咽頭がん・肛門がん・尖圭コンジローマについては4価ワクチンでほぼ完璧にカバーできるとされています。
しかしながら、将来パートナーとなる女性にハイリスク型のHPVを感染させてしまうリスクを下げるという点においては9価ワクチンを打つことの意義はあります。
とはいえ現状で未承認であることには変わりないので、個人的には男の子であれば4価と9価、どちらを接種しても良いかなと思います。打たないよりずっと良いことだけは確実です。
男性へ接種するタイミングは女性と同様、小学校6年生~高校1年生頃が良いでしょう。(厚生労働省は9歳以上の男性へのワクチン接種を認可しています)
(参考:みんパピ!『HPVワクチンは男性も接種するべき?効果や費用、日本と他国の状況も含めて解説』)
HPVワクチンを打てる医療機関は?
HPVワクチンを打てる医療機関はどこですか?
都道府県のホームページの他、検索サイトで調べることができます。
HPVワクチンの接種に対応している医療機関は産婦人科だけではなく、小児科や内科にも多く存在します。
接種できる医療機関の一覧が市区町村のホームページに掲載されている場合がありますので、
例えば「〇〇市(お住まいの市区町村) HPVワクチン 接種場所」などと検索してみるのがお勧めです。
また、かかりつけの産婦人科・小児科・内科がある場合はそちらに問い合わせてみるのも良いですし、
かかりつけが無い場合は病院検索サイトの病院ナビさんでHPVワクチンの接種が可能な病院を検索することも可能です。
まとめ
本日は『コウノドリ』より、子宮頸がんとHPVワクチンに関する解説でした。
以上をまとめると、このようになります。
・HPVワクチンの接種と子宮頸がん検診により、子宮頸がんの発症率を大きく下げられる
・副反応とワクチンの因果関係については学術的に否定されている
・ただし無理やり接種するのは良くない、十分な理解の上で接種するべき
・小学6年生~高校1年生の女性は無料でワクチンの接種が可能
(ただし例外があるので詳しくは厚生労働省のホームページを参照)
・男女ともに初めての性交渉の前に接種すると効果的
当ブログは「楽しむついでに医学も学べる」がモットーなので、読んで笑えるブログを心がけてますが、
今回に限っては笑い要素を排除してお送りしました。
『コウノドリ』の市川さんのような患者さんは今も日本のどこかに居ます。
とはいえ市川さんのように一子を無事に出産し、本人の予後も良好ならまだ良い方で、
中には子供を持つことさえ諦めなければならない場合や、若くして命を落とすこともあるのが子宮頸がんという病気なのです。
HPVワクチンを接種するという選択により、そういった方々が少しでも減ることを願います。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
以下、関連記事です。
名作『ブラック・ジャック』に登場した子宮癌(子宮頸癌と思われる)の解説はこちらです。
ブラック・ジャックが唯一愛した女性、如月めぐみと子宮癌について考える
その他、子供に打つべきワクチン全種類に関する解説です。
普段はもう少しおバカな考察記事を書いています。
男性も打った方がいいワクチンだったんですね…知らなかった
気軽に…ってのもなんか変ですけど、もっと打って当たり前のような時勢に変わるといいなと思いました
コウノトリは途中までしか読んでないけどほとんどの話でボロ泣きした記憶
機会があれば最後まで読もうと思います
お読み頂きありがとうございます。
個人的な肌感覚としては、数年前に比べると明らかにワクチンに対する意識は良い方向に変化してきている印象を受けますね。
仰る通り、打って当たり前(もちろん個々人に接種の自由がある上で)の時勢になると素晴らしいと思います。
すごく…早いです(対応が)ゴクリ
指摘というつもりは毛頭なく単純な疑問でしたが、これがお応えと受け止めました
お忙しいなかご丁寧にありがとうございました
ご返事の手段が閉じられたので(やむをえないと思います、お疲れさまでした)、こちらにて失礼します