こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
2024年10月からは「2024年秋冬用」と呼ばれるコロナウイルスワクチンの接種が開始され、
インフルエンザワクチンも例年同様に接種が始まっています。
それだけでなく、2024年6月からはRSウイルスワクチン「アブリスボ」も販売が開始され、
さらにさらに成人用三種混合ワクチン「Tdap」に関する話も一般の方から聞かれる機会が増えました。
ほんの4~5年ほど前まで、ほとんど誰もインフルエンザワクチンくらいしか知らないに近しい状況でしたが、
新興感染症、新技術によるワクチンの開発、そしてそれらによる妊婦さんの情報感度の高まりにより、妊娠中のワクチンに関するご質問も非常に増えました。
というわけで本日は、これまでに解説したインフル・コロナワクチンの記事やRSウイルスワクチンの記事などの内容を再編しつつ、
「妊娠中・妊娠前後に接種するワクチン全解説」をお届けしていきましょう!
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基礎知識
妊娠中にワクチンを打って良いの?
まずは大前提となる、「そもそも妊娠中にワクチンを打って良いのかどうか問題」を解説しましょう。
確かに、妊娠中は食べ物や飲み物、薬などに関しても一部制限があったりするものです。
たとえ医師から処方された薬であっても、心のどこかで飲んで良いのかちょっぴり不安になってしまうという方も少なくないはず。
そして、実際に妊娠中には打てないタイプのワクチンも存在します。
(妊娠中にそれらを接種しようとすると医師から止められると思いますが)
そんな「妊娠中に打てるワクチン」と「打ってはいけないワクチン」の見分け方はシンプルです。
「生ワクチンか、それ以外か」ですね。
ワクチンにはいくつか種類があり、「生ワクチン」「不活化ワクチン」「mRNAワクチン」…などなどが存在するわけですが、
性質としては「生ワクチン」と「それ以外」で大ざっぱに分けてしまって大丈夫です。
妊娠中に生ワクチンを接種することはできませんが、それ以外のワクチンは接種可能です。
生ワクチンとは
それでは、生ワクチンがどういうワクチンなのかを解説しましょう。
生ワクチンというのはこんな感じのワクチンです。
どうも、麻疹のウイルスです。
どうも、科学者です。
そこの君…ちょっとウチに来てみない?
えっ?
なんかニンゲンに捕まったんやけど…一体ワイをどうする気や…?
まさか…ワイの体を好き放題もてあそぶ気やな…!くっころ…!
それじゃ麻疹ウイルスくん、ヒトの細胞を用意しといたから培養してみようか!
えっ…?
てっきり医療ブログでは描けないとんでもない目に遭わされるのかと…
そんなことないよ!培養に最適な環境を整えてあげるよ!
なんや、ニンゲンにも話が分かる奴がおるやないか…
(と言いつつ、実際にはニワトリの細胞を使って培養しておこう…あと温度も低めに設定して…)
うむ、快適快適。増殖するにはちょうどええな。
…?なんか、ワイの好きなニンゲンの細胞とちょっと違うような…
温度もなんか寒い気がするな…でも耐えられへんほどではないし、まあこんなもんか…?
ニンゲンのおかげでたくさん増えたで!!!
いいね!!もう一回、培養行ってみようか!
えっ!今日は好きなだけカレー食べていいのか!
おかわりもいいぞ!
うめ…うめ…
というわけで、数十世代にわたってニンゲン様に培養してもらったでヤンス。
すっかり良い感じの麻疹ウイルスになったね。
君たちの過ごしやすい温度は?
30℃くらいでヤンス。ニンゲン様の体温はちょっとワイらには暑すぎるでヤンス。
君たちの過ごしやすい細胞は?
ニワトリの細胞が最高でヤンス。ニンゲン様の細胞にはもうあんまり適合してないでヤンス。
君たちが生きてるのは?
ボス(科学者)のおかげでヤンス。
完璧だ!!!
ということで、このウイルスを人間に注射してみましょう。
んほおおおおおお
なんか、あれよあれよという間に知らないところに連れてこられたでヤンスが…
なんやここ!?暑すぎるし居心地も悪いでヤンス!!
こんな環境じゃ実力が発揮できないでヤンス…
ボス…たすけて…
どうも、免疫細胞の白血球です。
ボスケテ…
………
なんか、既に死にかけのウイルスがおるんやけど…
まあでも異物には違いないし、処理しといたろ。
あばばばばばば
なんやったんやろ、こいつら…あっさり死んだし…
ほなこいつの顔覚えたから、次は「抗体」ですぐに退治できるようにしとくわな。
ワイも覚えといたわ。もう悪さはさせへんで。
オジキ!いつもお世話んなってます。
というわけでやってまいりました、空気中を漂っている野生の麻疹ウイルスです。
そのへんのニンゲンに適当に取りついて、好き放題増殖してみたい気分やな!
むむ?あそこにいるのは…
ワイの住みやすいニンゲンやないか!!!行ったろ!!!
(麻疹ウイルスごっくん)
ここにワイの理想郷を建てるんや…!
ようこそ
それでは
死ぬがよい
あばばばばばば
…と、これが生ワクチンの仕組みです。
ヒトに対する病原性を弱めたウイルスを投与することで、免疫細胞に覚えさせる…という機序なわけですね。
(実際には麻疹の生ワクチンには低温にする製造法は使われませんが)
ただ、生ワクチンの欠点としてごく弱いながらも病原性はあるので、
胎児にとってはその弱い病原性が命取りになる可能性が否定できないため、妊娠中はあらゆる生ワクチンを接種してはいけないルールになっています。
(妊娠中の生ワクチン接種により母児に健康被害が出たという実例が存在するわけではないのですが、万が一何かが起きた時の損害が甚大すぎるため)
そして、この生ワクチンと対になるような存在が「不活化ワクチン」ですね。
不活化ワクチン・mRNAワクチン・レプリコンワクチンとは
上記の生ワクチンの仕組みさえ理解できていれば、不活化ワクチンの仕組みも大部分は同じです。
大部分が同じなので駆け足で解説します。
どうも、インフルエンザウイルスです。
君の毒性を取り除いてあげよう!(薬品バシャー)
あばばば
というわけで病原性は完全になくなりました。
よわよわウイルスと呼んでください。
注射します。
んほおおお
よっす、どうも。
ウイルス殺す
あばばば
覚えた
ワイも
というわけで、生ワクチンは「ものすごく弱らせたウイルス(病原性はわずかに残っている)」、
不活化ワクチンは「病原性を完全にゼロにしたウイルス」という認識で差し支えありません。
病原性をゼロにしているということは、胎児であろうと免疫不全患者であろうと感染のしようがない(副反応は出現する可能性がありますが)ため、
不活化ワクチンは妊婦さんにも全く問題なく接種できます。
なお、コロナウイルスに使われる「mRNAワクチン」はどうかと言いますと、
ウイルスの外側の殻(スパイク)だけを体内で合成させるという技術であり、病原性のある部分は合成されないため、
実質的にmRNAワクチンと不活化ワクチンの仕組みはほとんど同一です。
妊婦さんにもmRNAワクチン(コロナワクチン)を接種できるのはこのためですね。
mRNAワクチンを応用したレプリコンワクチンも同様です。
ただ、免疫の付き方に関しては生ワクチンとそれ以外とで大きく違いがあります。
ワクチンによる免疫の付き方はウイルスの種類ごとにも変わるのであくまでも一般論ですが、
不活化ワクチン(mRNAワクチンを含む)に比べて生ワクチンの方が免疫は長持ちします。
Know VPD!さんによる分かりやすいワクチンの早見表がこちらですが、
生ワクチンが概ね1~2回の接種で済むことが多いのに対し、
不活化ワクチンは3~5回、あるいは年ごとの定期的な接種が勧められているものばかりですね。
生ワクチンは妊婦さんに打てないデメリットもある反面、免疫の付き方は非常に良い、というメリットもあるわけです。
妊娠中に接種したいワクチン
RSウイルス母児免疫ワクチン(アブリスボ)
それではここから、具体的に「妊娠中に接種したいワクチン」を全解説していきましょう!
まずは2024年10月現在、最もホットな存在である「RSウイルス母児免疫ワクチン(アブリスボ)」から。
RSウイルスという病原体をシンプルに表現すると、「赤ちゃんにとって非常に重い風邪を引き起こすウイルス」です。
赤ちゃんにとっての危険度はほぼインフルやコロナと同列レベル。
そんなあまりにも危険なウイルスなので、
従来は特に感染リスクの高い赤ちゃん(早産児など)に限り、生後に「シナジス」という抗体を注射することでRSウイルスの感染を予防していたわけですが、
2024年6月、ついにRSウイルスの感染を予防できるワクチンが発売開始となりました。
これを妊娠中に接種しておくことにより、生後3か月以内での重症化予防効果が81.8%、半年以内でも69.4%にのぼることが実証されています。
約3~4万円という高すぎる価格さえ何とかなればマジで全妊婦さんが打った方が良いワクチンと断言できるのですが、
お政府様による補助はまだしばらく期待できないので、金銭的に少々痛手ですが赤ちゃんを守るためには全力でお勧めしたいところです。
接種時期については、ファイザーの公式見解としては妊娠24~36週での接種を推奨していますが、
日本産婦人科学会はかなり石橋を叩いて妊娠28~36週を推奨しています。
(とはいえ24週~27週でも適応ではありますし、早産リスクや合併症次第では24~27週の接種が望ましいケースもあります)
また、接種後14日以内に赤ちゃんが生まれた場合に赤ちゃんに免疫が得られるかどうかは不明であるとしています。
これらを踏まえた私のおすすめ接種タイミングとしては、
①28週を超えていればなるべく早めに打つ(36週など、ギリギリまで待つメリットは特にない)
②早産のリスクが高い人に関しては24週~27週のうちに打ってもよい(主治医の先生の判断による)
といった感じになりますね。
詳しくはRSウイルスワクチンの解説記事もご参照ください。
2024年6月から接種が始まるRSウイルスワクチン(アブリスボ)について解説する(2024年10月改訂)
インフルエンザウイルスワクチン
コロナを除くと、最もポピュラーなワクチンのひとつと言っても良いかもしれません。
なんせ小児期に接種するワクチンと違い、インフルワクチンは接種タイミングが毎年なので、大人になってもそれなりに身近な存在と言えます。
さて、インフルエンザといえば「毎年、少しずつ変異を繰り返す」という厄介な性質を持っています。
その性質のために、去年かかったから今年はかからないとは言い切れないのがインフルエンザの嫌なところですね。
よって、インフルエンザはその年に流行する変異株に応じてワクチンを接種しておくのが最適解と言えるわけです。
ところで、「ワクチンになるインフルエンザの変異株ってどうやって決められてるの?」という疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
実は、WHO(世界保健機関)が主導する「インフルエンザ協力センター」や「ナショナルインフルエンザセンター」といった、
インフルエンザの流行状況の収集・解析に特化したインフルエンザ対策の専門機関が存在します。
これらの機関の情報に基づいてWHOが「今年はこの変異株を対策しておこう」という推奨を打ち出し、
それに応じて各国がワクチンを作る変異株を決めていくわけです。
めちゃくちゃ簡単に言えば、
毎年、超偉い人たちがものすごい会議を何回もやってインフルワクチンの株を決めています。
厚生労働省は毎年、インフルエンザワクチンの変異株の決定プロセスを公開していますが、その圧倒的な情報量にビビること請け合いですので、興味のある方はちょっと覗いてみてください。
(参考:第1回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会研究開発及び生産・流通部会 季節性インフルエンザワクチン及び新型コロナワクチンの製造株について検討する小委員会資料)
話を戻して、妊婦さんのインフルワクチン接種について。
妊婦さんは心臓が平常時よりかなり頑張っていること、子宮が大きくなって呼吸が少ししづらいこと、
ウイルスに対する免疫力が低下していることなどが組み合わさり、インフルエンザ・コロナの重症化リスクが高いことが示されています。
具体的には、2009年の新型インフルエンザでは妊婦さんのインフルエンザ罹患による死亡リスクが約3倍になっていることが明らかとなりました。
そんな中、インフルエンザワクチンの接種によりICUの入室リスクを26%、死亡リスクを31%減らせることが示されています。
というわけで、妊娠中こそインフルエンザワクチンは積極的に接種しておきたいところです。
費用も他のワクチンに比べるとかなり安く、3000~5000円とコスパも見合います。
接種時期としては秋ごろ(10~11月頃)が望ましいでしょう。
コロナウイルスワクチン
2019年に出現して以降、世界を激変させた、ご存知コロナウイルスですが、
現時点でこのワクチンを接種する意義としては、感染予防効果よりも重症化予防効果が重視されています。
2020年9月~2022年6月の国内67施設・計1134人のコロナ感染妊婦を対象とした調査では、
コロナ感染により流産や死産は増加しなかったものの、
中等症Ⅱ(酸素投与を必要とする症例)以上の重症度となった妊婦さんの早産率が有意に高く、また中等症Ⅱ以上を発症した妊婦さんは全員ワクチン接種をしていなかったというデータがあります。
(参考:山田秀人, 出口雅士「COVID-19と妊娠」日本産婦人科・新生児血液学会誌 32(2): 35-42, 2023.)
そんなわけでコロナウイルスに対してはワクチン接種で自衛をしておきたいのですが、
コロナワクチンは感染予防効果も重症化予防効果もそれほど長く(年単位)は長持ちしないことが分かっています。
そのため、特に罹患時のリスクが高い妊婦さんに関しては、
秋~冬くらいにコロナワクチンを接種しておき、重症化を予防するのが最適解である、と言えます。
ただ、コロナはまだまだ分かっていないことも多い新興感染症のため、
1年ごとに、あるいは数か月ごとに変異株の状況も政府の対応も刻々と変化します。
よって、常に最新の情報を得ておく必要があります。
来年にも上記の対応が最適と言えるかどうかは、まだ何とも言えません。
可能な限りは当ブログも最新情報を得次第、更新していきます。
さて、2024年10月現在、日本で承認されているコロナウイルスワクチンは
ファイザーの「コミナティ®」、モデルナの「スパイクバックス®」、第一三共の「ダイチロナ®」、武田薬品の「ヌバキソビッド®」、Meiji Seikaファルマの「コスタイベ®」の5種類です。
これらのワクチンの市場供給は2024年9月頃から始まり、10月1日から上記の高齢者への定期接種が始まりました。
基本的にいつどの種類のワクチンを接種しても効果にほとんど違いはありませんが、
一応の違いとしてヌバキソビッド®は組み換えタンパクワクチン、コスタイベ®はレプリコンワクチン、その他はmRNAワクチンとなっています。
強いて言えば、組み換えタンパクワクチンであるヌバキソビッド®(武田薬品)はmRNAワクチンに比べて副反応が少ないことが報告されているため、従来のワクチンの副反応がしんどかった方は選択肢として考えてみてください。
副反応の話を抜きにして接種の効果を考えると、レプリコンワクチンであるコスタイベ®は従来のmRNAワクチンより長く効果が持続することが期待できるため、現状の最適解と言えますが、ほとんど取り扱いがないのが玉に瑕です。
とはいえコスタイベ®を100点とすると、従来型のワクチンでも95点は取れるくらいの予防効果は期待できますので、遠出をしてまで打ちに行く必要もあまり無いかなと。
「たまたま近所に取り扱いがあればラッキー」くらいで大丈夫です。
ちなみに私が2024年10月に接種したのは従来型のファイザーのmRNAワクチン(コミナティ®)です。
2024年現在の推奨としては、これもインフルエンザワクチンと同様に10~11月頃の接種がおすすめですが、
コロナはインフルエンザに比べるといくらか季節性の偏りが少ないので、2025年春くらいまでの余裕のある時に接種しておくのも悪くないでしょう。
費用は15000円前後と比較的高額ですが、妊娠中であればそれに見合った価値はあります。
特に接種が開始された最初の2~3回以降、全く接種していない方であれば妊娠中・妊娠前に必ず打っておきたいワクチンと言っても差し支えありません。
妊娠中のインフル・コロナワクチン解説についてはこちらの記事もご参照ください。
結局、妊娠中にコロナやインフルのワクチンは打つべき?(2024年10月改訂)
百日咳ワクチン(成人用三種混合ワクチン・Tdap、DTaP)
ここは難易度が少し上がってきます。
このTdapの話を知っている妊婦さんは非常に情報感度の高い方だと言えます。
100人中1人知っているかどうかではないかな。
そもそも「百日咳」という病気は何かと言いますと、読んで字のごとくメチャクチャ咳が出る呼吸器感染症で、
特に生後3か月以内に感染すると重症化しやすいことで知られています。
大人が感染した場合、苦しいものの命に関わることは少ないですが、乳児は咳が出すぎてそのまま無呼吸により死亡するケースもある、非常に危険な感染症です。
そのため、2024年4月以降の赤ちゃんには生後2か月くらいで百日咳を含む「五種混合ワクチン」というワクチンを接種しますし、
五種混合が導入される前(2024年3月以前)も「四種混合」や「三種混合」(いずれも百日咳ワクチンが含まれている)が接種されていました。
(これらは全て不活化ワクチンであり、妊娠中の投与もOKです)
しかし、そうなると心配になるのが生後1~2か月以内の赤ちゃん(五種混合ワクチンを接種する前)です。このタイミングで感染すると非常に危険です。
加えて、赤ちゃんのお世話をする大人側もきっちり予防しておきたいところですよね。
そんなわけで、アメリカでは2005年から新生児の百日咳を予防するため、「成人用三種混合ワクチン(Tdap)」を妊婦さんに接種し、赤ちゃんへ抗体を移してあげる対策が始まりました。
さらにイギリスやニュージーランドでもこの動きは追随されており、特に2016年にニュージーランドで行われた調査によると、
百日咳の流行があっても妊娠後期にワクチン接種をした母親から産まれた新生児では、百日咳の発症が1例も見られなかったことが示されています。
そんな状況の中、ワクチン超後進国である我らが日本はと言いますと、
そもそも海外で使われている成人用三種混合ワクチン(Tdap)自体が承認されていないという酷い状況です。
では、そんな2024年10月現在、百日咳の予防対策としてどんな方法があるのか。
有効な対策は2通りあります。
1つ目が「海外からTdapを輸入ワクチンとして接種する」。
承認こそされていないものの、幸いなことにTdapは海外では超メジャーなワクチンなので、大きめの都市であれば取り扱っている病院は珍しくありません。
「〇〇市(お住まいの自治体) Tdap」などで検索するとけっこう出てくるはずです。
自費のため料金は決まっていませんが、だいたい10000~15000円くらいでしょうか。
2つ目が「日本でも承認されている三種混合ワクチンを接種する」です。
「あれ?さっき『日本では三種混合ワクチンが承認されてない』って書いてなかった?」という方は実に鋭い。
海外で妊婦さんに使用されているのは「成人用三種混合ワクチン(Tdap)」であり、
日本で承認されているのは「(乳児・小児用)三種混合ワクチン(DTaP)」です。
間違い探しかな?
この2つの違いは何かと言いますと、「三種混合ワクチン」には「百日咳」以外にも「ジフテリア」と「破傷風」を予防するためのワクチンも同梱されているわけですが、
ざっくり言うと小児用のDTaPは成人にとっては局所反応(痛みや脹れ)が出やすいため、ワクチンの成分を調整して大人にも打ちやすくしたのがTdapになります。
DTaPは本来、乳児~7歳未満の小児を対象としたワクチンではあるのですが、DTaPでもTdapと同等の百日咳予防効果はあります。
そして日本でDTaPはTdapよりもかなり手に入りやすく(小児科ならだいたいあるはず)、料金も5000円前後とTdapより幾分お手頃なので、
局所反応を許容できる・近くにTdapの扱いがある病院がない・値段を抑えたいという方はDTaPを接種することを検討してみても良いかもしれません。
接種時期として、アメリカのACIP(接種の実施に関する諮問委員会)は「妊娠27週~36週のうちの早い時期に接種することが望ましい」としています。
妊娠前後に打ちたいワクチン
最後に、できるだけ妊娠前にワクチンで対策しておきたいウイルスについてご紹介しておきましょう。
結論から先に申し上げると、「麻疹」「風疹」「ムンプス(おたふくかぜ)」「水痘」「B型肝炎」の5種類です。
B型肝炎を除く4種類はすべて生ワクチンしか存在しないので、そもそも妊娠中に接種することができません。
ご自身の母子手帳を確認して、所定の回数、これらのワクチン接種歴が確実にあればほぼ間違いなくセーフですが、
そうでないものがある場合はあらかじめ妊娠前に抗体検査を行っておき、抗体がない場合はワクチン接種をしておくのがお勧めです。
抗体検査の費用は、風疹以外はだいたい1項目あたり3000~7000円くらいです。
麻疹・風疹ウイルスワクチン(MRワクチン)
「妊娠前に調べておきたい抗体」の代表格中の代表格が「風疹」ですね。
妊娠中に風疹に罹患することによって赤ちゃんに様々な後遺症が出現する「先天性風疹症候群」はワクチン接種さえできていれば確実に防げる病気であるため、ここは確実に押さえておきましょう。
また、麻疹という病気も世界史に何回も影響を与えてるレベルの恐ろしい感染症ですし、
仮に罹患すると妊娠や育児どころではなくなってしまうためこちらも可能ならチェックしておきたいところです。
麻疹・風疹ともに、人生で2回ワクチンを接種できていればかなり高い確率で予防ができます。
妊娠を考える前に、ご自身の母子手帳でこれらの接種歴だけは絶対にチェックしておきたいですね。
また、多くの自治体では風疹の抗体検査に助成が出るので、これもしっかり活用しましょう。
先天性風疹症候群に関する解説はこちらをご参照ください。
ムンプスウイルス(おたふくかぜ)ワクチン
おたふくかぜ(ムンプス)です。
これは妊娠中にかかった場合に重症化する可能性が高かったり、赤ちゃんに後遺症が出現したりするというわけではないのですが、
罹患すると単純にメチャクチャしんどいこと、日本ではワクチンを接種している人が少なく抗体を持っていない人が一定数いることから対策を打っておきたいウイルスとして挙げました。
ひとたび育児を始めると、お子様が保育園や幼稚園からおたふくを運んできて家族が総崩れになるという事態も考えられますし。
また、重症化リスクが特別高いわけではないといっても命に関わる髄膜炎や脳炎などを起こす可能性は普通にありますし、
小児・大人ともに難聴や卵巣炎・精巣炎による不妊症などのリスクが普通に存在しているので定期接種(無料)ではないのが世界的に見てもだいぶおかしい存在です。
母子手帳でおたふくかぜ(ムンプス)ワクチンの確実な2回接種がない場合は抗体検査をしておくことをお勧めします。
水痘(水ぼうそう)ワクチン
子どもがよくかかる感染症というイメージがあるかもしれませんが、
妊娠中に初めて罹患した場合はきわめて重症化しやすく、母体死亡率は13~14%ほどにのぼりますし、
命が助かった場合も赤ちゃんに四肢低形成や小頭症などの後遺症が残る「先天性水痘症候群」を発症する可能性があります。
水痘ワクチンの定期接種が始まったのは2014年と比較的最近なので、
情報感度の高いご家庭で育ったのでない限りワクチン接種を受けていることは少々期待しづらいところです。
(医療職だと就職前や実習時に抗体検査やワクチン接種を受けていることがありますが)
2回のワクチン接種歴があれば問題ありませんが、そうでない場合は抗体検査とワクチン接種をお勧めします。
B型肝炎ウイルスワクチン
最後にB型肝炎です。
これは不活化ワクチンなので妊娠中にも接種できるっちゃできますし、妊娠中の感染経路もかなり限られる(性交渉や刺青・ピアスなどの不適切な使い回し等)のですが、
できれば妊娠する前にチェックしておきたいですね。
体に必要なタンパク質を作ったり、栄養を貯蔵したり、有害な物質を分解してくれたりするほか、消化酵素のひとつ「胆汁」を作り出すなど獅子奮迅の働きをしている肝臓様ですが、
B型肝炎はそんな肝臓様に多大なるダメージを与えるウイルスであり、場合によっちゃ肝臓に痛恨の一撃を与える急性肝炎・劇症肝炎や肝臓癌を発症するリスクもあります。
そしてワクチンで防ぎうる感染症です。
また、妊婦さんがB型肝炎に罹患していると赤ちゃんにも感染してしまうリスクがあるという困ったもの。
そんなB型肝炎の抗体検査(HBs抗体検査)は2000円程度で受けられるので、上記のウイルスのついでにチェックしておくのも悪くないでしょう。
まとめ
というわけで、本日は妊娠中・妊娠前後に接種したいワクチン全種類の解説をお届けしました。
もう一度、まとめておきましょう。
◎RSウイルスワクチン(アブリスボ)
・赤ちゃんへRSウイルスの抗体を移行させ、感染時の重症化を防ぐ。
・28~36週の早めの時期に接種がおすすめ。(状況に応じて24~27週でも可)
・30000~40000円と高額ながら接種に見合う価値はある。
◎インフルエンザウイルスワクチン
・母体の重症化を防ぎ、赤ちゃんへの抗体移行も期待できる。
・毎年秋(10~11月頃)の接種がおすすめ。
・3000~5000円程度とコスパは抜群。
◎コロナウイルスワクチン
・母体の重症化を防ぎ、赤ちゃんへの抗体移行も期待できる。
・毎年秋~冬頃の接種がおすすめ。
・15000円程度とやや高いがぜひ接種しておきたい。特に最初の2~3回以降、接種していない人は強く推奨。
◎百日咳ワクチン(Tdap/DTaP)
・赤ちゃんへのRSウイルスの抗体を移行させ、感染時の重症化を防ぐ。
・母体も抗体が無くなっていることが多いため、感染を防ぐことができる。
・27~36週の早めの時期に接種がおすすめ。
・10000~15000円かかり取り扱いが少ないが副反応の小さいTdapにするか、5000円ほどで手に入りやすいが副反応がやや強い可能性のあるDTaPにするかは個人ごとの判断で。
◎MRワクチン(麻疹・風疹)
・超危険な麻疹と、先天性風疹症候群の原因である風疹から身を守れる。
◎ムンプスウイルス(おたふくかぜ)ワクチン
・日本では抗体を持っていない人がしばしばいるため、妊娠や育児の前にチェックしておきたい。
◎水痘(水ぼうそう)ワクチン
・妊娠中に罹患すると死亡率13~14%であり、赤ちゃんも先天性水痘症候群を発症するリスクがある。
◎B型肝炎ウイルスワクチン
・妊娠中に感染するリスクがそれほど高いわけではないが、上記のついでに調べておくのがお勧め。
・HPVワクチンとともに数少ない「癌を予防できるワクチン」でもある。
ワクチンはほんの100~200年前までは対策の打ちようがなかった「感染症」という脅威に対抗できる人類の英知と言っても差し支えないため、
ぜひ正しい知識を身につけて、妊娠時に適切なワクチン接種ができるよう準備を整えておきましょう。
なお、上記のうち生ワクチン同士(MR・ムンプス・水痘ワクチン)は27日以上の間隔をあける必要がありますが、
それ以外の全てのワクチンは間隔をあける必要がありません(同時接種もOK)ので、いっぺんに済ませたい場合は同時に接種してしまっても構いません。
最後に、当ブログのワクチン関連記事一覧をご紹介しておきます。
RSウイルスワクチン(アブリスボ)の解説です。
2024年6月から接種が始まるRSウイルスワクチン(アブリスボ)について解説する(2024年10月改訂)
風疹と先天性風疹症候群の解説です。
インフル・コロナワクチン解説です。
結局、妊娠中にコロナやインフルのワクチンは打つべき?(2024年10月改訂)
子どもが打つワクチン全種類の解説です。
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