こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
先日『ブラック・ジャック』より「激流」に関する考察をお届けしたところ、非常に大きな反響を頂きました。
改めて、漫画の神様・手塚治虫先生の素晴らしさ、『ブラック・ジャック』という作品の知名度と人気を実感する記事でしたね。
そんなわけで本日は神様の漫画への考察、第2弾!
『ブラック・ジャック』の象徴とも言うべき愛すべきキャラクター、ピノコの出生について考えていきましょう。
「畸形嚢腫」
『ブラック・ジャック』は、無免許ながら天才的な技術を持つ外科医、ブラック・ジャックを主人公とした医療漫画です。
そんなブラック・ジャック先生(以下BJ先生)のもとには、
BJ先生にしか治せない難しい手術の患者や、訳ありで一般病院には診せられない患者などがやってきます。
ある時、BJ先生のもとに一本の電話が鳴ります。
「ある身分の高いお方の主治医」と名乗る人間から、
「手術を今晩やらないと手遅れなんです」と半ば一方的に急患を依頼されました。
主治医は横倍病院の可仁博士と名乗りました。
患者はおたふくのお面を被っており、徹底的に身分を秘匿しようとする姿勢が伺えます。
大きな腫瘍(できもの)に驚くBJ先生。
可仁博士は畸形嚢腫であると話します。
「双子が生まれるはずだったものが、片方ができそこない、
もう片方の赤ちゃんの体につつまれた状態で生まれてくることがある」
「どんどん大きくなって大きな腫れ物のようになる、これを畸形嚢腫と呼んでいる」
というナレーションが挟まれます。
可仁博士のレントゲンを見ると、手足や肝臓、肺、そして脳までありました。
「こいつァ驚きだ だいたいひとそろい人間の内臓がつまってるじゃないか」
「なぜこんなにでっかくなるまで切らずにほっといたんですかね?」
とBJ先生は疑問をぶつけます。
可仁博士によると、摘出手術をしようとするたびに立ち会った医師たちが突然狂い出し、手術が中止となってしまう「嚢腫の呪い」のためだと言います。
かまわず一人で手術を断行するBJ先生でしたが、畸形嚢腫にメスを入れようとした瞬間、激烈な頭痛に襲われます。
苦しみにのたうつBJ先生。
そしてテレパシーで直接「切るな」という声がBJ先生の脳内に響きました。
BJ先生は畸形嚢腫に対し、
「おまえを切りとるが殺しやしない 生かしておくつもりだ」
と説得しました。
「培養液にひたして生かしておく」と説得したことで、畸形嚢腫との話し合いは成立。
BJ先生は麻酔薬を注射し、摘出手術を始めました。
手術は無事に終了。
可仁博士からは「すぐ捨ててくださいっ」と反対されますが、BJ先生は「こいつを捨てようと焼こうと… 私が決めるっ」と言い放ち、畸形嚢腫の中身を生かしたままにしていました。
術後の経過は良好で、あと一週間ほどでの退院が見込まれていたある夜、
一人で酒を飲んでいたBJ先生は、培養液に浸した畸形嚢腫を見て思い立ちました。
「お前はさいわい脳から心臓から手足まで全部揃っているんだ」
「立派に一人前の肉体に仕上がるはずなんだ」
と話しつつ、合成繊維で作ったパーツと合わせて、畸形嚢腫の体を組み立てていきます。
そしておたふくのお面の患者が退院する日、BJ先生は「あなたの妹さんだ」と紹介します。
かつて畸形嚢腫だった、BJ先生により組み立てられたその子こそが、ピノコでした。
自分のことを腫瘍として切り離した(殺そうとした)姉に対し、ピノコが罵倒の限りを尽くしたことで、姉妹の仲は決裂。
患者は可仁先生とともに逃げるように退院、ピノコはBJ先生のもとで生活することとなりました。
かくして、人気キャラクターのピノコが誕生しました。
『ブラック・ジャック』は重い話や暗い話、救いようのない話もしばしばあるのですが、
ピノコという愛らしく快活なキャラクターは『ブラック・ジャック』における清涼剤のような役割を果たしていくのです。
「言葉足らずで、血は繋がらないが家族想いの小さな女の子」というピノコのキャラクター造形は、
2022年を風靡した『SPY×FAMILY』のアーニャなどにも影響を与えたと思ってるます。
(やっきーの推測です)
今回の病態を考える
さて、まずは今回の患者(以下ピノコの姉)の病名について考えていきましょう。
劇中でさんざん「畸形嚢腫」と呼ばれまくっているこの病気ですが、結論から申し上げますと畸形嚢腫ではありません。
奇形腫(畸形嚢腫)とは?
まず「畸形嚢腫」という病名は現在は使われていない、古い病名です。
現在では「奇形腫」と呼ばれます。
『進撃の巨人』に出てくるアレとはもちろん関係ありません。
奇形腫は、ほとんどが卵巣に発生する胚細胞性腫瘍です。
胚細胞とは、分かりやすく言えば女性における卵子のことですね。
この卵子というものは、精子が受精して細胞分裂など何やかんや上手いこといけば人間ひとり分になることができる、大変な優れものです。
奇形腫とは、この「人間ひとり分になれる」という機能が暴走し、卵巣の中で勝手に髪の毛や脂肪、骨などを作ってしまう腫瘍のことです。
その奇形腫の中でも良性のものを成熟奇形腫と呼びます。
産婦人科医として働いていれば、どう少なく見積もっても年に2~3人は診ることになる、結構ありふれた腫瘍でもあります。
私も成熟奇形腫の患者さんは数えきれないくらい診てきました。
ならば、ピノコはこの奇形腫なのかと言うと、答えはNOです。
奇形腫とは、簡単に言えば細胞が「どんどん細胞分裂しよう!」と暴走しているような状態ですから、心臓や脳などの複雑な仕組みの臓器が作られることはほぼありません。
ただし、ものすごく稀に脳や心臓などの複雑な仕組みの臓器が作られることがあります。
このタイプの奇形腫を「胎児型奇形腫」と呼びます。
胎児型奇形腫はメディカルオンラインで調べた限り、国内で最も新しい報告が2008年の症例、しかもその時点で日本中で28例しか報告がないという超がつくほど稀な疾患です。(出典:”胎児型奇形腫” 産婦の進歩 第60巻3号, 2008年)
するとピノコは、この「胎児型奇形腫」なのかと思うところですが、この解釈では劇中の描写と食い違いがあります。
『ブラック・ジャック』劇中の説明を振り返ってみると、
「双子が生まれるはずだったものが もうひとりのからだの中につつまれたまま生まれてくる」
という説明がなされています。
この説明は奇形腫ではなく、胎児内胎児という別の病気です。
さらに、劇中でも何度も患者とピノコは「姉妹」であると説明されます。
これは、胎児内胎児であると考えた方が良いでしょうね。
胎児内胎児とは?
胎児内胎児もまたものすごく稀な疾患です。2019年時点で、日本国内では63例しか報告されていません。(出典:”出生前診断された胎児内胎児の1例” 日本小児外科学会誌 第55巻2号, 2019年)
では、可仁博士らが誤診をしていたかと言うと、これもなかなか難しいところ。
というのも、胎児型奇形腫と胎児内胎児はどちらも同じくらい滅多に見ることのない疾患であり、
「赤ちゃんのようなものがだいたい揃ってる」という同じ特徴を有するので、1970年代当時の技術で術前に完璧な診断を下すのは難しいと思われます。
また、胎児内胎児と考えると、可仁博士がピノコの姉の手術を急いでいたのも理解ができるというもの。
胎児内胎児はその80%以上が体の中の後腹膜という場所に発生します。
胎児内胎児は大きくなるにしたがって周囲の臓器を圧迫して、心肺機能低下、腎機能低下、嘔吐などの様々な症状をきたします。
そのため、超音波診断の無い時代でも胎児内胎児はほとんどが新生児や乳児の段階で、哺乳不良や嘔吐などが原因で見つかったようですね。
日本国内で最も遅くに発見・治療をした例だと、1927年に報告された12歳の症例(出典:”後腹膜腔における奇形腫” 後藤七郎,臨床医学写真図譜)があるようですが、
それ以外はほとんどが生後1年以内、遅くとも2歳くらいまでには治療をしています。
ピノコの姉のように18歳くらいまで放置せざるを得ない状況だったとすると、
ピノコの姉にどんな症状が現れていたかは分かりませんが、体の不調は凄まじいものだったでしょう。
(ピノコの年齢は話によって18歳だったり20歳だったりします)
それどころか心不全や腎不全など、何らかの臓器障害をきたしていてもおかしくありません。
ちなみに後腹膜には大血管や腎臓など、重要な臓器が集まりまくっていますので、
後腹膜に癒着する腫瘍の摘出手術を麻酔管理を含め一人で全部やったことに対し可仁博士は「奇跡だ!」と言っていますが、奇跡どころか人間技ではありません。
後腹膜腫瘍の手術を1人でやるのは、例えるならプロ野球をピッチャーとキャッチャーの2人だけで戦って完封勝利するようなもんです。
さすがBJ先生!
おれたちにできない事を平然とやってのける!
しかし、この胎児内胎児と考えても腑に落ちない描写がひとつ。
上に挙げた胎児型奇形腫にしても、胎児内胎児にしても、
中身はいびつなことが多いながらも、普通は胴体に手足が生えた人間の形をしているのです。
ピノコのように手足や内臓がバラバラで入っているということはありません。
腫瘍の中身がバラバラだった理由
では、なぜピノコの手足や内臓がバラバラだったのかを考えていきましょう。
…
……
………
ごめんなさい、さっぱり分かりません。
手足や内臓がバラバラになる原因も不明ですし、
その状態で個別の臓器がきちんと生きている理由もまったくもって謎です。
ピノコの姉が腹部を打撲するなどしてバラバラになったのだとしたら、
柔らかい脳みそが丸ごと無事なことの説明がつきません。
どなたか、整合性のとれる仮説をお持ちの方はアドバイスを下さい。
ピノコが生きていた理由
とりあえず何か上手いこといってピノコの手足や内臓がバラバラに収められていたということにしましょう。
次に問題になるのは、それらの臓器がどうやって生きていたか、ということですね。
人間も動物も生きている限りは代謝活動、つまり酸素や栄養をきちんと取り込んでいなければなりません。
人体において、そうした酸素や栄養のやり取りを担ってくれるのが血液です。
つまり血管や血液がなければ代謝ができませんから、いかなる臓器も死んでしまいます。
これを見るとピノコの腕の断面がばっちり写ってますが、どう見ても血管はどこにも繋がっていませんね。
この状態でピノコの手足や内臓が生きているのだとすれば、腫瘍の中身はものすごく酸素や栄養素の運搬効率が良い水分で満ちていることになります。
LCLかな?
ひとまず、ピノコの姉ちゃんが体内でLCLを作り出せる使徒か何かだったという前提で話を進めるとして、次に考えるべきはピノコが姉の体から切り離されたあとの話です。
ここで謎なのが、BJ先生が用意した「培養液」という液体です。
「培養液」と一言で言っても、細菌、幹細胞(iPS細胞で有名になりましたね)など、何を培養するかによって成分は大きく異なります。
組織を生かしておく目的なら、強いて言えばヒト幹細胞培養液が近いのかもしれませんが、
BJ先生がピノコに問われた時メチャメチャ苦し紛れに「培養液にひたすか…」と言ってますね。
医大の入学試験で面接官の教授に論破された時の私(やっきー)と同じ表情をしてます。
それもそのはず、ヒト幹細胞培養液なんてものが普通の診療所に置いてあるわけがない(そもそも1970年代当時にあったのかも不明)ので、
おそらくリンゲル液か維持液など、よく使う点滴をそれっぽい容器にぶちまけて急場を凌いだのでしょう。
そして、ピノコの手足や内臓が維持液か何かの中でうまく栄養を取りこめたとして、次に必要なのが酸素ですね。
ピノコの嚢腫の中には肺も含まれていたようですが、胸郭も横隔膜もない状態では酸素なんて取り込めません。
酸素が無いと、ピノコの臓器は死んでしまいます。
この状況でできることと言えば…
あれですね、
エアレーションですかね。
金魚の水槽とかに入れる、空気をブクブクさせるアレです。
BJ先生が用意した容器に、見たところそういったものは取り付けられていないように見えますが、
できればピノコの入っていた水槽をブクブクさせてあげてほしかったですね。
(維持液をブクブクさせた程度で必要な酸素が取り込めるとは到底思えませんが)
BJ先生の技術力がフォーカスされがちですが、
こうした悪条件を乗り越えて生き抜いたピノコの生命力、
そして18歳近くまでこんなものを腹に入れていたピノコ姉の体の強さも大概おかしいと言えるでしょう。
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ところで私は記事内で写真を使いたいとき、写真素材サイトのphotoAC様やイラスト素材サイトのいらすとや様でダウンロードすることが多いのですが、
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これはもう買うしかないですね!!!
まとめ
以上、ピノコの出生に関する考察はいかがでしたか?
『ブラック・ジャック』の描写には謎の説得力があり、なんか実際に起こりそうな気がするものですが、こうして改めて医学的に考えると現実ではありえないことばかりですね。
フィクションとリアリティの絶妙なバランスを突いていく『ブラック・ジャック』、やはり名作と呼ぶに相応しい作品です。
『ブラック・ジャック』は考察し甲斐のある話ばかりです。
次は何について考えていきましょうか。
以下、関連記事です。
『ブラック・ジャック』より、帝王切開に関する話です。
『ブラック・ジャック』より常位胎盤早期剥離と緊急帝王切開について解説する
『ブラック・ジャック』幻の未収録作品、「快楽の座」に関する解説です。
【閲覧注意】『ブラック・ジャック』幻の未収録作品「快楽の座」を解説する
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はじめまして。ブラック・ジャックの愛好家の一人です。
医師の方からの専門的な解説、大変興味深く拝読いたしました。
ピノコの存在はやはり漫画ならでは・・・というのが多くの医療関係の方々の見方ですが(ノーベル賞候補と言われる医学者で大阪大学の総長を務めておられた平野俊夫先生は「近代医学はブラック・ジャックを超えられるか?」という題材にピノコを取り上げておられましたが)、先生より非常に詳しくご説明いただいて有難かったです。
畸形嚢腫・・・あるいは他の名称の疾患ですが、分からない点があります。
ピノコのように五体/五臓六腑が分かれた状態でなく、人間体の胎児の形をしていた場合でも(宿主が成長し胎児も大きくなってから摘出される例もあるようですが)、摘出手術の際生存の可能性はゼロなのでしょうか?
また、母親の体外に生まれ出ることなく、きょうだいの体内で生存している状態で、栄養はどう吸収するのでしょう?
また生きていれば老廃物も出るはずですが、それはどこへ向かうのでしょうか?
考えても分かりません;
ご教示賜れれば幸いです m(_ _)m
Black Magicさん
コメントありがとうございます。
お楽しみ頂けて何よりです。
胎児型奇形腫に関してはそもそもが患者さんが持っている栄養を吸収して大きくなる「腫瘍」の一種なので、それ自体が生命を持つということは無いですね。
胎児内胎児に関しては、過去の症例報告において摘出前の胎児内胎児が生存しているかどうかを記載した報告が(私の調べた限り)存在しないため不明ですが、寄生先の兄姉のどこかの血管と繋がっていることがあるようです。
これによって上手く兄姉から栄養を貰うことができた場合、摘出前なら生存できる可能性はゼロではないかもしれません。
しかし、摘出にあたっては寄生先の兄姉からの血流を遮断せざるを得ませんから、摘出後の生存は限りなく不可能です。
そのあたりをクリアできる技術が仮に存在したとしても、胎外で生存できるほどの大きさの胎児内胎児だと寄生先の兄姉にとってきわめて強い負担を強いられます。
結論として、ピノコのように「大きくなっても致命的ではない場所に胎児内胎児が住みつく」「寄生先の兄姉の血管からほどよく栄養を貰える状況」という限りなく低い確率をクリアし、
なおかつブラック・ジャック先生のような神技・摘出後の胎児内胎児を生存させられる超技術が揃っていれば可能性はあるかもしれません。
老廃物に関しては…分解できるものは分解して寄生先の兄姉に排出してもらう、分解できないものは腫瘍内に蓄積、となるものと思われます。
やっきー先生、ご回答を賜りまして深く感謝いたします m(_ _)m
お忙しい中、わたくしごとき者の質問に詳細なお答えをくださったこと、厚く御礼申し上げます。長年の疑問(子宮内の胎児と違ってへその緒もないのにどうやって栄養を摂取できるのだろう? 等)もこれで氷解いたしました。
「ブラック・ジャック」に関しては1976年秋の有名なロボトミー抗議事件以後、医学的な整合性が問題になり、単行本化された収録作品も多少改変されたり(ピノコ初登場の第12話「畸形嚢腫」にもセリフで1か所、設定で1か所の改変あり)、 “フィクション“ では済まない問題点を抱えたエピソードは封印されたりしてしまったため、連載当時の週刊少年チャンピオンを収集しオリジナル版を読み直したりしているのですが、意外な発見が有るのは今年でちょうど50年前、BJの連載が開始された4号あとの同誌で、少し前から連載されていたつのだじろうの心霊ホラー漫画「恐怖新聞」に「自分と自分」なるエピソードが掲載されていて、野球部の少年がドッペルゲンガーの様なもう一人の自分と遭遇、怪現象に悩まされ始めた直後、激しい腹痛から入院して腹部の嚢腫が見つかり、摘出手術を受けようとすると “もう一人の自分“ の猛烈な妨害に遭う。実はそれは体内の嚢腫の中の生まれそこないの双子の兄弟の念の化生だった・・・という話です。
その6号あとに載るピノコ誕生のエピソードも話が似ているのですが、その後重要なキャラクターとなるピノコがそうして生まれる(天才科学者の息子が交通事故死し、ロボットで再現させてみせるとしてアトムが生まれたのにも似て)、という展開から考えて、手塚先生の方はたぶん着想自体が違っていたのでトキワ荘後輩の真似ではなかったと思われます。
第140話「畸形嚢腫パート2」を読むと、手塚先生は胎児内胎児という、不運にも誕生前にきょうだいに取り込まれてしまい生を受けられなかった個体へのあわれみから、もしそれが改めてこの世に生まれることが出来たなら・・・との発想でピノコを考えられたのではないか、と思っています。
ではでは、本当にありがとうございました。
疑問に対するお答えになったようで何よりです。
>単行本化された収録作品も多少改変されたり
確かに、手塚治虫作品はリライト・描き直しが多いことで知られていますね。
恥ずかしながら「畸形嚢腫」のセリフと設定の変更は存じ上げませんでした…
考察の手がかりになるかもしれませんので、もし差し支えなければ、どういった内容の改変かご教示頂ければ非常に助かります。
>「自分と自分」
なんと…!恐怖新聞にそのような酷似した話があったとは、実に興味深いです。
とはいえ、勉強熱心だった手塚治虫先生ならば「自分と自分」からインスピレーションを受けた…という可能性も無いわけではないかもしれませんね。
やっき―先生、再度のご返信ありがとうございます。またまたおじゃま致します。
さて御質問の件なのですけど、第12話「畸形嚢腫」(掲載=1974年第9号の少年チャンピオン)を改めて読み返してみたところ、設定の変更は1か所、セリフの変更も古い版のコミックスでは1か所なのですが、後の版では書き換えが多く、計5か所になっているものもありました。
まず、こちらの記事の引用画像ではそのまま表記されている「立ち会ったものが 突然狂いだすのです」「狂う?」が、のちの文庫版等では「立ち会ったものが 突然おかしくなるのです」「おかしくなる?」と、現在では仕方ない表現に差し替えられ、次にピノコが組み立てられていく場面の「おまえは人間になりそこなった肉体のかけらだ」は、オリジナル版では「肉体のクズだ」になっています。
最大の変更は、これも比較的古い版ではされてなかったりするのですが、次のページ(ラストから3ページ目)で、オリジナルではお面をかぶったピノコの姉がBJの家から退院で搬出されていき、可仁先生のセリフも「よーし運びだせ」だったのですが、現在の文庫版(1994年08月20日初版発行の1巻)等では逆に家へ搬入されていき、元はなかった絵の上のト書きとして「一年のち・・・」と記され、セリフも「よーし運びこめ」になり、オリジナルでは「しばらくのごしんぼうですぞ もとの病院におはこびいたしますからな」だったのが「これが最後の診察日です これでこういうふゆかいなことともお別れ・・・・・・」に変更されています。
これは第93話(1975年)の「水とあくたれ」の回で、BJが難病のマリー症でぐれて金をゆすりに来た中学生に、誕生直後のピノコの様子として「はじめはゴロッところがって動くこともできなかった」「はじめの二十日でやっと ひとりで起きあがり・・・・・・」「つぎの十日で 血だらけになって歩くことをおぼえたんだ」と説いて聞かせるというエピソードが描かれたために初登場時との矛盾が生じ、後から変更されてピノコが姉のお腹の上で罵倒と共に飛んだり跳ねたりできたのは一年経過後、ということにしたようです。
「水とあくたれ」でのマリー症の説明も変更されていて、のちのちも対世間での苦労が多い作品なのだなあと思います。
ちなみに「恐怖新聞」の「自分と自分」というエピソード(全三話)は、少年チャンピオンコミックスとのちのゴマコミックス版では2巻(主人公の鬼形くんがUFOの様な夜空の眼を見つめている表紙)に収録されています。
それでは長文失礼いたしました
情報提供ありがとうございます。
雑誌掲載版に加えて新旧のコミックスや文庫版に関する調査もされているとは…!感服致します。
>狂いだす
ブラック・ジャックに限らず、1950~1980年代あたりの漫画では「狂う」「きちがい」といった表現が珍しくありませんでしたが、これらの表現は最近の版でどんどん自主規制が進んでいますね。
「おかしくなる」への改変があったことは初めて存じ上げました。
>肉体のクズだ
この表現はなかなか凄まじいですね…!
「人間になりそこなった~~」の表現しか存じていませんでしたので、ブラック・ジャック先生らしからぬ、実に興味深い台詞です。
>一年のち
この改変があったことだけは存じていましたが、「最後の診察日ですぞ」の台詞の改変は存じ上げていませんでした。勉強になります。
とはいえ、可仁博士なら「手術だけしてくれればあとはこっちで診る」というスタンスを貫きそうですし、少々無理のある改変のような気がしなくもないところですが…
>マリー症
いわゆる「シャルコー・マリー・トゥース病」ですが、遺伝疾患であることや、
この病気を患ったキャラクターが誘拐・強請りをしたという描写が少々ナイーブな部分になりそうですね。
個人的に『ブラック・ジャック』に関しては一般人より詳しい方だと自負していましたが、やはり「ガチ勢」の方の知識量と研究量には遠く及びませんね…
遠くないうちに、再び『ブラック・ジャック』を題材とした記事を執筆しようかと思っていますので、ご指導を賜れますと幸いです。
素晴らしいコメントをありがとうございました。
「凡人は模倣し、天才は盗む」というピカソの言葉のように、手塚先生も他の作品の主題を大胆にアレンジして自分のものにしているものがあります。
ブラックジャックもゴルゴ13の「高額な報酬で暗殺を請け負うプロフェッショナル」を「高額な報酬で手術を請け負うプロフェッショナル」に改題しています。これについては、「人殺しを主人公にするのではなく人助けをする主人公を書きたかった」と手塚先生も暗にゴルゴ13を批判するようなコメントを残しています。
そのほか、「支配者が実は被差別階層の出身だった」というストーリーは「カムイ伝」から「アドルフに告ぐ」へ、「ビッグX」、「魔神ガロン」、「マグマ大使」と「ジャイアントロボ」、「鉄人28号」、「ゲゲゲの鬼太郎」と「ドロロ」などなど。
単なるパクりでは片付けられない大胆な改題も手塚先生の魅力で、あれこれ元ネタを考えるのも楽しみです。
手塚先生が「ブラック・ジャック」を構想されるにあたり、さいとう・たかを氏の「ゴルゴ13」を鏡像的にモデルとし、キャラクターの志向性は死生で逆にしたというのはおっしゃる通りですし、手塚先生は1970年代初頭の “冬の時代” に週刊少年チャンピオンで、当時社会現象(社会問題?)になっていた永井豪さんの「ハレンチ学園」への便乗から性教育漫画「やけっぱちのマリア」(有害図書指定されて打ち切り)を執筆されたりした、等々の創作スタンスの一部も事実なのですが、ピノコの基本設定に関してはつのだじろう氏の「恐怖新聞」の「自分と自分」は、既述のように同じ誌上で直前に存在したエピソードなものの、あまり影響はしていないように思います。
と申しますのは、手塚先生は1968年にSF的短編の「嚢」という作品(手塚治虫漫画全集MT261「時計仕掛けのりんご」に収録)を描かれており、 “畸形嚢腫に由来する実体的≠仮想的な双子姉妹” という、心霊現象にも似た不可解な血縁関係、ピノコとその姉にも共通するモチーフを既に取り扱われているため、BJ版のピノコはその自己翻案から来たもので、むしろ後年のつのだ氏の方がその影響を受けたか、または偶然の一致であったように思われます。
やっき―先生、ブログ読者の皆様、不用意に話題にしたことは申し訳ないです。ただ、こちらも50周年目の「恐怖新聞」も忘れ去られた漫画ではなく、現在も読者のいる古典作品同士がごく近い時期に同一の誌上で同じテーマを取り上げていたこと、もし「自分と自分」からではなく、ピノコの構想が既に存在していたとしたら、先を越されたのは「漫画の神様」にとっても困ったことだったろうに、敢えてそのまま打ち出した辺りを知ってほしいと思った次第です。同一誌上での、諸作の連載はまた競争でもあるので。
故・白土三平さんが生涯のテーマとした階級闘争は、手塚作品に影響があるとすれば「火の鳥」の方だったのではと思っています。
またも僭越な投稿、すみませんでした m(_ _)m
やっきー先生、こんにちは。いつも楽しく読ませていただいております。
漫画の解説としても面白く、特にサラリーマン金太郎の話が好きです!
実は双子でおなかに片割れの臓器があったという話で思い出したのがこのニュース記事です。インドで18歳の青年が骨、歯、髪の塊の「寄生性双生児」を摘出したという話です。
https://japan.techinsight.jp/2016/01/yokote2016010921040.html
これも胎児内胎児と同じものなのでしょうか?
寄生性双生児で検索すると東アジア中心にいろいろな症例が出てきます。ベトナム戦争の枯葉剤の影響なのでしょうかね…?
ちなみに、これを知ったのは萩尾望都の短編「半神」か大好きで、結合双生児について知りたいと思って検索していたのがきっかけです。
この話はわずか16ページでまとめられ、台詞もコマも1つとして無駄な描写がなく完結しているため漫画短編として傑作と評価されています。
いつかやっきー先生に取り上げていただき、解説を伺いたいです…!
「寄生性双生児」は結合双胎児のことを表すのが一般的ですね。(寄生性双生児の定義を書いた日本の医学文献が無いので断言はできませんが)
記事の内容を読む限り、この患者さんは寄生性双生児ではなく胎児内胎児ではないかと思います。
記事の病名が間違っているように見受けられます。
「半神」について、情報提供ありがとうございます!
『ブラック・ジャック』にも結合双胎児の話がありますし、合わせて取り上げるかもしれません。
先生の考察と同じ胎児内胎児なのですね!すっきりしました。
ピノコのお姉さんがこの青年と同じ病気だったとすると、同じ18歳頃まで1人分の臓器一式をお腹に抱えているのはかなりきつそうですね…
お忙しいところご回答ありがとうございました!