こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
育児を始めたばかりの親御さんが驚くことの1つに、「ワクチンこんなに打つの!?」というものがあると思います。
確かに2024年4月現在、小児の定期接種の対象となるワクチンは9種類、任意接種が4種類。
1種類につき1~4回ずつ接種の必要があり、ものによっては5回だったり毎年だったりもするので、理想的な接種が済んだ場合の延べ注射回数は20回を超えます。
Know VPD!さんによる分かりやすい早見表がこちらです。
しかし親御さんの中には、
「こんなにたくさんワクチンを打つのは可哀想…」
「何のためにこんなにワクチンを打つんだろう?」
と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
そんなわけで本日は、2024年4月現在で小児への接種が推奨されているワクチン全種類について「何のためにこれらのワクチンが必要なのか」「これらのワクチンを接種するとどのような利益が得られるのか」をご説明しましょう。
先に結論だけを言うと『上の画像に載ってるワクチン全部打った方が良い』です。
読むのが面倒くせえ!という人はとりあえず全部打ちましょう。
それでは詳しく解説していきます。
定期接種と任意接種
個別の解説の前に、『定期接種』と『任意接種』の違いを説明しておきましょう。
『定期接種』とは、我らが日本のお政府様がこんな感じの声明を出しているイメージです。
ワシらが接種費用も全額負担するし、ワクチンで万が一のことが起きても全責任とるから絶対にこのワクチンだけは打ってね!!!
お政府様といえばちょっぴりおケチで知られていますよね。(遠回しな表現)
そんなお政府様にとってもワクチン自体の費用や接種にかかる人件費、もしも副反応が起きた場合の診療コストなどを差し引いても打った方が明らかに国にとって得をする(子どもが成長した将来、それ以上の税金を納めてくれることが期待できる)と判断されている、というわけです。
ちょっぴりおケチなお政府様がここまで保証しているわけですからそりゃ期待できるってなもんです。
これに対し『任意接種』はこんなイメージです。
打ちたい人は打っていいけどお金は自分で出してね。効果は国が保証するから、万が一何かあった時のための救済措置は設けてあるよ。
※ワクチンの種類によっては任意接種であっても自治体による公費負担などがある場合もあります。
『定期接種』が必要不可欠なのは勿論として、
『任意接種』もお政府様による効果のお墨付きは存在するので、打つか打たないかで言うと「打った方が断然良い」と言えるものです。
個人的な意見としては任意接種のワクチンも全て定期接種にした方が良いと思っているのですが。
それでは、個別のワクチン全種類について解説していきましょう。
全ワクチンの解説
①MR(麻疹・風疹混合):定期接種
まずはMRワクチンからです。
「Measles(麻疹)」と「Rubella(風疹)」の頭文字からつけられた名前ですね。
まずは麻疹についてですが、これを一言で表すと「高熱と体中の発疹を起こす超重い病気」です。
「麻疹(麻しん・はしか)」という言葉が身近すぎてイメージしづらいかもしれませんが、この「超重い病気」は全く誇張ではありません。
1874年にフィジー諸島(国民の誰も麻疹に対する免疫を持っていなかった)に初めて麻疹が持ち込まれた際、全人口の1/3に当たる4万人が死亡したという事実があるほどです。
また、現在もなお麻疹に治療薬はありません。対症療法のみです。
加えて、健常者1000人が感染すると約1~2人ほどが死亡し、1000人に1人ほどが脳炎を起こします。(脳炎を起こすと後遺症を残す可能性が非常に高いです)
しかも麻疹の感染力はきわめて高く、例えばインフルエンザは1人の患者から周囲の免疫を持たない約1.3人に感染するのに対し、
麻疹は1人の患者から10人以上に感染してしまう力を持っています。
感染力・重症度・後遺症どれをとっても超絶極悪非道の感染症と呼んで差し支えないでしょう。
ごくまれに反ワクチンの人達が「麻疹を貰いに行って免疫つけよう!」などと言ってて戦慄を覚えますが、自ら感染しに行っていい病気ではありません。
続いて風疹です。
妊婦さんにとってはある意味、麻疹と同じかそれ以上に恐ろしい病気ですね。
「3日はしか」という通称が示す通り、その症状は「軽い麻疹」に近く、これ自体が致命的になることは多くありません。
風疹が恐ろしいのは妊婦さんに感染した時です。
「先天性風疹症候群」という、赤ちゃんの視力・聴力・心臓に一生ものの後遺症が残ってしまう可能性がある感染症のリスクがあるわけですね。
詳しくはこちらの記事で詳しく解説しています。
②B型肝炎:定期接種
医療従事者以外にはいまいちピンと来ない感染症かもしれません。
「肝炎」という病気を分かりやすく言うならば、「肝臓が悲鳴をあげている状態」です。
肝臓は体に必要なタンパク質を作ったり、栄養を貯蔵したり、有害な物質を分解してくれたりするほか、消化酵素のひとつ「胆汁」を作り出すなど獅子奮迅の働きをしています。
そんな肝臓がもし働かなくなったら体中がとんでもないことになります。
もし人間1人分の肝臓と全く同じ機能を人工的に代替しようと思ったら、工場1つ分くらいの設備が必要という説もあるくらいです。
もはや肝臓様と呼ぶべきレベル。
B型肝炎ウイルスは、そんな肝臓様に対し「肝炎」を引き起こす非常に危険なウイルスです。
もし肝炎が進行すると、肝臓様が絶叫する「劇症肝炎」や、肝臓様に癌ができる「肝細胞癌」を起こす可能性もあります。
そんなB型肝炎ウイルスの感染経路としては、感染した母体からもらうパターン、傷などから入り込んでしまうパターンもありますが、単なる性交渉でも感染するというのが恐ろしいところですね。
こんなヤバいウイルスをワクチンで防げるなら安いものです。
③ロタウイルス:定期接種
ある程度大きいお子様をお持ちの親御さんは「何それ?」と思われたかもしれません。
ロタウイルスワクチンは2020年10月から定期接種の対象になった新顔です。
日本中の小児科の先生方が待ち焦がれていた存在であり、
「”待”ってたぜ!この”瞬間”をよォ!」と言いながらバイクで疾走していた姿は記憶に新しいところです。
というのも、感染性胃腸炎は乳幼児の死亡原因の中で最も多いもののひとつで、
ロタウイルスはその原因となる病原体として最たるものなのです。
このロタウイルスワクチンですが、かつて1998年にも別タイプのワクチンが使われていた過去があります。
この時のワクチンは1万人に1人くらいの割合で「腸重積」という副反応が起きた過去があり、約1年で使われなくなってしまいましたが、
現在使われているワクチンは13万人規模の治験を行って安全性を確認しています。
ただし念には念を入れまくって、腸重積がほぼ起きない生後2か月までにこのワクチンを開始するというのが現在の方針となっています。
ロタウイルスワクチンは投与時期がけっこう厳密に決められていますので、1か月健診のときに小児科の先生にしっかり確認しておきましょう。
ちなみにロタウイルスワクチンには「1価」と「5価」の2種類がありますが、後述するHPVワクチンと異なりどちらを接種しても効果は同様のようです。(参考:厚生労働省『ロタウイルスワクチンに関するQ&A』)
④肺炎球菌:定期接種
肺炎球菌…?
いったい何の病気を起こす菌なんだ…!?
という人はたぶんいませんね。肺炎を起こす菌です。
『Dr.STONE』のルリがかかっていたのが、まさにこの肺炎球菌による肺炎です。(千空による推定ですが)
ただし、実際は肺炎以外にも色々な病気を引き起こします。
肺炎もたいがい危険なのですが、特にまずいのが「髄膜炎」ですね。
これは脳や脊髄を覆っている「髄膜」に菌が感染する病気です。
後述するウイルスによる髄膜炎に比べて、菌による髄膜炎はさらに危険です。
死亡率・後遺症が残る確率、ともに数十%にのぼります。
実はこの肺炎球菌、元気な赤ちゃんの鼻の中にも4~6割くらいの確率で棲みついています。
普段は人畜無害を気取っていますが、ウイルスなどの感染症をきっかけに突然フィーバーして肺炎や中耳炎などを起こしてしまう厄介な菌なわけですね。
普段それほど牙を剥かないとは言え、この菌が居ても迷惑なだけなのでワクチンでしっかり予防していきましょう。
⑤五種混合ワクチン:定期接種
ん?五種混合ワクチン?
うちの子が受けたの「四種混合」だった気がするけど…?
いやいや、うちは「三種」だったぞ?「二種」だったぞ?
という親御さんは実にセンサーが鋭いですね。
「二種混合」は「ジフテリア」と「破傷風」のワクチンで、
「三種混合」は↑に「百日咳」を加えたワクチンで、
「四種混合」は↑に「ポリオ」を加えたワクチンで、
「五種混合」は↑に「ヒブ」を加えたワクチンです。
これらのうち、どれをいつ接種するべきかの制度は数年単位で変わっているため結構ややこしいです。
この記事を書いている現在(2024年4月20日)で最も新しいワクチンは「五種混合」であり、これが定期接種の対象になったのは2024年4月からです。
二種~五種混合ワクチンの違いを大雑把に言えば「種類が多いほど守備範囲が広い」と言っていいわけですが、
上記の「五種混合」が存在する現在でも5歳頃と11歳頃に追加接種すべきワクチンは「二種混合」や「三種混合」だったりしてまた非常にややこしい。
スケジュールも複雑です。
そんなわけで結論として、小児科の先生の言う通りに打ちましょう。
⑥BCG:定期接種
BCG、いわゆるハンコ注射ですね。
BCGワクチンには「結核」の感染率を半分以下にしてくれる効果があります。
結核はバチクソ厄介な菌で、数ある細菌の中でもトップクラスに抗菌薬が効きにくいという性質を持ちます。
そして空気感染します。(空気中をふわふわ漂うため感染を防ぐのが難しい)
よって、結核の患者さんは結核菌が漏れ出さない専用の病棟か個室に入ってもらう必要があり、
治すのが難しいだけでなく、治療中の自由もかなり制限されます。
『となりのトトロ』のお母さんが(おそらく)かかっていた感染症としても知られていますね。
現代でこそ結核は「ものすごく頑張れば治せる感染症」になりましたが、抗菌薬が発達するまでは「ゆっくり療養して進行を遅らせる」しかない不治の病でした。
だから大人の足でも3時間かかる七国山病院で療養していたわけです。
余談ですが、Google Mapによると東京ディズニーランド~東京スカイツリーが徒歩3時間くらいなんですが、
起伏もあるこの距離を娘2人乗せて自転車でしれっと往復してたお父さんはフィジカルお化けかな?
ところでBCGはなぜあんな痕の目立つハンコ型なの?という疑問もあるかと思いますが、
「あれが一番接種痕が目立たない方法だから」です。
BCGはけっこう扱いが難しいワクチンで、もし他のワクチンと同じように針1本で行うと、
うまくいっても直径数ミリくらいの目立つ痕ができますし、誤って深すぎる場所に注入すると「潰瘍」や「膿瘍」ができるリスクがあります。
赤ちゃんに接種痕を作ってやろうという悪の組織があの形を考えたわけではなく、試行錯誤のすえに現在のハンコ注射になったのですね。
⑦水痘(水ぼうそう):定期接種
小さい水ぶくれみたいなのがプツプツできる病気、いわゆる「水ぼうそう」ですね。
水痘はワクチンが普及する前は「子どもの頃にかかる病気」の代表格でした。
多くの場合は大きな問題になりませんが、まれに重症化することで知られ、水痘によって年間4000人が入院、20人が死亡しているとされています。
また、大人が水痘に初めてかかった場合も重症化しやすいことが知られています。
ちなみに漢字表記は「水暴走」ではなく「水疱瘡」です。
私は高校生くらいの頃まで勘違いしてました。アホかな?
⑧おたふくかぜ(流行性耳下腺炎):任意接種
ほっぺたがプクーっと膨れて痛くて熱が出る流行性耳下腺炎、通称「おたふくかぜ」です。
私は小学生の頃これにかかり、死ぬほど痛くて苦しかったのを今でも覚えています。
片頬が腫れあがった私を爆笑しながら写真におさめた母上様、今でもあの時の恨みは忘れてないからね。(普段は仲の良い親子です)
ほっぺが腫れるという症状から、年配の方などから「子どもがかかる微笑ましい病気」「たかがおたふくかぜ」みたいな扱いをされることすらありますが、
命にかかわる髄膜炎や脳炎、一生治らない難聴、精巣炎・卵巣炎による不妊症などのリスクを伴う感染症であり、
一般の方々の想像の100倍はヤバいウイルスです。
なんでこんなのが任意接種(お政府様がお金出してくれない)なのかというと、
かつてこのワクチンの副反応として0.01~0.1%くらいの割合で無菌性髄膜炎が起きたという統計が出たことが原因です。
なお、普通におたふくに感染した場合の無菌性髄膜炎の発症率は1~10%くらいです。
どちらがマシかの判断は皆様にお任せします。
ちなみに現在、お政府様は「もっと安全性が高いワクチン持ってこい!そうしたら定期接種化してやる!」という姿勢です。
海原雄山かな?
⑨日本脳炎:定期接種
読んで字のごとく脳炎を起こすウイルス、日本脳炎ウイルスです。
ウイルスを持った蚊に刺されることで感染してしまう可能性があります。
感染したとしても発症率は1%以下ではありますが、ひとたび発症した場合の致死率は30%にのぼり、治療方法はありません。
「日本」の名前を冠してはいますが、実際には南~東南アジア全域に広く生息しているウイルスです。
なぜ「日本」と付いてるかというと、明治時代の日本で初めて発見されたことと、
大正時代に岡山県で443人の死者を出す大流行が起きてしまったことで外国人(というか主にアメリカ人)が「ジャパニーズ脳炎や!」と呼んだのが定着したためです。
てめえこのメリケン野郎!と言いたいところですが、日本脳炎のワクチン開発に関与したのもまたアメリカの医学者だったりします。ごめん。
なお、北海道だけはだいぶ長いこと日本脳炎ワクチンの対象外でした。
日本では1967年から積極的なワクチン接種が行われ、1994年には定期接種に指定されましたが、
北海道で定期接種が開始されたのはなんと2016年からです。
理由は「北海道の人に日本脳炎の患者さんがほぼ居なくて媒介する蚊もいないから」でした。
要するに北海道の人は道外に一生出ない前提だったというお政府様のステキ判断が垣間見えます。
今は北海道のお子様もきっちり接種できます。
⑩HPV(子宮頸がんワクチン):女性のみ定期接種、男性は任意接種
ついに私の専門分野ですね。
思う存分語り尽くしたいところではありますが、『コウノドリ』の記事で何もかも書いたのでこれ以上言うことがありません。
結論だけ言いますと、小6~高1の女子も男子も全員打ちましょう。
【医学の話】『コウノドリ』より 子宮頸がんとHPVワクチンについて考える
⑪インフルエンザ:任意接種
⑫新型コロナ:任意接種
この2つについてもインフル・コロナワクチン記事に書き尽くしたため、これ以上言うことがありません。
コロナウイルスワクチンは2024年3月いっぱいで公費による接種が終了した(高齢者は引き続き定期接種の対象)こともあり、制度や接種対象者については揺れ動いてる時期でもありますが、
私は現時点で「任意接種であっても、生後半年以降の小児は打った方がメリットが大きい」と考えています。
詳しくはこちらの記事をどうぞ。
結局、妊娠中にコロナやインフルのワクチンは打つべき?(2024年10月改訂)
⑬髄膜炎菌:任意接種
髄膜炎菌…!?
いったい何の病気を起こす菌なんだ…!?
はい、髄膜炎です。
ただコイツはちょっと扱いが特殊な菌です。
そもそも、髄膜炎菌という菌自体は健康な成人の鼻の中にも低頻度に(1%未満)棲みついているとされています。
そして海外は日本に比べて保菌率が高いほか、
日本でも寮などで集団生活をしている人は保菌率が高いことが知られています。
というわけで、日本においては「集団生活をする人」「海外に行く人」が接種を推奨されているという少し変わったワクチンです。
上記に当てはまらない方にも接種すべきかは個人の判断となりますが、当てはまる方は接種がお勧めです。
実際に、2017年に防衛大学校の学生が髄膜炎菌により死亡したという痛ましい症例も存在しています。
理想的には寮生活をしていなかろうと打っておくに越したことはないとはいえ、接種費用がやたら高い(1回2万円強×2~3回接種)ことと5年に1回打たなければならないのがネックですね。
お子様を海外または寮生活に送り出してあげる親御さんは是非、髄膜炎菌ワクチンの接種を受けさせてあげてほしいところですね。
⑭渡航ワクチン
渡航ワクチンとは、要するに「海外に行く場合に打った方が良いワクチン」です。
日本ではマイナーな感染症でも、海外ではごく当たり前に流行している感染症はいくらでもあります。
お子様であっても自分自身であっても、渡航をする前に必要なワクチンについては調べておくべきですね。
厚生労働省のホームページ『海外渡航のためのワクチン(予防接種)』にて、
「〇〇に行くならどのワクチンが必要か」がおよそ分かる一覧表が設けられていますので、こちらもご参考として下さい。
渡航外来(トラベルクリニック)で専門家に相談するのも手です。
まとめ
というわけで、子どもが打つ定期・任意接種のワクチンは全て「打った方が明らかに良い」と言えるものです。
改めて2024年4月現在の予防接種スケジュールを確認しておきましょう。
医療が未発達で、ワクチンなども存在しなかった昔は子どもの死亡率が極めて高く、
「七五三」の由来も「3歳・5歳・7歳まで生きて過ごせたことに対し神様に感謝する」というものです。
現代はワクチンという医学と科学の結晶が存在するわけですから、積極的に使って子どもの健康を守っていきたいところですね。
以下、関連記事です。
風疹に関しては個別記事で解説しています。
妊娠中のインフルエンザ・コロナワクチンに関する解説はこちらです。
結局、妊娠中にコロナやインフルのワクチンは打つべき?(2024年10月改訂)
HPVワクチンに関する解説はこちらです。
【医学の話】『コウノドリ』より 子宮頸がんとHPVワクチンについて考える
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