こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
2024年6月30日、テレビ朝日ドラマプレミアムとして実写版『ブラック・ジャック』が放送されました。
ドクター・キリコがなぜか女性になっていることで原作ファンから叩かれた中で放送された本ドラマは、世帯平均視聴率10.3%というまずまずの数字だったようです。
このドラマに対する私の感想としては、「キャラクターの解釈違い」「原作のツギハギ感が否めない」「キリコを女性にした意図が全く見えない」というマイナス要素があるものの、
いろいろ総合すれば思ったよりは楽しめました。
そんなわけで、本日はド級の漫画オタクでBJガチ勢の産婦人科医が送る、実写ドラマ『ブラック・ジャック(2024年・高橋一生版)』の解説と医学的考察、ドラマの批評を一切の忖度なしでお届けしましょう。
また、ドラマを見逃した方はTELASAからご視聴頂けます。
ドラマの解説
元ネタについて
さて、今回のドラマはどのように作られているかと言いますと、
『ブラック・ジャック』原作の1エピソードを膨らませていたり、完全オリジナルエピソードで1本仕上げたりしているわけではなく、
原作にあるいくつもの話を組み合わせて2時間ドラマに仕立て上げた、という構成になっています。
まず、冒頭に出てきたドラ息子が交通事故を起こして罪のない一般人が臓器移植提供者にされるも、BJ先生が整形手術して逃してやる、
というストーリーは原作第1話『医者はどこだ!』が元ネタですね。
本ドラマのストーリーの軸である六実えみ子が罹患した「獅子面病」は、原作の『獅子面病』がベースになっています。
(患者が少年⇒女性になっている等、改変点は多いです)
資産を守るために体にダイヤを埋め込んだ老人の話は原作『灰とダイヤモンド』が元ネタですね。
妻の高額な治療費に二の足を踏んでいた夫(六実明夫)が「自らの臓器を売ってでも払う」とBJ先生に頼み込むシーン、
そして「それを聞きたかった」というBJ先生の返答は、それぞれ『落としもの』『おばあちゃん』からの引用だと思われます。
そして原作では盲目の鍼師だった琵琶丸はなぜかギタリストに転生。(演:竹原ピストル)
鉄骨に挟まれた少年のエピソードは原作『タイムアウト』ほぼそのままですね。
患者本人がドクター・キリコへ安楽死を依頼する一方で、患者の家族がブラック・ジャックに治療の依頼を行う展開、
そして治したばかりの患者が事故に巻き込まれたと知ったブラック・ジャックがドクター・キリコと言い争う際に放った「自分が生きるためにだ」というセリフは、
いずれも『ふたりの黒い医者』が元ネタです。
その他、手塚治虫作品に頻出するキャラクターであるヒゲオヤジやアセチレン・ランプをイメージしたと思われる人物も登場したり、
ブラック・ジャックが作ったオブジェの中にヒョウタンツギが紛れ込んでいたりと、
手塚治虫ファンをニヤリとさせる仕掛けが随所に用意されていますね。
獅子面病
他の怪我や病気はさておき、ドラマの視聴者の方が気になったのは「獅子面病」という聞き慣れない病名ではないでしょうか。
実際のところ、「獅子面病」という正式な病名は存在しませんが、顔の見た目の変化を「獅子面様顔貌」と表現する病気は存在します。
それが、原作のBJ先生も指摘している「ページェット氏病」、より現代的に言うならば「骨Paget病」ですね。
この骨Paget病(獅子面病)とはどういう病気なのかを簡単に解説しますと、
骨というのは常に新しいのを作っては古いのを壊して…という工程を踏んでいるのですが、
この「作る」と「壊す」のバランスが何らかの原因でおかしくなり、骨に何らかの異常が出現する病気です。
骨Paget病は加齢とともに罹患率が上昇し、40歳以下の症例は極めて稀とされています。
ドラマの六実えみ子の年齢は不明ですが40歳を大きく超えているとは少々考えにくいですし、演じている松本まりかさんはドラマ放送時点で39歳です。
原作の少年に至っては3歳で発病しているということですので、骨Paget病の患者としては尋常ではないほど珍しいケースだと言えるでしょう。
BJ先生は原作・ドラマ版ともに下垂体前葉の部分切除を行っていますが、骨代謝の仕組み的に99.99%意味ないので絶対やっちゃダメな治療法です。
現代において骨Paget病の治療法は、骨を作る/壊す作業を落ち着かせる作用のある「ビスホスホネート製剤」を注射する治療ほぼ一択です。
次いで、骨の変形などを伴う場合に整形外科的な手術が考慮される、というくらいですね。
まあ注射薬で重病が治りましたというのが超有名な天才外科医の実写ドラマにおいて盛り上がりに欠けるのは確かですし、
原作連載時(1974年)はカルシトニンやジホスホネートといった薬が効くかも?と言われ始めたかどうかくらいの時期なので、この時点でのBJ先生を責めるのは少々酷かもしれません。
参考文献
高田信二郎「骨パジェット病」日本臨牀 81(増刊号1): 599-602, 2023.
石田剛「骨Paget病」病理と臨床 39(1): 77-79, 2021.
加藤宗則「上下顎骨に著明な変形を認める骨Paget病患者の全身麻酔経験」日本歯科麻酔学会雑誌 43(2): 214-218, 2015.
蜂須賀彬夫「骨Paget病について(5例をまとめて)」医療 29(7): 737-744, 1975.
ドラマの批評
やっきーの感想(良かった点)
それではBJガチ勢の産婦人科医である私から見て、このドラマの良かった点を述べていきたいと思います。
まず、キャラクターの再現度が良いですね。(キリコ以外)
BJ先生は半分だけ白髪で顔に大きな傷痕×2という、漫画だからギリ成立するのであって実写では相当無理のある見た目をしているわけですが、
まあなんというか、丁度良い具合に実写版ブラック・ジャック先生です。
また、『ブラック・ジャック』を演じるにあたっては2004年のテレビアニメ版『ブラック・ジャック』を決して無視できないわけですが、
主演・高橋一生さんの声質が大塚明夫さん(アニメ版のBJ先生の声を当てた)と離れすぎない丁度良い塩梅で、これもまた評価点ですね。
アニメとの相違点、という意味で言うとピノコは少しだけ割を食ったかもしれません。
アニメ版で声を当てた水谷優子さんと、今回ピノコを演じた永尾柚乃さんは(声優と子役という違いがあるので仕方ないとはいえ)かなり声質が異なり、
正直なところ、私はドラマを観ていて「実写ピノコ」に心のチューニングを合わせるのに少々時間がかかりました。
若干、セリフが聞き取りづらかったですしね。
ただ、そういう先入観を抜きにすれば、見た目や喋り方など「実写ピノコ」の表現としては良かったと思います。
あと「アッチョンブリケ」が最高にアッチョンブリケしてたのが素晴らしい。
私はドラマや映画には疎い方ですが、ピノコを演じた永尾柚乃さんは何とドラマ放映時点で7歳とな。天才か。
次にストーリーについてですが、「2時間ドラマという枠組みの中で『ブラック・ジャック』を放送する」という難しい命題を見事にクリアできていたと思います。
原作のエピソードをただツギハギするだけでなく、『医者はどこだ!』と『獅子面病』をメインの物語に据えつつ、
『タイムアウト』『灰とダイヤモンド』『ふたりの黒い医者』などの要素を少しずつ散りばめる…というストーリー構成は秀逸でした。
2時間という放送時間をフルに活用して一本の作品としつつも、原作ファンを納得させる出来栄えになっていたと断言できます。
何せ原作にも医学にもうるさい面倒なファンこと私が納得してますから。
この構成は本当に上手かったですね。
やっきーの感想(悪かった点)
では続いて、このドラマの悪かった点を述べていきたいと思います。
まずは随所に感じるBJ先生の行動の違和感。
このドラマでブラック・ジャックは、救えなかった患者をイメージしたオブジェを作って自宅に飾っています。
うーん、確かにBJ先生は原作でも救えなかった患者のことを心に留めていますが、
こんなふうに形として残すタイプの人間ではないんじゃないかな?
まあこのへんまでは単なる解釈違いの範疇かなとも思いますが、
個人的に納得できないのが、長谷川(研修医)に対して話した
「とどのつまり、私は神になりたい…そういうことかもしれませんね」
という発言。BJはそんなこと言わない。
原作で神に対し言及する時は、あくまでも「しょせん自分は一介の人間に過ぎない」という無力感からくるものであり、
BJ先生は自らを神と同一視したり、そうした願望を表したことはありません。
たった一言の台詞ではありますが、『ブラック・ジャック』という物語自体の根底にある「人間賛歌」が分かってないのかな…という感覚を抱かざるを得ないものでした。
また、先ほど評価点として挙げた原作エピソードの利用ですが、
ところどころ上手くいってない部分があることも否めません。
ドラマにも使われた原作屈指の名台詞「それを聞きたかった」ですが、
原作の青年とドラマの六実明夫とでは言葉の重みが違いすぎるので、「そこでこのセリフ使う?」と違和感を覚えました。
また、登場人物が悪い意味で物語の都合に振り回された行動を取っていることも気になります。
研修医の長谷川がブラック・ジャックの居場所に辿り着いたきっかけは他人の骨壺を勝手に開けるという奇行によるものでしたし、
獅子面病の手術が終了したえみ子が包帯を初めて取ったシーンでは、
包帯を取った直後だというのになぜかメイクもばっちり決まっていました。
女性になったドクター・キリコ
そして何よりドクター・キリコ。
放送前から原作ファンの7割くらいから「なんでキリコが女性になってんだ」と批判的な意見を浴びていましたが、
放送後は観た人の99%ぐらいが「なんでキリコが女性になってんだ」と否定的な意見を表すに至っています。
以下、原作のドクター・キリコとの違いを明確化するため、ドラマ版のキリコを「キリ子」と表現します。
まず、キリ子の安楽死に対するスタンスが作中のワンシーンの中でブレているせいで戸惑います。
自殺幇助装置を装着したえみ子がわずかに躊躇した様子を見て、キリ子は夫の話題を出しながら「今日はやめておきますか?」「死ぬのはいつでもできますから」と話しますが、
いざ自殺幇助装置を作動させたえみ子が瀕死に陥ると、一転して夫に対し「彼女は死を望んでた」「彼女は心身ともに苦しみ尽くした」と言い放ちます。
なんかこう…1シーンの中でキリ子のスタンス、ぶれてない?
「家族も含めて納得し尽くした上で死を受け入れるべき」というスタンスだったキリ子が、
なぜか数分後に「家族が何て言おうと死にたいなら死なせてやれよ過激派」に華麗なる転身をしており、
視聴者としてはその振れ幅に違和感を抱かざるを得ません。
では次に、原作におけるキリコの安楽死や自殺に対するスタンスはどうなっているのかというと、実は原作も年月を経るごとにちょっとブレています。
具体的に確認してみましょう。
キリコは原作『恐怖菌』にて、安楽死を請け負う医師として初登場しました。
次に登場した『ふたりの黒い医者』では、
「もと軍医」「死ねないけが人をおだやかに死なせてやる」といった、安楽死を請け負うことになったルーツが語られました。
ただこの時点ではいまいち設定が定まってなかったのか、
もうちょい後の方のエピソードで出てくる医者としての「治せるものは治すべき」というプライドがあまり感じられず、
手術の成功を祈る娘に「神だって無理に救うつもりはないよ」と発言したり、助かったはずの患者がトラックに撥ねられて死んだ時に高笑いするなど、
わりとド畜生な面を見せています。
当時のキリコは快楽殺人者と捉えられても言い逃れできない存在で、
明確に「生かすブラック・ジャック」と「死なせるドクター・キリコ」という対比の悪役として描かれています。
その後、キリコの父や妹が登場するエピソードを挟んでキリコの性格が良い方向に定まってきた頃、
『死への一時間』では毒薬を誤飲した女性をギリギリのところで救い出したことに対し、
「ふざけるな おれも医者のはしくれだ」「いのちが助かるにこしたことはないさ……」
と発言します。
「治せるものは治す」という医者としてのプライドが口だけではなくはっきりと心情として表れたのはこのエピソードからと言えるかもしれませんね。
そして『小うるさい自殺者』では、健康体にも関わらずつまらない理由で自殺を志願する少年に対し、
キリコが「ばかいえ!!自殺の手伝いなどできるかっ」「おれの仕事は神聖なんだ!!」と話します。
助かったはずの患者がトラックに撥ねられて死んだ時に高笑いしてた時期のキリコ先生からすると、
だいぶスタンスに変化が見られますね。
というわけで原作のキリコも死に対するスタンスがだいぶ変化しているわけですが、
これはどちらかと言うと長期連載に伴う設定の変化に由来するものであり、1エピソードの中でスタンスを変えることはありません。
要するに何が言いたいかというと、原作初期の「死にたい奴は全員死ぬべき」なのか、原作後期の「死以外にどうしようもない時の救いとして死があるべき」なのか、
キリ子はどちらのスタンスで行くかをキッチリ決めておくべきでしたね。
今回のドラマはそこを定められてなかった、と言わざるを得ません。
これを突き詰めると、「獅子面病で容貌は変わってしまうが身体的には健康」である六実えみ子の安楽死を受け入れるかどうかにも関わってきます。
原作のキリコが安楽死に導いた(導こうとした)患者は、頸椎損傷で体の自由が全く効かない女性、何度も手術をしたが全く改善の兆しが見られず苦しみ続ける父親、腎不全の末期で3回の腎移植をしたにも関わらず治らない少女など、
「健康的な理由があり、なおかつ本人が死を望んでいる場合」に限られています。
また、キリコが安楽死稼業をすることになった原因である軍医の経験から考えても、
「身体的苦痛からの救済手段としての死」が目的であり、「(顔が変わったという)精神的な自殺志願に対する自殺幇助」はキリコのスタンスに今ひとつ合致しません。
(初期キリコなら普通にやりそうですが)
どちらかと言うと原作ファンは後期キリコの印象を強く持っている傾向があるため(私含め)、
そういう意味でも「獅子面病で容貌は変わってしまうが身体的には健康」な六実えみ子の自殺幇助には違和感を抱かざるを得ないわけです。
それより何より、私はこのドラマのキャラクターのビジュアルを基本的に称賛していますが、
キリ子に関しては2つの意味で髪型が浮いてる。
それと、何回観なおしてもキリ子が女性になった必然性が全く分からん。
徹頭徹尾「男のままでも成立するよな?」という展開に終始していましたし、
原作におけるBJ先生とキリコの商売敵ともライバルとも友情ともとれる関係性にこそ尊みがあるのですが、
性別が違うとだいぶおかしなことになっちゃうのですよ。
キリ子を女性にした理由について、番組プロデューサーの飯田サヤカ氏は朝日新聞のインタビューにて
「調べてみると、海外で安楽死をサポートする団体には、なぜか女性の姿が多い印象があった。脚本の森下佳子さんと相談しているうち、『優しい女神』のような存在が、苦しむ人のそばにいて死へと導くのかもしれない、と想像するようになった」
と述べています。
お前ら原作を10000回読め。
まとめ
総合すると、ドラマとしてはよく出来ていましたし、原作の複数のエピソードをうまく2時間の中でまとめ上げた構成は評価に値します。
高橋一生さんを始めとする、キャストの皆様も原作の再現と実写との狭間でバランスを取ろうとしていることが伺えました。
ただ、『ブラック・ジャック』のエピソードやセリフの抽出そのものは原作に詳しい方が行ったことが見て取れますが、
悲しいかな、それをドラマに落とし込む行程に原作リスペクトが感じにくかったですね。
実写化にあたり大きく改変するのであれば、いっそ魚鱗癬のエピソードを引用するのはどうでしょうか。
キリ子が実は獅子面病を発症し始めていて、エピローグでキリ子がブラック・ジャックへ治療を依頼する…などの展開はいかがでしょうか。
ていうか私、ドラマ観ながら「おっこれはキリ子が最後に眼帯を取ってBJに泣きつくパターンだな!」と思いました。
見事にハズしましたが。
あと個人的に悪い意味でびっくりしたのがこのシーン。
BJ先生による幼女へのバックハグ。
お前なにやっとんじゃい。
というわけで、スタッフ・キャストの皆様、大変お疲れ様でした。
第2弾の放送が決定したら早めに教えてください。また観させて頂きます。
なお、ドラマを未視聴の方はTELASAからご視聴頂けます。
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以下、関連記事です。
当ブログ1発目の『ブラック・ジャック』考察記事です。
『ブラック・ジャック』より常位胎盤早期剥離と緊急帝王切開について解説する
当ブログの人気記事のひとつ、ピノコの出生に関する考察です。
『ブラック・ジャック』幻の単行本未収録エピソード「快楽の座」に関する解説です。
【閲覧注意】『ブラック・ジャック』幻の未収録作品「快楽の座」を解説する
如月めぐみの子宮がんに関する解説です。
ブラック・ジャックが唯一愛した女性、如月めぐみと子宮癌について考える
上記の如月めぐみのエピソードを新解釈した『ヤング ブラック・ジャック』の解説です。
如月めぐみの子宮頸がんの新解釈『ヤング ブラック・ジャック』を解説する
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