2025年末、『ヒカルの碁』の原画展が30~40代を中心に大盛り上がりしていました。
『ヒカルの碁』は言わずと知れた2000年前後のジャンプを代表する作品であり、
囲碁マンガどころかあらゆる漫画の中でも最高傑作のひとつとして挙げられるに足る、
ほったゆみ先生の完璧すぎる原作と小畑健先生の緻密すぎる作画が見事な相乗効果を発揮した一作です。
神マンガには等しく才たけた原作と作画が要るんじゃよ。
以前に私が書いた「おすすめ漫画ベスト100」の記事では今のところ23位にランク付けをしていますが、
読み返してる最中は「やっぱこれ1位や…」となってしまう、そんな作品です。
世界一漫画が好きな産婦人科医が選ぶ、おすすめ漫画ベスト100:後編(50位~1位)
そんな『ヒカルの碁』の原画展が2025年7~8月の東京会場から始まり、
9~10月の大阪、10~12月の京都、と巡回するスケジュールで開催されました。
男女を問わずファンの多い作品ですので、本来ならば漫画ブロガーとして7月ごろの早い段階で行っておき「ヒカ碁原画展めっちゃよかったで」という記事を上げるべきなのでしょうが、時間がなく行くことはかなわず。
ツイッターに続々と上がる「ヒカ碁原画展めっちゃよかったで」報告を歯ぎしりしながら眺めるしかない毎日でした。
しかし今回、京都会場の終了間際にようやく足を運ぶことができましたので、
本日は「漫画ブロガーが『ヒカルの碁 原画展』に行ってきた感想」をお届けします。
(※京都の原画展に行った時は追加開催の予定がありませんでしたが、のちに福岡・新潟・愛知での開催が決定しました)
会場までの道中
2025年11月某日、午前9時30分。京都駅に到着。
この日の前日は遠方での泊まり仕事だったので、
執筆作業に使うでかいノートパソコンやキャリーバッグを転がしながらの重装備で京都の地に降り立ちました。
普段なら嫌になるほどの大荷物ですが、ヒカ碁展に行けるとあらば羽が生えたかのように軽く感じます。
京都のお土産物屋さんを回るのもそこそこに、会場への足取りも速まります。
会場の「京都アバンティ」は京都駅からほど近く、徒歩でも全く問題ない距離でした。

会場は6階。午前10時の開場と同時に入場し、じっくり時間をかけて鑑賞する構えです。
午後1時には京都を出なければならないため、時間は大事。
さらに、この日を最大限に楽しむため、あらかじめ『ヒカルの碁』全巻の復習を済ませていました。
伊角さんのイケメン化や緒方さんのヤ〇ザ化などを楽しみつつ、何度読んでも話の完成度に惚れ惚れします。どうやったらこんな針の穴を通すようなストーリーが作れるんや……


ところで昔から「北斗杯が要るか要らんか論争」がありますが、私は熱烈な要るに決まってんだろ派です。
それまでに実現できなかったヒカルとアキラのイチャイチャが尊いのだ。アキラくん家のお泊まりが尊いのだ。それが分からんのか。
さて、そうこうしているうちに京都アバンティ6Fの開場に到着。
開場と同時に入場。チケットくださーい!

係員さん「すみません。キャリーバッグの持ち込みはご遠慮頂いておりまして…」
やっきー「えっ」
後になって見直すと、公式ホームページの『会場に関する注意事項』に「キャリーバッグなど大型の荷物の持ち込みはご遠慮ください」と明記されておりました。
うん、これはどう見ても私が悪い。
どこかにキャリーバッグを預けてこなければなりません。
やっきー「京都アバンティにコインロッカーはありますか?」
係員さん「無いですね…京都駅に行っていただくしか…」
OK!京都駅にすぐ戻ろう!!
原画展をフルで楽しむためには時間が惜しい。一刻も早く預けなければ。
先ほどまでは羽が生えたように軽いと思っていたキャリーバッグが、囚人の足枷のごとき重さに変わりました。誰だよこんな無駄にヒートテック入れてきた馬鹿は。
コインロッカー探しに難渋するかと思えば、そこは流石の観光地・京都。
JR京都駅の南側には延々とコインロッカーが立ち並ぶ、圧巻の光景が広がっていました。

京都といえば一条~十条までの数字がついた道で有名なので、
この凄まじい数のコインロッカーが並んだ様子を「南京条」と名付けました。
京都駅の南側であることを表現しつつ、「南京錠」をかけた巧妙なネーミングです。さあ皆使ってくれ、遠慮はいらない。
そんな南京条通りを歩きながら、空きロッカーを探して……
空きロッカーを探して……
見つからん。
えっこんなおびただしい数のコインロッカーがあるのに空いてるロッカーひとつも無いの?
京都なんなの?どんだけ人いんの?インバウンドなの?
止まらぬ円安に悪態をつきつつ、南京条を隅から隅まで歩けども使えるコインロッカーはありませんでした。
というわけで、京都駅の北側に移動。手痛い時間のロスですが、原画展のためならば致し方ありません。
途中で空きロッカーの電子案内板を見つけつつ、ようやくキャリーバッグとパソコンをロッカーに仕舞い込みました。
京都駅は初めてではありませんが自由自在と言えるほど慣れてもいないため、がっつり30分ロス。
最初から注意事項をよく読んでいればこんなことにならずに済んだものを……
イカン、よそ事なんて考えてちゃダメだ。
もう二度と見られないかもしれない『ヒカルの碁』の原画、それを楽しむことに集中しなければなりません。漫画ブロガーとして。
ついに、京都アバンティ6Fの会場に足を踏み入れます。
ヒカルの碁 原画展
この原画展では『ヒカルの碁』本編の時系列順に原画が並べられていました。
来場者を最初に出迎えるのは、第一話で佐為がヒカルに降臨したシーン。
血の付いた「秀策の碁盤」が内側から光っており、幻想的な雰囲気を醸し出します。


余談ですが、本因坊秀策は(作中でも史実でも)江戸末期に流行したコレラに感染したことで死亡したとされております。
そしてコレラといえば絶え間ない下痢と嘔吐により、凄まじい脱水になることで命に関わるという病気であり(江戸時代では「脱水を補正する」という考え方が希薄で多数の死者が出た)、碁盤に血がつくという状況は少々考えにくいです。
むりやり考えるなら、嘔吐のしすぎで食道が裂けてしまう状況くらいでしょうか。(マロリーワイス症候群)
というわけで、医学的に整合性が取れているのは血の付いた碁盤ではなく吐瀉物が付いた碁盤なのですが、
たぶん吐瀉物が付いた碁盤だったらこんなに『ヒカルの碁』は流行ってなかった気もします。碁盤が腐りそうだし。
まあもっとも、碁盤の血痕を視認できたのは秀策とヒカルだけなので、
この血は実際の血液ではなく佐為の残留思念を可視化したようなものだと思われますが。
この産婦人科医はすぐこういう揚げ足を取るから困る。
碁盤を通り過ぎて現れた原画は、第一話の冒頭。

この時代ならではの、アナログ原稿への写植の貼り付け…いい…
昔のマンガ読んでたらたまに手書き台詞が微妙に消しきれてなかったりハミ出てたりして印刷に出てるのが…いい…
それにしても、小畑健先生はヒカ碁の連載開始時点で既に10年近いキャリアがあるだけあり、もうこの時点で抜群に上手い。
私は絵に明るくありませんが、線の一本一本、塗りのひとつひとつに圧倒的な迫力を感じずにいられません。
あとあかりちゃん可愛い。
こういう吹き出しなしで絵に直接書くタイプの写植ってシールみたいに貼り付けられてるんですね。知らんかった。

続いての見どころは、ほったゆみ先生の「ネームの日々」でも取り上げられていたアキラの顔の描き直し。
小畑健先生の初案ではもっとツンツンした見た目(通称:ワイルド塔矢)で、
その後別の顔(二案目)に修正していったん原稿を描いたものの、これも納得がいかず現在のおかっぱ塔矢(三案目)にしたという経緯が有名ですね。

小畑健先生ご本人も、ワイルド塔矢とおかっぱ塔矢の間の二案目がどういう顔だったか覚えていないとのことで、
この原稿の紙を剥がせば確認できるのかもしれませんが『ヒカ碁』第二話の生原稿なんて重要文化財に片足突っ込んでる存在なので、そんなことは不可能です。
今後、おかっぱ塔矢の下に何が描かれているか精密に分析できる技術とかが開発されればお目見えする可能性があるのかもしれませんが、今の我々にそれを確認する術はありません。
今後の科学に期待しよう。
ところでこの手の原稿は、印刷のズレなども考慮されて少し大きめに描かれており、本として印刷されるのはトリミングされた一部分であるという話は聞いていました。
実際に私も本を書いた時、届いた組版にトンボ(この線の内側が印刷に出るよ、という目印)が描かれていて人知れずテンションが上がったものです。
実際の生原稿を見るとトリミングの外側もばっちり描かれており、
「こんなにしっかり描き込まれてるのに削るの勿体ねえー!!!」と思いながら眺めていました。
逆に、この原画展でそこをしっかり楽しめただけでも観に行った価値はあったというほかありません。


そうして囲碁部編までのストーリーと原画を楽しみながら歩いていると、こんな展示が。
葉瀬中囲碁部の部室(理科室)の風景を模した様子です。

ファー!!!いい!!!
これ作った人、分かってる!!!
イスも碁盤もひっくい!!!こんなとこで私みたいなオッサンが毎日打ったら腰が死ぬわ!!!
中学囲碁部ならではだわ!!!!
近くでよーく見ると、マジで薄くて安っぽいプラスチック石です。
碁盤のちょうどいい劣化具合といい、うーんこれぞ新設囲碁部ぅー!と感動しました。
よくこんなジャストの碁盤見つけてきたな。

原作の分厚すぎる碁盤はさすがに無かったか。これはまあやむを得ない範疇でしょう。
囲碁はほんのり嗜む程度の私ですが、足なしでこの分厚さはちょっと見たことない。昔はこのサイズ感、よくあったんだろうか。

突然ですが、皆様にクイズです。
私が一番好きな『ヒカルの碁』の女性キャラクターは誰でしょうか?
あかりちゃん?奈瀬?
記録係のお姉さん?ヒカルのお母さん?
正解は三谷のお姉さんです。
『ヒカ碁』のヒロインは三谷のお姉さんです。異論は認めない。

というわけで、このあたりからネット碁編に入ります。
インターネット環境が一家に一台じゃなかった頃だからできた話だなあ。
ちょうどモブ顔にもほどがある頃の緒方さんと森下先生が出てきたのでじっくり堪能しましょう。

この頃の緒方さん、御器曽七段より弱そうだったのに、
どうしてこうなった。

続いて、sai vs akiraの戦いを描いたモニターが置かれていました。

なんとなく雰囲気は出てるんですが、2000年頃(連載当時)からインターネットの海を漂っていたオタクとしては、
画面がブラウン管なのはいいけどパソコン用のモニターじゃないなあとか、
キーボードのWinキーがWindows8以降のデザインだなあとか、
この頃ってマウスホイールあんまり一般的じゃなかったよなあとか、
なんか色々言いたいことが出てしまった。
もっとも、2000年当時のIT機器って下手すりゃ江戸時代の碁盤よりも見つけづらいタイプの骨董品なので、そうホイホイ出てくるようなもんでもないですが。
原画展は院生編に突入。
アキラが座間王座と新初段シリーズを戦っている時、窓の外に雪が降ったシーンですが、
この原稿の佐為はトンボを意識して髪の毛の描写が途中で止まっているため、刈り上げの佐為(公式)というかなりレアな存在がお目見えします。


さらに進むと、門脇さんがプロ試験の受験延期を決める「千年」のシーンがフォトスポット化していました。
複数人で来場されていた方はここで写真を積極的に撮っていたようですが、私はぼっち参加のためこのように空白のフォトスポットを収めて終わりました。
意外とこの寂しい画像を上げてる人いないからレアなのでは?そう、私は漫画ブロガーとしてあえてそういう意図で撮ったんですよこれ(早口)

ところでこれ、ヒカルだけでなく佐為もサムズアップしてるのが地味に良いのです。
平安時代はもちろん、江戸時代にもサムズアップの文化なんてありませんので、
佐為がヒカルと出会ってわずか1年半ほどでこんな些細かつ突発的なポーズまで一緒に出てしまうほどの文字通りの一心同体であるということでしょう。
たぶん深読みしすぎですが。
さて、プロ試験編におけるスペクタクルシーンといえば、
伊角さんの※アテ間違えた!でしょう。

これ、写真だといまいち不鮮明な写りになってしまったのですが、
よ~~~~く見ると下書き段階では伊角さんの口も描かれていたことが分かります。
そして確かにここは口を描いてない方が良い気がする。
伊角さんの若干ながら心ここにあらずの心情はこちらの方がよく表れていると思います。

ところで越智にアキラのスタンドが憑いてるシーン、
どう描いてるんだろうかと思ったら細かい横線が入った半透明なテープを上から貼ってるんですねコレ。
なんだろこれ。養生テープ?
帝王切開とかの術後によく貼るSteri Stripテープが質感的にかなり近いです。そんな高いもんこんな広範囲に貼るわけもないのだが。

類似の技法が使われていたのが、作中最大のクライマックスシーン。
ここのストーリーに関する話は私が解説するのも野暮なので言及しませんが、こちらのシーンで上から貼り付けられた加工は先ほどの養生テープっぽい質感とだいぶ違います。
何だろうこれ分からん。和紙…?

この時代のアナログ原稿の先生方は様々な工夫を凝らしていたとは聞いていましたが、こういうテクニックはもっと残していくべき。今後ロストテクノロジー化していく技術でもありますし。
島本和彦先生がよくやってる、筆の先端に墨汁をつけてフッ!と吹いて爆発や血しぶきを再現するやつとか、
2013年放送の番組「れんまん!」で、藤田和日郎先生がキャラクターの上に消しゴムを数回シャッシャとかけて光が射し込む様子を表現してたとか、そういうやつ。

さて、10時30分スタートでここまでじっくり生原稿を観てきたわけですが、
あまりにもじっくり観すぎてこの時点で12時10分くらい。午後1時には京都を発たねばなりません。
京都駅に戻るまでの時間も考慮すると、12時35分くらいには原画展を出なければならないでしょう。残り時間あと25分。
佐為消失まで1時間40分かけたのに佐為探索~復帰~北斗杯を25分で回らねばならんのか。嘘だと言ってくれ。
しかし、どう考えてもキャリーバッグを預ける過程で30分ロスしたことが諸悪の根源なので文句も言えません。
こういうケツカッチンの状態でイベントに来る時は注意事項を丹念に読まねばならないという学びになりました。
のう!安い勉強代じゃろうが。
というわけで、ここから先の話も死ぬほど語り明かしたいところではありますが写真を撮る余裕がほぼ無かったので、
最後に撮った高永夏の写真だけ上げて今回のレビューを終わりとします。
印刷だとほぼ全部切れてる高永夏の口が実は全て描かれてたのです。
…ここまでの話に比べて引きが弱いな……


原画展の総括と反省
というわけで、『ヒカルの碁』原画展を鑑賞して参りました。
最後に、総括です。
この手の原画展に行った経験はそれほど多くないのですが、行けて良かったと心の底から思います。
漫画界屈指の作画力を放つ『ヒカルの碁』の生原稿をお目にかかれる機会など、そうあるものではありません。
私にとっては京都に期間限定でモナ・リザ(本物)が展示されてたくらいのインパクトなので、本作のファンなら必見と言って良いでしょう。
気になる方は公式サイトから開催情報をご確認ください。
ただ、個人的には2点ほど反省点が残ってしまったことが悔やまれます。
まず1点目は、単純に京都の滞在時間が無かったこと。
そこそこ人が多く、一枚一枚の原稿に目を通すのに時間が多少かかったこともありますが、それを差し引いても2時間は余裕で潰れる見ごたえでした。
たぶん私が時間的制限一切無しで観ろと言われれば2時間半はかけてましたし、思い入れが強い人なら3時間以上はイケたくらいの分量でしょう。
もう1点は、せっかく生原稿を見れたのに私が漫画の作画的なテクニックを知らなさすぎること。
列に並んでいる最中、私のひとつ後ろにいた女性二人組の会話が漏れ聞こえたのですが、彼女たちはどうやら漫画を描いていた模様でした。(おそらくプロ作家ではないが同人活動はしているっぽい)
彼女たちが生原稿を見ながら「ここのトーンって〇〇だよね」「この線の細かさが…」と技巧的な話をしていたので、是非俺にそのへんのテクニック論を解説してくれと思いました。踏みとどまりましたが。
よって、おそらく私にとっての最適解は緒方九段が好きすぎてパソコンに「緒方くん」と名付けていた過去を持つ漫画家の友人・王嶋環先生を誘って行くことだったのでしょう。
というか、どう考えても一緒に行くべきだった。
そんな話をしてたところ、王嶋先生から「アキラのスタンドのアレは養生テープではなくホワイトトーンという画材です」とのアドバイスを頂きました。
王嶋先生いわく、ホワイトトーンは定着させるのが難しく、きれいに印刷に出にくいのだとか。
どう考えても一緒に行くべきだった。
わしそういう話大好き。
また今後、名作漫画の原画展やイベントがあれば足を運んでみたいと思います。次は王嶋先生もお誘いしよう。
多忙を極める毎日ですが、漫画絡みの企画ならどうにか…!時間の許す限り…!
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