こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
突然ですが、今もっとも熱い格闘漫画といえば何でしょう?
やはり『ケンガンオメガ』ですよね。
『ケンガンオメガ』およびその前作『ケンガンアシュラ』は、小学館のWEBコミックサイト「裏サンデー」にて連載されている人気の格闘漫画ですが、
格闘漫画といえば(リアル志向の一部作品を除けば)漫画の画面映えの都合上非現実的な身体を持ったキャラクターが出てくるものと相場は決まっています。
場合によっては人為的に肉体改造をすることも珍しくありません。
医学の力で無理やり身長を50センチ伸ばした人も居るくらいですからね。
さて、皆様は『ケンガンアシュラ』の名物キャラクター、英はじめをご存知でしょうか。
今回の記事では彼の常軌を逸した肉体改造について検証していきましょう。
ケンガンアシュラ
まずは『ケンガンアシュラ』のあらすじをご紹介しましょう。
主人公は十鬼蛇王馬。
洗練された肉体と高い身体能力、そして謎の武術「二虎流」を操り、ひたすらに強さを追い求めるファイターです。
そして、もう一人の主人公(兼ヒロイン)が乃木出版に勤務するサラリーマン・山下一夫です。
ある事情により一夫は王馬の世話係に任命されました。
『ケンガンアシュラ』の世界には「拳願仕合」と呼ばれるシステムが存在します。
拳願仕合とは企業・商人たちが巨額の利益を賭けて、
お互いが雇った闘技者同士による格闘勝負を行い、勝者が全てを得るというものです。
言わば格闘技による企業間代理戦争ですね。
例えば高層ビルの建設施工の権利が賭けられるなど、この拳願仕合によって数百億円がザラに動きます。
この拳願仕合を統括する組合が「拳願会」なのですが、
拳願会には日本の超有名企業が名を連ねるため拳願会の会長の影響力は凄まじく、
事実上の日本経済界のトップと呼んで差し支えないほどの絶大な権力を持ちます。
『ケンガンアシュラ』中盤以降では、そんな拳願会会長の座を争って行われる「拳願絶命トーナメント」が描かれます。
まあ要するにグラップラー刃牙の最大トーナメント編だと思って頂ければ間違いありません。
ただでさえ拳願仕合の闘技者には超人的な身体能力や技術を持った人間が勢揃いしていますが、このトーナメントに登場するレベルとなると、
髪の毛を操って戦う暗殺者・因幡良や、
アクセル全開にしたF1マシンを生身で引きずるユリウス・ラインホルトなど、
もはや超人どころか人外ばかりです。
その身体能力や特技を得るに至った理由も、修行の成果、先天的な体質、ドーピング、遺伝、秘伝の技術、黒木など多種多様なのですが、
実は『ケンガンアシュラ』において「医学の力で肉体を改造した人間」は意外と少数派です。
そんな数少ないゴリゴリに肉体改造をしたキャラクターが、今回取り上げる英はじめです。
英はじめについて
英はじめは拳願絶命トーナメントに帝都大学所属の闘技者として登場しました。
闘技者でありながら本業はフリーランスの外科医であり、致命傷レベルの大怪我をした人間であっても彼にかかればほとんどは後遺症なく復活できます。
分かりやすく言えば鎬紅葉とか王大人のようなポジションの人です。
さらにそんな外科医の姿でさえ彼にとっては隠れ蓑にすぎず、
その正体は政府お抱えのエージェントであり、法律で裁けない人間を闇に葬り去る始末人なのです。
それでいて、ことあるごとに人を解剖しようとするサイコパスな一面も併せ持ちます。
常識外の人間が多数登場する『ケンガンアシュラ』にあってなお異次元のスペックを持ち、
登場人物や読者から「英先生」と呼ばれ親しまれる人気キャラクターですね。
英先生の仕合は一回戦・第十四仕合で描かれました。
彼の対戦相手は死刑囚の坂東洋平。
坂東はかつて暴力団事務所を襲撃して単身で16人を殺害し、逮捕時にも警官数名を死傷した凶悪な殺人犯です。
逮捕された時は痩せ型だったのになぜか投獄中にムキムキマッチョになっていますが、それに関する説明は特にありません。
司法は坂東に対し死刑を執行しましたが、90分に及ぶ絞首刑を生き延びました。
日本で唯一認められた死刑である絞首刑が通用しないとなると、彼を合法的に処刑する方法が無いのです。
そんなドリアン海王坂東を非合法に処刑するための手段として、日本政府から英先生が派遣されたわけです。
つまり、英先生はこの仕合の中で坂東を殺す必要があります。
しかし拳願仕合は武器の持ち込みが認められていません。
さあ、英先生はどのように戦うのでしょうか。
さて、審判により開戦がコールされました!
無造作に手を伸ばしてきた坂東を素早くかわし、腕を突く英先生。
英先生の流儀は、人体の急所である経穴を突く武術・霊枢擒拿術。
ですがぶっちゃけ彼の戦闘シーンはこれ以降1回しか出てこない上、この謎の武術を使ってるのもここだけなので覚えなくてOKです。
北斗神拳みたいなもんだと覚えておきましょう。
英先生は素早い動きで坂東を翻弄しつつ、決め手として首の後ろの経穴を突きました。
ところが、坂東は倒れるどころか逆に英先生の右手が粉砕されるという異常事態。
この状況から、英先生は「坂東は常人離れした関節の可動域を持っている」と推察します。
なんと坂東は超絶軟体人間でした。
英先生に首の後ろを突かれた瞬間、首を後ろにめっっっちゃ曲げて英先生の指を折ったのです。
いや軟体人間で済ませていいレベルなのかなこれ。
ともかく、この可動域を利用して急所を避けられてしまうため、英先生にとっては分が悪い相手です。
この状況で英先生が披露した奥の手とは…!
!!?
!!?!??
!!!!!???
その後、なんやかんやあって坂東は英先生の首の骨を折り、決着が付きました。
英先生の首は後ろ向きに150°くらい曲げられており、完全に頸椎が損傷しています。
もちろん、そんな状況で命が残っているわけもなく…
……
ちなみに私は医者ですが、
死んだ時に備えて肉体改造をしてる医者には会ったことがありません。
さて、英先生は仕合に負けてしまいましたが、ある仕込みを完了させていました。
…………
ちなみに私は医者ですが、
常人なら死に至るウイルスの抗体は特に持っていません。
英はじめの肉体改造
そんなわけで、英先生の肉体改造をひとつずつピックアップしていきましょう。
骨剣
自身の大腿骨を削り出して剣を作り、腕の中に仕込むというどこからツッコんだらいいか分からない隠し武器です。
ウルヴァリンかよ。
当たり前ですが、英先生が自らに施したような手術は私は見たことないです。
似たような手術としては、例えば大腿骨(太ももの骨)と股関節の繋ぎ目を人工物に替える「人工股関節全置換術」があります。
これは大腿骨の付け根が骨折してしまった場合や、股関節がすり減ってきた場合などに行う手術ですね。
他にも、「人工膝関節全置換術」があります。
これは中高年の女性に起きやすい「変形性膝関節症」という病気がかなり進んでいる場合に行われる術式で、
膝の関節を丸ごと人工物と取り替えます。
しかし。
しかし。
骨というのは人体において替えがきかない超重要なものです。
どんなに抜群に高性能な人工骨を使ったとしても、数十年という単位で使い続けていればいつか必ずガタが来ます。
上記のような人工関節の耐用年数は15~30年ほどとされています。
ある程度の高齢者ならまだしも、(たぶん)若い英先生に対し、何の病気もないのに人工骨に替える手術をするのは全く勧められません。
それに、人工骨に限った話ではありませんが、
体内に人工物を入れると感染症に注意しなければなりません。
通常、雑菌が体内に侵入しても体内の免疫システムが雑菌を退治してくれますが、
人工関節などの人工物に雑菌が取り付いてしまうと免疫システムがうまく作用しにくいのです。
そのため、手術中にも感染症に細心の注意を払う必要がありますし、
人工関節などでは術後半年以上経っても感染が起きることがあるのです。
(手術は完璧にうまくいったとしても、別の場所の怪我が原因で雑菌が体内に侵入し、人工関節に取り付いてしまうことがあります)
こういう人工物に感染が起こると、菌を退治するにはひと苦労します。
敗血症になって命を落とすこともあり得ます。
さらにさらに。
上で挙げたように、こういった大腿骨の手術はふつう「股関節の繋ぎ目だけ」とか「膝の部分だけ」に対して行うものです。
この先生、大腿骨を丸ごと取り出しちゃったみたいですね。
言うまでもなく、大腿骨の周りは分厚い太ももの筋肉で覆われています。
この筋肉を全部切って分けて骨を取り出して新しい骨を入れて閉じるというのは尋常な手術ではありません。
こんなのブラック・ジャック先生でもやらない前代未聞レベルの大手術です。
無事に手術が済んだとしてもまともに歩くことすら難しいでしょう。
つーかどうやって1人でやったんだ。
さらにさらにさらに。
この骨剣、手首と手のひらの間あたりから出てきてますね。
ここには「正中神経」という神経が通っているはずです。
手のひら側の親指~薬指の半分までの感覚や、腕・手首・指の動きをつかさどる超重要な神経ですが、英先生本当に大丈夫ですか。
しかも「長掌筋」という手や指の動きを支配する重要な筋肉の付け根もこのへんにありますが、英先生本当に本当に大丈夫ですか。
よしんばギミックを仕込む際に正中神経や長掌筋を脇にどけておくことができたとしても、
消毒もなしにいちいちこんなもん出し入れしてたらこれまた感染症が心配になってきます。
骨剣やその周囲に雑菌が付くのは避けられませんし、この雑菌が血液を介して太ももの人工骨に取り付くかもしれません。
そしてここまで命懸けでありながら、このギミックが役に立つのは武器の持ち込みが禁止されている拳願仕合くらいのものでしょう。
ああ、もうどの方面から見ても絶対ダメな武器です。
こんなん使うくらいなら普通に毒を塗った刃物を持ち歩いてください。
政府がバックについてるなら出来るでしょそれくらい。
そんな私の心配をよそに、英先生は「そそるフォルムをしているだろう?」「フフフ…楽しかったなあ。」とご満悦です。
彼の性格を考えると、この手術はただの趣味だったのかもしれません。
……
趣味ならまあいいか!
かかとの高圧ガス
英先生はかかとに高圧ガスを仕込んで坂東にすごいキックをぶちかましました。
しかし坂東には致命傷どころかほとんどダメージが入っていません。
英先生の体重は62kgと闘技者の中ではかなり小柄ですし、霊枢擒拿術や骨剣といった体格差無視の武術・武器がメイン戦法になっていることを踏まえると、そもそも打撃はオマケ感覚なのでしょう。
オマケでこんなもん仕込むか普通。
あとそんなとこに穴開いてアキレス腱は大丈夫なのかな?
たぶん大丈夫でしょうね。英先生だし。
殺人ウイルス
英先生はウイルスを血中に注入しておいて坂東に感染させました。
坂東の見立てでは神経を侵すウイルスだそうです。
となるとウイルス性脳炎(ヘルペスウイルス、日本脳炎ウイルス、HIVなど)や感染性脊髄炎(ヘルペスウイルス、麻疹、風疹など)などが怪しいですが、
坂東は仕合の直後に発症し、体の自由が利かなくなっています。
いくら血液感染と言えど、感染からものの数分で発症するウイルスというのは私には見当も付きません。
そもそもウイルスという物体の性質上この発症スピードはありえませんので、
英先生が致死性と即効性をめちゃくちゃ高めた特別製のウイルスを作ったと考えるのが妥当でしょう。
ここではもう「なんかそういうすごいウイルスがある」ということにします。
ちなみに英先生ご自身は「抗体を持っている」とのことですが、
抗体があったら注入したウイルスも体内で迅速に殺されていくはず。
たぶん仕合の直前に注射したのでしょう。
無理やりにでも納得しておかないと話が進みませんので、そういうことにしましょう。
痛覚の遮断
上記のあらすじでは省略しましたが、英先生は痛覚の伝導路である脳の視床下部を手術したことにより痛覚が存在しないようです。
いや無茶すんな。
痛みには「一次痛」と「二次痛」の2つがあります。
針が指先に刺さった場合を考えるならば、刺さった瞬間の「イテッ!」という感覚が一次痛、その後の「イテテ…」というジンジンするような痛みが二次痛です。
詳しく書くとメチャクチャ複雑なので簡単に解説しますが、一次痛は「視床」を通り、二次痛は「視床下部」を通ります。
「視床」と「視床下部」は名前は似てますが、全くもって機能の異なる部位です。
地の文を読む限りいじったのは視床下部だけの様子ですが、視床下部の伝導路を遮断するだけでは二次痛しかコントロールできません。
一次痛がそのまんまです。
ということは、おそらく英先生は視床下部に存在する下行性痛覚抑制系に何らかの処置を施し、
痛みに対して強力な抑制を利かせて痛覚を遮断している状態になっているものと推測されます。
下行性痛覚抑制系とは、簡単に言えば「アドレナリンが出てるから痛みを感じない」的なアレです。
厳密にはちょっと違いますがそんな感じの理解でOKです。
そんなわけでさすが英先生、視床下部を手術するなんてすごいなあと言いたいところですがそうはいきません。
ここで出てきた「視床」や「視床下部」、そして「下垂体」という場所をまとめて「間脳」と呼ぶのですが、間脳は恐ろしくデリケートかつ重要な場所です。
視床は嗅覚を除くすべての感覚神経の中継所になっており、
視床下部は自律神経やホルモン分泌の中枢としても機能しているため、
手術を一歩間違えば生命維持自体が不可能になる場所です。
例えば「脳出血」という病気では(状況にもよりますが)脳の中に溜まった血液を取り除く手術が行われます。
この脳出血の中には視床に出血が起こる「視床出血」というタイプがありますが、
視床はあまりにもデリケートかつ脳の中の深い場所にあるので視床出血に対しては手術ができません。
そんなわけで、現代の医学でも手を出せるのは下垂体まで。
視床や視床下部への外科的手術は現状不可能です。
(高周波凝固術やガンマナイフなど、メスを入れない手術なら一部存在します)
そんな視床下部にメスを入れちゃう英先生はさすがとしか言いようがないですね。
頸椎損傷に備えた改造
坂東に首の骨を折られて敗北した英先生ですが、
漫画のコマを見る限り、第2頸椎と第3頸椎の間がパカッと割れていますね。
(頸椎の中でも少し特徴のある第2頸椎と第7頸椎の棘突起らしき構造が確認できます)
この状況に傷病名を付けるならば「第3頸椎後方脱臼骨折(涙滴骨折)」となります。
これは簡潔に言えば脊髄損傷はほぼ確実です。
さらに脊髄損傷は頭に近い場所ほど症状が重くなりやすいので、
第3頸髄損傷となると奇跡的に命が助かったとしてもベッド上での生活は避けられませんし、自力で呼吸をすることさえ難しいレベルです。
このようなとんでもない大怪我にも関わらず、雇い主である太宰が英先生の首の骨を元に戻すとなぜか復活しました。
復活した直後に手のしびれを実感した程度で、その後は何の後遺症も無さそうです。
第3頸椎後方脱臼骨折を手がしびれるぐらいで済んでるなら医者は要りません。
いや、この人医者だったわ。
ちなみに頸髄損傷のダメージを無かったことにする改造手術とはどんなものか非常に気になりますが、
私の知識のどこをどう振り絞っても何の見当もつかないので考察を諦めました。
期待して下さった方には申し訳ありません、私には無理です。
誰か分かる人は教えてください。
まとめ
以上をまとめると、
英先生はバケモノです。以上。
もっとも、これだけ肉体も精神も規格外の人間でありながら、
どこか親しみやすさを感じる英先生というキャラクターの完成度は素晴らしいものがありますね。
現行作品『ケンガンオメガ』でも要所要所で良い仕事をするキャラですし、今後の活躍に期待が持てます。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
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