こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
本日の記事は『薬屋のひとりごと』の時代考証です!
『薬屋のひとりごと』といえば小説投稿サイトの最大手「小説家になろう」発の大人気作ですが、
この作品を読んでいて気になることといえば、薬師の主人公・猫猫の圧倒的な知識量。
完全に今の医学・科学を知り尽くしてる…というか10年近く医者やってる私より詳しくないか?と言えるレベルであり、
こうなると当ブログ的には時代考証が気になるというもの。
小説的な結論を先に言ってしまうと、作者・日向夏先生ご本人から
「架空の国を舞台にしたファンタジーであり、文化や科学は現実の様々な時代のものをごちゃ混ぜにしている」
という趣旨のご説明がなされており、現実世界の医学史をそのまま当てはめるのは適切ではありません。
この手の科学が絡む作品では私のような面倒くさい読者が大量に発生するせいでこういった説明をせざるを得ないのでしょう。
こんなブログ作っちゃって本当に申し訳ない。
しかし今回、私はあえて無粋を承知で『薬屋のひとりごと』の時代考証をしてみたいと思います。
理由はシンプルで、これまでに取り上げてきた『鬼滅の刃』や『仁 -JIN-』といった医学史にまつわる時代考証が調べていて面白かったからです。
そんなわけで本日の記事では、『薬屋のひとりごと』に出てくる全ての医療描写について現実世界のどの時期の医療かを考えていきましょう!
なお、話の核心に迫るネタバレは一切ありませんので、未読の方にも安心してお読み頂けます。
目次 非表示
『薬屋のひとりごと』について
概要
まずは『薬屋のひとりごと』の概要を説明しましょう。
『薬屋のひとりごと』は中華風の架空の国「茘」を舞台とした薬学ミステリー作品で、
ライトノベルならびに2種類のコミカライズ(漫画化)が出版されており、2023年10月からはアニメ化も決定している、
シリーズ合計発行部数は2100万部(2023年2月時点)という爆売れ大ヒット小説です。
2種類の漫画版の違い
ここでひとつ気になるのが、コミカライズはなぜか同じ内容のものが2種類あるということ。
外伝や続編を描いているわけではなく、全く同じ話を同時進行で取り扱っています。
1つ目がビッグガンガン連載のねこクラゲ先生による作品、
2つ目がサンデーGX連載の倉田三ノ路先生による作品です。
ラノベのコミカライズが2種類ある作品というのは以前から時々ありました。
例えば、某有名ラノベが連載初期に見切り発車でコミカライズしたものの評価が芳しくなかったため、
もっと上手い漫画家さんが描き直して最初にコミカライズした方が無かったことにされた作品(経緯は諸説あり)がありましたね。
具体名は挙げませんが。
しかしそんな話も今は昔。
2017年に『薬屋のひとりごと』のコミカライズが2種類製作されたことに続き、
同じ「小説家になろう」発の作品である『アラフォー賢者の異世界生活日記』が2018年に、
『魔導具師ダリヤはうつむかない』が2019年にそれぞれ2種類のコミカライズを発表しています。
仮に『薬屋のひとりごと』が何かの手違いでうっかり2種類を出しちゃったとするならば、
2018年・2019年にも立て続けに出してしまうのは会社の体制に問題がありすぎるため考えにくいところです。
このことから察するに、おそらく「なろう」はコミカライズの使用権をかなり緩めに設定しているのでしょう。
ビジネス的な観点で考えると、版元にとっては片方でも当たれば儲けものですし、片方がコケてしまった場合のリスクも殆どありません。
コミカライズ側にとっても使用権が緩いと人気作を扱いやすくなりますし、原作のファンを見込み顧客として引き込めるため(競合で顧客を食い合うリスクに目を瞑れば)メリットは大きいと言えます。
当の作家さんや漫画家さんやこれを受け入れていれば、という話にはなりますが…
(この作品に関して言えば、日向夏先生は2種類のコミカライズが出ることをご存知でなかったようですが)
そんな中でも『薬屋のひとりごと』に関してはコミカライズの並行連載に最も成功した作品のひとつと言っても過言ではなく、
両作それぞれがヒット漫画と言える発行部数を叩き出しているという素晴らしい成功例です。
より綺麗な絵柄でラブコメ要素を重視しているのがビッグガンガン版、
原作に寄せた雰囲気でミステリー要素を重視しているのがサンデーGX版といった形で差別化されているため、
個別にファンが居るだけでなく両方を買う熱心なファンも珍しくありません。
というわけで、話が同じなのでどちらの作品を取り上げても良いのですが、
本記事では特記がない限り、より物語が進んでいるサンデーGX版から描写を引用・考察していきます。
あらすじ・登場人物
続いて、『薬屋のひとりごと』のあらすじと登場人物を紹介していきましょう。
主人公は17歳の少女・猫猫。
元々は薬師として生活していたものの、女官狩りに遭ったことで後宮(皇帝の妃たちが住まう場所)の下級女官として売り飛ばされました。
彼女はある事件を解決したことをきっかけに、上級妃の一人である玉葉妃付きの侍女に抜擢されることになります。
猫猫は薬や毒に対してきわめて強い好奇心を持ち、
作中世界でもトップクラス…というか現代でも通用するレベルの薬学・医学の知識を修めていますが、
その反面、人間に対する興味はあまり無いため後述の壬氏をやきもきさせることがしばしば。
そして彼がヒロインの壬氏。
玉無しイケメン有能ドM王子様という女性ウケの良い属性を全部乗せにしたお方です。
彼は宦官であり、主な仕事は後宮を取り仕切ることと猫猫に対するストーキング行為、そして脱ぐことです。
女性読者へのサービスと言わんばかりにとにかく脱ぎます。
脱ぎます。
脱ぎます。
揉まれます。
(何で宦官なのに揉まれてんだよというのは話の核心なので触れません。猫猫は触れたし揉んだけどな!)
『薬屋のひとりごと』の物語を端的に説明すると、
猫猫が壬氏の依頼を受けて薬が絡んだ難事件を解決したり壬氏につきまとわれたりする話です。
話の概要が分かったところで、いよいよ作中の医学描写を確認していきましょう。
なお、検証の対象は本記事を執筆した2023年9月9日時点での最新話である71話までとしています。
医療描写の時代考証
鉛中毒
まずは第1話、猫猫が壬氏につきまとわれるきっかけとなった事件が「鉛中毒」の事件です。
おしろいに含まれる鉛白が鉛中毒を引き起こしたのですが、この原因を突き止めたのが猫猫でした。
鉛は柔らかくて融けやすいため金属としてはメチャクチャ加工しやすい部類に入ります。
それでいて腐食しにくく、比重が大きめなので重りとしても使えて、おまけに採掘も簡単だったので古代ローマの時代から工業分野で大活躍してきました。
中でも、鉛を原料とする「鉛白」は人間の美白肌を表現するのに適した色合いだったため絵画に重用されまくったほか、
水にも油にも溶けない(汗や脂で流れない)ため化粧品としても最適とされていました。
しかしながら鉛は人体には有害で、体内の酵素の働きを阻害する作用があります。
主に神経症状や消化器症状を引き起こし、歴史上多くの健康被害をもたらしてきました。
実のところ、そんな鉛の危険性は古代から既に知れ渡っていたのですが、女性たちはそれを承知の上で化粧に鉛白を使っていたようです。
(そもそも日常的に化粧ができる女性は上流階級のごく一部だったため、それほど気に留められませんでした)
日本ではだいぶ遅れて明治時代にようやく鉛中毒の存在が明らかになります。
きっかけは明治20年の天覧歌舞伎で、女形の俳優・中村福助が鉛中毒を発症したことで民衆にも広く知られることとなりました。
(参考:髙際麻奈未「日本初の無鉛白粉作製の背景とその無害証明に関わった薬学者たち」薬史学雑誌 57(2), 93-100, 2022)
タバコの誤飲と活性炭
猫猫が実家に帰省した際、謎の中毒症状に倒れた人間を診ました。
猫猫はその症状を噛みタバコによる中毒と診断し、炭を飲ませて毒を吸着させようとします。
結局、彼女の薬学の師であり義父でもある漢羅門により誤診だったと分かるわけですが、
それはさておき猫猫が炭を素早く用意しようとしたところに注目したいですね。
これは灰皿に放置されたタバコを子供が食べてしまいニコチン中毒を発症する、という形で現代でも起きうる事故です。
ここでしばしば使われるのが「活性炭投与」と呼ばれる治療方法で、
活性炭の微細な孔が小さな有機物を選択的に吸着する作用を利用したものです。
これによって解毒のほか、水質の浄化や脱臭にも使用されるわけですね。
たまに飲食店のピッチャーに炭が入ってるのはそういう理由です。
そんな活性炭の解毒作用が注目され始めたのは19世紀初期からのようです。
以上のことから、猫猫に活性炭の作用を教えたと思しき漢羅門は少なくとも19世紀レベルの内科・薬学の知識を持っていることが伺えますね。
ちなみに、毒物を吸着するからといって「毒物を飲んだらとにかく活性炭!」という考えは適切ではなく、
腐食性物質(強酸や強アルカリ)の誤飲では化学熱傷を受けた組織に活性炭が沈着してしまうためむしろ投与しちゃダメです。
こういう時はコナン君がやっているように牛乳を飲むのが良いでしょう。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
産後の子宮摘出
現皇帝の妃である阿多妃は、かつて男児を出産したものの対応が遅れたことで子宮を失ってしまいました。
実はこの事件が物語全体に与えた影響はメチャクチャ大きいのですが詳細は本編をどうぞ。
さて、「出産後に子宮を失った」という状況について考えてみましょう。
出産方法が経腟分娩か帝王切開かは明言されていませんが、どちらにしても産後の子宮を摘出できるというのはかなり医学が進んだ世界の出来事です。
妊娠中や出産直後の子宮は大きい上にすさまじい量の血液が巡っているため、産婦人科医の私にとっても簡単とは到底言えない大手術になります。
ちなみに子宮全摘手術に関する最古の記録は西暦120年頃の話らしく、これは腟式子宮全摘(腟から子宮を取り出す)であったとされています。
当時の医療水準でこの手術をした人も受けた人もすごすぎる。
そして腹式子宮全摘(開腹手術をして子宮を摘出する)が開発されたのは1853年だったようですね。
これに関連するエピソードとして、先代の帝は幼女趣味として知られていたわけですが、
彼は体の成熟していなかった妃・安氏と子供を成したため、安氏は腹を切るしかなかった(帝王切開した)ようです。
歴史上初めて母児ともに生存した帝王切開を行ったのはイタリアの医師、エドアルド・ポロですが、
1876年に予定日を4週間過ぎた(!?)妊婦さんに対して帝王切開を行い、術後の出血をコントロールするため子宮を摘出したという記録が残っています。リアル漢羅門やないか。
そんなわけで、漢羅門は子宮摘出だけでなく帝王切開の技術も持っていたことが分かります。
漢羅門は内科・薬学知識だけでなく外科の技術も19世紀後半レベルのようです。
やっぱりおやじはすごい。
なお、日本の江戸時代の帝王切開についてはこちらで解説しています。
糖尿病
大酒家の武人・浩然が急死した際、猫猫は死因の解明を任ぜられました。
浩然が甘党であり、酒もつまみも普段の食事も甘くしていたという話を聞いた猫猫は「糖尿になりますね」と呟きます。
ここで私は「あ、糖尿病のこと知ってるのか」と少し驚きました。
というわけで糖尿病の解説にまいりましょう。
糖尿病は読んで字のごとく、尿が甘くなる病気です。(大昔はマジで尿を舐めて甘かったら糖尿病!と診断してました)
…と書くとたいした病気には見えないので、そもそも糖尿病とは何なのかを説明しましょう。
まず糖分は人間にとってメチャクチャ貴重なエネルギー源なので、1グラムたりとも無駄にしたくはありません。
しかし腎臓で尿を作る際に、どうしても出来立ての尿(原尿)の中に糖分が入ってしまいます。
そこで、原尿から自動的にブドウ糖を回収する仕組みが存在します。
これのおかげで、最終的に排泄される尿には原則として糖は含まれていません。
そんな素敵なシステムがあるにも関わらず尿に糖分がダダ漏れになっているということは、
回収しきれないくらい大量の糖分が血液中にあるということです。(妊娠中など、病気がなくとも尿糖が出やすくなる状況も存在しますが)
そんな糖まみれの血液は血管をボロボロにしてしまうため、「糖尿病」は要するに「全身の血管ボロボロ病」と言い換えられます。
個人的には「糖尿病」じゃ危機感が伝わりにくいので「全身の血管ボロボロ病」の方が良いと思ったりしてます。
それはさておき、さらりと「糖尿になりますね」と発言した猫猫。これについて深堀りしてみましょうか。
「糖尿病って飽食の現代ならではの病気じゃないの?」という疑問もあるかと思いますが、実は糖尿病の歴史はかなり古いのです。
紀元前1500年のエジプトには既に糖尿病と思しき症状が記載されたパピルスが存在していました。
そこから約3000年にわたり、糖尿病の正体は不明な状況が続いていましたが、
西洋医学において1674年にイギリスのトーマス・ウィリスが糖尿病患者の尿を舐めると甘いことを確認し、
現在の「糖尿病」に相当する病名「Diabetes Mellitus(蜂蜜のような多尿)」と名付けました。
これをきっかけに疾患と高血糖との関連性が指摘されるなど、糖尿病の病態解明が少しずつ始まることとなります。
(参考:春日雅人『糖尿病疾患概念の歴史的変遷』日本臨牀 70(増刊号3): 9-13, 2012、坂井建雄『医学の歴史』、スティーヴ・パーカー『医学の歴史大図鑑』)
漢方・東洋医学ではどうだったかと言うと、糖尿病は「消渇」という病気として知られており、平安時代の覇者こと藤原道長が消渇を患っていたことが「御堂関白記」に記されています。
なお、中国においては金元医学の四大家の一人・劉河間(または劉完素、1110?年生~1200年没)が消渇(糖尿病)の原因が食事の不摂生やストレス等であることを指摘しており、
当時の医療水準を考えると素晴らしい慧眼を持っていたことが伺えます。
ちなみに劉河間は、今でもよく使われる漢方薬「防風通聖散」の発明者でもあります。
以上より、「甘い物の食べ過ぎで糖尿病になる」という認識は西洋医学だと17世紀まで待つことになりますが、
中国だと12世紀頃には存在していたことが分かります。
劉河間がすごすぎる。
梅毒
物語が進み、梅毒に罹患した祇女・鳳仙が登場しました。
梅毒は元々アメリカ大陸にしか存在しなかった病気ですが、1492年にコロンブスがアメリカ大陸に上陸したのをきっかけにわずか20年弱で地球上に広がりました。
進行梅毒は感染後10年以上の経過を経て起きる病気のため、これだけなら史実における16世紀以降の話だと考えられますが、
羅漢門は「症状が出てすぐなら手の打ちようもあった」と話しているためこの世界では有効な治療法が存在することが伺えます。
かつて、梅毒に対しては水銀を体に塗ったりオリーブオイルの風呂に浸かったりという非科学的な治療法しか存在しない状況が数百年続きましたが、
1910年にドイツのパウル・エールリヒと日本の秦佐八郎が共同で開発した「サルバルサン」が世界で初めて科学的に実証された治療薬として発表されました。
ただし、サルバルサンはヒ素を含む薬であり悪心・嘔吐・食欲減退・発熱などの副作用が厳しかったため、
1943年に副作用の少ないペニシリンが使用されるようになってからはサルバルサンは姿を消しました。
ということで、もし羅漢門が梅毒に対する確かな治療法を持っているとするならば、
医療水準的には現実世界の20世紀レベルということになります。こりゃスゲエ。
河豚毒と曼荼羅華
ある事件にて、河豚毒と曼荼羅華(チョウセンアサガオ)を材料とした「人を死んだように見せかける薬」の存在が示唆されました。
まずはフグの毒について。
フグの毒はテトロドトキシンと呼ばれ、これを体内に取り込むと体中の筋肉が麻痺して呼吸できなくなり死にます。
テトロドトキシンの作用はメチャクチャ強力かつ他の薬にはない独特な作用を持っているため、
日本では戦前・戦後の一時期のみ神経痛・リウマチに対する鎮痛剤として使われていたこともありましたが、
非常に扱いにくい薬でもあるため現在は使用されていません。
(参考:荒川修「フグの毒テトロドトキシン -保有生物やフグ食文化との興味深い関わり合い-」)
チョウセンアサガオは神経に作用する毒物・ヒオスチアミンやスコポラミンを含みます。
これを医療に転用したのが江戸時代の医師・華岡青洲が発明した麻酔薬「通仙散」ですね。
華岡青洲は1804年に通仙散による全身麻酔に成功しています。
これは西洋でエーテル麻酔が確立される40年以上前の話、かつ当時の日本は鎖国状態だったため、
通仙散は日本が誇るオーパーツとして麻酔史にその名を残しています。
華岡青洲の弟子・本間玄調の著書『本間玄調秘授麻薬』によると、
通仙散の原料は曼陀羅華(チョウセンアサガオ)、草烏頭(トリカブト)、白芷(ビャクシ)、当帰(トウキ)、川芎(センキュウ)、天南星(テンナンショウ)だったようです。
見事に毒薬と生薬のオンパレードみたいなラインナップですが、フグ毒は使われていなかったようですね。
妻と実母の協力があったとはいえ、よくこんな薬を実用化させたものだと思います。
(ちなみに通仙散は使い方を間違えると非常に危険な薬だったため、華岡青洲は製法を門外不出としていましたが、弟子の本間玄調が無断で著書に製法を書いたため破門されました)
というわけで、私が調べた限りフグ毒とチョウセンアサガオを混ぜた薬の存在は見つけられませんでしたが、
通仙散の存在を考えると19世紀以降の医療水準と考えて良いでしょう。
消毒用アルコール
猫猫は高濃度のアルコールを消毒に利用していました。
まんま現代と同じ使い方ですね。
消毒という概念は、1798年に塩素と消石灰(水酸化カルシウム)を反応させた「さらし粉(次亜塩素酸カルシウム)」が発明されたことに遡ります。
さらし粉が感染創の治療や飲料水の浄化に効果があることが分かると、1820~1850年にかけて医療における手指・器具の消毒に用いられました。
ひと昔前まで水道水やプールの消毒剤に使われていた「カルキ」と同じものです。
この時期は「消毒」や「手洗い」の有効性が少しずつ判明し始めた時期で、同時に様々な消毒薬が開発された時期でもありました。
エタノール(アルコール)もその1つで、細菌学の父と呼ばれるロベルト・コッホが1881年にエタノールを消毒薬として研究した記録があります。
その後、1939年にエタノール濃度70%が最も殺菌に効果的であるということが明らかになり、消毒薬のひとつとしての地位を確立しました。
(出典:伊東朋子「エタノール湿潤度と塗擦方法の違いによる消毒効果」)
しかし当時、エタノール消毒はちっとも流行りませんでした。
上記のさらし粉の時代から、手指の消毒といえば「ベースン法」(桶の中に消毒薬を入れてざぶざぶ手を洗う)が主流でした。
ブラック・ジャック先生が手を洗うのにたまに使ってるアレです。
このベースン法で使われていた消毒薬は主にクロルヘキシジンであり、揮発性の高いエタノールはこのベースン法に適さなかったのです。
こんな感じで150年近く手指消毒の主流だったベースン法ですが、
「皆が手洗ってたらだんだん汚くなるだろ」「手を拭いたタオルが汚かったら意味ないやん」
という今から思えば真っ当な意見により昭和末期頃より廃れていき、
日本でアルコール消毒の推奨が明文化されたのはまさかの「医療機関における手指衛生のためのガイドライン2002」でした。
今では街のそこら中にアルコール消毒剤が置いてあるので大昔からあったような錯覚に陥りますが、
アルコール消毒が医療に欠かせない存在になったのはほんの20年ほど前からの話なのです。
話を戻すと、猫猫のアルコール消毒に関する知識は現実世界の20世紀以降のものです。
当たり前のように布に染み込ませて使っているところを見ると21世紀の消毒感覚と言っても良いでしょうね。
こんな些細な描写がまさかの最先端医学だとは、正直なところ私も意外でした。
まとめ
というわけで『薬屋のひとりごと』(サンデーGX版)70話までに登場する全ての医療描写の検証が終了しました。
まとめると、猫猫(および羅漢門)が持っている医学知識・医療技術の現実世界における時代設定は以下のようになります。
鉛中毒の知識…古代から存在した
活性炭の解毒作用…19世紀
子宮全摘手術…1853年(19世紀)
帝王切開および産後の子宮摘出手術…1876年(19世紀)
糖尿病の原因…12世紀
梅毒の存在…16世紀
梅毒の有効な治療法…1910年(20世紀)
麻酔薬の存在…1804年(19世紀)
アルコール消毒法…20世紀から存在したが使用法は21世紀の水準
ここで、現実世界における医学史の全体像を振り返ってみましょう。
17世紀にアイザック・ニュートンを始めとしたド級の天才たちによる「科学革命」が科学を一気に発展させ、
18~19世紀には医学もそれにつられる形で飛躍的な成長を遂げました。
こうして現代医学の基礎となった19世紀後半頃の医学を「近代医学」と呼ぶことが多いわけですが、
『薬屋のひとりごと』に登場する医療技術を精査してみると、この「近代医学」の知識がベースとなっていることが分かります。
一見、作中の文化レベルは古代~中世なので近代医学とはアンバランスのように感じますが、
実際に『薬屋のひとりごと』を読んでいるとそうした違和感を全く覚えない作りになっています。
これは「近代医学」という「現代の水準からすると物足りないけど、科学的に妥当性はある」という絶妙なラインを突いた学問だからこそなせる業ですね。
こうした工夫に作者・日向夏先生の巧みなバランス感覚が見て取れます。
ここまでの大ヒットを飛ばしているのにも納得というものです。
未読の方には是非、ご一読をお勧めします。
ちなみにこの記事のひとつ前がよりによってアレなので、登場人物の多くが女性である本作を読むのは最高の気分転換になりました。
前回は正直心が折れそうになりながら書いていましたが、またブログを頑張れそうな気がします。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
以下、関連記事です。
『鬼滅の刃』と梅毒史はこちらで解説しています。
帝王切開の歴史についてはこの記事で詳しく解説しています。
妊娠・授乳と薬について解説した記事はこちらです。