こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
今回は2023年の最初の記事ですね。
年初に相応しい…かどうかは置いておいて、今まで何だかんだ当ブログで扱ってこなかったあの超有名作について考察していきましょう。
本日取り上げるのは『名探偵コナン』です。
ご存知の通り『名探偵コナン』は基本的に人が死にまくるので、医学的考察の余地がある描写が少ないのです。
しかしそれでも医学的に興味深いエピソードはいくつかありますね。
本日はその中の1つ、単行本8巻に収録されたエピソード「6月の花嫁殺人事件」より苛性ソーダ中毒について解説しましょう。
目次 非表示
「花嫁の悲劇」について
まずは『名探偵コナン』のあらすじをご紹介しようと思いましたが、
そもそも『名探偵コナン』自体がこのブログの4869万倍くらいの知名度を誇る超有名作ですので、
あらすじの紹介はキック力増強シューズの勢いでぶっ飛ばしていきます。
さっそく問題のエピソードの解説にまいりましょう。
(犯人バレがありますので未読の方はご注意下さい)
「6月の花嫁殺人事件」は初期の名エピソードのひとつです。
蘭と園子は中学時代の恩師、松本先生の結婚式に招待されました。
よせばいいのにコナンもくっついてきました。
(招待しておらず面識もない小学生が結婚式に来たら主催者としては死ぬほど面倒くさいと思いますが、そこは考えないことにします)
残念ながらこの場にはコナンが居るのでここからは怪しい人間が入れ替わり立ち替わり登場します。
まずは友人の竹中さんがレモンティーの差し入れを持ってきました。
その後は新婦の父が入ってきたり、
現在進行形で黒歴史を作っている元教え子が訪ねてきたり、
新郎の高杉さんが訪ねてきたりと、まさに千客万来といったところ。
※上記全員がこのあと容疑者になります。
そして間もなく挙式というタイミングで松本先生が血を吐いて倒れました。
コナンさえ来なければ…
そして我らがコナン君は、缶の口が腐食し始めていること、ストローに変化がないことから毒物を苛性ソーダであると見抜きました。
その後、なんやかんやあって園子を眠らせて、コナンが事件を解決に導きました。
犯人は新郎の高杉さんだったようです。
ちなみに動機は何かと言いますと、
松本先生の父・松本警視がかつて追っていた連続殺人犯が高杉さんの母を車で轢いてしまったのですが、
松本警視がそれに気付かず放置し、間接的に高杉さんの母を見殺しにしたことへの逆恨みだそうです。
どこをどう考えても結婚までする必要はありませんし、ましてや式まで挙げる必要は全く無いですね。
私が高杉さんの立場なら普通に夜道で松本先生を襲いますし、
何かの気まぐれで結婚式を挙げることを決めたとして、その準備中も
松本先生「このウェディングドレスでどうかな?」
高杉さん「いいと思うよ(こいつに苛性ソーダ飲ませるけど)」
松本先生「父の部下の目暮警部も呼ぼうと思うのよ」
高杉さん「いいんじゃないかな(毒殺するけど)」
といった感じで全く集中できなかったでしょうね。
ちなみに松本先生は無事に一命を取り留め、2か月後に退院しました。
『名探偵コナン』では少し珍しい、被害者が助かるパターンの事件でしたね。
苛性ソーダ中毒について
さて、今回毒物として使われたのは苛性ソーダでした。
苛性ソーダと言ってもちょっとピンと来ない、むしろソーダって美味しそう、という印象を受けてしまうバーローがいるかもしれませんが、もちろんそんなことはありません。
苛性ソーダとは?
「苛性ソーダ」は一般名です。
小学校の理科の授業でも出てきた、薬品名の水酸化ナトリウムという名前の方が馴染みがあるかもしれませんね。
小学校の範囲では水酸化ナトリウムといえばアルミニウムを溶かすのに使うくらいのイメージですが、人体に対してはガチヤバの劇物です。
というのも、水酸化ナトリウムのような強アルカリは人体を構成しているたんぱく質を分解してしまうので、ひとたび皮膚に付くと奥深くの組織まで浸みわたります。
例えば目に入れば失明待ったなしのガチヤバ劇物です。
そんなガチヤバ劇物を一般人が買えるのか?という疑問が湧きますが、
苛性ソーダは「毒物及び劇物取締法」により劇物として指定されているものの、18歳以上なら書類の提出により誰でも購入可能ですし、所持そのものに規制はありません。
人体に対してはガチヤバには違いありませんが、工業や実験など用途がありすぎる上、ご家庭でもせっけん作りに欠かせない物質であるなど、制限しすぎるとかえって不便なのです。
(ご家庭でせっけんを手作りしていて、子供が苛性ソーダを誤飲してしまった症例などもあるため、厳重な注意は必要です)
ところで苛性ソーダの結晶は空気中の水分や二酸化炭素と勝手に反応してしまうので、
密閉容器と乾燥剤が必要になる等、取り扱いが難しい薬品です。
このあたりはコナン君が「確かにそーだ…苛性ソーダは」と激ウマギャグをぶちかましながら話している通りですね。
何で高杉さんがこんな風にバッチリ証拠品も残る上に扱いも難しい劇物を使ったのかは永遠の謎です。
注ぎ口の小さいアルミ缶に結晶の苛性ソーダを入れるのもそう簡単ではないと思うのですが。
コナンの診断は?
さて、そもそもコナン君は最初に毒物を苛性ソーダと診断したわけですが、この診断は正しいのでしょうか?
ストローメーカーのシバセ工業株式会社様によると、ストローの原料は主にポリプロピレンのようです。
ポリプロピレンは酸にもアルカリにも比較的強い性質を持っており、苛性ソーダに反応しません。
レモンティーの缶がアルミ缶だったと仮定すれば、アルミニウムは強酸にも強アルカリにも反応して腐食しますので、
この時点で塩酸などの強酸や、水酸化ナトリウム水溶液(苛性ソーダ)などの強アルカリの物質に絞れますね。
そしてほとんどの強酸には、松本先生のように飲んですぐに血を吐くほどの即効性はありません。
ただし、水酸化ナトリウムのような強アルカリだと話が変わります。
先にも述べた通り、強アルカリは人体を構成しているたんぱく質を分解する作用が強く、強酸よりも人体への影響は早く出現します。
おそらく、コナン君はここまでに挙げた「缶の材質」「ストローの材質」「症状」「即効性」から毒物を瞬時に判断し、診断に至ったのでしょう。
中学時代の恩師が血を吐いて倒れた直後とは思えない冷静さです。こいつが犯人なんじゃね?
苛性ソーダ中毒の処置
そんなわけでコナン君はウーロン茶を使って松本先生の口腔内洗浄を試みました。
この処置も適切です。
毒物を飲んだなら吐かせればいいんじゃね?と思いがちですが、これは絶対にやってはいけません。
吐かせることによって食道がもう一度毒物に晒されるおそれがありますし、
何より毒物が肺に入った場合、肺に穴が開きかねません。
そのため、まずは水などで苛性ソーダを薄めるのが先決なわけですね。
そして、コナン君は「タンパク質のような物があれば…」と牛乳を使って洗浄しましたが、これも適切な判断です。
牛乳には豊富にたんぱく質が含まれており、酸やアルカリの中毒に対する応急処置としては極めて優れています。
成人なら嘔吐のおそれが少ない240mlの牛乳を服用することが推奨されています。
(参考:『調剤と情報』2006年(Vol.12 No.4) 中毒ミニ事典-酸・アルカリ)
なぜ蘭姉ちゃんは結婚式の直前に牛乳を買ってきたのかについては謎です。
松本先生のその後
そんなこんなでコナン君の適切な応急処置ののち、松本先生は病院に搬送されました。
事件解決後、モブ警官が謎の『溜め』を発揮しつつ病状を知らせてくれました。
ここで気になるのは「手術をした」という発言ですね。
アルカリ中毒だからといって、必ずしも手術が必要になるわけではありません。
では、アルカリ中毒で手術が必要になるケースとは何なのか…?
考えられるのは食道穿孔です。
食道穿孔とは、一言で表すと食道に穴が開いてしまう状態のことを指します。
めちゃくちゃ激しく嘔吐をしたり、大きな物を無理やり飲み込もうとした場合などにも起こる(特発性食道破裂)ことがあります。
これが起こるとヤバいどころの騒ぎではありません。
食道の周りにあるスペースのことを「縦隔」と呼ぶのですが、
縦隔は周りに肺やら心臓やらが配置されたウルトラデリケートゾーンです。
このウルトラデリケートゾーンに苛性ソーダというガチヤバ劇物が入ってきたり、口の中にいる雑菌などが侵入してくると、
「縦隔炎」というそれはそれはヤバい事態に発展します。
縦隔炎は命に関わる病気です。
そのため、食道穿孔はただちに緊急手術で穴をふさぐ必要があります。
手術が上手くいったとしても、雑菌が縦隔でフィーバーして縦隔炎を起こすと死ぬかもしれないので、
抗菌薬を惜しみなく使い、感染を防がなければなりません。
少量の苛性ソーダ誤飲だと、食道を通り越して胃に穴が空いたりすることもありますが、
おそらく今回の松本先生は苛性ソーダを大量に服用したため、食道に穴が開いてしまったのではないでしょうか。
だとしたら、服用直後の大量吐血にも納得がいきます。
(苛性ソーダ誤飲による吐血としては胃穿孔も考えられますが、出血するまでの時間を鑑みると非典型的です)
何にせよ、松本先生は死線をさまようとんでもない事態になったことは間違いないですね。
さらに『名探偵コナン』8巻が発売された1995年当時の医学水準を考えると、
食道穿孔の手術だと胸に大きな傷痕を作ることになりそうですから、まだ27歳と若い松本先生の精神的なケアも求められます。
後日談
ちなみに、松本先生は高杉さんに毒を盛られていたことを気付いていながら、
父が起こした事件のことを既に知っており、あえて毒を飲んでいたそうです。
なぜなら、松本先生の初恋の人が高杉さんその人だったから。
だそうです。
……
だからといって結婚式の最中に得体の知れない毒物を飲むという行動が私にはよく分からないのですが、
周りの人たちもなんか勢いで納得させられていたので良しとしましょう。
退院した松本先生は蘭や園子と登校中に世間話をし、レモンティーを躊躇なく飲めるほどに回復しています。
精神的なケアも問題なさそうですね。ていうかタフな人だな色々な意味で。
この三年後 先生は結婚する事になる…
そんなことある???
いくら初恋の人だろうが何だろうが、苛性ソーダ飲ませてきた人と結婚するか????
写真の後ろで松本警視も苦虫を嚙み潰した表情をしてますが、
よくもまあ結婚を許したものだと思います。
ちなみに手術を要したアルカリ中毒の晩期合併症として、食道がんの発生率が1000~3000倍に増えるという報告があります。
(Kiviranta NK. Corrosive carcinoma of the esophagus. Acta Otolaryngol. 1952;102:1–9.)
いくら今の時点でこの2人が幸せであろうと、
松本先生は定期的な食道がんの検診(内視鏡検査)を受けなければなりませんし、
そのたびに苛性ソーダを飲まされたことを思い出すのでしょう。
この2人が幸せな結婚生活を送れる気が全くしません。
まとめ
そんなわけで、本日は『名探偵コナン』の「花嫁の悲劇」より苛性ソーダ中毒についてお届けしました。
やはり『名探偵コナン』は面白いですね。
医学的にもなかなか整合性のとれた描写となっていました。
松本先生の精神状態だけは謎が深まるばかりですが。
なお、本記事の苛性ソーダに関する情報の多くは日本ソーダ工業会様「安全なか性ソーダの取扱い」を参考にさせて頂きました。ここに御礼を申し上げます。
以下、関連記事です。
『コナン』を題材とした他の記事はこちら。
毒物に関する解説はこちらでも行っています。
大変興味深い記事、拝読させてもらいました。
この話というか事件のトリック、昔読んで気になって自分で調べてみたんですが
(※念のため言っておきますが実行しようとしたワケではないです。)
最大のキモが例の苛性ソーダ入りのカプセルの溶ける時間、それが15分程なので
カプセルと同時に劇薬をむき身でレモンティーに投入してアリバイ工作する…と劇中で説明されているんですが
実際薬のカプセルが溶け出すのが胃に入って10分ぐらいだから、市販のカプセルを流用するなり特注するなりしたら有りうる…と思ってたんですが
肝心の溶媒であるレモンティー、結婚式に来た友人がビニール袋に入れて
「買ってきたわよ!あったかーいレモンティー!」と発言していることから
近隣のスーパーかコンビニの什器で保温されていた物か、自販機のホットだと思われるので
ほぼ一般的なホットドリンクの温度が55度、移動時間で少し下がったとしても50度、そう普通だったらカプセルが一瞬で溶け出してしまう温度なんですね。
仮に耐熱性のあるカプセルで融解する時間が変化しないモノ、だったとしてあまりに溶けるのが遅いとそのままの状態で発見されてしまう恐れがあり
特に今回に限ってストローを使って飲んでいたため、ターゲットがそれで突き崩してしまったり
最悪飲み切っていたら計画を中止せざるを得ないという相当な強運が要求されるトリックなんですね。
匿名さん、ご意見ありがとうございます。
なるほど、カプセルの材質という観点は考えていませんでした。
そこを深堀りしてみるのも面白いかもしれませんね。