こんにちは！
産婦人科医やっきーです！
当ブログを設立して１年９か月。
「取り上げてそうで取り上げてない漫画」はまだまだ沢山あるわけですが、『テニスの王子様』はそのひとつかもしれません。
『テニスの王子様』といえば皆様もご存知の通り、
初期：天才テニス少年の物語
中期：テニス必殺技バトル漫画
後期：ラケットとボールを使った超能力対決
新テニ：ギャグ漫画
と華麗なるジャンル変遷を経てきた上にその全てがハイクオリティであるため、
連載開始から25年が経った今なおファンの心を掴んで離さない名作テニス漫画ですね。
この作品にはテニスの枠を逸脱した技や物理法則を無視した超人が数多く登場するため、
当ブログから見るとネタの宝庫と言ってもいいわけですが、
今回の記事で考察したいのは『テニスの王子様』における特訓回とネタ回の常連とも言える存在「乾汁」です。
本日はそんな乾汁が現実に存在した場合の健康被害について考えてみましょう。
テニスの王子様
あらすじ
まずは『テニスの王子様』のあらすじから。
舞台は東京都にある恥ずかしい名前に定評のある青春学園。
アメリカのJr大会で３連覇を成し遂げた主人公・越前リョーマが青春学園中等部に入学するところから物語が始まります。
青春学園中等部の男子テニス部は全国屈指の強豪校として知られ、
高い実力を持った個性豊かなメンバーと共に団体戦を戦っていくこととなります。
そしてこの『テニスの王子様』、初期こそツイストサーブやスプリットステップといった現実にも存在するテクニックがしばしば登場するリアル志向のスポーツ漫画でした。
ところが次第に現実離れした必殺技が頻用されるようになり、
菊丸が高速移動で分身したあたりから明確にサイヤ人たちによるバトル漫画へと移行します。
その人外テニスぶりはとどまるところを知りません。
ダブルスの２人が変装で入れ替わったりプレイヤーが客席まで吹っ飛んだりするだけでは飽き足らず、
しまいには光の速さで人が動くという相対性理論の敗北が起こるまでに至りました。
乾貞治
さて、主人公・リョーマが所属する青春学園レギュラーメンバーの１人が乾 貞治です。
乾は青春学園きっての頭脳派プレイヤーで、過去の試合データから相手の打球や動きを予測する「データテニス」を武器とします。
その実力はリョーマが入部するまで化け物の不二周助ともっと化け物の手塚国光に次ぐNo.3の実力者と言われるほどでしたし、
個人個人の素質に合った練習方法を提案するなど、マネージャー・参謀としての役割も光ります。
そんな乾の代名詞とも言える存在が、今回考察する「乾汁」です。
スポーツ漫画ではしばしば食事やサプリメントに関する描写が登場しますが、
『テニスの王子様』においては部員の栄養補給と罰ゲームを兼ねたドリンク「乾汁」がそれでした。
しかしこの乾汁、飲んだ人達の反応や作中で明言されている原材料・成分から考えると、
どう考えてもスポーツに悪影響な汁物…もとい代物です。
では、ここから無印版の『テニスの王子様』に登場した全ての乾汁について考えていきましょう。
乾汁
乾特製野菜汁
乾汁が最初に登場したのは46話、レギュラーメンバーによる５ラリー対決でした。
まだ普通にテニス漫画してた時期です。
要するに、攻撃寄り・守備寄りのプレイスタイルを得意とするメンバー同士が戦い、
負けた方が「乾特製野菜汁」を飲むという練習方法でした。
製作者本人による「一気に飲まなくてはならない」という口ぶりから罰ゲームを意図して作られたことが伺えます。
そんな乾汁の記念すべき最初の犠牲者が、のちに乾のダブルスパートナーとなる海堂。
相手を左右に走らせて体力を削る技「スネイク」をコート半面しか使えない状況で連発するという完全な愚策により河村に敗北し、野菜汁を一気飲みさせられました。
走って行ってどうするんだろう。吐いたのだろうか。
次に野菜汁を飲んだのは副部長の大石とシングルスNo.2の不二。
大石も海堂同様に吐きに行ったものと思われますが、
味覚がぶっ壊れてることで有名な不二は野菜汁を美味しく頂きました。
その後は主人公のリョーマも菊丸に攻撃を凌がれて敗北するも、薄いリアクションが描かれただけでした。
この乾特製野菜汁ですが、公式ファンブック10.5巻にてレシピが公開されています。
原材料はピーマン、キャベツ、ほうれん草、セロリ、小松菜、パセリ、青しそ、レモン、ハチミツ、しょうが、水。
作り方はピーマンの種だけ取って材料をただミキサーで混ぜるだけというものです。
ネット上では何人か自作して飲んだ方がいらっしゃいますが尋常ではないマズさのようですね。
では、次にこのレシピから考えられる乾特製野菜汁の健康リスクを考えてみましょう。
上記の原材料ラインナップの中で、最も目につくのはほうれん草（生）の存在です。
ほうれん草は鉄分や各種ビタミン・食物繊維などを豊富に含んだきわめて優れた緑黄色野菜ですが、調理する上で気を付けなければならない点があります。
それが「シュウ酸」です。
一言で言えば、シュウ酸を過剰に摂りすぎると尿管結石をきたす可能性があります。
・尿管結石
尿管結石とは、簡単に言えば「おしっこの通り道に石ができて詰まる病気」です。
私は幸いにも経験したことがありませんが、死ぬほど痛い病気として知られています。
病気によって引き起こされる痛みのうち、ワースト３の病気を俗に「三大激痛」と呼んだりします。
あくまでも俗称なので三つの疾患がハッキリ定められているわけではないのですが、
だいたいどの説においても尿管結石が三つの中に入ることが決まってるくらいには強い痛みを伴う病気とされています。
火鳥先生の同人誌「さとり様の尿管にこいしができる話」では火鳥先生ご自身の体験談を基にした悲痛な尿管結石のレポ漫画が読めるので大変お勧めです。
もちろん、生のほうれん草を少し食べたからといって全員が尿管結石になるわけではありません。
女性に人気なスムージーなどに関して言えば、ほうれん草の摂取量はそれほど多くありませんし。
しかし、作中で野菜汁を提供されているのはスポーツの最中で汗をかきまくっている中学生達です。
尿管結石の予防として「水分をしっかり摂り、結石が育つ前に尿で洗い流す」というものが非常に有効です。
スポーツで汗をたくさんかいている状態では尿量も減少しますので、青学メンバーの尿管結石が心配になってきますね。
さて、そんなほうれん草には尿管結石のリスクを下げる方法も存在します。
１つは「下茹でしたあと水にさらして絞る」です。
ほうれん草を使った料理ではよく行われる工程ですが、これは水に溶ける性質のあるシュウ酸を追い出すという目的もあるわけですね。
もう１つが「カルシウムを一緒に摂る」です。
シュウ酸はカルシウムとよく結合するため、カルシウムが豊富に含まれた食べ物を一緒に食べると消化管の中でシュウ酸カルシウムになります。
シュウ酸は腸から吸収されますが、シュウ酸カルシウムになるとほぼ吸収されなくなるため、これによってシュウ酸の吸収を抑えることができるわけです。
牛乳を使ったシチューにほうれん草を入れるメニューがよくありますが、これは味だけでなく健康的にも良い調理法だと言えるわけですね。
ここで乾特製野菜汁を見てみますと、何の工夫もなしにただほうれん草をぶち込んでミキサーにかけているだけなのでシュウ酸がたっぷり含まれてしまっています。
しかし、同時に入れている小松菜・キャベツ・青しそはカルシウムが豊富な野菜として知られています。
こうして考えると、乾特製野菜汁は野菜の栄養素を効率的に摂りつつシュウ酸の吸収を妨げているという実に理にかなったレシピだということが分かります。
もしこれらのカルシウムが豊富な野菜を入れていなかったら尿管結石のリスクはかなり高くなっていたことでしょう。
青春学園の部員が尿管結石に苦しみまくってたらたぶん今のような人気漫画になっていなかったと思いますし、
ここはさすがデータマンの乾と評価できるところだと思います。
それでも下茹でくらいはしてほしいけどね。
ペナル茶
その後、２番目に登場した乾汁が「ペナル茶」です。
都大会を勝ち進んだ青春学園メンバーがマラソンに励む中、乾が罰ゲームとして持ち込みました。
しかしこのペナル茶、部員たちが悶絶する様子が１コマ描かれただけで、
乾特製野菜汁に比べるとリアクションは薄めですし、「赤くてドロっとしてる」以外の描写がありません。
結局レギュラーメンバーは誰も口にしませんでしたし。
そんなわけで、今回もテニプリ公式ファンブックからレシピを抜粋します。
原材料はトマト、赤ピーマン、ニンジン、リンゴ、バナナ、タバスコ、にんにく、七味とうがらし、きなこ、水。
バナナの皮と赤ピーマンの種だけ取ってあとは全部ミキサーにかけるだけという、これまたシンプルな調理法です。
他の食材はまあいいとして…やはり気になるのはタバスコ大さじ１という激辛料理でしか使われない圧倒的な分量ですね。
一般的なタバスコは１瓶の容量が60mLであり、大さじ１杯＝15mLなので、
ペナル茶４杯でタバスコ１瓶を使い切ると考えるとその異様さが伝わると思います。
マズいとか以前に舌が焼ける気がする。
医学の観点から考えてみましょう。
辛味成分「カプサイシン」は適度な摂取であれば舌や胃腸の粘膜を刺激して消化酵素の分泌を促しますし、食欲の増進にもつながります。
食材に対する抗菌作用も持つほか、中枢神経に作用して発汗やエネルギー代謝の亢進が期待されます。（脂肪が燃焼するという効果もよく言われますが、はっきりしたエビデンスは無いようです）
タバスコに含まれるカプサイシンは1mLあたり0.3mgとされているため、
ペナル茶１杯には4.5mg（と七味唐辛子１つまみ分）のカプサイシンが含まれていることになります。
安全なカプサイシンの摂取量の限界は体重1kg当たり5mgとされているため、ペナル茶をジョッキで飲んだとしてもたぶん大丈夫でしょうが、
普段から辛い物に慣れていない人は流涙症・鼻液漏・粘膜障害などを引き起こすおそれがあるため、
部員ほぼ全員にこんなもん飲ませるのはやはりお勧めできませんね。
（参考文献：古谷順也『カプサイシン』ニュートリションケア 8(2): 203-205, 2015.）
超スペシャルゴールデンパワーリミックス乾汁
三番目に登場した乾汁が「超スペシャルゴールデンパワーリミックス乾汁」でした。
乾いわく「試作品」でしたが、銀華中（モブ学校）部員の福士ミチルがこれを乾のバッグから盗み、
自らが製作したドリンクと混ぜた『銀華三昧』を完成させた結果、食中毒で運ばれました。
救急車で運ばれるまでのコマが全く挟まれていないことを考えると、飲んだ直後に発症していることが伺えます。
おそらく数十分～せいぜい２時間程度といったところでしょう。
食中毒を引き起こす細菌やウイルスはいくつも存在しますが、ほとんどが数時間～数日くらいの発症スピードです。
ここまで早く症状が出現するとなると「毒素型食中毒」と呼ばれるタイプが考えられ、
原因菌としては黄色ブドウ球菌やセレウス菌などが該当します。
出典：国立感染症研究所
菌によって細かいところは違いますが、これらが発生する原因はざっくり言って衛生管理が行き届いていないことによるものなので、
乾と福士、どちらに非があったのかは不明です。
これに関してはどっちもどっちなので検証が難しい。
青酢
乾汁の凶悪性がひとつ上のレベルに達したのが『青酢』でした。
青春学園は関東大会１回戦にてライバル校・氷帝学園と激突します。
跡部様が死闘のすえに手塚に勝利をおさめるという劇的な試合が行われるも、
プレーオフで越前が猫駆除こと日吉を倒したことで青春学園が勝利。
そんな青春学園レギュラーが余興としてボウリングをした際、
負けたチームがジョッキ１杯、ガーターを出した人間がキャップ１杯の『青酢』を飲まなければならないという罰ゲームが行われました。
青酢の効能は疲労回復のようですが、直接飲まずとも近付いただけで目にしみるレベルの酸っぱさ。
最初に犠牲になったのは弾道を曲げる「スネイク」でガーターを出したアホの子海堂でしたが、
特筆すべきはこれまでの乾汁を全て美味しく飲んで無効化してきた天才・不二が一発で昏倒してしまったことでしょう。
もっとも不二は酸っぱいものが苦手なため青酢との相性が悪かったことも災いしていると思われます。
そんな青酢のレシピはこちら。
原材料はブルーハワイ（カキ氷用シロップ）、豆乳、酢、レモン汁、梅干（無着色）、粉チーズ、水です。
酢・レモン・梅干しといえば「クエン酸」を豊富に含んだ食べ物ですね。
クエン酸の摂取は疲労回復やストレス緩和などの効果が期待されており、いくつか試験も行われたようです。
それでいて、クエン酸を過剰摂取することによる不利益は特にないとされており、
不二を倒したという圧倒的存在感に反して害の少ない乾汁だと言えます。意外や意外。
豆乳と粉チーズとの相性は知らんけど。
（参考文献：坂中亜衣『クエン酸』ニュートリションケア 8(5): 531-533, 2015.）
イワシ水
超強豪校・立海大附属を倒して関東大会優勝を成し遂げた青春学園は、千葉県にある六角中との合同合宿を開始しました。
そんな中、突如としてビーチバレートーナメントが開催されることとなり、
負けたチームへのバツゲームとして乾から乾特製いわし水が提供されました。
六角中のメンバーは乾汁の存在を知らなかったため、
作中で試合が全く描かれなかった上にセリフがほぼ乾汁のリアクションのみであることで知られる六角中３年生の首藤が
「岩清水なんて美味そーじゃん」と言い残して卒倒してしまいました。
その正体はイワシを絞った「イワシ水」。
「岩清水」と「イワシ水」をかけたネーミングでした。
そもそもよほど自然派な家で育たない限り「いわし水」を「岩清水」とすぐに解釈する中学生はあんまり居ない気がしますが
なお、イワシ水の完成品はカクテルのように生のイワシをグラスの縁にブッ刺すのが正式らしく、
イワシ水を飲んだ菊丸の口元をよく見るとイワシの尾ひれが出ているため、イワシごと食すのが推奨されているようです。
そんなイワシ水を飲んだ部員は例外なく波打ち際で昏倒しています。海で倒れるのは危険すぎるのでやめましょう。
そんなイワシ水のレシピですが、ついに動物性の食品に手を出したということもあってか、
これまでの乾汁のレシピに共通していた「材料ぜんぶミキサーに突っ込んでギャーン」と比べるとひと工夫が加えられています。
具体的にはイワシ５尾のハラワタを出して水洗いしたあと、水を加えて15分レンジで加熱してから絞るというもののようです。（飾り用のイワシは新鮮なものを使用）
味はともかくとして、衛生管理に気を遣っている感が伝わりますね。
何ワットかは知りませんが15分って加熱しすぎな気もしますが。
言うまでもなく、イワシ水を考える上で最も気になるのはイワシの鮮度です。
「魚へん＋弱」で「鰯」と書く理由は諸説ありますが、有力な説のひとつが「腐りやすいから」というものです。
関東におけるマイワシの旬は５～６月頃とされており、関東大会を終えた時期ならぎりぎり新鮮なイワシが手に入る頃かもしれません。
というわけで、無事にそのへんをクリアして腐ってないイワシを確保したとしましょう。
しかし、ここで気になるリスクが「アニサキス症」です。
・アニサキス症
生の魚には「アニサキス」という寄生虫が存在するリスクがあります。
日本には「生の魚を食べる」という世界的に見ると異様な食文化が存在するため、
全世界のアニサキス症患者の95%が日本人という凄まじいデータも存在するくらいです。
生きたアニサキスを含んだ食品を食べてしまった場合、数時間以内に激しい腹痛に襲われます。
この場合、内視鏡でアニサキスを摘出するほかに治療法はありません。
アニサキスは普段、クジラなどの海産哺乳類の腸内で暮らす寄生虫です。
クジラの糞とともにアニサキスの卵が海中に放出されると、孵化した幼虫はオキアミ（動物プランクトン）に取り込まれます。
アニサキスは、このオキアミを餌とするイカ・サバ・カツオ・サンマ・アジ・タラ・イワシ等に寄生し、
クジラがそれらの魚を捕食することで再びクジラに戻ってくるという生活史を形成しています。
よって、人間がアニサキスに感染するタイミングの多くが中間宿主であるサバやイワシ等を食べた場合となります。
アニサキス症を予防する方法は大きく分けて３通り存在します。
１つ目が「火を通す」。70℃で１分以上の加熱でアニサキスは死にます。
２つ目が「冷凍する」。-20℃以下で24時間以上の冷凍でもアニサキスは死にます。
３つ目が「新鮮なうちにハラワタを取り除く」。
イワシの腸内にアニサキスが潜んでいる場合、寄生している場所は腸（ハラワタ）の中なわけですが、
宿主となるイワシが死んだ場合、アニサキスは腸からイワシの身（筋肉）へと徐々に移動します。
すなわち、イワシを釣って死んでからさばくまでの時間が短ければ、比較的安全に刺身を食べることができます。（100%ではありませんが）
逆に言えばハラワタを取り除く処理に時間がかかるほど、アニサキス症のリスクが増すというわけですね。
そのため、よほど悪質なお店でない限り、イワシの刺身や寿司を提供しているお店は「冷凍」か「新鮮なうちにさばく」かのどちらかを行っているはずです。
ちなみにアニサキスは酸や塩分にやたら強いため、アニサキスが潜んでいる切り身を塩漬けしても、酢で締めても、醤油やわさびをたっぷり付けようとも全く死にません。
（参考文献：金井美惠子『寄生虫食中毒について』学校給食 73(5): 54-55, 2022.）
このように、生のイワシの取り扱いはプロの料理人でなければなかなか難しいものなのですが、
乾のイワシ水におけるアニサキス症予防が一体どのように行われているのかは謎です。
両チームの誰もアニサキスに感染した雰囲気はないから何とか下処理してたのかな。たぶん。
どうあれこの光景を見たライフセーバーは飛んできそうな気がしますが。
粉悪秘胃
長かった乾汁考察もいよいよ終盤です。
青春学園は全国大会の準決勝で大阪の名門校・四天宝寺中を破り、全国大会決勝戦へとコマを進めました。
決勝戦を３日後に控える中で焼肉パーティーが開かれます。
包帯まみれの河村が普通に混ざっていますが、
いくらレギュラーメンバーとはいえ直前の試合でこんな目に遭ってたんだから休んどきなさいよ。
すると、なぜかこれまでに戦ってきたライバル校総勢５校が一堂に会し、謎の焼肉大食い対決が始まりました。
最初に１杯、10皿ごとに１杯ずつ乾汁を飲むという謎の縛り付きです。
この何もかもが無理やりな焼肉対決ですが、おそらく作者の許斐先生の意図としては、
次の決勝戦でテニプリ終わっちゃうからその前にできるギャグ全部やりきろうということかと思います。
許斐先生はそういうとこあります。
これまでに登場した野菜汁やペナル茶、イワシ水と、
乾汁のラインナップが一通り飲まれた後、ついに登場した新作が「粉悪秘胃」でした。
粉悪秘胃には通常のコーヒーの約30倍のカフェイン、メロン30個分のビタミンCが含まれているようです。
このように作中で成分の具体的な提示がなされているのは乾汁史上初めてですね。
その出来栄えは我らが跡部様でさえも気を失う逸品でした。
・メロン30個分のビタミンC
まずはビタミンCについて。
Mサイズのメロン１個が約1400g、可食部はその半分の700gほどです。
メロンはけっこうビタミンCの含有量が多い食材であり、可食部100gあたりビタミンCが18mg含まれているので（参考：食品成分データベース）、
メロン１個当たりのビタミンCは126mg。よってメロン30個分のビタミンCとは3780mgとなります。
ビタミンCは「コラーゲン合成」「抗酸化作用」「鉄や葉酸などの栄養素の吸収への関与」など、実に様々な役割を果たしている重要な栄養素であり、ビタミンCが欠乏すると「壊血病」という病気を発症します。
『ONE PIECE』のヨサクがかかってたあれです。
壊血病ではコラーゲン合成不全による組織の脆弱化により易出血性や骨病変などがみられますが、
逆に多く摂取しすぎた場合のデメリットは殆ど無いとされており、「日本人の食事摂取基準（2020年版）」でも上限量は特に設定されていません。
ただし、現代の日本において普通の食生活をしていてビタミンCが欠乏することはほぼ考えられない上、
必要以上に摂っても尿として出ていくだけなのでメロン30個分ものビタミンCを摂ることに特に意味はありません。
（参考：古森遼太『ビタミンC欠乏』小児科診療 86(12): 1503-1506, 2023.）
・コーヒー30杯分のカフェイン
明らかにヤバいのはこっちですね。
「カフェインには致死量がある」という話を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
粉悪秘胃のレシピを簡単に説明すると、温めたアセロラジュースに大さじ３杯のインスタントコーヒーを入れ、レモンの絞り汁1/2個分を混ぜるというものです。
一般的なインスタントコーヒーは小さじ１杯の量を想定されており、大さじ３杯＝小さじ９杯であることから、
この濃縮も何もしていない作業工程だとカフェイン含有量はコーヒー９杯分にしかならないと予想されます。
にも関わらず粉悪秘胃には通常の30杯分のカフェインが含まれているらしいので、
もしかすると乾は通常の３倍以上のカフェイン含有量を誇るスーパーインスタントコーヒーを自作したのかもしれません。
さて、一般的なレギュラーコーヒーやインスタントコーヒーのカフェイン含有量は100mLあたり約60mg。
一般的にコーヒーカップ１杯は140mL程度なので、コーヒー１杯のカフェイン含有量は約84mgとなります。（参考：全日本コーヒー協会）
ということは、粉悪秘胃に含まれるカフェイン量は約2520mgですね。
欧州食品安全機構（EFSA）が2015年に発表したデータによると、妊婦を除く大人において健康への影響がないカフェイン摂取量は１日あたり400mgが上限となっています。
なお、妊婦・授乳婦については１日あたり200mgが目安です。
というわけで粉悪秘胃１杯だけでEFSAが定める安全基準の６倍以上のカフェインが含まれていることになります。ヤッベ。
話はそれだけにとどまりません。急性カフェイン中毒の話です。
カフェインに興奮作用・覚醒作用などがあることは有名ですが、度を超すと猛毒となります。
以前からカフェインを大量に含有するエナジードリンク等も急性カフェイン中毒のリスクが指摘されていましたが、
カフェインの錠剤サプリが一般販売されるようになってからはこれを大量に服用することによる自殺者も出るなど、救急医学・精神医学の現場で問題視されています。
過剰なカフェインを摂取すると起きる「急性カフェイン中毒」は、頻脈、吐き気、興奮、頭痛、吐血などを起こすリスクがあるほか、
最悪の場合、体中の電解質バランスがグッチャグチャになり死に至ります。
日本のカフェイン中毒症例101件を対象とした研究によると、カフェイン中毒が起きうる最低摂取量は1.2g、
カフェイン過剰摂取による最低致死量は6gとなっています。
ということは、１杯で約2.5gのカフェインを誇る粉悪秘胃は急性カフェイン中毒をほぼ確実に起こす毒物と言わざるを得ず、
粉悪秘胃を2.5杯以上飲むと本当に死ぬおそれがあります。
このまま救急車直行でもおかしくなかったですよ跡部様。
なお、この後の跡部様は意識を取り戻して普通に焼肉を食ってます。
猛烈なめまい、震え、吐き気などで焼肉どころじゃないはずなんですが。
甲羅
長かった乾汁考察もこれでラスト。
焼肉対決の最後の１杯として提供されたのが「甲羅」です。
ここまでの計39巻でCOOLなキャラクターを決して崩すことのなかった主人公・リョーマですが、
なぜかこれまでの乾汁の存在を全て忘れて「美味そーじゃないっスか？」と死亡フラグを立てつつ作中随一のキャラ崩壊を見せてくれました。
ちなみにリョーマが『カレーライスの女』を口ずさんでいるのは、ソニンさんがテニプリのファンを公言したことに対する許斐先生からのお返しだとされています。
変態二人が絶頂に達してるのは放っておきます。
さて、スッポンの生き血はともかくスッポンの甲羅はどう使うのでしょうか。
レシピによると、スッポンの甲羅を水500ccで煮込み、100ccくらいになるまで煮詰めて出汁をとるようです。
冷ました出汁とスッポンの生き血を合わせて、炭酸とはちみつで割れば甲羅の完成です。
なぜ炭酸とはちみつで割った。
それともう１点気になるのが、乾がこのスッポンをどこから調達してきたかですね。
そもそもスッポン自体が高級食材であり、大きさにもよりますが2024年2月現在の相場で１匹8000～15000円くらいします。
罰ゲームのためだけに手に入れるには中学生の財布には厳しすぎます。まさかそのへんで捕まえてきた？
では、甲羅の安全性について考えてみましょう。
この材料の中で危険度が高いのはスッポンの生き血ですね。
スッポンは日本を含む東アジア～東南アジアに生息する亀の仲間です。
中国や日本では古来から滋養強壮に良い食材として広く知れ渡っており、高い栄養価を誇ります。
甲羅・爪・膀胱・胆嚢以外は全て食べられることでも知られており、スッポン専門店ではしばしば生き血をお酒で割って提供されます。
そんなスッポンの生き血は特に滋養に良いとされてきましたが、実はちょくちょく感染症を起こしてきた食材でもあります。
養殖のスッポンは野生に比べると衛生管理が行き届いており比較的安全ですが、それでもサルモネラ菌を保有している危険性があり、
2008年には厚生労働省から「過去５年間にスッポン料理を原因とするサルモネラ食中毒が４件報告された」と注意喚起がなされたほどです。
そのため、生き血や刺身などの生食は子供・高齢者・妊婦さんには勧められません。
そして野生のスッポンは絶対に生で食べてはいけません。
野生のスッポンはほぼ確実にサルモネラ菌を保有している上、その他の菌・ウイルスや寄生虫のリスクも高いです。
普通に飲める度数の酒で割った程度では病原微生物が残りまくるので、野生のスッポンは入念に加熱して食べましょう。
『放課後ていぼう日誌』の小谷先生はそのへんの川で釣ったスッポンの生き血を飲んでましたが決して真似をしないようにしましょう。
（これは後に作者の小坂泰之先生がTwitterで注意喚起しています）
越前リョーマが甲羅を飲んだ時点では12歳。
これを上記の「スッポンの生き血が勧められない小児」の範疇に含めて良いのかは難しいところですが、手放しでは勧められないですね。
結論として、全国大会決勝戦の３日前に青学の柱であるリョーマに飲ませる飲料としては全く適しません。
もっとも、ここまで出てきた乾汁ほぼ全部そうなんだけど。
まとめ
以上、無印版『テニスの王子様』に登場した全ての乾汁の健康被害に関する考察でした。
なお、続編となる『新テニスの王子様』にもいくつか新作の乾汁が登場しますが製法は謎です。
レシピや材料がはっきり明言されたら再び取り上げるかもしれません。
以下、関連記事です。
食をテーマにした作品といえばこちら。
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初コメです！大変勉強になりました…！
テニスの王子様ってテニスしなさすぎてテニヌとか言われてますよね笑
菅田将暉氏もラジオで色々語ってたんでよかったらぜひ見てみてください！
https://youtu.be/IFc__Hc3rfk?si=gIbCmHIWBfOIjcHb
現代のジャイアンシチューこと乾汁が取り上げられているとは驚きです。
初期の方はまだ味がひどい野菜スムージーの領域ですが
イワシ水あたりから文字通りの拷問と化してますね…
いやコレ飲むのを強要されてるから部活動内のパワハラの危うさもあるんですね…