こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
2024年1月、このようなニュースが飛び込んできました。
【劇症型溶血性レンサ球菌感染症】の患者数が過去最多になったというニュースです。
この「劇症型溶血性レンサ球菌感染症」、一般の方からすると聞き馴染みの薄い病気ですが、
医療体制のかなり充実した日本でさえ死亡率は約35%と異常に高く、「人食いバクテリア」とあだ名される恐ろしい病気でもあります。
そんな病気が過去最多の患者数になっているとあれば、気になる方が多くいらっしゃるのも無理はないでしょう。
しかもこの病気は、産婦人科領域にも関係の深い病気でもあります。
先日も読者様からこのようなご質問を頂きましたし、関心の高い話題であることは間違いありません。
そこで、本日は『コウノドリ』に登場した【劇症型溶血性レンサ球菌感染症】を題材としつつ、
この病気の特徴や仕組みについて詳しく説明していきましょう。
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コウノドリ「救命の未来」
劇症型溶血性レンサ球菌感染症が扱われたのは、『コウノドリ』TRACK83「救命の未来」というエピソードです。
主人公・鴻鳥サクラの後輩である産婦人科医・下屋カエは、かつて担当した妊婦を亡くした経験から、知識と経験を積むため救急救命科に転科していました。
それから時間が経ち、救急医の加瀬らに指導を受けた下屋は、
既に一人の救急医として確かな技術を得るまでに成長していました。
そんなある時、鴻鳥先生と後期研修医のゴロー先生が緊急帝王切開をしている最中に、34週の妊婦さんが体調不良と発熱を訴えて受診しました。
下屋は患者さんの診察を申し出ます。
その患者さんは永倉さんという経産婦で、
39.2℃という高熱にお腹の張りを訴えていました。
さらに診察中、胎児心拍数の低下と急な腹痛を認めました。
これに対し、下屋は早剥(常位胎盤早期剝離)と診断。ただちに緊急帝王切開を開始します。
常位胎盤早期剥離は1分1秒を争う超緊急事態ですが、
本来の産科医である鴻鳥先生とゴロー先生は緊急帝王切開の最中なので、
下屋先生は救急医である加瀬先生を助手につけて帝王切開を行うこととしました。
下屋先生は患者の経過・身体所見から劇症型溶血性レンサ球菌感染症による早期剥離と診断しました。
ただちに帝王切開を行い、赤ちゃんを娩出。
赤ちゃんは一命を取り留めたものの、今度は母体の出血が全く止まらない状況に陥っていました。
下屋は最後の手段として子宮摘出を決断。
運よく鴻鳥先生が手術室に到着したため、加瀬先生と代わった鴻鳥先生が下屋先生とともに子宮摘出を行いました。
そして手術は無事に終了しました。
その後、患者の永倉さんは集中治療室を出ることができるまでに回復したことが語られました。
この出来事(と、その次に起きた症例)をきっかけとして、
下屋先生は救急救命科から産婦人科に再び帰ってくることとなりました。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症
実際にこのような経過になる?
というわけで、「救命の未来」より劇症型溶血性レンサ球菌感染症のエピソードをご紹介しました。
一般の妊婦さんの立場からすると、「本当にこんな経過になるの?」「感染症で子宮まで取るなんて話を誇張してるのでは?」という疑問を持たれるかもしれません。
私はかつて一度だけ妊婦さんの劇症型溶血性レンサ球菌感染症を経験したことがありますが、
その時の経験から言うならばこの話は全く誇張がありません。
むしろ、母児ともに命が助かるのはかなり良い方の経過です。
劇中では加瀬先生・下屋先生・鴻鳥先生らが雑談をしている中で、
加瀬先生がかつて遭遇した劇症型溶血性レンサ球菌感染症、人食いバクテリアの話題が出ました。
そこで加瀬先生は、研修医時代に劇症型溶血性レンサ球菌感染症によって患者さんを亡くした経験を語りましたが、
これくらいあっさりと人の命が失われるのが劇症型溶血性レンサ球菌感染症という感染症です。
レンサ球菌とは
「劇症型溶血性レンサ球菌感染症」を起こす細菌は「溶連菌」「A群β溶血性レンサ球菌」などと呼ばれます。
そこで、まずは「そもそも溶連菌・レンサ球菌とは何なのか」を説明していきましょう。
A群レンサ球菌(正式には「A群β溶血性レンサ球菌」)という菌は何者かというと、実はすごーく世の中にありふれた菌のひとつです。
最も多い症状は咽頭炎(乱暴に分けるならば風邪の一種)で、特に発症しやすいのは学童期の児童ですね。
A群レンサ球菌の感染症自体は全く珍しいものではなく、温帯や亜熱帯の地域では有史以前からずっと存在していたと言われています。
なお「レンサ球菌」という変わった名前は、ボールがいくつも繋がってる感じの見た目なのでこういう名前になってます。
ぷよぷよを思い浮かべて頂ければだいたいあってます。
そんなぷよぷよ菌ことレンサ球菌にはたくさん種類があるわけですが、見た目が一緒なので分類が難しかったのです。
そうした中で、1930年代にランスフィールド先生により「レンサ球菌って赤血球を使えば細かく分類できるんじゃね?」という手法が考案されました。
これこそがランス先生(名前が長いので略)の最大の発見である「溶血性」です。
菌を培養する培地の中に血液を混ぜた「血液寒天培地」を使えば、レンサ球菌の種類を分類できるというものです。
ランス先生は、同じ見た目のレンサ球菌でも赤血球を破壊する性質が菌ごとにいろいろ異なることを発見し、
「バチクソに赤血球を壊しまくるやつは『β溶血性』」
「そこそこ赤血球を破壊するやつは『α溶血性』」
「赤血球を破壊しないやつは『γ溶血性』」
といった感じで菌を分類しました。
α溶血性レンサ球菌の代表例は緑色レンサ球菌や、『Dr.STONE』でルリがかかってた肺炎球菌ですね。
γ溶血性レンサ球菌が人体に害をなすことは殆どないので覚えなくてOKです。
さて、バチクソ赤血球破壊マンであるβ溶血性レンサ球菌ですが、これの仲間がけっこういっぱい見つかったので、
ランス先生は「A群」「B群」「C群」などの名前を付けました。適当かな
以上のような経緯で、「”赤血球を壊しまくる“ レンサ球菌の ”一番目“」といった意味合いで「A群β溶血性レンサ球菌」と名前が付けられたわけですね。
これまたマトモに読んでたら名前が長すぎるので、もっぱら「Group A Streptococcus」を略して「GAS」と呼ばれます。
臨床上はGASの重要度がかなり高いので、単に「溶連菌」と言った場合はGASを指すと言っても過言ではないほどにケタ違いの存在感を発揮しています。
なお「GAS」の発音は「ギャス」か「ガス」かで日本の医療業界は血で血を洗う争いをしています。
※気になったのでアンケートを取ってみたところ、絶妙に拮抗していました。きのこたけのこに次ぐ戦争の予感。
ちなみにβ溶血性レンサ球菌の二番目にあたる「B群β溶血性レンサ球菌」=「GBS」は産婦人科・小児科領域では存在感が強い菌ですね。
分娩時にたまに赤ちゃんに感染してしまうため、分娩前に母体に抗菌薬を投与する必要があります。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症
そんな感じでランス先生に発見されたGASですが、先述の通り「学童期によく咽頭炎を起こす菌だよね」といった雰囲気のまま数十年が経過しました。
しかし1987年、アメリカでとある症例の報告がなされます。
この症例は手足の壊死を伴う激烈な症状をきたす感染症で、どうやらGASが原因であることが確実でした。
この病気は「劇症型溶血性レンサ球菌感染症」と名付けられ、
あまりの強い症状に「人食いバクテリア」という通称も有名になりました。
この劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、これまでによく見られたGAS感染症と異なり、特に30代以上の年齢で起きやすいのが特徴となっています。
誰に感染しても重篤なことには変わりないのですが、妊婦さんへの感染は特に症状が重くなりやすいです。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症の嫌なところは沢山ありますが、
医者目線で言うと「(特に最初は)この病気に特有と呼べる症状がない」「非常に急激に病状が進行する」の2つが厄介です。
初期の症状はインフルエンザや重めの胃腸炎に酷似しており、診断が非常に難しいです。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症の予防法は?
では、この劇症型溶血性レンサ球菌感染症をどのように防げば良いのかというと…
現時点で明らかに有効と言える手立てはありません。
強いて言えば、手洗い・うがい位ですね。
というのも、前提となる「なぜ劇症型の菌が発生するのか」からして今ひとつ解明されていないのです。
現時点では「GASの毒素を産生する遺伝子に変異が起こると劇症型の菌になる」という説が有力ですが、
菌の変異を止めることはできないので、結局のところ手洗い・うがいというよくある感染対策以上の方策はありません。
とはいえ、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の発症率は全世界で10万人あたり3.5人と決して高いものではありません。
そのため、冒頭で述べた「劇症型溶血性レンサ球菌感染症の患者数が過去最多になった」というニュースについては、
一般の方々が恐れおののくべきニュースというより、どちらかと言うと我々医療者側にとって「溶連菌のことを忘れないようにしよう」という注意喚起が目的と言えるかと思います。
まとめ
以上、劇症型溶血性レンサ球菌感染症に関する解説でした。
個人的にはもう二度と遭遇したくない病気のひとつですが、参考になりましたら幸いです。
今後もこういったニュースに関連した話題があれば、適宜解説記事を書いていきますね。
以下、関連記事です。
医療ドラマで描写された常位胎盤早期剝離の解説はこちら。
産婦人科医が『劇場版TOKYO MER~走る緊急救命室~』の描写を解説する
細菌感染症についてはこちらでも解説しています。
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