こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
本日の【漫画描写で学ぶ産婦人科】はこちら。
泰三子先生『ハコヅメ』より、鬼瓦教官の妊娠と流産に関する考察です。
『ハコヅメ』は新人警察官、川合麻依巡査の職務と成長を描いた作品です。
登場人物たちの軽妙な掛け合い、キャラクターの濃さ、作者の実務経験に基づくリアルな描写、
作り込まれた設定と伏線回収力を兼ね備えた、誰が読んでも楽しめる傑作です。
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2021年にはドラマ化、2022年にはアニメ化もされたほどの大人気作品ですね。
あらすじ
この『ハコヅメ』に登場する鬼瓦京子は、警察官として完璧な仕事ぶり、強い精神力、美貌を兼ね備え、
警察学校の教官時代には作中の何人もの重要人物たちを指導した経歴を持つ、
本作において最も優秀な女性警察官の1人として描かれています。
そのキャリアの中で指導教官を行っていたのは3年間だけですが、
つい読者としては「教官」と呼びたくなる程の大変な女傑です。
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そんな鬼瓦教官は警察学校の指導教官を終えた後、
妊娠4か月にして交番所長として勤務をこなしていました。
同期の宮原部長は妊娠への影響を懸念して産休を提案しますが、
「妊娠は病気じゃない」と固辞し、現場に出続けます。
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そんなある日、『ハコヅメ』作中屈指の重要事件が発生します。
鬼瓦教官は部下の桜しおり巡査長と一緒に交通事故現場に臨場するのですが、
現場で交通規制をかけていた桜巡査長が突然、軽トラックの轢き逃げに遭いました。
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怪我の内容は具体的に示されていませんが、
多量の出血、一見して分かるほどの骨折など、
明らかに緊急事態であることが示唆されます。
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すぐに宮原・轟ペアが応援に到着しますが、
元々の交通事故に加え桜が轢き逃げに遭ったことにより、
救急車の受け入れや他の応援の到着もままならず、
さらに雨まで降り出してしまったため、
鬼瓦教官らは現場保存や交通規制に奔走します。
桜は一命を取り留めるものの、下半身に後遺症が残ったことと、
事故のトラウマで現場に復帰することができなくなります。
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そして鬼瓦教官もこの激務の無理がたたり流産してしまったことで、
鬼瓦教官が警察官を辞職するきっかけとなりました。
努力家で人望の厚い桜、有能で多くの警察官を輩出した鬼瓦教官の2人を警察機構から失い、
鬼瓦教官のお腹の子を流産させてしまい、しかも初動捜査の遅れで犯人が見つけられなかった、
作中の多くの登場人物に深い心の傷を作った事件となりました。
主人公の川合巡査がこの事件の解決に一役買うことになるのですが、
どのように解決されるのかは原作をどうぞ!
綺麗な伏線回収、登場人物たちのここ一番での連携、
そして宮原部長の世界一かっこいい下ネタとともに解決するシーンは一見の価値有りです。
流産とは?
さて、流産という言葉は殆ど誰でも知っている言葉かと思います。
しかし、「流産」の定義を正確に言える人は意外と少ないのではないでしょうか?
日本産科婦人科学会が出版している『産科婦人科用語集』によると、
「流産」の定義とは「妊娠22週未満の妊娠中絶」とされています。
中絶というと、いわゆる「堕胎」=「人工妊娠中絶」が連想されますが、
中絶はあくまで妊娠が終わること自体を指す言葉です。
ここでひとつ考えたいのが「安定期」の考え方です。
妊婦さんがお腹を撫でながら、「安定期に入りました」と話すシーンを、
ドラマや漫画か何かで目にしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
妊娠や出産に詳しくなくても「ああ、妊娠が安定しているのか、良かった良かった」
と思わずには居られない、微笑ましいシーンですね。
しかし、実は「安定期」という言葉は正式な産婦人科用語ではありません。
安定期とは?
「安定期」に正確な定義は無いため、それを使う人によって意味するところが違います。
安定、というからには、不安定なことがあるということです。
妊娠初期の不安定なこと、それは「つわり」と「流産」です。
つわりは妊娠初期に見られる、吐き気や食欲低下を起こす現象です。
つわりの詳細はいずdれ書く別の記事に譲るとして、
ともかくつわり症状が落ち着いてくるのはおおよそ妊娠12週頃です。
そして、妊娠初期は胎盤の状態が不安定で、
妊娠16週頃にようやく胎盤がしっかりしてきます。
逆に、妊娠15週くらいまでは子宮と胎盤の間に血液が溜まる「絨毛膜下血腫」がしばしば起こることがあります。
「絨毛膜下血腫」の多くはわずかな出血がみられる程度で流産に至ることは多くありませんが、
あまりにもひどい出血の場合、胎盤ごと胎児が排出されてしまうことがあります。
つまり、流産が比較的起こりやすい週数、ということです。
まとめると、「安定期」という言葉は、
「つわり」に焦点を当てるなら妊娠12週頃から、
「流産」に焦点を当てるなら妊娠16週頃からを指す、ということですね。
先述した通り、これは産婦人科医学に無い言葉なので、
他の週数のことを指す先生もいらっしゃいますが、
とにかく流産のリスク的には妊娠5か月≒16週でそれなりに安定する、とお考え下さい。
鬼瓦教官は宮原部長との雑談で、「もうすぐ妊娠5か月」と言っていました。
妊娠5か月はおおよそ16週~19週に相当するので、
おそらく轢き逃げ事件時の鬼瓦教官は妊娠14~15週頃と推測されます。
この時期に雨の中、数時間以上も重い物を持って走り回り、
部下の事故という強いストレスを抱えた状態では流産も止む無しでしょう。
以上のことから、作中の描写は産婦人科学的に非常に正確と言えます。
精神的なフォロー
全ての妊娠のうち、流産の確率は1~2割とされています。
10人の妊娠の中で1~2人は流産する、と考えると思ったより多いと感じるかもしれません。
とはいえ、上記の安定期を過ぎて流産するケースは多くなく、
お母さんとしては「安定期を過ぎて安心していたのに流産してしまった」というのは精神的に非常にきついものがあります。
そこまでに辛いつわりを乗り越えて、夫や両親等からの期待もあることを考えると尚更です。
こうした不幸はたまに起こるのですが、産婦人科医としてもそれをお伝えするのは非常に話しにくく、辛いものがあります。
時には精神的なフォローも必要になります。
精神科や心療内科の先生によるメンタルケアが必要になることも少なくありません。
作中でも生ける伝説として扱われていた鬼瓦教官ですが、
彼女が警察官を辞することを選択したのもやむを得ないことかもしれません。
鬼瓦教官はどうすればよかったのか?
いくら安定期を過ぎているとはいえ、妊娠中の激しい運動はお勧めできません。
特に警察官という過酷かつ危険な仕事を考えると、
やはり鬼瓦教官は妊娠初期のうちからデスクワークへの異動を申し出るべきだったと思われます。
産休(産前産後休業)は、基本的には出産予定日の6週前、つまり妊娠34週から取得することができます。
これは労働基準法第65条で定められている妊婦さんの権利です。
警視庁のホームページでも同様の内容が記載されています。
(参考:警視庁採用サイト https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/saiyo/2022/welfare/parental-leave.html)
しかし、全ての妊娠が34週まで何事もなく平穏に過ごせるわけではありません。
切迫早産等で長期の入院や自宅安静を指示することは珍しくありません。
産婦人科医の立場で少し悩ましいのが、
「入院を指示するほどではないものの、今の仕事を続けるのはリスクが高い」
と思えるような妊婦さんです。
例えば私は、切迫流産や切迫早産の徴候が見られ、
なおかつ運動量の多い職業に就いている妊婦さんを診た場合、
職場に対して診断書を書いて、デスクワーク等への変更や休職を指示します。
これにより、34週を待たずとも休職することは可能です。
日本人は、仕事を休むことに抵抗感のある方が多く、
特に責任感の強い女性は妊娠中でもその傾向があります。
しかし、鬼瓦教官のような不幸にみまわれないためにも、
特に仕事内容に不安を感じる方はどんどん主治医の先生に相談しましょう。
我々産婦人科医や助産師はある程度のお手伝いはできますが、
最終的に赤ちゃんを守れるのはお母さんなのです。
まとめ
以上、鬼瓦教官の流産に関する考察でした。
産婦人科医として言いたいことはひとつです。
仕事は大事ですが、赤ちゃんよりも大事な仕事はありません。
日本人は真面目なので、周囲に遠慮して無理をすることも少なくありませんが、
妊婦さんには負担の少ない仕事への異動や休職を要求する権利があるのです。
ちなみに今回のエピソードに登場した鬼瓦教官と桜巡査長ですが、
この事件が解決したことをきっかけに新たなスタートを切ります。
キャラクターのひとりひとりが全力で人生を生きていることも『ハコヅメ』の魅力です。
ストーリーの面白さは留まることを知らずどんどんと加速していますので、
未読の方はぜひご一読をお勧めします。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
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はじめまして
漫画が大好きで先程このブログ?を発見し、あまりの面白さに1記事目から読んでおります。
何もかも納得なのですが一点だけ、重箱の隅をつつかせてください。
実は公務員には労働基準法が適用されません(一般職など一部例外はありますが)。
似たような法律や規則があるので大差は無いんですけど、気になったもので。
これからも応援しております。
お読み頂きありがとうございます!
公務員の労働基準法の適用について、ご指摘ありがとうございます!
調査の上で訂正させて頂きます!