こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
2022年は私の好きな漫画が多く完結した年でした。
『かぐや様は告らせたい』『ゴールデンカムイ』『味噌汁でカンパイ!』『ちはやふる』などなど…まだまだ書ききれませんが、いずれも名作揃いでしたね。
そんな2022年の漫画を語る上で、やはり警察官漫画『ハコヅメ』は外せないでしょう。
『ハコヅメ』は2022年6月16日に、モーニング本誌で「第一部完」として区切りをつけました。
私も多分に漏れず『ハコヅメ』の大ファンなので、このブログでも鬼瓦教官と河合巡査の2回にわたり取り上げてきましたね。
そんな『ハコヅメ』について私が以前から疑問に感じていたのが、桜しおり巡査長の怪我の内容と妊娠についてです。
※以下では『ハコヅメ』22巻までの内容を多く含みますので、未読の方はご注意下さい。
↓ ↓ ↓
過去の事故が原因で妊娠に不安を抱いていた桜ですが、最新22巻で突如として妊娠したことが描かれました。
そして、桜の具体的な病状については未だ描写されたことがありません。
妊娠に影響しうる怪我とは何だったのか?
事故の内容とは?どんな後遺症があるのか?
果たして桜に何が起きていたのか?
産婦人科医の目線で考えてみると、桜の病状には分からないことが多すぎるのです。
(私みたいな面倒な読者がいるので泰三子先生はあえて具体的に描きすぎず、描写をぼかしているのだと思いますが)
そんなわけで本日の【漫画描写で学ぶ産婦人科】は、泰三子先生『ハコヅメ』より桜しおり巡査長の病状に関する考察です。
目次 非表示
『ハコヅメ』桜しおりについて
『ハコヅメ』に登場する桜しおり巡査長は、努力家で人望の厚い女性警察官です。
かつて勤務中にトラックのひき逃げ被害に遭ったことで長期の休職を余儀なくされていました。
事件から3年後、川合や源、宮原部長らの尽力によりついにひき逃げ犯を逮捕しました。
桜は事故後の精神的な後遺症もありリハビリが進んでおらず、休職扱いとなっていたのですが、
事件解決をきっかけに辞職の意向を固めました。
しかし、川合の機転により桜の引き留めに成功。
副署長に1年間のリハビリ期間を貰い、職場復帰を決意しました。
それから1年後、桜はリハビリを乗り越えて職場復帰を果たしました。
その後は生活安全係で警察官として働き始めます。
その後、同期との宅飲みの最中に
「結婚して子供を考えるようになったら 一度産婦人科で検査をしてください」
と言われたことを打ち明けます。
そんな中、187話で突如として機動隊所属の同期・岡田巡査長と交際ゼロ日で結婚することになりました。
次の188話で入籍を報告、
さらに191話で子供ができたことを打ち明けるという凄まじいスピード感でした。
どうやら桜は、かつて主治医から言われたことを「子供ができない」と勘違いしていたようです。
桜の現在の状態について
というわけで、以上の描写をもとに桜の病状を考察していきたいわけですが…
具体的な怪我の名前や、できること・できないことが全く明示されておらず、
しかも桜が自身の状態を勘違いしていたりと、非常に考察泣かせな状況です。
というか、実は22巻の発売直前くらいまで「桜が妊娠できないのは何故か?」という記事を作る予定でしたし、頭の中で大まかな結論を出していました。
それだけに、22巻で妊娠が発覚した時は目玉が飛び出るほど驚きました。そして脳内記事はお蔵入りにしました。
(驚きのあまりツイートしてしまった)
ともかく、現状では分かっていないことが多すぎるので、発想を少し変えて「桜が警察官として働けていること」に焦点を当ててみましょう。
身体障害者は警察官として働ける?
『ハコヅメ』作中でみっちりと描かれている通り、警察官という職務は過酷です。
警察官の仕事には、逃走する犯人を追いかけたり、犯人を制圧しなければならない場面もあります。
この仕事は身体が健康でなければなりません。
そもそも「障害者の雇用の促進等に関する法律」第三十八条において、国や民間を問わず一定割合の障害者雇用(いわゆる障害者枠)が義務付けられていますが、警察官はその例外です。
そのため、身体障害者等はそもそも警察官にはなれませんし、警察機構における採用の門戸も「障害者を対象とする警察行政職員Ⅲ類(事務職)」のみとなります。(参考:令和4年度警視庁採用サイト 採用情報)
仮に、警察官として採用されたのちに身体障害者となった場合、警察官として働くことはできず事務職に異動となるようです。
桜を見てみると、咄嗟の時に踏ん張りが効かなかったり走れなかったりという後遺症が見られますが、
警察官として働けているということは身体障害者には該当しないわけです。
では、身体障害者か、そうでないかを区別する基準は何でしょうか?
上で参考にした令和4年度警視庁採用サイト 障害者を対象とする警察行政職員Ⅲ類 採用情報によると、「身体障害者手帳の交付を受けている人」が身体障害者として扱われるようです。
身体障害の区分における「下肢不自由な障害」には1級~7級までの等級が存在するのですが、身体障害者手帳の交付が受けられるのは1級~6級とされています。
すなわち、桜は身体障害者の7級か、あるいは身体障害者の診断を受けていないというわけですね。
「下肢不自由な障害」の7級には、「下肢の軽度の障害」などの項目が該当します。
桜は杖なしで歩けていますし、作中の描写とも矛盾しませんね。
(参考:横浜障害年金申請サポート/池辺経営労務事務所 身体障害者手帳の認定基準について)
つまりどういうこと?
ここまで全部きちんと読んだ方は素晴らしいです。
私の脳は慣れない法律用語を読み解くのにフル回転を強いられていましたが、「身体障害者手帳の交付」が出てきたあたりで完全にパンクしました。
要約すると、法的に桜の足の障害は警察官として働いて問題ないものであるということです。
なお、ここまで調べるのに丸1日を要しました。
法律用語って本当に読みづらい…!
桜の症状から考えると?
次に、桜の症状から事故で受けた怪我の内容を推測してみましょう。
前述の通り、桜は咄嗟の時に踏ん張りが効かなかったり走れなかったりしていますが、自力歩行はできていますし、肩車の上に乗るなど腹筋・背筋力やバランス感覚も問題ない様子です。
この症状からは、下肢または股関節に影響のある障害であることが読み取れます。
下肢の怪我であれば出産時に多少の影響が出ることがありますが、妊娠そのものにはほぼ影響しません。
私自身、脚に大きな怪我をしたことがある妊婦さんを何人も診てきましたが、どなたも問題なく出産されました。
しかし股関節…というより、骨盤の損傷となると話が少し違ってきます。
赤ちゃんは骨盤の真ん中の穴を通って出てくるのですが、過去に骨盤骨折の既往があるなどで骨盤が変形していると、経腟分娩が難しくなる場合があります。
現在の桜の状況や、「妊娠を考える時に検査しましょう」と言われていることを踏まえると、
桜が負った怪我のひとつは骨盤骨折でしょう。
実際に私も、過去の骨折で骨盤が変形し、経腟分娩が不可能と判断された妊婦さんの帝王切開を行ったことがあります。
ちなみに今回の桜の状況とは直接関係ありませんが、骨盤骨折はメチャクチャ怖い骨折のひとつです。妊娠への影響を考える以前に命に関わります。
なぜなら骨盤には大きな血管がたくさん通っていますので、骨盤骨折は骨盤の中で大出血することがあるのです。
しかもその出血は内出血(見た目だけでは分からず、CTや超音波による検査が必要)なので、診断の遅れが命取りになりかねません。
我々医療者としては、交通事故の怪我人を診る場合に早めに押さえるべきポイントとして優先度の高い骨折と言えるでしょう。
外出血の原因は?
しかし、骨盤骨折だけでは事故の直後に大量の外出血を生じた原因が説明できません。
事故の直後、あたり一面が血まみれになるほどの外出血をきたしています。
その後の桜の様子を見る限り、頭部・上肢・胸部・腹部などに大きな怪我を負った様子はありませんし、骨盤との場所の近さを考えるなら下肢の受傷と考えるのが最も自然ですね。
交通外傷による下肢の鈍的外傷で、なおかつ多量の出血をきたす可能性があると考えると、「大腿骨骨幹部骨折」または「下腿骨骨幹部骨折」のどちらかが最も考えやすいでしょう。
要するに、太ももの骨か、すねの骨のどちらかを骨折した可能性が高いと思われます。
大腿骨(太ももの骨)
脛骨・腓骨(すねの骨)
子宮がダメージを受けた可能性は?
そして最後に考えるべきは、事故で子宮に傷がついた可能性、すなわち子宮損傷の可能性ですね。
私は22巻で桜の妊娠が発覚するまで、てっきり子宮損傷だったのかと考えていました。
しかし、おそらくこの可能性は低いでしょう。
まず、子宮というのはお腹の中であまり固定されておらず、ある程度自由に動くことができます。
固定されていない臓器にダメージが入るというのは、例えるなら蛍光灯のヒモをパンチして破壊するようなものです。
百式観音の参乃掌のように、衝撃の逃げ場がないようにダメージが入るなら別ですが、
子宮の周りは骨盤に守られていますので、交通事故で子宮損傷をきたす状況となると骨盤が全部割れるような恐ろしい状態になるはずです。
さすがにその状態から3~4年で「下肢不自由な障害」の7級にまで回復することは絶望的ですし、
そもそも子宮損傷を起こした時点で産婦人科にコンサルトの一報くらいは入るでしょうから、ほぼ全快したあとになって「詳しく検査してください」の一言で済ませるようなことは考えにくいですね。
ただし、交通事故による子宮へのダメージが起こり得る状況は主に2つ考えられます。
それは「妊娠中」そして「子宮筋腫などの疾患で子宮が極端に大きくなっている場合」です。
要するに、子宮が大きくなっていて骨盤が守りきれない状況です。
第62回日本産婦人科学会で発表された報告に交通事故により子宮筋腫が断裂した症例がありますが、
この時の子宮筋腫のサイズは長径24cmと非常に大きいですし、もし桜にそのレベルの子宮筋腫があったら交通事故と関係なく治しているはずなので、この可能性も低いでしょう。
以上より、桜の子宮は特にダメージを受けていないと考えるのが自然です。
結論
結論として、桜が受けた怪我は骨盤骨折および下肢の骨折(大腿骨骨幹部または下腿骨骨幹部の骨折)が最も疑われ、
その影響で股関節または下肢の運動制限が残っているものと考えられます。
そして、子宮損傷の可能性は低いと思われます。
おそらく、桜の主治医の先生(救急科か整形外科だと思われます)は「子供を作る可能性のある年齢だし、骨盤の変形が妊娠・出産に影響するかもしれないから、産婦人科にも意見を聞いてみてね」くらいの温度感で話したのでしょう。
主治医の先生が実際どういった説明をしたかは不明ですが、女性にとって妊娠・出産というイベントはきわめて重要かつデリケートな話題ですから、主治医の先生が言った言葉を正しく受け止められなかったのもやむを得ないことかもしれませんね。
とはいえ、産婦人科医の目線としてはむやみに曖昧な表現をせず、とりあえず産婦人科に紹介してほしいところだったと思います。
ちなみに藤は「妊娠と出産に桜の体が耐えられるのか」と心配していますが、
作中の描写のみを材料に判断するのであれば、特に影響はありません。骨盤の変形があれば帝王切開にはなるかもしれませんが。
もちろん、作中に描写されていない何らかの障害が併存している場合はその限りではありません。
『ハコヅメ』ファンとしても、産婦人科医としても、
23巻や第二部の情報が見逃せませんね。
まとめ
以上、『ハコヅメ』桜の怪我の内容や後遺症、妊娠への影響に関する考察でした。
正直、かなり材料が少ない状態での考察でしたが、それなりに筋道の通った結論を出せたかと思います。
さて、『ハコヅメ』第一部の完結巻である23巻の発売日は未定ですが『ハコヅメ』公式Twitterによると来年(2023年)発売とのこと。
もしかすると23巻の内容によってはこの記事の内容をガラッと書き直す可能性がありますので個人的には戦々恐々としつつ、23巻の発売を待ちたいと思います。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
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