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『鋼の錬金術師』ウィンリィが立ち会った出産について産婦人科医学的に考察する

やっきー
やっきー

こんにちは!
産婦人科医やっきーです!


本日の【漫画描写で学ぶ産婦人科】は、

荒川弘先生『鋼の錬金術師』よりウィンリィが立ち会ったサテラさんの出産に関するエピソードです。

出典:鋼の錬金術師 18話


あらすじ


主人公のエルリック兄弟とヒロインのウィンリィは、

旅の途中で機械鎧(オートメイル)の聖地と呼ばれるラッシュバレーに立ち寄り、

一流の機械鎧技師であるドミニクの家に赴きます。

出典:鋼の錬金術師 18話

ドミニクは息子のリドル、その妻で妊娠中のサテラとの3人で暮らしていました。

出典:鋼の錬金術師 18話

そんな中、サテラが産気づき、陣痛が始まりますが、運悪くその日は嵐。

レコルト家は山奥にあるのですが、家と街を繋ぐ橋が落雷で壊れてしまいました。

出典:鋼の錬金術師 18話

街の病院にも連れて行けず、医者を連れてくることもできないという大ピンチの状況で、

出産の立ち合いにウィンリィが名乗りを上げます。

出典:鋼の錬金術師 18話

医者家系のため多少の知識があるとはいえ、彼女の本業は機械鎧技師

出産に立ち会った経験すらありませんが、もはや皆はウィンリィに頼るしかないという事態です。

昔読んだ医学書の内容を必死で思い出しつつ、持ち前の度胸も手伝って、無事に出産を成功させたのでした。

出典:鋼の錬金術師 19話

墜落産(墜落分娩)


出産に立ち会った経験も無いのに出産を成功に導いたウィンリィの度胸と記憶力は見事なものです。

その後の医師の診察によると、産後の処置も適切のようです。

「ロックベル家の女は根性と肝っ玉が売り」という看板に偽りなしですね。

出典:鋼の錬金術師 58話

さて、このように「本来は病院で産む予定だったり、家に医師や助産師が来る予定だったのに、間に合わずお産になった」という状況のことを「墜落産(墜落分娩)」と呼びます。

もし劇中と同じ状況で赤ちゃんを取り上げろと言われたら、専門医の私でも避けたいです。

(勿論、本当に同じ状況に遭遇したらできる限りは頑張りますが)

ここまでの妊娠経過も分からない、どんな持病があるかも正確に分からない状況では、

出産の時に何に気を付けたらいいかも分かりませんし、

何か異変が起きたとしても薬も道具も無ければ対処も満足にできません。

そりゃあ適切に対応して無事に出産に導くことができれば格好いいですし、

医者としてそんなシチュエーションに憧れもありますが、無事にいかなかった場合のリスクが高すぎるのです。



したがって、私が同じ状況に遭遇したとしても、

何とかして病院に連れていく方法は無いか、あるいは主治医の先生を連れてくる方法は無いかを最優先で模索します。

医療は格好良さよりも安全第一です。



本を読んだことがあれば出産はできる?


さて、次に気になるのは本当にうろ覚えの知識だけで出産に立ち会えるのか?ということです。

結論から言うと、特に合併症のないお産なら、最低限のポイントさえ押さえておけば大抵は大丈夫です。

ホモサピエンスが誕生して数十万年、医療の概念が無くとも命が受け継がれてきたわけですから、乱暴に言ってしまえば9割くらいのお産は医療の介入がなくとも大丈夫なのです。

そもそも、そうでなければここまで人類は生き残ってこれなかったでしょう。

しかし残る1割ほどは医療の介入が無ければ無事に進みません。赤ちゃんや母体の命に危険が及ぶこともあります。

その1割に対応するために存在するのが我々、産婦人科医や助産師なのです。

ウィンリィの故郷であるリゼンブールは、エドワードが「何も無い田舎」と評しています。

おそらくロックベル家は、リゼンブールにおけるほぼ唯一の町医者の家系なのでしょう。

現代日本でも、離島など医師の少ない地域では産婦人科が専門ではない医師が出産に立ち会うことはあります。

そのため、ロックベル家には出産時の処置や対応に関する本があり、ウィンリィがそれを読んでおくこともできたのでしょうね。

ハガレンの世界観は中世ファンタジーを下地にしつつも、医療や科学がかなり現代に近いレベルまで発展しており(機械鎧などの超技術が混在していたりはしますが)、出産時の対応もそれなりに体系立てた知識が存在していると思われます。



実際にこの状況になったらどう対応する?


それでは、産婦人科医の私がこの状況でお産を取り上げることになった場合、

何に気を付けるか、どのように対応するかを書いていきます。

皆様は決して真似しないようにして下さい。
知識も経験もない一般の方がお産を取り上げるのは本当に危険です。

まず、基本は待機です。

陣痛が始まると、子宮口(赤ちゃんの出口)が少しずつ開いていくので、子宮口が全開するのをじっくり待ちます。

全開する前に力を入れても赤ちゃんは出てきませんし、

子宮口に無理な力がかかって裂けてしまう「頸管裂傷」が起きかねません。

頸管裂傷は出血が多くなりやすいので、医療用の縫合器具がないと処置が非常に困難です。

この状況で頸管裂傷を起こすと、お産後のサテラさんの命が危険です。

子宮口が全開するのを待っている間、お湯を用意しておきましょう。

そういえば時代劇などで産婆さんが「たっぷりのお湯を用意しろ」という指示を出すシーンがよくありますね。

あのお湯は清潔な水を確保するための工程です。

お産は清潔な環境で進める必要があります。

赤ちゃんにとってもお母さんにとっても、菌がいっぱいいる不潔な環境では命に関わるのです。

産婆さんの手や、布や機材なども清潔に保っておかなければなりません。

現代では蛇口をひねれば簡単に清潔な水が手に入りますが、昔はそうもいきません。

そのため、昔は「いったん沸かして、そのあと冷ます」という工程を踏まなければ、清潔な水が手に入りにくかったわけです。

そんなわけでお湯をたっぷり用意します。清潔な布もあればあるほど良いので、たくさん用意しましょう。

ウィンリィもここは適切に指示していますね。

出典:鋼の錬金術師 19話

また、お産の時には赤ちゃんの心拍数を計るモニター(胎児心拍数陣痛図)を装着して、

赤ちゃんが陣痛のストレスに耐えられている状態かをチェックしながら行います。

モニターが無いなら、せめて聴診器で赤ちゃんの心拍数だけでもチェックしながらお産の経過を見たいところです。

普通の民家に聴診器なんてありそうもないですが、ここでエルリック兄弟の出番です。

聴診器の構造なんて単純なものです。錬金術で作らせましょう。

また、ウィンリィはサテラさんに飲み水を用意していますが、これも適切です。

陣痛が来ている間はつい水を飲み忘れがちなので、母体が脱水になるのを防ぐためにこまめに水分を摂取することは大事です。

そうこうしているうちに子宮口が全開したら、いよいよ「怒責」、つまり「いきみ」をかけます。

妊婦さんにとっては最後の頑張りどころです。

ここまできても、お産が止まってしまう「分娩停止」などのリスクもありますが、

この状況で帝王切開なんてできません。下から産まれることを信じてとにかく出しましょう。

無事に赤ちゃんが出たら、すみやかに体を拭きます。

赤ちゃんは羊水まみれな上、体温調節機能も未熟です。体が濡れたまま放置すると低体温症になります。

さっき用意した清潔な布でとにかく素早く拭きましょう。

しっかり赤ちゃんが泣いていればひとまずOK!

へその緒を結んで切りますが、器具がなければそのまま放っておいても大丈夫です。

そのうち自然に取れます。

胎盤を出したらお産は終了です。

産道裂傷といって、赤ちゃんが出たはずみで腟や会陰が切れていることもありますが、よほどひどい切れ方でなければ放置しましょう。自然に塞がります。



むしろこの状況だと、不潔な糸で縫って感染を起こすリスクの方が心配です。

お産が終わった後も、サテラさんの出血が増えすぎないか定期的にチェックします。



まとめ


以上、ウィンリィが立ち会った出産に関するエピソードについて考察してみました。

上述した以外にも、お産には実に様々な注意点や処置があるわけですが、

劇中の描写を見る限り、ウィンリィはほぼ完璧にこなしたようです。

産婦人科専門医でも尻込みする状況でこの大活躍。

さすがウィンリィと言わざるを得ません。

私もいつかこういう場面で活躍してみたいものです…

いや、そんな状況に遭遇しないのが一番かな。

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