『クッキングパパ』虹子さんの異常な分娩経過について考える

こんにちは!
産婦人科医やっきーです!

本日の【漫画描写で学ぶ産婦人科】は、うえやまとち先生『クッキングパパ』より虹子さんの分娩経過に関する考察です。


『クッキングパパ』といえば、『島耕作』と並ぶモーニングの顔と呼ぶべき長寿作品であり、以前にご紹介した『どんぶり委員長』を始めとする料理レシピ漫画の走りとも言える名作です。

【お勧め漫画紹介】実用的などんぶり専門料理漫画『どんぶり委員長』を紹介!そしてマグロ丼を作ってみた!

料理漫画というジャンルはともすれば地味になりがちなジャンルで、話も画も地味になりがちなので、
あの漫画のように登場人物の破綻した人格で話を回すかあの漫画のように現実離れした料理で派手な演出をするかというパターンが多いですね。

出典:美味しんぼ 3巻
出典:真・中華一番! 5話

※あくまでも画像はイメージです。


これに対して『クッキングパパ』は基本的に登場人物が善人ですし、出てくる料理も現実的です。
ヒューマンドラマとして楽しんだあと、レシピ本として活用してみるのもいいゾ!

本日はそんな『クッキングパパ』の重要イベント、虹子さんの出産について深堀りしてみましょう。
正直、産婦人科医になるまでは何とも思っていませんでしたが、この分娩経過はなかなかにヤバいです。

あらすじ

『クッキングパパ』主人公、荒岩一味(あらいわ かずみ)は大きなアゴが特徴の巨漢です。
金丸産業の営業課で働く荒岩は、1985年の連載当初は珍しかった「料理の得意な男性」で、仕事では主任として部下を率い、家庭では料理等の家事全般を担う、一家の大黒柱です。

出典:クッキングパパ 1話

新聞記者として働く妻・虹子さんと、快活な長男・まこととの3人暮らしで、公私ともに充実した日々が描かれています。

出典:クッキングパパ 1話

そんな中、虹子さんの第2子の妊娠が発覚しました。
「高齢出産」と言われていることに多少の警戒こそあるものの、妊娠経過は順調でした。

出産予定日の前日、虹子さんは仕舞っていたベビーバスを取ろうとして尻もちをつきます。
念のため病院で診てもらい、特に異常はありませんでしたが、お産が始まりかけているいうことで翌日の入院を告げられます。

出典:クッキングパパ 203話

そして翌日、出産予定日。
博多では珍しい雪の降る日に入院することになりました。

出典:クッキングパパ 204話

しかし虹子さんの陣痛は弱い模様。
入院日には出産に至らなかったようです。

出典:クッキングパパ 204話

その翌日、荒岩主任とまことは会社・学校を休み、病院に付き添うことにしました。
二人が病院に着くと、虹子さんは破水しており、主治医の先生も「もう生まれますよ」と告げます。

出典:クッキングパパ 204話

ところが、なかなかお産になりません。

「ヘ~ンですねえ 産まれませんねえ」
「切開しちゃおうかと思
いますがよろしいですかあ」

荒岩主任は迷わず「お願いします!」と即答します。

出典:クッキングパパ 204話

そして無事に帝王切開は終了。
母児ともに健康そうで、良かったですね。
赤ちゃんは「みゆき」と名付けられました。

出典:クッキングパパ 204話

と、産婦人科医になるまでは思っていました。

あまりにも適当な分娩管理

この虹子さんの主治医には、同じ産婦人科医として言いたいことが山ほどあります。

ここで一旦、虹子さんの出産に関する状況をまとめておきましょう。
前述のように、虹子さんは「高齢出産」であることが懸念だったようです。

高年出産(高齢出産)

「高齢出産」という言葉は有名ですが、
実は現在の日本の産婦人科医学で正式に定義されている言葉ではありません。

そもそも、2018年に発行された『産科婦人科用語集・用語解説集 改訂第4版』には、「高年齢での妊娠や出産」を意味する言葉は「高年初産婦」「高年初妊婦」の2つしか無いのです。
要するに「高齢出産」は俗称のようなものです。

そのため、現在の産婦人科の論文や学会では「高年妊娠」「高年出産」といった表現を使われることが多いです。

しかし、「高齢出産」という言葉が広く浸透していますし、「高年」という言葉も今ひとつ耳になじみません。
産婦人科の先生の中にも、あえて分かりやすさを優先して「高齢出産」と呼ぶ人は多いですね。

高年妊娠の定義は、WHOなどでは「35歳以上の初産婦、または40歳以上の経産婦」とされています。

この定義はかつて変更されたことがあり、1991年までは「30歳以降の初産婦」となっていました。
しかし、時代の変化とともに30歳以降での出産が珍しいものではなくなったことを受け、
また国際的なルールにも適応する形で1992年から現在の定義に変わったというわけですね。


それでは、出産時の虹子さんは何歳だったのでしょうか?

実は、虹子さんの年齢をはっきりと明言する描写はありません。
(少なくとも私は見つけられませんでした)

そのため、虹子さんの年齢を他の描写から推定してみましょう。

まず、第1話では荒岩主任が31歳、まことが7歳と明記されています。
虹子さんも当然紹介されますが、年齢は不明でした。

出典:クッキングパパ 1話

その後、荒岩主任と虹子さんの馴れ初めは大学時代の飲み会だと分かります。
ということは、虹子さんは荒岩主任とほぼ同年代でしょうから、
第1話時点の虹子さんは31歳前後だったと推定されます。
荒岩主任、虹子さん共に一定数の部下を持つ会社員ですし、年齢的にも相応と言えるでしょう。

そして、まこととみゆきは10歳差であることが描かれているので、
虹子さんがみゆきを出産したのは34歳前後であることが分かります。

そして、『クッキングパパ』の掲載誌「モーニング」でみゆきの出産が描かれたのは1990年のことです。

つまり、初産婦ならいざ知らず、
経産婦である虹子さんが34歳前後で出産しても、高齢出産(高年出産)の定義にあたる年齢ではないのです。

主治医の先生はしきりに虹子さんの年齢を強調していますが、
どういう定義に基づいて話してたんでしょう…?


加えて、この先生のように高齢出産(高年出産)を何度も印象付けるのも褒められた対応ではありません。

出典:クッキングパパ 204話

妊婦さんの中には、時にナーバスと思えるほどにご自分の状況を気にされる方もいらっしゃいます。
適度な自己管理は大切ですが、中には「ちょっと気にしすぎじゃないかな?」と思うこともあります。

ただでさえ妊娠中はメンタルが不安定になりやすく、妊婦さんに何度も高齢と印象付けることに意味はさほどありません。それで妊婦さんが体調を崩したら元も子もありません。

もちろん、高年妊娠に一定のリスクがあることは確かなので、私なら初診時などに、

やっきー
やっきー

合併症や帝王切開のリスクが増えることは頭の片隅に置いておきましょう。

しかし何事もなく出産が済むことも多いので、頑張っていきましょうね。

という程度にとどめます。

あとは、妊婦さんが暴飲暴食を繰り返すなど自己管理が全くできていない時に、

やっきー
やっきー

(ちょっとこの人自己管理がいまいちだなあ)

高年妊娠だしリスクが高いんだから、自己管理も大事ですよ。

と伝えるくらいですかね。

そんな意味でもこの主治医の先生の対応はいただけません。

謎の入院

虹子さんは主治医の指示で予定日に入院しています。

産婦人科でよくあるパターンとして、
赤ちゃんが大きそう、過期妊娠(42週以上の妊娠)になりそうなどの理由で、
出産予定日や予定日より少し前に入院してもらい、分娩誘発剤を使って出産を促すというパターンがあります。
陣痛が来ていないのに予定日に入院しているということは、おそらく虹子さんもこのパターンだと思われます。

出典:クッキングパパ 203話

分娩誘発のための入院そのものは悪いことではないのですが、なぜかこの主治医は予定日の前日、しかも尻もちをついてたまたま受診した時に入院を急遽指示しました。
分娩誘発の入院のタイミングというのは、妊婦健診の時に週数や子宮の状態、赤ちゃんの体重など、様々な所見を総合的に判断して決めるものです。
なぜこのタイミングで入院を指示したのか、これもまた不可解です。

この主治医が言うようにお産が始まりかけているなら、なおさら自然に陣痛が来るのを待てばいいわけで、これを理由に入院させる理由が謎です。
(自宅がよほど遠方で、病院に着くまでのリスクが高いなどの状況なら別ですが)


こうして入院した虹子さんですが、陣痛が弱いらしく、分娩室で頑張ってみたものの上手くいかなかったようです。
虹子さんは病室で荒岩主任の差し入れのドラ焼きを頬張りました。
おそらく、誘発剤の効きがよくなかったのでしょう。

出典:クッキングパパ 204話
出典:クッキングパパ 204話

ここで疑問なのは、「陣痛も来てないのに分娩室で何を頑張るんだ…?」ということですね。

まず前提として、陣痛が来てない時にどれだけいきんでも赤ちゃんは出ません。う〇こしか出ません。
ドラ焼き食ってる虹子さんは陣痛が来ているようには全く見えませんので、
分娩室でみゆきを産むためにいきみまくっていたわけではなさそうです。


なら分娩室で分娩誘発剤を使っていた(=頑張っていた)のでは?という考えもあるかもしれませんが、
産婦人科医の視点としてはちょっと考えにくいですね。

分娩室は文字通り分娩をする場所なので、一部例外を除いて、
陣痛が来た!お産が進んできた!さあ産まれるぞ!というその時まで入る必要はありません。

病室や陣痛室にはふかふかした布団があり妊婦さんも休みやすいですが、
分娩室にある分娩台は長時間リラックスするには適していません。
最低限のクッションしかありませんからね。

それに、陣痛の来ていない妊婦さんを分娩室に入れていても、
別の急なお産があった時に分娩室に入れなかったりと安全管理上も今ひとつです。

以上のことから、虹子さんを分娩室に入れていてもルール違反というわけではないですが、
現実的にはありえない管理を行っているということが伺えます。

分娩停止による帝王切開

と、色々と文句を言ってきましたが、ここまではまだ前座です。ここからが本題です。

入院2日目、荒岩主任とまことが病院に着くと、虹子さんは破水していました。
ということはおそらく分娩誘発剤が上手く効いたか、自然な陣痛が来たかという状況でしょう。

しかし結局お産は進まず、帝王切開になりました。

出典:クッキングパパ 204話
出典:クッキングパパ 204話

この状況は、産婦人科医学的に言うと「分娩停止」であると思われます。

「分娩停止」の定義としては、「お産が2時間以上にわたり進まない状態」とされています。
子宮口が開いてきた、赤ちゃんが下りてきたなどといったお産の進行がみられない状況のことですね。

この場合、帝王切開や(促進剤を使っていない場合は)陣痛促進剤を使うなど、
何らかの対応策をとることが考慮されます。


さて、我々産婦人科医としては、経産婦さんというのはそれだけでありがたい存在です。
初産婦さんに比べて経産婦さんは分娩がスムーズですし、
分娩がスムーズということは合併症もいくらか起きにくくなるのです。
分娩停止のリスクも低いです。

にも関わらず虹子さんが分娩停止になったからには、何か理由があるはず。

よくある分娩停止の原因としては、「児頭骨盤不均衡」(骨盤に比べて赤ちゃんが大きくて出られない)、「回旋異常」(赤ちゃんが出てくる時の姿勢の異常で出にくい)あたりが考えられます。

経産婦である虹子さんの骨盤がそれほど小さいとは考えにくいので、
虹子さんが分娩停止になった理由「みゆきが非常に大きかった」「回旋異常」のどちらかでしょう。

しかし、回旋異常とも考えにくいところです。
確たるデータがあるわけではありませんが、私の経験上、経産婦さんは回旋異常でも大抵は普通に出産できます。
初産婦さんならともかく、経産婦さんで回旋異常だけが原因で分娩停止になった経験はほぼありません。
一人でも出産した経験がある、というのは本当に大きいものです。

(なお、回旋異常については以前の記事でも取り上げています)

『ゴールデンカムイ』より出産時の回旋異常について解説する

ということは、みゆきが大きすぎて児頭骨盤不均衡を起こしたものと推測されます。

みゆきの出生時体重は不明ですが、おそらくかなり大きかったのではないでしょうか。
実際、助産師さんの腕と比較すると、出生直後の新生児としてはかなり大きめです。
ざっと4000~5000gくらいはありそうです。

出典:クッキングパパ 204話

また、これも私の主観になりますが、臨月ということを差し引いても虹子さんは相当お腹が大きいです。
仮に何の情報も無い状況で虹子さんを見たら、私なら「双子かな?」と思うほどです。

出典:クッキングパパ 202話

振り返ると、虹子さんは「体力をつけるため」と朝食にスキヤキ、ウナ丼、ステーキなど、なかなかハイカロリーな食事をとっています。

出典:クッキングパパ 202話
出典:クッキングパパ 202話
出典:クッキングパパ 204話

虹子さんの体重管理はけっこうズサンだったはず。
こういう管理を指導するのも主治医の仕事のひとつです。

妊婦さんの体重が増えすぎると母体の合併症も増えますし、
赤ちゃんが大きくなりすぎることで「児頭骨盤不均衡」のリスクも高まりますからね。
虹子さんのお腹の大きさはそのリスクを暗示させます。


帝王切開が経腟分娩に比べて良くないお産というわけでは決してありません。
どちらも立派なお産です。

しかし、「お腹を切る」「子宮を切る」などの行為を伴う帝王切開はリスクが高い手術だということもまた事実。
帝王切開が避けられるなら、避けた方が絶対に良いのです。

つまりこの虹子さんの主治医は、妊婦さんの体重管理や栄養指導をろくに行っておらず、その結果分娩停止を起こし、避けられた可能性のある帝王切開をしたと考えられます。

しかも、陣痛の来ていない人を分娩室に入れるという奇行に興じています。
実際に分娩室や陣痛室でベッドや荷物を整えたり、病床の管理手続きをしてくれるのは助産師さんなので、無駄に助産師さんの手間も増やしています。
たぶんこの主治医は助産師さんからの評判も悪いでしょう。

また、帝王切開というのはリスクの高い手術であり、出血が抑えきれず輸血が必要になったり、子宮を摘出することになったり、最悪命を落としかねないこともあります。
よほどの緊急事態ならともかく、そういったリスクについて本人や家族に入念に話しつつ、帝王切開には臨むべきです。

にも関わらず、それらのリスクを特に説明することもなく「切開しちゃおうかと思いますがよろしいですかあ」の一言のみ。
患者さんの家族への説明としては下の下です。

出典:クッキングパパ 204話

おまけに病状説明中に喫煙をぶっこいてます。
(これは1990年当時の風潮を考えると仕方ないのですが)

もし私であれば、この産婦人科には二度と妊婦さんを紹介をしませんね。

まとめ

以上、虹子さんの出産に関する考察はいかがでしたか?

『クッキングパパ』序盤の山場のひとつにして、主人公の長女の誕生という超重要イベントですが、
私は『クッキングパパ』の長期連載としての方向性を決定する出来事でもあったと考えています。

うえやまとち先生はおそらく、連載初期はサザエさん時空として描くことも多少想定していたのではないかと思います。
みゆきが産まれるまで、登場人物たちの時間経過は殆ど描かれていませんでしたからね。

そんな中、みゆきが誕生したことでみゆきの成長を描く必要性が生じ、
兄であるまことも成長させなければならなくなり兄妹に連動して登場人物全員の時間が動き出したものと思われます。

その結果、まことの大学進学や就職、荒岩主任の昇進などのイベントにも繋がったのです。
つまり、みゆきの誕生が以後の作品全体の方向性を大きく決めたと言っても過言ではありません。


そして、この主治医に色々文句は言いましたが、それはあくまでも産婦人科医としての意見。
同時に「細かいことはさておき、結果として皆が幸せならそれでいい」と考える自分もいます。

何度でも言いますが、経腟分娩も帝王切開も立派なお産です。
体への負担やリスクの大小には差がありますが、貴賤はありません。

結果的にみゆきは元気に育ち、虹子さんもバリバリ働いているわけで、
それ以上に望むことなど無いのかもしれません。


『クッキングパパ』は2022年9月現在で162巻に達する長期連載作品だけあって、非常に面白い漫画です。
どこからどう読んでも安定して面白く、レシピ本にもなる。1985年から37年以上も続くだけのことはあります。

なお、ちょくちょく素人には再現困難な高難易度レシピが入っている点には注意しましょう。
私は黒糖まんじゅう(cook.250)を作ろうとして黒焦げの物質Xを作り、
2つの意味で苦い経験をしたことがあります。(うまいこと言った)


どんな方にもお勧めできる名作です。
これを機会に読んでみてはいかがでしょうか。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
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