こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
本日の【漫画描写で学ぶ産婦人科】は、うえやまとち先生『クッキングパパ』より虹子さんの分娩経過に関する考察です。
『クッキングパパ』といえば、『島耕作』と並ぶモーニングの顔と呼ぶべき長寿作品であり、
料理レシピ漫画の走りとも言える名作です。
料理漫画というジャンルはともすれば地味になりがちなジャンルなので、
あの漫画のように登場人物の破綻した人格で話を回すか、
あの漫画のように現実離れした料理で派手な演出をするかというパターンが多いですね。
※画像はイメージです。
これに対して『クッキングパパ』は基本的に登場人物が善人ですし、出てくる料理も現実的です。
ヒューマンドラマとして楽しんだあと、レシピ本として活用してみるのもいいゾ!
本日はそんな『クッキングパパ』の重要イベント、虹子さんの出産について深堀りしてみましょう。
正直、産婦人科医になるまでは何とも思っていませんでしたが、この分娩経過はなかなかにヤバいです。
目次 非表示
あらすじ
『クッキングパパ』の主人公、荒岩一味は大きなアゴが特徴の巨漢です。
荒岩は1985年の連載当初では珍しかった「料理の得意な男性」で、
仕事では主任として部下を率い、家庭では料理等の家事全般を担う一家の大黒柱です。
新聞記者として働く妻・虹子さんと、快活な長男・まことの3人暮らしで、
公私ともに充実した日々が描かれています。
そんな中、虹子さんの第2子の妊娠が発覚しました。
「高齢出産」と言われていることに多少の警戒こそあるものの、妊娠経過は順調でした。
出産予定日の前日、虹子さんは仕舞っていたベビーバスを取ろうとして尻もちをつきます。
念のため病院で診てもらうことにしました。
先生の診察では特に異常はありませんでしたが、
お産が始まりかけているいうことで翌日の入院を告げられます。
そして翌日、出産予定日。
博多では珍しい雪の降る日に入院することになりました。
しかし虹子さんの陣痛は弱い模様。
入院日には出産に至らなかったようです。
その翌日、荒岩主任と息子のまことは会社・学校を休み、病院に付き添うことにしました。
二人が病院に着くと、虹子さんは破水していました。
主治医の先生も「もう生まれますよ」と告げます。
……ところが、なかなかお産になりません。
「ヘ~ンですねえ 産まれませんねえ」
「切開しちゃおうかと思いますがよろしいですかあ」
と提案する主治医に対し、荒岩主任は迷わず「はいっ お願いします」と即答します。
そして無事に帝王切開は終了。
雪の降る日に生まれた赤ちゃんは「みゆき」と名付けられ、荒岩家の長女として成長していくことになります。
うむ、よかったよかった。
………
と、産婦人科医になるまでは思っていました。
虹子さんの分娩を振り返る
この虹子さんの主治医には、同じ産婦人科医として言いたいことが山ほどあります。
産婦人科医の目線で見てみるとあまりにも恐ろしい妊娠・分娩経過です。
ちなみに私はこの主治医を漫画界クソヤバ産婦人科医四天王の一角として選定しております。
なぜそんな評価を下すことになったのかを説明する前に、虹子さんの出産に関する状況をまとめておきましょう。
高年出産(高齢出産)
前述のように、虹子さんは「高齢出産」であることが懸念だったようです。
「高齢出産」という単語は有名ですが、実は現在の日本の産婦人科医学において正式に定義されている言葉ではありません。
「難産」や「性病」などといった俗称に近い言葉です。(どちらも正式な医学用語ではない)
そもそも、2018年に発行された『産科婦人科用語集・用語解説集 改訂第4版』において「高年齢での妊娠や出産」を意味する言葉は「高年初産婦」「高年初妊婦」の2つしか無いのです。
「高齢出産」という言葉はどこにも書いていません。
現在の産婦人科の論文や学会では「高年妊娠」「高年出産」といった表現を使われることが多いです。
しかし、「高齢出産」という言葉が広く浸透していますし、「高年」という言葉も今ひとつ耳になじみません。
そのため産婦人科の先生の中にも、あえて分かりやすさを優先して「高齢出産」と呼ぶ人は多いですね。
高年妊娠の定義は、WHO(世界保健機関)などでは「35歳以上の初産婦、または40歳以上の経産婦」と定められています。
現在の日本でも同様の定義なのですが、
この定義はかつて変更されたことがあり、1990年までは「30歳以降の初産婦」となっていました。
しかし、時代の変化とともに30歳以降での出産が珍しいものではなくなったことを受け、
また国際的なルールにも適応する形で1991年から現在の定義(35歳以上)に変わったというわけですね。
虹子さんの年齢
それでは、出産時の虹子さんは何歳だったのでしょうか?
実は、虹子さんの年齢をはっきりと明言する描写はありません。(少なくとも私は見つけられませんでした)
まず、第1話では荒岩主任が31歳、まことが7歳と明記されています。
それにも関わらず虹子さんの年齢は不明でした。
なお、荒岩主任と虹子さんの馴れ初めは大学時代の飲み会だと明言されていますので、
第1話時点の虹子さんも31歳前後だったと推測されます。
荒岩主任、虹子さん共に一定数の部下を持つ会社員ですし、年齢的にも相応と言えるでしょう。
そして、まこととみゆきは10歳差であることが明言されているので、
虹子さんがみゆきを出産したのは34歳前後であることが分かります。
初産婦ならいざ知らず、経産婦である虹子さんが34歳前後で出産しても高齢出産(高年出産)の定義にあたるとは言えません。
虹子さんの主治医はしきりに虹子さんの年齢を強調していますが、どういう定義に基づいて話してたんでしょう…?
加えて、この主治医のように高齢出産(高年出産)を何度も印象付けるのも褒められた対応ではありません。
妊婦さんの中には、時にナーバスと思えるほどにご自身の状況を気にされる方もいらっしゃいます。
適度な自己管理は大切ですが、中には「ちょっと気にしすぎじゃないかな?」と思うこともあります。
ただでさえ妊娠中はメンタルが不安定になりやすく、妊婦さんに何度も高齢と印象付けることは無意味を通り越して有害です。
それで妊婦さんが体調を崩したら元も子もありません。
もちろん高年妊娠に一定のリスクがあることは確かなので、患者さんの性格を観察しつつ伝えるべきことをいかに伝えるか、というところが産婦人科医としての腕の見せ所でもあります。
謎の入院
虹子さんは主治医の指示で予定日に入院しています。
産婦人科でよくあるパターンとして、
赤ちゃんが大きそう、過期妊娠(42週以上の妊娠)になりそうなどの理由で、
出産予定日や予定日より少し前に入院してもらい、分娩誘発剤を使って出産を促すというパターンがあります。
陣痛が来ていないのに予定日に入院しているということは、おそらく虹子さんもこのパターンだと思われます。
分娩誘発のための入院そのものは悪いことではないのですが、なぜかこの主治医は予定日の前日、しかも尻もちをついてたまたま受診した時に入院を急遽指示しました。
分娩誘発の入院のタイミングというのは、妊婦健診の時に週数や子宮の状態、赤ちゃんの体重など、様々な所見を総合的に判断して決めるものです。
「尻もちをついた後だから、大事をとって入院して経過を診よう」という目的ならこの受診日に入院すべきです。
なぜこのタイミングで入院を指示したのか、全くもって不可解です。
この主治医が言うように、お産が始まりかけていると言うならなおさら自然に陣痛が来るのを待てばいいわけで、これを理由に入院させる理由が謎です。
(自宅がよほど遠方で、病院に着くまでのリスクが高いなどの状況なら別ですが)
こうして入院した虹子さんですが、分娩室で頑張ってみたものの上手くいかなかったようです。
おそらく、誘発剤の効きがよくなかったのでしょう。
ここで疑問なのは、「陣痛も来てないのに分娩室で何を頑張るんだ…?」ということですね。
まず大前提として、陣痛が来てない時にどれだけきばっても赤ちゃんは出ません。う〇こしか出ません。
ドラ焼き食ってる虹子さんは陣痛が来ているようには全く見えませんので、
分娩室でみゆきを産むためにいきみまくっていたわけではなさそうです。
なら分娩室で分娩誘発剤を使っていた(=頑張っていた)のでは?という考えもあるかもしれませんが、
産婦人科医の視点としてはちょっと考えにくいですね。
分娩室は文字通り分娩をするための部屋なので、
基本的にはもうすぐ産まれるぞ!というその時まで入る必要はありません。
病室や陣痛室にはふかふかした布団があり妊婦さんも休みやすいですが、
分娩室にある分娩台は最低限のクッションしかなく、
言うなれば「お産を安全に進めるための作業台」に近いので、長時間リラックスするには適していません。
それに、陣痛の来ていない妊婦さんを分娩室に入れていても、
別の急なお産があった時に分娩室に入れなかったりと安全管理上も今ひとつです。
以上のことから、虹子さんを分娩室に入れていてもルール違反というわけではないですが、
現実的にはありえない適当な管理を行っているということが伺えます。
分娩停止による帝王切開
…と、色々と文句を言ってきましたが、ここまではまだ前座です。ここからが本題です。
入院2日目、荒岩主任とまことが病院に着くと虹子さんは破水していました。
ということはおそらく分娩誘発剤が上手く効いたか、自然な陣痛が来たかという状況でしょう。
しかし結局お産は進まず、帝王切開になりました。
この状況は、産婦人科医学的に言うと「分娩停止」であると思われます。
「分娩停止」の定義としては、「お産が2時間以上にわたり進まない状態」とされています。
子宮口が開いてきた、赤ちゃんが下りてきたなどといったお産の進行がみられない状況のことですね。
この場合、帝王切開や(促進剤を使っていない場合は)陣痛促進剤を使うなど、何らかの対応策をとることが考慮されます。
さて、我々産婦人科医としては、経産婦さんというのはそれだけでありがたい存在です。
初産婦さんに比べて経産婦さんは分娩がスムーズですし、分娩がスムーズということは合併症もいくらか起きにくくなるのです。
分娩停止のリスクも低いです。
にも関わらず虹子さんが分娩停止になったからには、何か理由があるはず。
よくある分娩停止の原因としては、「児頭骨盤不均衡」(骨盤と赤ちゃんの頭の形がうまくハマらなくて出てこれない)、「回旋異常」(赤ちゃんが出てくる時の姿勢の異常で出にくい)あたりが考えられます。
経産婦である虹子さんの骨盤の形態に異常があるとは考えにくいので、
虹子さんが分娩停止になった理由は「みゆきが非常に大きかった」か「回旋異常」のどちらかでしょう。
私の見立てを先に申し上げますと、「みゆきが非常に大きかった」ことが原因だと考えています。
(なお、回旋異常についてはゴールデンカムイの記事で取り上げています)
みゆきの出生時体重は不明ですが、おそらくかなり大きかったことが予想されます。
出生直後のみゆきを見てみると、助産師さんの体と比較して出生直後の新生児としては相当に大きめです。
というか生後1~2か月くらいの赤ちゃんのサイズ感です。
加えて、虹子さんのお腹は臨月ということを差し引いても大きすぎますね。
仮に私が何の情報も無い状況で虹子さんを見たら「双子かな?」と思うほどです。
妊娠中の体重管理
振り返ると、虹子さんは「体力をつけるため」と朝食にスキヤキ、ウナ丼、ステーキなど、
なかなかハイカロリーな食事をとっています。
そんな虹子さんの体重管理はけっこうズサンだったはず。
こういう管理を指導するのも主治医の仕事のひとつです。
下手したら「妊娠糖尿病」を発症しても不思議ではありません。
ひと昔前までは「妊婦さんはとにかく沢山食べるべき」というのが常識でしたし、
実際に母体の低栄養は赤ちゃんに良くないのですが、
妊婦さんの体重が増えすぎると、それはそれで母体の合併症も増えることが分かってきたため、
妊娠管理上においても1980~1990年頃にかけて「食べ過ぎるのはかえって良くない」という方向にシフトしてきました。
今回のように赤ちゃんが大きくなりすぎることは「児頭骨盤不均衡」のリスクも高めますからね。
虹子さんのお腹の大きさはそのリスクを暗示させます。
帝王切開が経腟分娩に比べて良くないお産というわけでは決してありません。
どちらも立派なお産です。
しかし、「お腹を切る」「子宮を切る」などの行為を伴う帝王切開はリスクが高い手術だということもまた事実。
帝王切開が避けられるなら、避けるに越したことはないのです。
つまりこの虹子さんの主治医は、妊婦さんの体重管理や栄養指導をろくに行っておらず、
その結果分娩停止を起こし、避けられた可能性のある帝王切開をしたということになります。
しかも、陣痛の来ていない人を分娩室に入れるという奇行に興じています。
実際に分娩室や陣痛室でベッドや荷物を整えたり、病床の管理手続きをしてくれるのは助産師さんなので、無駄に助産師さんの手間も増やしています。
たぶんこの主治医は助産師さんからの評判も悪いでしょう。
また、帝王切開というのはリスクの高い手術であり、出血が抑えきれず輸血が必要になったり、子宮を摘出することになったり、最悪命を落としかねないこともあります。
よほどの緊急事態ならともかく、そういったリスクについては本人や家族に入念に話しつつ、帝王切開に臨むべきです。
にも関わらず、それらのリスクを特に説明することもなく「切開しちゃおうかと思いますがよろしいですかあ」の一言のみ。
患者さんの家族への説明としては下の下と言わざるを得ません。
そもそも、この主治医の口から一言も「帝王切開」という言葉が出てきていません。「切開」ってどういう説明の仕方だ。
これまでの経過についても、これから行う医療行為も、それに伴って想定されるリスクも何一つ説明されていません。
患者さんの家族への説明としては下の下のクソのゴミカスと言わざるを得ません。
おまけに病状説明中に喫煙をぶっこいてます。
(これは1990年当時の風潮を考えると仕方ないのですが)
たぶん人当たりの良さと周囲のまともな医師に厄介ごとを投げつける能力だけで問題を起こさずにやってこれたのでしょう。
もし私であれば、この産婦人科には二度と妊婦さんを紹介をしませんが。
まとめ
以上、虹子さんの出産に関する考察でした。
『クッキングパパ』序盤の山場のひとつにして、主人公の長女の誕生という超重要イベントですが、
私は『クッキングパパ』の長期連載としての方向性を決定する出来事でもあったと考えています。
うえやまとち先生はおそらく、連載初期はサザエさん時空として描くことも多少想定していたのではないかと思います。
みゆきが産まれるまで、登場人物たちの時間経過は殆ど描かれていませんでしたからね。
そんな中、みゆきが誕生したことでみゆきの成長を描く必要性が生じ、
兄であるまことも成長させなければならなくなり、兄妹に連動して登場人物全員の時間が動き出しました。
その結果、まことの大学進学や就職、荒岩主任の昇進などのイベントにも繋がったのです。
つまり、みゆきの誕生が以後の作品全体の方向性を大きく決めたと言っても過言ではありません。
そして、この主治医に色々文句は言いましたが、それはあくまでも産婦人科医としての意見。
同時に「細かいことはさておき、結果として皆が幸せならそれでいい」と考える自分もいます。
何度でも言いますが、経腟分娩も帝王切開も立派なお産です。
体への負担やリスクの大小には差がありますが、そこに貴賤はありません。
結果的にみゆきは元気に育ち、虹子さんもバリバリ働いているわけで、
それ以上に望むことなど無いのかもしれません。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
以下、関連記事です。
漫画界クソヤバ産婦人科医四天王の頂点についてはこちらで解説しています。
漫画界最凶最悪の産婦人科医、『美味しんぼ』西浜タエについて考える
もっとぶっ飛んだ料理漫画の考察はこちらです。
『真・中華一番!』脚気を治すチャーハン「奇跡!彗星炒飯」について解説する
産婦人科医やっきーのオリジナルLINEスタンプを発売開始しました!!
日常会話はもちろん、妊娠前・妊娠中・産後の女性にも使いやすい内容となっております。
こちらからダウンロード可能です。
現在、ニュースレター『産婦人科医やっきーの全力解説』を配信中です。
「男女の産み分けってできるの?」「逆子って直せるの?」「マーガリンは体に悪いの?」などの記事を基本無料で公開しておりますので、こちらもお楽しみください。
とあるテレビ番組で昭和のあり得ないけど現実にあった話として、医者が四六時中(患者の前でも)タバコを吸ってたという話があるので作者の体験談をそのまま描写した可能性がありますね…
2人目の出産のとき37週目の検診で子宮口が8センチまで開いているからすく入院してといわれました。
しかし陣痛が無かったので誘発剤を点滴。
しかしなかなか陣痛は起きず。
数時間後にやっと弱い陣痛。
しかし子宮口はそれからほぼ開かず。
でも陣痛はあるから浣腸刺されて無理やり排便してから分娩台に乗せられた。
その間全く食べてない。水の差し入れのみ。
旦那は上の子1歳半の世話のため一旦帰宅。旦那の母に留守番を頼むのに数時間かかる。
ワイはその間ほぼ放置、分娩台の上で。
はっきり言って陣痛より空腹が辛かった。
そしてやっと全開。
しかし破水せず。
そして医者が手を突っ込んで強制破水!
そこからいきんでなんとか経膣分娩。
もう二度と出産なんかしたくねえ。