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『大奥』徳川家定の死因と妊娠高血圧症候群について解説する

やっきー
やっきー

こんにちは!
産婦人科医やっきーです!



本日はよしながふみ先生『大奥』より、妊娠高血圧症候群とHELLP症候群に関する解説をお届けします。

大奥といえば、江戸時代における将軍家の子女・正室・奥女中たちの居住区…

ざっくり言えば将軍の妻や子供、それに仕える人達だけが住む、女性だけの場所ですね。

何せ関連人物の多くが江戸時代の政治を表と裏から動かした人達ばかりですから、

大奥を舞台とした数多くのドラマや映画等の創作物が作られました。

よしながふみ先生の『大奥』もその一つですが、この『大奥』には他と大きく異なる特徴があります。

それは、「疫病により男子が著しく少なくなり、女性が将軍を務め、大奥は男性だけの空間になった」という世界観です。

出典:大奥 1巻

これにより史実における男性は女性として、女性は男性として描かれ(史実通りの性別の人も多いです)、フィクションを多く盛り込みつつも実際の歴史に沿った形で物語が進行していきます。

綿密な時代考証に基づく描写はすごく歴史の勉強にもなるのですが、

何よりとにかく面白い!

江戸時代の庶民・武家・貴族文化を丁寧に描きつつ、前述の世界観により「その後の歴史を知っているのに、展開が予想できない」という最高の仕上がりになっています。

もし私が「無人島に持って行っていくもの」を選ぶなら、この『大奥』は最有力候補の一つですね。

無人島生活を想像して最初に考えることが漫画かよというのはさておき。

さて、本日はそんな『大奥』終盤の重要イベント徳川家定の死について産婦人科医学的に深堀りしてみましょう。



あらすじ

第十三代将軍の徳川家定は、作中では女性となっています。

出典:大奥 13巻

家定は将軍に相応しい器量と美貌を併せ持つ才女でしたが、

それに起因して実父である徳川家慶から性的虐待を受ける、両親から毒を盛られるなど悲惨な出自で、

またその影響で病弱な人間であったため、政治は井伊直弼や阿部正弘らに任せざるを得ない状況でした。

出典:大奥 14巻

家定が将軍に就任したのは1853年、黒船来航の年でした。

将軍となった後、家定は薩摩藩の島津家から正室(夫)を迎え入れます。

彼の名は「島津胤篤」、史実で言うところの「篤姫」であり「天璋院」です。

胤篤は人当たりの良い美男子でありながら、大奥総取締の瀧山にも一杯食わせるなど、したたかさを兼ね備えた人間でもありました。

出典:大奥 14巻

徳川家定は前述の出自が影響して男性に心を開きにくく、気難しい女性でしたが、
胤篤の人となりに触れて徐々に打ち解けていき、家定と胤篤はついに結ばれます。

それから間もなく、家定の懐妊が発覚します。

出典:大奥 14巻

本来であれば将軍に世継ぎが誕生することは喜ばしいことなのですが、家定といえば史実にもあった将軍継嗣問題を忘れてはなりません。

徳川家定に実子は居なかったため、徳川慶福(後の徳川家茂)を推薦する井伊直弼ら一橋慶喜(後の徳川慶喜)を推薦する徳川斉昭らによる激しい後継者争いがありました。

そんな中で家定が世継ぎを身籠ったとなれば、母子ともども両派閥から命を狙われかねない大問題です。

そのため、家定の懐妊はごく少数の人間にしか知らされていませんでした。

出典:大奥 15巻

そんな中でも家定と胤篤は夫婦仲睦まじく過ごしていましたが、

戌の日の帯祝いを前にして家定はぱったりと大奥に来なくなってしまいました。

出典:大奥 15巻

井伊直弼ら、幕閣からの報告は「上様はいつもとお変わりない」の一点張り。

夫の胤篤も大奥総取締の瀧山も、掟により大奥から出ることができないため、家定の様子を伺うことすらできません。

出典:大奥 15巻

そして、胤篤は隠密の中澤を通じて家定の死去を知らされます。

お腹の子供ともども亡くなってしまったという悲しい知らせでした。

出典:大奥 15巻

胤篤は天璋院と名を改め、家定の遺志を伝えるべく大奥に留まり、瀧山らと共に第十四代将軍となった徳川家茂を陰から支えていきます。


そこから時は流れ、徳川慶喜による大政奉還と江戸城の無血開城が行われ、大奥も解散が決定しました。
江戸時代の終焉ですね。

この時に胤篤は、徳川家定の臨終を看取った蘭方医・黒木と直接話をする機会を得ました。

家定の死因は病死ではなく毒殺だったのではないかと心の隅で考えていた胤篤が、
事の真相を知るべく黒木に尋ねると、黒木は家定の臨終について述べました。

出典:大奥 19巻

黒木「私は今でも家定公は御病にてお亡くなりあそばしたと思うておりまする

上様のお顔には黄疸と申しまして 皮膚が黄色に変色する症状が出ておりました

これは肝の臓の働きが悪くなった時に出る症状なのでございますが…

この肝臓の病は流産の恐れが少なくなった

腹の大きな妊婦には時折見られる重い病でございましてな

治療薬も無く症状が出てしまえば最後

我ら医者はもうどうする事もできませぬ」

家定の遺言と臨終の詳細について聞いた胤篤は涙しながら、気持ちの整理をつけ明治の新時代を生きていく決意をしました。

出典:大奥 19巻


徳川家定の死因は?

史実では容姿が悪かったとか、暗愚であったとか、あだ名が「イモ公方」であったとかボロクソな評価をされている徳川家定ですが、この『大奥』における徳川家定像は紛れもない名君です。

しかも、後の史実としっかり整合性のとれる理由が劇中に用意されていることも素晴らしいですね。

もちろんフィクションではありますが、史実と虚構を織り交ぜてここまで説得力のある話を作ることができるのは流石よしながふみ先生であると言わざるを得ません。


さて、産婦人科医学的に考えると、『大奥』における徳川家定の死因は「妊娠高血圧症候群」であったと思われます。

家定の臨終を看取った黒木の言によると、家定は「黄疸」が出ていたとのこと。

黒木も話した通り、黄疸は肝臓の病気により生じるものです。

やっきー
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より正確に言うと、「ビリルビン」という物質が体内に蓄積すると起こります。



「ビリルビン」は、古くなった赤血球が分解される時に生じる老廃物の一種です。

通常は肝臓で処理されて体外に排出されるのですが、肝臓が機能していないとビリルビンが体内にどんどん溜まっていってしまうわけですね。

通常、新生児を除いて黄疸そのものが身体の調子を悪くすることはあまりないのですが、
黄疸ができるということは肝臓の機能が相当に悪くなっていることを表します。

やっきー
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では、なぜ家定の肝機能はそこまで悪くなってしまったのでしょうか?



家定が妊娠中であったこと、服毒のせいで元々病弱であったことを踏まえて考えるならば、その原因は「妊娠高血圧症候群」が「HELLP症候群」にまで進展した状態であったことが予想されます。

などと言われても何のこっちゃ、ですよね。

順を追って説明しましょう。
実際、私も妊娠高血圧の患者さんを診ることはよくあるのですが、この病態の説明はなかなか難しいのです。


妊娠高血圧症候群とは

「妊娠高血圧症候群」は、ひと昔前まで「妊娠中毒症」と呼ばれていました。

やっきー
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一定以上の年代では、こちらの方が馴染みがある名前だという方もいらっしゃると思います。



この妊娠高血圧症候群、人によってはかなり重い病状になりうるのですが、
「なんで高血圧になるの?」「血圧が上がると何が体に悪いの?」という病態が非常に分かりにくいのです。

そのため妊婦さんたちは勿論、産婦人科を勉強する医学生にも「よく聞くけどよく分からない病気」として扱われます。

何を隠そう学生時代の私も、ここの理解はさっぱりぴーでした。


人類の歴史上、「元々何らかの病気を患っていたわけでもないのに、妊娠中になぜか腎臓や肝臓などの体の機能が悪くなる妊婦さん」が一定数居ることは経験的に分かっていました。

そして彼女たちは一様に、出産を終えるとそれらの合併症が自然に改善していきました。

そこで、産婦人科ではこのような妊婦さんを「妊娠が原因で母体に悪い影響を及ぼしているんだ」と解釈し、「妊娠中毒症」と呼ぶようになりました。

次第に、この妊娠中毒症の患者さんの共通点として「血圧の高い妊婦さんが妊娠中毒症になりやすい」ということが分かってきます。

さらに研究が進められ、妊娠中毒症の諸症状は赤ちゃんが原因ではなく、高血圧が軸となって引き起こされていることが判明しました。

そのため、日本では2005年から「妊娠高血圧症候群」と呼ぶようになりました。

原因

次に、妊娠高血圧症候群の原因は何なのでしょうか?

やっきー
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実は、これが未だにはっきり分かっていないのです。



胎盤が作られる過程での異常が原因となっているのではないか、という説が今のところ最有力ではありますが、完全な解明はもう少し先のことでしょう。

分かっていることとしては、母体の血管の中環境悪くなり血管攣縮する(縮こまってしまう)ことが様々な症状を引き起こしているとされています。

どのような血管が攣縮するかによって、症状は多岐にわたります。

子宮の血管 ⇒ 胎児機能不全、胎児発育不全、死産など

腎臓の血管 ⇒ 高血圧、たんぱく尿、腎機能低下など

肝臓の血管 ⇒ HELLP症候群

脳の血管  ⇒ 子癇

このように、赤ちゃんに関しては早産や死産のリスクが上がりますし、
HELLP症候群や子癇は母体の命にも関わるため、産婦人科医としてもできれば起きてほしくない怖い病気なのです。

HELLP症候群については後述しますね。

リスクの高い人

このように原因はよく分かっていませんが、妊娠高血圧症候群を発症しやすくなるリスク因子は統計的に分かっています。

具体的には、喫煙、肥満、初産婦、多胎妊娠、40歳以上の高年妊娠、元々高血圧や腎臓などの病気を持っている場合などですね。

初産婦や高年妊娠など、どうしようもない場合はともかく、禁煙や体重のコントロールは妊婦さんの努力次第です。

これらは妊娠高血圧症候群以外の合併症のリスクも高くなりますから、当てはまる場合は赤ちゃんのためにもぜひ改善していきましょう。

世界レベールのピエロもこのように言っています。

出典:焼きたて!ジャぱん 121話

治療方法

治療方法としては、「高血圧なら血圧を下げる薬を飲めばいいんじゃない?」という考えが思い浮かぶかと思います。

確かに血圧を適切に下げることも重要なのですが、これは一時しのぎにしかなりません。

そもそも血圧が上がっている原因が妊娠していること自体にあるので、根本的な治療は「出産する」こと以外に無いのです。



これを我々産婦人科医は「ターミネーション(妊娠終結)」と呼び、状況や緊急度に応じて帝王切開や分娩誘発などを行います。

出産が済めば、母体の状態は速やかに改善していきます。

ある意味、従来の「妊娠中毒症」=「妊娠が母体の負担になっている」という考え方は、当たらずとも遠からずな発想なのです。

そのため、私も患者さんに説明する時は分かりやすさ優先でこのように話すこともあります。

実際に私の経験上、妊娠高血圧の患者さんは産後1~2週間もすれば血圧や腎機能・肝機能などはかなり改善します。
(人によって出産後2~3日ほどは血圧がさらに上がることもありますが、たいてい一時的です)



『大奥』の描写を振り返る

ここまでが妊娠高血圧症候群に関する予備知識です。長かったですね。

妊娠高血圧症候群のやっかいなところは「逆子」や「早産」のように一言で病態を表せないところにもあるので、このように長々とした説明が必要なのです。

やっきー
やっきー

さて、いよいよ『大奥』徳川家定について説明しましょう。



まず、家定は両親から毒を盛られていた経験がありました。

推測ですが、この服毒によって家定の腎機能は低下していたのではないでしょうか。

出典:大奥 13巻

腎疾患などでもともと腎臓の機能が低い人が妊娠すると、妊娠高血圧症候群を発症しやすくなります。

おそらく、家定は加重型妊娠高血圧腎症と呼ばれるタイプの妊娠高血圧症候群を発症したのでしょう。(この分類は超ややこしいので詳細は省きます)

本来、妊娠高血圧症候群は妊娠20週を超えて発症するものを指します。

帯祝い間近となると妊娠5か月(16週くらい)。

妊娠高血圧症候群と考えるには週数が早すぎる気もしますが、将軍職のストレスや病弱さによって家定の月経周期は大きく狂っていた可能性がありますので、妊娠週数に1か月程度の誤差が生じていたとしても不自然ではありません。

つまり、家定は毒のせいで元々腎機能が悪かったところに妊娠したことで妊娠高血圧症候群を発症し、

そこから急激に腎機能や肝機能が悪化し、HELLP症候群を発症してしまったのでしょう。


HELLP症候群とは

やっきー
やっきー

さて、ここまで何度も登場してきた「HELLP症候群」をついに説明しましょう。



HELLP症候群とは、発症したら「やばい!ヘルプミー!」と叫びたくなる病気、

という意味ではありません。

ヘルプミーの時はHELPです。ちょっとつづりが違います。

HELLP症候群というのは、分かりやすく言うと

Hemolysis(溶血)
Elevated Liver enzyme(肝酵素上昇)
Low Platelet(血小板減少)

をきたす病気で、それぞれの頭文字をとって名前がつけられました。

何一つ分かりやすくなっていませんね。
もっともっと噛み砕きましょう。


上に書いたように、妊娠高血圧症候群が進行すると全身の血管が攣縮(縮まる)します。

中でも肝臓を栄養している血管が攣縮すると、肝臓の機能が落ちてしまうのです。

すると、肝臓の細胞の中にある酵素が漏れ出てしまいます。

これが「肝酵素上昇」と呼ばれる状況です。要するに、肝臓がダメージを受けていることを表しているのですね。

出典:病気がみえるvol.10 産科(第3版)

肝臓の動脈を握りしめられているような状況ですから、お腹が痛くなりますし、吐き気や疲労感なども伴います。

また、肝臓がダメージを受けるほどに血管が攣縮している場合、血管の中の環境も著しく悪くなっている(血管内皮障害)ことが多いです。

すると血液の中の赤血球もダメージを受け、破壊されてしまう(溶血)わけです。

また、血管の中の環境が悪いと、血管の中で血が固まって(血栓形成)しまいます。

出典:病気がみえるvol.10 産科(第3版)

この結果、肝酵素は上昇し、赤血球が溶血し、血小板も消費されるので減少してしまいます。

これら3つの特徴を総合して、「HELLP症候群」と呼ぶわけですね。

これだけ色々なことが起きていると、率直に言って母体の機能はボロボロになっています。

当然、赤ちゃんにとっても非常に負担が強いです。

HELLP症候群を発症した場合の母体の死亡率は約1%、赤ちゃんの死亡率は7~20%程度ですから、ものすごく重い病気だということが分かると思います。

HELLP症候群は多くが27~37週くらいに起こるもので、24週以前に起こることは非常にまれです。

そのため、家定のように戌の日が絡むような時期に起こることは通常ないのですが、

前述のように妊娠週数が不確かなこと元々の腎機能低下が予想されている状況ではあながち不自然とも言い切れないところですね。



まとめ

本日は『大奥』徳川家定から、妊娠高血圧症候群とHELLP症候群について解説しました。

帝王切開や分娩誘発等の手法が確立された現代で上記のような死亡率ですから、江戸時代ならほぼ助かる見込みは無いと思われます。

やっきー
やっきー

しかし、現代には妊婦健診があります。



HELLP症候群は短い期間で突然起こることもあり、完全な予測は難しいものですが、

定期的な妊婦健診を受けていればその手前の段階(妊娠高血圧症候群)で発見することも可能なので、妊婦の皆様は妊婦健診をしっかりと受けましょうね。

鴻鳥先生も言っているように、発症リスクを下げるためのお母さん自身の体重管理・体調管理も重要です。

出典:コウノドリ 35話

そして何度も言いますが、『大奥』は神がかり的に面白い作品です。

江戸時代のほぼ全体(徳川家光~慶喜)を網羅していながらスピーディーかつ劇的に話が進み、歴史を知っているはずなのに展開に予想がつきません。

読後感も非常に爽やかです。

おそらく『寄生獣』『SLAM DUNK』などと並び、100年、200年経っても読み継がれるポテンシャルを持った作品だと思います。

全19巻と、読み応えがありながらほどよく読みやすい巻数なのもポイントですね。

未読の方には是非!読んで頂きたい名作です。

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