こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
突然ですが、『Dr.STONE』と『JIN-仁-』の2作品に共通して登場する「薬」をご存知でしょうか。
『Dr.STONE』『JIN-仁-』はともにメディアミックスが行われた大人気作品にして甲乙つけがたいほどの超名作ですが、
作中にある重要なアイテムが登場するという共通点があります。
それが「抗菌薬」です。
『Dr.STONE』の主人公・石神千空と『JIN-仁-』の主人公・南方仁は、
ともに現代の文明と大きく異なる時代で抗菌薬を生成し、これが作中で大きな活躍をしました。
私は普段、産婦人科医として抗菌薬をしょっちゅう使うわけですが、その作り方までは流石に全く分かりません。
しかし今の世の中、文明が荒廃した世界で目覚めたり江戸時代にタイムスリップしたりする可能性もゼロではないので、
万が一に備えて抗菌薬の作り方を勉強してみようと思います。
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『JIN-仁-』
まずは『JIN-仁-』から。
『JIN-仁-』は、西暦2000年の現代で脳外科医として働く南方仁が1862年の江戸時代にタイムスリップし、
異様に幅広い知識と江戸時代への異様な順応性の高さにより多くの人々を救う物語です。
『JIN-仁-』の詳細なあらすじは以前の記事でも触れていますので、
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
深の章
南方仁が江戸時代で医者として活躍する中で、最初にぶち当たった大きな壁が感染症でした。
彼は吉原遊郭で流行していた不治の病・梅毒の末期患者を診察します。
梅毒は元々アメリカ大陸にしか存在しなかった病気ですが、
1492年にコロンブスがアメリカ大陸に上陸したのをきっかけにわずか20年弱で地球上に広がりました。
梅毒の原因となっているのは「梅毒トレポネーマ」という細菌です。
現代でこそ梅毒の治療法は確立されていますが、江戸時代に梅毒の治療薬はありません。
梅毒治療薬の登場は、1910年にドイツのパウル・エールリヒと日本の秦佐八郎が共同で開発した「サルバルサン」まで待たなければならないのです。
南方先生が飛ばされたのは1862年なので、約50年も後の話です。
さらに言うと、サルバルサンはヒ素を含む薬であり悪心・嘔吐・食欲減退・発熱などの副作用が厳しかったため、
1943年に副作用の少ないペニシリンが実用化されるようになってからはサルバルサンは姿を消しました。
目の前に梅毒で苦しんでいる人が居て、その治療法も知っているにも関わらず、
この時代には治療薬がないため南方先生には手も足も出ず、苦い思いをすることになりました。
ペニシリン
南方先生は己の無力感に打ちひしがれつつ、医大生時代の友人との会話を思い出していました。
南方先生は学生時代、青カビからペニシリンを抽出して飲ませた漫画の話を友人にしました。
おそらく…というか、どう考えても『ブッダ』でアッサジの感染症を治したシーンのことを言っていますね。
確かにブッダ(シッダルタ)は青カビを食べさせています。
さて、先ほどから頻繁に青カビが登場しています。
これは何故かというと、世界初の抗生物質「ペニシリン」は青カビから抽出した薬なので、
『ブッダ』で青カビを食べさせているのはその知識からきているのでしょう。
しかし杉本(南方先生の友人)が言う通り、ペニシリンは飲み薬ではありません。
ペニシリンを経口摂取した場合、全く吸収されないわけではないのですが(3分の1くらいは吸収されるようです)、
胃酸が「βラクタム環」というペニシリンの心臓部を分解してしまうことと食事の影響を強く受けるため効果がメチャクチャ不安定です。
要するに、注射薬でなければまともに使えません。
精製していない青カビを食べることに至っては、ペニシリン含有量が少なすぎて全く薬効が得られないでしょう。
よって感染症に対し青カビを食べさせるのは意味がないばかりか、「過敏性肺炎」というアレルギーによる肺炎を起こす可能性がありますし、
最悪の場合「マイコトキシン」という強い毒性成分を取り込んでしまう可能性もあります。
とはいえ、おそらく『ブッダ』を描いた手塚治虫先生はこんなことは百も承知で描かれているとは思います。
物語上の都合次第では源平合戦の話に電話を出すことも厭わない先生ですし。
『JIN-仁-』の話に戻りましょう。
南方先生の別の友人・友光は、杉本の話に同調しつつもペニシリン製造法に興味を持ち、
「まあ ちょっと研究してみるよ」と話しました。
それから数週間、友光は工業の無い時代におけるペニシリンの製造法を考え、
レポートにしたためて南方先生たちに見せました。
普通に考えて友光は医学生として異様に優秀ですが、
考えてみれば南方先生もありあわせの道具だけで急性硬膜外血腫を手術したりエーテル麻酔のかけ方を暗記していたり、
どう考えても脳外科医が普段接する機会が無いであろう深指屈筋腱の縫合術や帝王切開を完遂している変態レベルの名医なので、
そんな南方先生の学友がめちゃくちゃ優秀なのも頷けます。
ペニシリンの製造法
というわけで、友光が考案して南方先生が実践した江戸時代におけるペニシリンの製造法を見ていきましょう。
ちなみにこの製造法は北里大学の抗感染症薬研究センター長であった花木秀明先生が監修されているので、
びっくりするくらい丁寧かつ理にかなっています。
まずは青カビを大量に用意するところからです。
青カビにとってはせっかく住み心地の良い場所に住み始めたのに他の菌がやってくると自分が繁殖するのに邪魔なので、「他の菌をぜんぶ殺す成分」を分泌しています。これがペニシリンの正体です。
次に、米のとぎ汁・芋の煮汁を混ぜた培地溶液で青カビを培養します。
色々なところから採集してきた青カビをさらに増やすわけですね。
で、欲しいのは青カビ自体ではなくて青カビくんが分泌したペニシリンなので、綿をつめた漏斗で濾過。
ここで青カビくん本体とはお別れです。
青カビが分泌した様々な成分(ペニシリンを含む)が全部混ざった汁が出来上がるので、
ここからペニシリンだけを取り出したいわけです。
そこで菜種油を注いで攪拌し、水に溶ける成分と油に溶ける成分に分離させます。
ペニシリンは水に溶ける薬なので、水の部分だけを取り出します。油の部分は捨てます。
とはいえこの時点でも無駄な水分(最初に用意した米のとぎ汁と芋の煮汁)が多すぎて精製の邪魔なので、砕いた活性炭に有効成分だけを吸着させます。
ペニシリン(や他の成分)を吸着した活性炭に蒸留水を注いで洗浄した後、
酸性水(酢)を注いでアルカリ性の成分を活性炭から溶出させます。
(ペニシリンのpHは5.0~7.5なので酸性~中性であり、酸性の水には溶けません)
その後、アルカリ性の液(海藻の煮汁)を活性炭に通し、酸性物質のペニシリンを少しずつ溶かします。
これを分画して、最もよくペニシリンが溶けた液を選ぶわけですね。
これによってペニシリンを手に入れることができるのです。
南方先生も自問している通り、ペニシリンはそれまで人類が太刀打ちできなかった細菌感染症を治療する画期的すぎる治療薬であり、歴史を変えた薬のひとつです。
こんなもんを史実から60年以上も先取りして作ったら歴史が大混乱することは確実です。
例えるなら1930年代にインターネットが普及するようなものですね。
ペニシリンを初めとする抗菌薬は感染症の治療だけでなく手術時の感染予防にもきわめて有用なので、
江戸時代で医師をする南方先生にとって無くてはならない存在と言えます。
ちなみにその後、濾紙クロマトグラフィーやペニシリンの産生度が高い青カビの培養、高濃度アルコールによる結晶化などの手法によりどんどんペニシリンの製造レベルは上昇していきます。
どうでもいいけどこれ考えた友光は優秀すぎない?
研究者になったらメチャクチャ凄い発明ができるんじゃない?
『Dr.STONE』
続いては『Dr.STONE』です。
ご存知でない方のためにあらすじを簡単に説明すると、『Dr.STONE』の物語は突然発生した謎の光により世界中の全人類が石化してしまったことから始まります。
人類の石化から3700年が経過して文明が完全に滅んだ頃、主人公の石神千空と相棒の大木大樹が石化から目覚めます。
常軌を逸した科学力を持つ頭脳担当の千空と、尋常ではない体力・筋力を持つ労働力担当の大樹のペアにより、
石の世界で少しずつ文明が作られていきます。
千空の奇想天外な発想力とそれを可能にする高い科学知識により、
製鉄を行い、発電をして、携帯電話やGPSを作るなど、文明崩壊後ではとても手に入れようのない物を次々に実現させていきます。
「友情」「努力」「勝利」を何よりも体現しつつテンポの良いストーリー展開は随一で、
令和の週刊少年ジャンプを代表すると言っても何ら過言ではない面白さを誇ります。
あと出てくる女の子たちがめっぽう可愛い。
コハクが可愛い。
ルリが可愛い。
連載初期の微妙に変な口調だった杠は最高と言わざるを得ない。
STONE WORLD THE BEGINNING
さて、千空は第一部「STONE WORLD THE BEGINNING」にて人類のわずかな生き残りによる集落の住民たちと邂逅しますが、
村長の娘・ルリは肺炎を患っており、いつまで体がもつか分からない状況でした。
千空はルリの肺炎を治療するために抗菌薬を作ることを決意します。
具体的な薬剤として、千空はペニシリンとサルファ剤を挙げました。
そして、千空が提示したサルファ剤に至るまでのロードマップがこちらです。
このサルファ剤こそが石の世界で千空が最初に作った、大掛かりな化学薬品でした。
ここで得た副産物がさらなる科学の発展に役立っていったため、『Dr.STONE』第一部における最重要アイテムだと言っても過言ではありません。
というわけで、このサルファ剤作りを検証してみましょう。
サルファ剤
サルファ剤を一言で説明するならば、ペニシリンと超絶デッドヒートを繰り広げた抗菌薬です。
「細菌学の父」と呼ばれるドイツのロベルト・コッホ先生が19世紀末に炭疽菌・結核菌などの病原菌を発見したことをきっかけに、
「今まで悪さをしてたのは細菌だったのか!」「じゃあ細菌を殺せる薬を作れないのか?」という要望が世界中で上がりました。
前述の梅毒は1910年にサルバルサンが作られましたが、何にでも効くわけではありません。ていうかほとんど梅毒にしか効きません。(厳密にはスピロヘータのみ)
そんな感じで「この薬はこの菌にだけ効く」という抗菌薬がいくつか開発されていた中、
1935年にドイツのドーマク先生が幅広い細菌に対して有効な「抗菌薬」を開発しました。
これこそが「サルファ剤」です。
サルファ剤は第二次世界大戦で多くの兵士の命を救い、特に当時のイギリス首相・チャーチルを肺炎から救ったことで世界的にも注目を浴びました。
当時、これでもう人類は細菌感染症に悩まなくて済む!と思われていました。
この潮目が変わったのはペニシリンの存在です。
サルファ剤の発明からほんのちょっと前、イギリスのフレミング先生が1928年に青カビからペニシリンを発見していました。
しかし、ペニシリンは化学合成だけで生産できるサルファ剤と異なり、
青カビからうまく成分を抽出するというところが大変でしたし、生産工程が生きもの頼りなので安定供給が難しいという点もハードルになりました。
これらの苦難を乗り越えてペニシリンが実用化に至ったのは、発見から16年が経った1944年でした。
ちなみにペニシリンの工業生産に大いに貢献したのがどこからともなくカビの生えた食べ物を大量に研究所に運んでくることに定評のあった一般人の主婦・メアリーさんだったという逸話があります。
(当時の研究チームは青カビが欲しすぎてカビの生えた食べ物をがんがん買い取っていました)
1950年頃になり、サルファ剤には2つの大きな欠点があることが問題視されます。
1つ目が「耐性菌ができやすい」こと。
耐性菌とは特定の抗菌薬が効きにくくなってしまったスーパー細菌みたいな感じです。医療者側からするとめっぽう厄介な奴らです。
サルファ剤は様々な菌に有効でしたが、第二次世界大戦で使われすぎてサルファ剤に対する耐性菌も増えまくりました。
そもそも当時は誰でも自由に買える薬だったので、「ちょっと体調悪いから」で買う人も多かったといいます。これも耐性菌が増えまくる原因になったようですね。
サルファ剤の欠点の2つ目が「副作用が起こりやすい」こと。
薬剤が原因で起こる皮膚の発疹「薬疹」が他の薬剤よりも高頻度で発生し、特に薬疹の中でも重篤な「スティーヴンス・ジョンソン症候群」が起きやすいという無視できないデメリットがありました。
悪心・嘔吐といった消化器症状や、神経症状、血球減少なども目立ちました。
こういったサルファ剤のデメリットが明らかになるにつれ、副作用が少なくて安全性の高いペニシリンの使いやすさが際立っていったのです。
千空が「ペニシリンが便利すぎて歴史の影に消えた」と言っているのはそういうわけです。
ただしサルファ剤も捨てたものではなく、別の作用の抗菌薬「トリメトプリル」と組み合わせることで抗菌作用を高めつつ副作用も少なくした「ST合剤」(バクタ®など)として、
現在でもメインストリームとまでは行かないまでも感染症治療における一定の地位を保ち続けています。
あともう1つの大事なメリットとして、サルファ剤(とそれを使ったST合剤)は飲み薬としても吸収効率がめちゃくちゃ良いのです。
これはペニシリンには無いメリットです。(ペニシリンはそのままでは飲み薬にできません)
千空はペニシリンについて「超ラッキーに期待する運ゲーだ」と言っていましたが、実際のところ注射器がないとペニシリンは使えないので、そういう意味でもサルファ剤を選んだのは妥当なところだと思います。
さりげないながらも、しっかり医学に沿った描写が光りますね。
(ペニシリン作っちゃったら『JIN-仁』と同じ展開になってしまう、という漫画的事情もあると思いますが)
サルファ剤の合成
それでは、サルファ剤の合成手順を見ていきましょう。
先程の図をもう一度チェックします。
さて。
サルファ剤、つまりスルファニルアミドの最終的なゴール地点はこれです。
ベンゼン環に対してNH2(アミノ基)がついた「アニリン(アミノベンゼン)」の4位にスルホンアミド基がついた構造をしています。
このへんから高校化学くらいの知識が必要になってきますが、化学をやっていないorやってたけど忘れた方は読み飛ばしながら雰囲気だけ掴めればOKです。
というか化学好きな方以外は100億%興味ないと思うので読み飛ばし推奨です。
では順番にいきましょう。
・石炭からのアニリン抽出
まずはここの部分から。
青い染料として使われてきた「インディゴ」(ジーンズを青く染めるのに使う)を熱することで発見された物質がアニリンです。
我々産婦人科医や泌尿器科医の先生からすると「インジゴカルミン」の青と同じだと思えば分かりやすいはず。
その後、石炭の残りカスであるコールタールからアニリンを抽出する手法が発見されました。
コールタールはナフタレン、ベンゼン、フェノールなどのアニリン以外の芳香族化合物を多く含みます。これらは基本的にあまり水に溶けません。
その中でアニリンはアミノ基であり塩基性を示すため、塩酸で洗えば(アニリン塩酸塩)水に溶けやすくなりますね。
実際の手順としては、「塩酸で洗う(アニリン塩酸塩を作る)」⇒「水溶成分だけを取り出す(アニリン塩酸塩以外の芳香族化合物を捨てる)」⇒「酢酸エチルをぶっかける(有機溶剤でアニリンを抽出する)」といった感じでしょう。
さらっと登場した酢酸エチルは酢とアルコールを濃硫酸で縮合させて作ったのかな?たぶん。
・無水酢酸
続いてこちら。(読み飛ばし推奨)
焼いた貝に酢をかけるという状況ですが、貝(炭酸カルシウム、CaCO3)を焼いてCO2を追い出すと酸化カルシウム(CaO)ができます。
そこに酢をかけると、酢の中にある水(H2O)と反応して水酸化カルシウム(Ca(OH)2)ができた後、
これが酢酸(C3COOH)と反応して酢酸カルシウム((CH3COO)2Ca)になります。
酢酸カルシウム((CH3COO)2Ca)に硫酸(H2SO4)を反応させると純粋な酢酸(氷酢酸、CH3COOH)と硫酸カルシウム(CaSO4)になります。
硫酸カルシウムは水にほとんど溶けないため、これを取り除きます。
氷酢酸(CH3COOH)を鉄パイプで熱することで水(H2O)を追い出し、ケテン(CH2CO)にします。
ケテンは酢酸のカルボキシ基と強力に反応して無水酢酸((CH3CO)2O)を生成します。
・アセトアニリド
上の工程で無水酢酸を作ったらアニリンと反応させてアセトアニリドを作ります。
上記のアニリンを無水酢酸でアセチル化するわけですね。
この反応の副産物として酢酸ができるわけですが、この酢酸にまだ無水酢酸と反応していないアニリンがくっつくと、
酸塩基反応を起こして爆発する…ほどかはちょっと分かりませんが、少なくとも高熱を発します。(千空はよほど大量にブチ込んだのでしょう)
・クロロ硫酸
劇中では特に説明なくアセトアニリドにクロロ硫酸(塩化スルホン酸、HSO3Cl)を混ぜています。
ではこのクロロ硫酸はどこから調達してきたのかというと、ロードマップを見る限り硫酸水素ナトリウムと塩酸から合成している模様。
まずは水酸化ナトリウム(NaOH)と硫酸(H2SO4)を等モルで混ぜて作った硫酸水素ナトリウム(NaHSO4)を用意し、
硫酸水素ナトリウム(NaHSO4)に高熱を加えて脱水(Na2S2O7+H2O)し、さらに熱を加えて熱分解させると三酸化硫黄(SO3+Na2SO4)ができます。
この三酸化硫黄(SO3)に塩酸(HCl)を加えるとクロロ硫酸(HSO3Cl)が完成します。
・p-アミノベンゼンスルホン酸塩酸塩
まだまだ化学反応を続けます。
上の工程でさらっと用意したクロロ硫酸(HSO3Cl)とアセトアニリドを混ぜるとp-アセトアミノゼンベンクロロスルホン酸になります。
これにアンモニア(NH3)を反応させるとp-アセトアミノベンゼンスルホン酸アミドが出来上がります。
これを塩酸(HCl)で煮込むと、CH3CO(アセチル基)が吹っ飛んだ上でNH2(アミノ基)と反応し、p-アミノベンゼンスルホン酸塩酸塩に仕上がります。
・スルファニルアミド(サルファ剤)
こうして作ったp-アミノベンゼンスルホン酸塩酸塩を、炭酸水(H2CO3)と水酸化ナトリウム(NaOH)から作った重曹(NaHCO3)で洗うと…
アミノ塩酸塩(NH3Cl)が塩基性の重曹で洗い流され、アミノ基(NH2)になります。
これでスルファニルアミド、すなわちサルファ剤の爆誕となります。唆るぜこれは…!
とにかくこれで、石の世界で細菌感染症を起こしても対抗手段になり得ます。
南方先生のような名医を目指す医師の皆様はこのサルファ剤の合成手順をぜひ覚えておきましょう。
私は無理です。
ルリの肺炎
千空は完成したサルファ剤をルリに飲ませました。
それにしても、サルファ剤を飲むルリは最高に唆るじゃねえか。
というのは置いといて、千空は再三「抗生物質」と言っていますが、
「抗生物質」は厳密には微生物が生産する物質(ペニシリンなど)を指すため、
微生物由来ではないサルファ剤は「抗生物質」ではなく「抗菌薬」と呼ぶのが正しいです。
…が、医療従事者以外は「抗生物質」の認識で良いと思います。
私も患者さんに説明する時、そっちの方が伝わりやすいので微生物由来の抗菌薬でなくても「抗生物質」とあえて言ったりします。
ルリの疾患が肺炎であることをほぼ確信していた千空でしたが、
それでも菌の種類によっては全く効かない可能性があることも認識していました。
特に結核菌であれば太刀打ちする術はない、と語ります。
結核というと昔の病気のイメージがあるかもしれませんが、
実際のところ結核菌は日本の多湿な環境を好む菌であるため現在でも先進国の中ではかなり多い方です。
日本では毎年1万人以上が感染し、約2000人の方が命を落としています。
それでも日本はまだかなりマシな部類で、適切な医療を受けにくい新興国(アフリカ、インド、北朝鮮など)では未だにメチャクチャ猛威を振るっています。
その死者数は毎年で100万人以上であり、紀元前の時代から「最悪の感染症」の1つとして常に存在し続けています。
結核菌の厄介なところは、数ある細菌の中でもトップクラスに抗菌薬が効きにくいという性質にあります。
そもそも菌の細胞の壁がメチャクチャ分厚い構造をしていて薬が届きにくい上、
やたらと抗菌薬に対する耐性を獲得しまくるという鉄壁の守りを固めています。
そのため、結核の最もスタンダードな治療法は4種類の薬を毎日2か月飲み続け、
その後も2~3種類の薬を毎日4か月飲み続けるというかなり根気強い内容になってきます。
少しでも飲み忘れると耐性菌が爆誕してしまう恐れがあるため、なかなか気が抜けません。
では、結核以外の肺炎の可能性はどうでしょうか。
現代の医療において、肺炎をざっくり2つに分けると「市中肺炎」と「院内肺炎」に分類できます。
市中肺炎とは普通に家で日常生活を送っている方に発症する肺炎で、
院内肺炎は何らかの理由で(長期に)入院している、全身状態の悪い患者さんに発症する肺炎です。
結論だけ述べると、院内肺炎を起こす菌は厄介な奴らが多いです。
ルリは病歴からいって市中肺炎に分類してよさそうですね。
さらに、市中肺炎は原因となっている細菌の種類に応じて「細菌性肺炎」と「非定型肺炎」の2種類に分類できます。
これまたざっくり言って、千空が作ったサルファ剤は細菌性肺炎の方にしか効きません。(例外もいっぱいあります)
そんな細菌性肺炎の中で最も多い原因菌が肺炎球菌です。別名「肺炎レンサ球菌」です。
肺炎球菌であればサルファ剤の効果が望めます。
なお、細菌性肺炎と非定型肺炎を病歴や症状から鑑別する手段もあるのですが、
ルリは経過が慢性的すぎるのでこの鑑別法を当てはめられるかはちょっと微妙なところ。
肺炎球菌の形質転換
千空がサルファ剤を投与した後、ルリの病状は一時的に増悪しました。
これを見た千空は「『肺炎レンサ球菌』様のスペシャル技だ」と言い、サルファ剤に効果があることを確信します。
これが一体どういうことなのか、解説しましょう。
肺炎球菌には病原性を持つ「S型菌」と病原性を持たない「R型菌」の2種類が存在します。
肺炎球菌そのものはどこにでも居る菌で、成人の5~10%ほどが保菌していると言われていますが、悪さをしているのは「S型菌」の方です。
このS型菌はひとたび瀕死に陥ると、周囲にR型菌が居た時に無毒なはずのR型菌に病原性を付与する「形質転換」という性質を持っていることが知られています。
千空が言う「スペシャル技」とは、この「形質転換」のことだと思われます。
…しかし、S型菌に効果がある抗菌薬はR型菌にも同様に効果があるはずであり、通常の肺炎球菌治療で形質転換を意識することはありません。
形質転換を意識するのは煮沸などで殺菌したS型菌と殺菌していないR型菌を同時にマウスに植え付けてR型菌に病原性を確認したなどの実験室レベルでの話であり、実臨床ではまず起きえない話です。
サルファ剤投与により形質転換が起こるかどうかは色々と文献をあたっても見つかりませんでしたし、たぶん起こらないと思いますが、
(もし起こるとすれば)サルファ剤投与後に一時的にルリの病状が悪化した現象は形質転換を表しているというわけですね。
仕組み上、たぶん起こらないよね…?
まとめ
というわけで、『Dr.STONE』『JIN-仁-』に学ぶ抗菌薬の作り方でした。
ここで一番大事なことをお伝えしておきたいのですが私もルリを聴診したい。背中からというのがまた良い。
そんなわけで、この記事の知識さえ覚えていれば江戸時代にタイムスリップしても文明が荒廃した世界で目覚めても細菌とそれなりに戦えるってなもんです。
こんな複雑な作業工程を暗記できるならな!!!
以下、関連記事です。
前回の『JIN-仁-』の考察記事はこちらです。
梅毒の考察は以前にも行っています。
勝手に兄弟喧嘩をして勝手に肺炎になった人がいましたね。
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現在、ニュースレター『産婦人科医やっきーの全力解説』を配信中です。
「男女の産み分けってできるの?」「逆子って直せるの?」「マーガリンは体に悪いの?」などの記事を基本無料で公開しておりますので、こちらもお楽しみください。
1年ほど前の記事についての質問ですみません。
僕は中学2年生で、今学校内の科学部でペニシリンの抽出をやっております。ところが中々抽出が上手くいかず、余り菌に対しても効果がない様に思います。そこでこの漫画JINにある方法よりもペニシリンの純度を上げる方法をもし知っているのであればご指導ご鞭撻の程宜しくお願い致します。
また、他の抗生物質の作り方、抽出方法についてもも教えて頂けると幸いです。