こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
本日の【漫画描写で学ぶ産婦人科】はこちら。
尾花美穂先生『こどものおもちゃ』より、倉田紗南の出生に関するエピソードと、
鈴ノ木ユウ先生『コウノドリ』より、矢野夏希の出産に関するエピソードです。
この2作では、妊婦健診をせずに出産をした、いわゆる「未受診妊婦」が扱われています。
本日はこの未受診妊婦について解説しましょう。
『こどものおもちゃ』倉田紗南
『こどものおもちゃ』は1990年代を代表する少女漫画のひとつで、
扱っているテーマは非常に重いにも関わらず、魅力的なキャラクターたちの軽妙なやり取りがそれを全く感じさせない、名作中の名作です。
そんな『こどものおもちゃ』の主人公、倉田紗南(くらた サナ)は小学6年生の女の子で、
子役タレントとしてバラエティに出演する傍ら、高い演技力を買われ女優としても活躍する有名人です。
そんなサナの母親は、人気作家の倉田実紗子(くらた みさこ)です。
この母娘には一つの秘密がありました。
それは、実際は二人には血のつながりが無く、サナは美紗子が公園のベンチで拾った子供だということです。
サナは幼少期にこの事実を聞かされていましたが、
実紗子の「ある目的」のために、世間に対しては劇中まで秘匿され続けていました。
そして、この事実がついに世間に公表された後、サナを産んだ母親が発見されました。
彼女は坂井佳子(さかい けいこ)。
叔父と恋に落ちた末にサナを妊娠し、中絶することを考える余裕すら無いほどに混乱してしまい、14歳の時に誰にも明かせないまま自宅の浴室で出産したことを告白します。
その後、産まれてしまったサナを育てることもできず、公園のベンチに置き去りにしました。
一方この時、実紗子は20歳にして自らの不妊症が原因で離婚をしていました。
そんな矢先に、偶然通りがかりに捨てられたサナを見つけ、育てることになったというわけです。
…はい、文面だけ読んでみるとものすごく重い話ですね。
しかし、ここが『こどものおもちゃ』のバランス感覚の優れているところで、漫画で読んでいると全く重さを感じないのです。
実紗子の「目的」や、サナ達のその後については本作をお読み頂ければと思います。
『コウノドリ』矢野夏希
次にご紹介するのは『コウノドリ』です。
産婦人科医の鴻鳥サクラ先生を主人公としたドラマチックな日常診療を描く、言わずと知れた名作ですね。
『コウノドリ』の描写は産婦人科医から見ても徹底的にリアルで、
全編を通じて医学的にもツッコミを入れる余地がほぼありません。
そんな『コウノドリ』の第1話は、飛び込み分娩の症例から始まります。
聖ペルソナ総合医療センター(なんちゅう名前だ)で好物のカップ焼きそばを楽しむ鴻鳥先生のもとに、救急隊から一本の電話が入ります。
それは、未受診妊婦の搬送依頼でした。
即座に鴻鳥先生とスタッフは受け入れ体制を整えました。
未受診妊婦の矢野夏希が病院に到着した時、既に分娩は相当に進行していました。
出産自体は無事に済みますが、その後矢野さんは病室を抜け出して失踪しようとします。
しかしその現場を鴻鳥先生が発見し、事なきを得ます。
この病院の警備員は何やってんだ、というのは気になるところですが、
ともかく鴻鳥先生は矢野さんを連れ戻し、ソーシャルワーカーと一緒に事情を聞きます。
要約すると、未受診だった理由は「お金が無かったから」とのこと。
鴻鳥先生はピシャリと「それは理由になりません」「お腹の赤ちゃんを虐待していたと同じこと」とたしなめます。
このあと矢野さんと赤ちゃんがどうなっていくのか、その顛末が描かれることはありませんが、似た境遇で育った鴻鳥先生は赤ちゃんに「負けるなよ」と声をかけ、第1話は終了します。
未受診妊婦について
それでは、坂井佳子(サナの産みの親)と矢野夏希の出産エピソードについて産婦人科医の視点で考えてみましょう。
二人のように、「出産まで全く医療機関を受診していない妊婦さん」を産婦人科では「未受診妊婦」と呼びます。
特に、未受診妊婦が出産直前の状態で病院に来て、すぐに出産する症例は「飛び込み分娩」などと呼ばれます。
この飛び込み分娩、私も時々診ることがあるのですが、鴻鳥先生が話しているようにできれば診たくありません。
(もちろん、命の誕生は素晴らしいものだという大前提の上で、です)
なぜなら、未受診妊婦はあらゆる点でリスクが高いからです。
まず、未受診妊婦は「早産率」「低出生体重児分娩頻度」「新生児仮死率」「NICU収容率」「周産期死亡率」「常位胎盤早期剥離などの発症率」が明らかに高いことが過去の統計から分かっています。
それに、通常なら妊娠中に調べるはずの母体の感染症検査もできていないわけですから、
母体や赤ちゃんがどんな感染症を持っているかも分からないのです。
これは、母体や赤ちゃんの状態にかかわる重要な問題でもありますが、我々医療者にとっても大きな問題です。
例えば、母体がHIV(エイズウイルス)に感染している場合、出産時の対応をひとつ間違えば産婦人科医や助産師に感染しかねません。
病院にとっても、これだけリスクを抱えた出産をしたにも関わらず、受診料や入院費などが払われないこともよくあります。
このように、どの角度から見ても未受診妊婦はリスクが高いのです。
とはいえ、妊婦さん達の立場からすれば、受診できない相応の理由がある場合も多く、一方的に責めるわけにもいきません。
大阪府では未受診妊婦に関する調査を平成21年から続けており、報告書によると未受診妊婦の背景として「経済的理由」が最も多いようです。
また、10代の未受診妊婦は「妊娠の事実の受容困難」が多いようです。
まさに今回の2つのエピソードの状況そのものですね。
(出典:未受診や飛込みによる出産等実態調査 令和2年調査結果について)
赤ちゃんを放置するということ
ここまで未受診妊婦についてお話ししてきましたが、サナの症例はよくある未受診妊婦と少し異なりますね。
サナは自宅で産まれたあと、公園に放置されたわけです。
未受診のまま自宅などで自力で出産するパターンは確かに実際にもあるのですが、そのまま放置して赤ちゃんを死なせてしまうことが珍しくないのです。このような事件が時々ニュースになることもありますね。
当然、赤ちゃんを放置して死なせることは「保護責任者遺棄致死罪」という歴とした犯罪です。
また、このように育てられない赤ちゃんを匿名で託すことができる「赤ちゃんポスト」が設置された施設もあり、2022年6月現在、日本では熊本県と北海道の2か所が存在します。
サナの症例は状況的に「赤ちゃんポスト」を使った場合に近いと考えられます。
命があるだけまだマシと言える状況ですが、母体から情報が得られないので、やはり医学的にはリスクが高いですね。
母体の採血をして感染症の有無を判断したり、母体の最終月経日を聞いて赤ちゃんの在胎週数(何週で出産になったか)を推定することもできないので、赤ちゃんからできる限りの情報を得るしかありません。
ちなみに、小児科的には在胎週数はすごく重要な情報なので、「New Ballardスコア」という評価方法を使って赤ちゃんの在胎週数を推定します。
とはいえ、これも±2週間くらいの誤差は出るものですし、赤ちゃんからは得られない情報は他にも沢山ありますので、やはりきちんと妊婦健診を受けるに越したことはありません。
まとめ
未受診妊婦について扱った2つの漫画描写に関する考察、いかがでしたか?
大阪府の調査でも分かるように、未受診妊婦の理由の多くは「経済的理由」です。
しかし、『コウノドリ』のソーシャルワーカーが話すように、お金がなくとも母子手帳を貰えば無料で妊婦健診は受けられますし、出産費用を肩代わりする制度もあります。
赤ちゃんと母体の安全のため、妊婦健診はきちんと受けて頂きたいですね。
さて、この記事で紹介した『こどものおもちゃ』『コウノドリ』は本当にお勧めできる作品です。
『コウノドリ』は医学描写が実に細やかで、ドラマ性も高く「生命とは何か」「出産とは何か」を考えさせられる名作です。
お子様がいらっしゃる方や出産を控えたご夫婦には強くお勧めできます。
ちなみに今回取り上げた「矢野夏希」のフルネームは原作には出てこず、その後ドラマ化された際に設定されたものです。ドラマの完成度も非常に高かったですね。
『こどものおもちゃ』は少女漫画界で最高峰の名作です。
前述したように扱うテーマこそ重いのですが、「子どもの視点から見た世界」の描写が抜群に上手く、漫画の上では実に軽快に話が進んでいきます。
読んでいてストレスを感じるどころか、テーマの重さがちょっとしたスパイスにすら思えるほどです。
私が人生で読んできた漫画(おそらく1000作以上あると思います)を名作から順番に並べたとして、確実にトップ10に入るレベルです。
個人的には子どものうちにこそ読むべき漫画です。
お子様がいらっしゃる方は是非読ませてあげて欲しいですね。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
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