こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
突然ですが、漫画を読んでいると「よく出てくるシーン」ってありますよね。
私が今気になっているのはこういうシーンです。
深手を負ったので…
焼いて塞いだ!
腕を切られたので…
傷を焼く!
血が止まらないので…
傷を焼く!
血が止まんない…
焼くしかない!
といった感じで、出血を伴う外傷を受けたキャラクターが焼いて急場を凌ぐ描写がよくあります。
そしてこういう描写を見るたび、私は疑問に思っていました。
これ実際に意味あるの?
私は医者をやって10年ほど経ちますが怪我をした患者さんの傷を火で焙ったり焼きゴテを当てたりした経験はございませんし、見たこともありません。
しかし漫画の世界では超頻出の描写です。
ならば真剣に考えてみようじゃありませんか。
ということで、本日はこの傷を焼く描写について考えていきたいのですが…
菊之丞も冨岡義勇もヘイヤさんもいつの間にかピンピンしてるので考察のしようがありません。
そんな中において受傷の内容や処置後の経過がそれなりに詳しく描かれており、
なおかつ火の扱いのプロとも言うべき『鋼の錬金術師』ロイ・マスタング大佐の「焼いて塞いだ」について考えてみましょう。
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問題のシーンの振り返り
まずは問題のシーンを振り返っていきましょう。
マスタング大佐、アルフォンス、ホークアイ中尉、ハボック少尉、バリー・ザ・チョッパーは第三研究所に敵陣営の手がかりがあることを突き止めます。
第三研究所には鍵のかかった怪しげな地下通路がありました。
先走るバリーを追い、マスタング・ハボック組、アルフォンス・ホークアイ組の2手に分かれて地下通路を探ります。
そんなマスタング・ハボック組に忍び寄ったのはホムンクルス陣営の最重要キャラクターの1人にして、
ハボックのガールフレンドであったはずのソラリス改めボイン人造人間のラストでした。
敵陣営にとってもマスタングには一定の利用価値があるものの、
マスタングらが足を踏み入れたのは敵本拠地のほぼ中枢であり、
ラストとしてはここまで見られたからには抹殺するしかないという状況です。
マスタングは火炎を自在に操る「焔の錬金術」を得意とする武闘派の錬金術師ですが、
ラストは自身の「最強の矛」(指先を鋭利にし、自在に伸ばして刺傷する)と不老不死に近い再生能力を駆使してハボックとマスタングの不意をつき、
それぞれ胴体に2本ずつの傷を与えました。
意識を失ったハボック、出血して倒れたマスタングを尻目に、
ラストはその場を立ち去りました。
ラストはそのままアルフォンス・ホークアイ組を襲撃します。
マスタングが死んだと聞かされて戦意を喪失したホークアイと、ラストの「最強の矛」に防戦一方のアルフォンス。
絶体絶命のピンチでしたが、そこ現れたのは深手を負ったはずのマスタングでした。
得意の「焔の錬金術」を使い、ラストに奇襲をかけました。
「あの傷と出血でどうやって!!」と投げかけたラストに対し、
マスタングは「焼いて塞いだ!!」「二 三度 気絶しかけたがな……!!」と返します。
そのままマスタングは「焔の錬金術」による攻撃を絶やさず、ついにラストを撃破。
ホムンクルス陣営に初めて勝利することとなりました。
焼いて塞いだ
というわけで、マスタング大佐の「焼いて塞いだ」について考察していきます。
まずは「マスタングがどういう傷を負っているのか」から考えていきましょう。
マスタングの刺創
マスタングが受けた傷は左の脇腹に2本です。
さすが軍人なだけあって見事なシックスパックなので位置関係も分かりやすいですね。
2本とも腹直筋と外腹斜筋の境目あたりで、かつ腹直筋の腱画あたりの高さに見えます。
あとは臍の位置さえ分かればさらに傷の場所が絞れるのですが、
荒川弘先生は男の臍と乳首を省略するタイプなのが惜しい…!
余談ですが荒川先生は基本的に男の乳首を描きません。
臍は時々描くことがありますが基本全員マッチョなので白線(腹直筋の真ん中にある縦の線)と見分けがつきにくいです。
余談の余談ですが男の乳首は描くべきとされています。
ジャンプの名編集者・瀧波レモンさんも仰っています。
話が逸れました。
どちらにせよ、視診的にはこれ以上受傷部位を突き止めるのは困難ですね。
次に傷の太さを考えてみましょう。ラストの「最強の矛」はそのまんま女性の指くらいの太さですね。
指たった2本分の傷かよと思わなくもありませんが、ラストは「お父様」の手先として少なく見積もっても百年前(グリードが謀反を起こした時期)から「最強の矛」を駆使して前線で戦っていることが示唆されます。
プライドとラースは別格としても、グラトニーは証拠隠滅、エンヴィーは潜入・諜報、スロウスは土木作業、グリードは防御に長けていますから、
人間に的確な致命傷を与えることに関してはホムンクルスの中でも上位に位置する人材であるはずです。
そんな百戦錬磨のラストをして「あの傷と出血でどうやって!!」と叫んだことを考えると、
かなり大きな出血を伴う外傷を与えることができたと見て間違いありません。
マスタングの刺創は脇腹のあたりなので、腹部大動脈や下大静脈などといった大血管は通っていませんね。
これらのような大血管を除外しつつ、なおかつラストが「確実に死ぬ」と考えるような臓器・血管といえば…
腎臓または腎動脈の可能性が一番高いと思われます。
腎臓と腎動脈について
さて、腎臓と腎動脈のことを説明するにあたり大事な前提をお話ししておきましょう。
腎臓はメッッッチャ重要な臓器です。
おしっこ作るだけの謎の臓器ではありません。
腎臓にはこのような機能があります。
・老廃物を出す⇒余分な老廃物を体外に排出
・体内の水を調整⇒水が過剰なら尿として出し、不足してたら尿を絞る
・体内の電解質を調整⇒ナトリウムやカリウムなどの血中濃度を調整
・体内のpHを調整⇒血液を弱アルカリ性に保つ
・ホルモンを作る⇒エリスロポエチン産生やビタミンDの活性化に関与
というわけで、健康な人間は全員腎臓様に感謝しながら生活しなければならないほどの超重要臓器です。
上記のうちいくつかは透析によってある程度代替することはできますが、それでも腎臓の機能全てをカバーするのは不可能であり、結果として貧血や骨粗鬆症などのリスクが高まります。
高血圧や糖尿病などの生活習慣病は腎臓様を傷めつける行為に他ならないのでしっかり治しましょう。
そして、これだけ重要な臓器となると人体としては腎臓様にたっぷり血液を供給する必要があります。
その結果、心臓が出す血液のうち約20%が腎動脈を通じて腎臓に行きわたります。
さて、ここでもう一度マスタング大佐が傷を受けた場所を見てみましょうか。
体の真ん中を縦に腹部大動脈が通りますが、腎動脈は第1~第2腰椎の間あたりから枝分かれして腎臓に入ります。(多少の個人差はあります)
マスタングが受けた傷の場所とだいたい一致しますね。
腎臓には右と左があるので、今回マスタングが傷を受けたのは左の腎臓または左腎動脈とみて良さそうです。
腎臓は血管のかたまりのような構造をしていますので、腎臓に傷がつくとものすごく出血します。
例えば、腎臓の病気を調べるために細い針で腎臓を刺す「腎生検」と呼ばれる検査を行うことがあります。
針生検に使うような医療用の細い針でさえ出血のリスクはかなり高く、
針で刺したところをしばらく圧迫止血したり、数日間の安静が必要になるくらいです。
ラストのような指1~2本分の大穴が開けば命に関わる大出血になるのは確実ですね。
左腎動脈に傷がついた場合はさらに悲惨です。
心臓が1回ドックンと動くたびに、上述した心臓が出す血液の20%のうち半分の10%が失われることになります。
成人男性の1回あたりの心拍出量は70~80mlなので、単純計算で心臓が1回動くたびに7~8mlずつ出血します。1分あたりで400ml~600mlくらいですね。
これはもう数分も経てば意識を保つことすら難しいですし、その後は失血死確定です。
これならラストがとどめを刺さずに立ち去ったのも頷けます。
ちなみに、左腎臓や腎動脈以外の臓器にも傷がつくんじゃないの?という意見もあると思います。
その通りです。
体表から左腎臓や左腎動脈に辿り着くまでには胃や小腸、横行結腸(大腸の一部)などが存在しますので、
もちろんこれらもダメージを受ける可能性が高いです。
しかし、幸いにもこれらは腹腔内で固定されていない臓器(押したらよけていく臓器)なので「最強の矛」を臓器がうまく避けて奇跡的に無傷だったとしても何とかギリギリ納得できますね。
とりあえずここは納得しておきましょう。いいですね?
焼灼止血
マスタングが受けた傷についての考察はいったんここで置いておいて、次に「焼灼止血」について解説しましょう。
人間の体を構成しているたんぱく質は高熱によって凝固します。
この性質を利用した止血方法を「焼灼止血」と呼びます。
近代以前には四肢切断に対し焼きゴテを押し付けたり、銃創に対し煮えた油を注いで焼灼止血するという拷問みたいな治療が一般的に行われていました。
しかし、これはこれで止血はできても大ヤケドを負います。
ヤケドで表皮が損傷すると病原菌が入り放題+体の水分が失われてしまうので、血は止まったけど結局ヤケドで死ぬというケースも珍しくありませんでした。
医学が進歩し、止血が目的なら圧迫したり縛ったりした方が遥かに生存率が高いという結論に至り、焼きゴテや油を使ったような焼灼止血は廃れていきました。
ただ現在でも全く使われていないわけではなく、手術中に電気メスなどで止血する時には現役バリバリで使われています。
マスタングの焼灼止血
さて、マスタングが損傷した場所はというと左の腎臓や腎動脈というものっそい体の奥深くにある臓器です。
こんなもんを火で直接焼こうと思ったらお腹の中が大惨事になります。
具体的には、先ほど挙げた胃や小腸、横行結腸(大腸の一部)などが大ヤケドを負います。
要するに、左腎臓や腎動脈の止血が瞬時にできるくらいの高火力で焼こうもんならマスタング大佐の胃・小腸・横行結腸もこんがり焼けてしまうこと間違いなしです。
もし私が救急医の立場で中までしっかり火の通ったマスタング大佐を受け入れるとしたら、
外傷の状況を確認したあとは広範囲の熱傷に伴う循環血漿量減少を補うための急速な輸液と抗菌薬投与を開始します。
出血が落ち着いているとはいえ胃と腸が熱傷を受けているので、放置しすぎるとそこから感染症を発症するおそれがあります。
よって、全身状態がある程度落ち着いた段階で焼きホルモンになってしまった胃や腸の部分切除をしていくでしょうね。
人工肛門を作ることになっても不思議ではありません。
出血と熱傷で血液凝固能もおかしくなっている可能性がありますし、
さらに腎臓の周りにある膵臓や脾臓も重度の熱傷を負っていたとしたら…うん考えたくもないです。
ともかくここまでやって、ようやく命が保てるかどうかのスタートラインに立ったにすぎません。
数日~数十日の集中治療は免れませんし、腎臓や胃腸がこんがり焼けた患者さんを経験することは普通ないのでどんな合併症が起きるか分かったものではありません。
こんなふうにハボックと言い合いができてることが奇跡です。
というか私の目には何の後遺症もないように見えます。
前回の記事でホークアイ中尉が規格外のタフネスを持っていることを考察しましたが、マスタング大佐はそれを遥かに上回る頑丈さ…
というか生き物としておかしいです。
内臓全部鉄でできてる?
2つの仮説について
というわけでマスタング大佐がいかにクリーチャーであるかを考察してきましたが、
せっかくなのでさらに踏み込んで考えてみましょう。
マスタングが人外でなくとも成り立つような結論…
これを考えた末、私は2つの仮説に辿り着きました。
ラストたんドジっ娘説
1つ目の可能性、それはラストたんドジっ娘説です。
事の顛末はこうです。
ラストはマスタングの腹部を2か所刺しました。
この時「お父様」譲りの知識と長年の戦闘経験により、マスタングの左腎臓を的確に穿ったと確信しました。
が、腎臓の場所には微妙に個人差があるものです。
マスタング大佐の腎臓は普通の人とちょっと違うところにあったのでギリギリで回避。
結果的に胃や小腸・大腸ほか、全ての臓器や大血管が傷付かずに済む見事な攻撃でした。幽白の飛影かな
もちろん腹に穴が開いてるので全くの無傷とはいきませんが、実はたいして出血していませんでした。
「なんかヤバいかも」と思ったマスタング君は傷口をミディアムで焼き、
元々たいして出血してなかったので内臓に熱傷が達しない程度の焼き加減で無事に止血成功。
出血さえ止まれば動けるはず!というプラシーボ効果も相まって、意気揚々とラストに奇襲をかけに行きました。
要するにもともと大したケガではなかったというオチです。
そもそも以前からドジっ娘ラストたんは国家機密に辿り着いたヒューズ中佐を暗殺する際に律儀に声をかけてから襲撃した挙句、
あろうことか反撃を受けて取り逃がし、エンヴィーに尻ぬぐいをさせた前科や、
グラトニーと2人がかりで傷の男を襲撃し、
肋骨を折る重傷を負わせておきながら取り逃がした前科があるなど、
何かと取り逃がすことに定評のあるホムンクルスですので、
この程度のうっかり具合は萌え要素のうちという位の考えで良いのかもしれませんね。
マスタング単腎症説
そんなラストたんの名誉を守りつつ、マスタング大佐が人間を辞めなくても済むもう1つの仮説…
それがマスタング単腎症説です。
500~1000人に1人くらいの割合で、左右で2つあるはずの腎臓が生まれつき1つしか無いというケースがあります。
これを「単腎症」と呼びます。
腎臓は仮に片方が無くなったとしてももう片方がきちんと働いてくれるので、
大人になってから検診で初めて発覚するパターンも珍しくありません。
前述したように腎臓に指大の穴が開いたら普通は出血死します。
マスタングのちょうど腎臓の場所を刺したことでドヤ顔で勝ち誇るラストたんでしたが、
偶然にもマスタング大佐は先天的に左腎臓がありませんでした。
よって致命傷に繋がらず、傷の表面をちょっと焙る程度で何とかなった…というわけですね。
いくら百戦錬磨のラストといえど稀な単腎症を想定してまで攻撃することは無いでしょうし、
この説ならマスタングの内臓が鋼鉄製でなかったとしても納得できます。
なかなか良い結論に落ち着いたのではないでしょうか。
まとめ
以上『鋼の錬金術師』より、マスタング大佐の「焼いて塞いだ」について考察しました。
マスタングの内臓が耐熱仕様だと考えるか、ラストがドジっ娘だったと見るか、マスタングが単腎症であったと考えるか。
真相は荒川先生のみぞ知るところでしょう。
もちろん私はドジっ娘ラストたん派です。
皆様はどれ派ですか?
以下、関連記事です。
上司も部下もバケモノであることが発覚したところでホークアイ中尉の記事もどうぞ。
『鋼の錬金術師』最終決戦でホークアイ中尉が首を切られた描写について考察する
大量出血ということで『アカギ』の鷲巣麻雀についても考察しています。
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「男女の産み分けってできるの?」「逆子って直せるの?」「マーガリンは体に悪いの?」などの記事を基本無料で公開しておりますので、こちらもお楽しみください。
これからは失血しているからと言って安易に焼灼止血しないようにします
タフの鬼龍と尊鷹ってそんな大事な腎臓一つしかないくせにあんな元気モリモリなんスね…
なんてタメになる記事でしょう。これから闇討ちされてドスで腹を刺されても、息子に「そのライターで焼いて!」とは叫ばないようにします。闇討ちされる覚えは微塵もないのですが…
似たようなフィクション治療に映画イコライザーでデンゼル・ワシントンが傷跡に加熱したはちみつを塗る場面がありますがあれは意味があるのでしょうか
その映画を視聴していないので何とも言えませんが、基本的には圧迫や縛ることによる止血がベストですね。
脂でも熱湯でもハチミツでも理屈的には有害度は一緒です。
臓器や臓器動脈まで怪我をしたら、直接圧迫止血法もあまり効果がなく、リアリティを追及すると外科手術が必要と考えていますが、合っていますでしょうか。
そのご理解で概ね間違いありません。
大佐はイシュヴァール殲滅戦で火傷の深度を自由に調整できるほど人間を焼いた経験があるからワンチャン大佐の実力ということも……(正直ラストがしくってんだろうなとは思う)
傷口を焼くと同じくらい凍らせて止血みたいなのありますけど、そっちはどんな危険があるのかとか気になります!
めっちゃ笑わせてもらいました!
ありがとうございます。 笑笑