こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
もはや当ブログで恒例行事化している荒川弘先生『鋼の錬金術師』に関する考察ですが、
前回はマスタング大佐の焼灼止血について解説しましたね。
未読の方はこちらの記事を先にご覧ください。
『鋼の錬金術師』マスタング大佐の「焼いて塞いだ」について考える
実は前回の記事で、触れようか触れまいか悩んだものの、結局ほとんど触れなかった人物がいました。
それが彼、ジャン・ハボック少尉です。
彼も彼で十分に考察の余地のある転帰を辿っているのですが、
正直なところマスタング大佐の内臓が耐熱仕様になっていることに気を取られてしまい、
完全にマスタング大佐とラストたんの話に終始しそれなりの結論に落ち着いてしまったので、
これ以上ハボック少尉のことを掘り下げても蛇足かな…ということと脊髄損傷にさほど詳しいわけではないのでぶっちゃけ見て見ぬふりをしていました。
そんな私のもとに、いつもの質問箱からこんなお声が。
やっぱりそこ気になりますよね…
しかもTwitterで寄せられる皆様のコメントを見てみると、この質問箱の投稿以外にも
「ハボックは?」「ハボック少尉についても解説してほしかった」といった声が散見されました。
やっぱりハボック人気なのね。
2023年5月現在、pixivで「ロイ・マスタング」で検索すると4300作品、「リザ・ホークアイ」で検索すると2100作品ヒットするのに対し「ジャン・ハボック」だと449作品しかヒットしないのでてっきりいまいち人気ないと思ってたのですが、
こんなにもハボック少尉を求める声が多いとなれば考察せざるを得ないでしょう。
そんなわけで本日は、ジャン・ハボック少尉の下半身不随について深く考えてみましょう!!!
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ジャン・ハボック少尉
というわけで、問題の場面を振り返っていきたいのですが…
ハボック少尉が受傷するシーンの流れはほとんど前回と同じなので、
私が飽きてしまうため今回はちょっと雑に紹介をしていきます。
プレイボーイとして知られるマスタング大佐は、
自分の彼女と武装した覆面男と14歳男子を連れて怪しげな地下通路にやってきました。
人気のない地下通路、こんな怪しいパーティで何も起こらないわけもなく…
と思いきや、彼女の提案で二手に分かれることになりました。
ところが、どういうわけかマスタング大佐は3人の中から武装した覆面男をパートナーに選びます。
なかなかマニアックな趣味ですね。
覆面男ことジャン・ハボック少尉がマスタング大佐とイチャイチャしていたところ、
間の悪いことにハボックのガールフレンドであるボインが登場して水を差しました。
ボインは得意技の流星指刺を駆使してマスタングとハボックを亡き者にしようとしますが、
それに対しマスタング大佐はまさかのボイン爆破。なんてことしやがる。
ともかくこれで決着し、2人きりになるマスタングとハボック。
マスタングがこの後の展開に備えてリップクリームを塗っていたところ、
気合いで体を再生させたボインは得意技の指銃でハボックとマスタングの胴体に2本ずつの大穴を開けます。
その後もなんやかんやあるわけですが、
リザたんにまで危害を加えようとしたところでマスタングは再びボイン爆破。なんてことしやがる。
銃火器はおろかスタンドや六式も登場する壮大な痴話喧嘩はボインの爆散にて収束、
後日病室でマスタングとハボックは相部屋になります。やったね大佐!
この地下通路での出来事をきっかけに、マスタングは自らの野望(軍の女性制服をミニスカにすること)の達成にまた一歩近付いたわけですが、
ハボックは戦線の離脱を自ら申し出ます。
マスタングが医師のノックス先生と話したところによると、脊髄損傷による下半身不随だといいます。
その後ハボックは軍を退役し、家業の雑貨屋を継ぐことになりました。
ハボックが受けた傷
というわけで、ハボック少尉が受けた刺創について考察していきます。
まずはハボックが受けた傷の場所を特定していきたいのですが、立派なシックスパックを見せびらかしてきたマスタング大佐と違い、
ハボックの傷の場所が分かる描写は以下の「刺された瞬間」「抜いた直後」「倒れてるところ」の3コマしかありません。
せめてもの救いは、ハボックが無駄にピッチリした服を着ていることですね。
前から見ると両胸に影がついています。屈強な軍人であるハボックの肋骨が浮いているという可能性は低いので、たぶん大胸筋でしょう。
ハボックから見て右側の傷の下にある小さい影は臍かな?
前回の記事で「荒川先生は男の臍を省略しがち」と書きましたが、ピッチリした服を着ている場合はその限りでないようです。
またひとつ荒川先生情報が増えてしまった。
それはともかく、上記の3コマを総合して考えるとハボックが受けた傷は以下の2つだと思われます。
・ハボックから見て左側の傷
心窩部正中やや左側から刺入⇒背部正中から刺出
・ハボックから見て右側の傷
臍部中央やや上方から刺入⇒背部右側から刺出
脊髄は背中に近い場所にあるので、おそらくハボックから見て左の心窩部正中からの刺創が脊髄を損傷したのでしょう。
この高さの脊髄が損傷すれば下半身不随になるのも納得というもの。
……
ヤベェ。脊髄損傷でこれ以上に考察することがねえ。
マスタング大佐もホークアイ中尉もあれだけ考察の余地があったんだから、
ハボックももうちょい何かないか!?何か…
何か…
………
お??
よく見ると血を吐いてる!!!
よく見ると血を吐いてる!!!
これは良い情報です。(ブロガー目線)
血を吐いているということは呼吸器か消化器に傷がついたということに他なりませんし、
下から斜め45度くらいの角度で刺さっているとはいえ肺や気管支からは距離があるように見受けられますから、
ラストの「最強の矛」はハボックの消化器のどこかを傷つけたのでしょう。
具体的に言えば十二指腸の最後にある「トライツ靱帯」よりも手前側(トライツ靱帯以降の小腸・大腸に傷がついても吐血はしない)なので、
ハボックは胃か十二指腸を刺されてしまったと考えて良さそうです。
ここまでの話を一旦整理すると、ハボックが刺されたのは「脊髄」「胃または十二指腸」となります。
それぞれについてもう少し深堀りしてみましょうか。
脊髄損傷
マスタング大佐が「脊髄損傷で下半身不随だ」と言っているのでこれは確定事項のようです。
それでは、どこの脊髄を損傷したのでしょうか。
この記事においてこの画像を貼るのはこれで5回目のためそろそろ皆様も覚えてくる頃かと思いますが、受傷時のシーンをもう一度チェックします。
脊髄損傷の原因と思われる左側の刺創(ハボックから見て)は、場所で言うと剣状突起(胸骨の一番下にある出っ張り)と臍の間くらいの高さから刺入しています。
そして刺出部はほぼ背部正中(背骨のある場所)に一致しているため、脊髄の完全損傷は免れなさそうです。
もう少し刺入部を詳しく推定してみましょう。
剣状突起は第9胸椎あたり、臍は第3~第4腰椎あたりと同じ高さにあるため、その真ん中となると刺入部は第12胸椎~第1腰椎あたりの高さです。
下方向斜め約45度からの刺創であることを加味すれば、刺出部≒ハボックが受傷した脊椎の高さはおよそ第10~第11胸椎あたりと考えて良いでしょう。
そして第10~第11胸椎レベルの内部にあるのはおよそ第10胸椎~第1腰髄くらいです。(個人差があります)
少し低めに第1腰髄の損傷と見積もったとしても、大腰筋・腸腰筋を始めとした腰の筋肉の麻痺や、
大腿四頭筋・腓腹筋を始めとした足の筋肉の麻痺に繋がります。
この考え方だと、ブレダ少尉に支えてもらわないと起き上がれなかった状況にも合致しますね。
総じて、ハボックの受傷シーンと脊髄損傷の程度にはこれといった矛盾は無いと言えるでしょう。さすが荒川先生です。
上部消化管穿孔
次に、医学的に非常に気になる「吐血」ですね。
前述の通り、刺傷の場所が肺や気管支からは離れているので胃か十二指腸に穴が開いたものと思われます。
さて親の顔より見たシーンをもう一度。
こうして見ると、ハボックから見て左側の刺創は胃を貫通していてもおかしくありませんし、
ハボックから見て右側の刺創は十二指腸を貫通していても不自然ではありません。
受傷の直後に少量ながら吐血しているスピード感からしておそらく胃穿孔の可能性が高いでしょう。
胃穿孔を放置すると胃酸がお腹の中に漏れ出し、腹膜炎を引き起こしてしまうため緊急手術が必要になります。
もちろん、右側の刺創もやっかいです。
十二指腸や小腸・大腸、場合によっては肝臓や右の腎臓などを貫通している可能性もある場所です。
どれを貫通していたとしても緊急手術が必要です。
とはいえ、このあたりは十分な描写がなされていないので確定診断は難しいですね。
ここまででも中々の事態が起こっていますが、実はハボックの病状の本番はここからです。
気絶
そう、ここまでならまだ良かったのです。
私(やっきー)はここである事実に気付きました。
受傷部位の特定に直接つながらないものの重要な手掛かりが描写されているのです。
それがハボックの気絶です。
倒れた時に「……っとに女運悪ィ……」と微妙に悠長なジョークを飛ばす余裕があるようなので、倒れてすぐ気絶したわけではありません。
よって、気絶した原因として脳震盪などの可能性は否定してよさそうですね。
にも関わらず、それから(おそらく)1~2分も経たないうちに上のコマのように返事もできないほどの全身状態に陥っています。
これはかなりマズい状況です。
気絶というのは、言い換えると「意識を保てない状態」≒「脳への十分な血液供給が維持できない状態」とも言えます。
腹部の刺傷がきっかけで気絶するということは、この1~2分のうちに全身の循環動態が保てなくなる状況…
となると、大量出血を考えるべきですね。
そういう目線で見てみると、この受傷部位はとんでもなく危険です。
「気絶」という症状と傷の場所から考えると、ハボックから見て左側の刺創は腹部大動脈を貫通してる可能性がきわめて高いです。
腹部大動脈は体のほぼ真ん中を走っているバカデカ血管で、そのすぐ後ろに脊椎・脊髄があります。
心臓が全身に送り出す血液のうち50%以上がこの中を通る超重要な血管です。
こんなもんに指と同じ太さの穴が開いたらどうなるでしょう?
そうです、死にます。
過去の症例報告
ここで過去の症例報告を見てみましょう。
メディカルオンラインで検索したところ、国内で「刺創による腹部大動脈損傷」かつ「傷の大きさが明確に記載された」報告は2つ見つかりました。
まずは「穿通性腹部大動脈損傷に対して2期的手術で救命し得た1例」(小島直樹ら. 日本臨床救急医学会雑誌 14(2): 275-275, 2011.)です。
50歳の男性がナイフでお腹を刺されたのですが、傷は胃~膵臓~脊椎にまで達していたそうです。
大動脈に縦1cmの傷があり、左腎静脈も損傷していた模様ですが、2期的手術(初回の手術は応急的な処置にとどめ、本格的な修復は2回目に行う)により受傷30日目に退院できた模様。
次は「鈍的外傷による腹部大動脈損傷の治療経験」(野田征宏ら. 日本血管外科学会雑誌 28(suppl): 342-342, 2019.)です。
こちらは34歳男性が刃渡り20cmの刃物で自傷をしたようですね。
病院到着時には血圧などの循環動態はそうとうに不安定だったらしく、手術をすると腹部大動脈(腎動脈分岐部よりも抹消側)に縦2cmの損傷をきたしていたようです。
こちらも2期的手術により改善し、術後経過は良好のようです。
どちらの例も2期的手術、つまり「1回では最後まで手術できないくらい状態が悪い」という状態になっています。
ラストの最強の矛に比べると出血量が少ない刃物の傷である上、
比較的早めに救急車を呼び、病院に到着して輸液や輸血をガンガン投与してなお、この状況です。
一方その頃ハボックさんは、マスタングがラストを火あぶりにしている間放置されていました。
一応マスタングはハボックをレアで焼いたと言っていますが、
腹部大動脈損傷を起こしているハボックはむしろマスタングよりも入念に止血すべきですし、
秒速1メートルほどの速度で血液が流れている腹部大動脈の損傷を瞬間的に焼灼止血できるレベルの火力となるとハボックの内臓が黒焦げのモツ焼きになるのは避けられません。
前回の記事の結論として実はマスタングの傷は大したことなかった可能性がそこそこありますが、
ハボックは「傷の場所」「しばらくして気絶」という2つの状況を踏まえると腹部大動脈損傷からのモツ焼きは確定コースです。居酒屋マスタングのお通しです。
何より、腹部大動脈という超バカデカ重要血管を焼灼止血なんてしてしまったら、
血は止まったとしてもその後腎臓・腸・下半身全てにまわる血液が全部遮断されますので、
簡単に言えばハボックは死にます。
結論
というわけで医学的に考えればハボックは死んでなきゃおかしい状況なわけですが、
直後にマスタングと言い争い、体がなまるからと握力を鍛え、
実家に戻った後は車椅子ではあるものの脊髄損傷以外の障害は無く日常生活をできているようです。
これまで当ブログでは鋼鉄製の内臓を持つマスタングや、
総頸動脈断裂後5分も放置されて自分の足で立ってるホークアイ中尉、
子宮や胃などを根こそぎ持って行かれて生存しているイズミ師匠などについて解説してきましたが、
腹部大動脈を損傷してモツ焼きになりながら胃穿孔による腹膜炎を併発したのちに車椅子でピンピンしているという作中最大の化け物がここに居ました。
マスタング大佐はハボックを「頭は悪いがそれを補う体力と腕前がある」と評していますが、
体力とかいう次元で済ませて良いレベルではありません。プラナリアか何かだと思います。
ハボック少尉のその後
現代の医学では、脊髄損傷が自然に回復する見込みは極めて低いです。
しかしながら、冒頭で質問者様が疑問に思われたように、
ラストシーンではブレダ少尉・ロス少尉に見守られながらハボックがリハビリに励むシーンが見られます。
ここでハボックが行っているリハビリを「平行棒内歩行訓練」と呼びますが、
これは脳卒中や(比較的軽度の)脊髄損傷などで下肢の筋力が低下している場合などに使われるリハビリです。
立位をとるときのバランス感覚や、下肢の筋力を養う目的で行われるため、
本来ならハボックのような下半身の完全麻痺に対し行われるものではありません。
おそらく最終決戦後にドクター・マルコーが賢者の石でマスタングの視力を回復させた後、
マスタングの頼みでハボックの脊髄損傷も回復してもらったのでしょう。
元々、ハボックが軍を離れる前にもマスタングとブレダはマルコーに一縷の望みを残していますからね。
(マルコーがエンヴィーに拉致されてしまったのでこの線は無くなってしまいましたが)
ちなみに私はアニメ未視聴のため描写は確認できていませんが、FA版アニメオリジナルではマルコーがハボックの下半身不随を回復させた描写がある模様です。
おまけ:ブレダ少尉とロス少尉の関係性
医学的には全く関係ありませんが、個人的にはハボックのリハビリに同席しているブレダ少尉とロス少尉の姿が少し気になります。
ブレダ少尉とハボックは士官学校の同期かつ親友なので分かるとして、
ロス少尉との関係性はどうなんでしょう…?
マスタング組が留置所に捕らえられていたロス少尉を逃がす際の他人行儀なやり取りからして、
ロス少尉はハボック少尉・ブレダ少尉と面識があるようには見受けられません。
それもそのはず、3人は階級こそ同じですが、
中央司令部に3人が同時に勤務していたのは30話(ホークアイ中尉が「中央に移って初めて取れた休み」と発言)から34話(ロス少尉の逮捕)までと非常にわずかな期間であり、
何の関係性もない間柄だとしても不自然ではありません。
ブレダ少尉とロス少尉はちょくちょくタメグチで話しているので同期の可能性もありますが、
2人の関係性を考える根拠としては弱いですね。
そんな決して深くないはずの関係性にも関わらず、ハボックのリハビリにブレダ少尉のみならずロス少尉も同席しています。どういうこっちゃ?
…そういえばロス少尉がシンに亡命する時と、「約束の日」にロス少尉が加勢に駆けつけた時の2回にわたり、
ブレダ少尉とロス少尉はかなり濃い目のやり取りを交わしていますね。
ブレダ少尉に女性の影は無さそうに見えますし(失礼)、このあたりのやり取りを経てブレダ少尉とロス少尉の仲が深まったとしたら…?
そしてハボックのリハビリをダシに、2人がデートをしているとしたら…?
なかなかに妄想がはかどる展開が見えてきましたね…?
というわけで当ブログに一定数いらっしゃるハガレンファンの読者の方々、
これ系の二次創作が出来たら是非私にご一報くださいませ。
ブロッシュ軍曹?しらんな
まとめ
以上、ブレダ少尉とロス少尉のラブコメ妄想でした。
違う。ハボック少尉の脊髄損傷と作中随一のバケモンだったことに関する考察でした。
そんなわけで『鋼の錬金術師』に関する医学描写もおおかた語り終えましたかね。
ハボック以上の大怪我を負ったキャラなんてそうそう居ませんし、
そろそろハガレン考察もこのあたりで終わりに……
…………
…何だろう、何かを忘れているような…
ドドドドド……
ドドドドドドド……
………………
つづく。
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『鋼の錬金術師』最終決戦でホークアイ中尉が首を切られた描写について考察する
出血性ショックに関してはこちらでも解説しています。
『BLOODY MONDAY』高木竜之介を救う方法はあるのか?
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(真理の扉の前で待ち続けたアルフォンスも帰ってきた瞬間餓死したりしないのだろうか)
医学的知見と語り口の両面でかなり楽しめました!
この車椅子、ヘン。
確か何かで読んだかは忘れたけど
実際ハボックはこれで死んでリタイヤする予定だったらしい
だから考察的に死んでも間違いは無いってのはハズレて無い