
テニプリの連載が終わってしまった。
1999~2008年に週刊少年ジャンプで連載され、ポスト黄金期の貴重なスポーツ枠として誌面を支えた無印『テニスの王子様』。
8年9か月という連載期間において、分身とか変身とか光速移動といった「それテニス以外で使った方が良いのでは?」としか言いようがない特殊技能を発揮するプレーヤーの数々、
そして最終回では伝説の『JASRAC申請中』で最後まで我々を楽しませてくれた偉大な作品でした。
それから約一年後、2009年3月からジャンプSQ.にて『新テニスの王子様』が連載開始。
テニスのフォーマットでできる念能力バトルなんてもうだいたい出尽くしたろ、という懸念など何のその、
落雷や心肺停止や死亡診断書など、およそテニスで聞くことのない単語が頻発するようになり、進化はとどまるところを知りませんでした。
(※上記3つはすべて同一人物に起きたもの)

しかし、根底にあるスポーツ漫画としての完成度が普通に高かったため、
「スポーツもの」「能力バトルもの」「ギャグ漫画」のどの側面から読んでも楽しめる上、
イケメン漫画としての側面を進化させた末に乙女ゲー発売やミュージカル興行の確立など多角的な展開を繰り広げた、
漫画の枠を超えて日本のエンタメ史にも革命を起こした恐ろしい作品であったことは疑いようもありません。
社会的影響度で言えば『あしたのジョー』『キャプテン翼』『SLAM DUNK』などのレジェンドスポーツ漫画と比肩しても何ら遜色はないでしょう。
そんな生ける伝説にして、個人的にも四半世紀にわたり追いかけ続けてきた『テニスの王子様』ですが、先月・2026年8月に最終回を迎えました。
これによって今の私の心はドラえもんが帰ったあとののび太みたいな状態になっているわけですが、

こんなことではドラえもんが安心して未来に帰れないので、
乾汁以来2年ぶりに『テニスの王子様』医学考察をしていきたいと思います。
というわけで、今回のテーマはこちら。



頭にテニスボールが直撃して一時的に視力を失った不二周助について、医学的に検証していきましょう。
……連載当時は「まあテニプリだしそんなこともあるよな」と軽く流していたこの描写ですが、
今こうして冷静に考えると後遺症とかが心配になりすぎるので、しっかりマジレスしていきたいと思います。
結論だけ先に言いますが、この状態の不二に試合続行させる竜崎監督は指導者失格にもほどがあるので、
良い子の指導者のみんなはマネするなよな!!
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不二周助 vs 切原赤也
それでは、テニス中に視力を失うという前代未聞の状況に至った簡単な経緯を解説しましょう。
主人公陣営・青春学園のプレイヤーは「天才」の名をほしいままにする不二周助。

化け物揃いのテニプリキャラの中でも一目置かれる抜群のテニスセンス(技のネーミングセンスも)を持つ、
常に飄々とした不思議系腹黒さわやかイケメンという属性は中二男子にもお姉様方にもウケにウケまくり、
『テニスの王子様』を語る上で外せない人気キャラクターのひとりです。
そんな不二と関東大会決勝で対峙するのは、日本一の強豪校・立海大附属の2年生エースである切原赤也。

初期からちょくちょく強キャラとして登場していましたが、
「反射神経が良い」くらいの情報しか無いまま主人公のリョーマとこれといった絡みもなく時間が経過し、
そうこうしてる間に高速移動によって分身する奴とかが出てきてしまって反射神経の話が陳腐化。

やがて初期の「主人公のライバルポジション」感は忘れ去られ、ラフプレーも辞さないキャラ付けがなされた末に、
無印における主人公との絡みは野試合をして負けただけという劣悪な扱いに成り下がってしまった不遇のキャラクターです。

そんな赤也は傲岸不遜な態度で不二と相対しますが、攻略の糸口が掴めないまま防戦一方。
しかし不二の一瞬の隙をつき、頭にボールを直撃させる反撃に出ました。


動いてる人間の頭をピンポイントで狙えるコントロールがあるなら普通にテニスしても勝てるのでは?という野暮なツッコミは無しの方向でいくとして、
その結果、不二は視力を失ってしまいました。

当然ながら、目が見えない状態で通常のテニスなんかできるわけがなく、
赤也の攻撃に為すすべがない不二。

しかし、天才・不二は違いました。
目が見えなければ気配を感じればいいじゃないということでなんか普通にテニスをし始めました。
そうはならんやろ。


不二は最終的にこの状態で赤也に勝ってしまい(不二以上に赤也が悪い意味でヤバい気がする)、
試合終了後に視力も回復しました。めでたしめでたし。

不二に関する考察
目が見えない状態でのテニス
さて、まず最初に申し上げておきたいこととして、ブラインド(盲目)の状態で行うテニスは実在します。
日本発祥の「ブラインドテニス」です。
2026年、歴史あるテニスの大会「全豪オープン」でブラインドテニスの招待団体戦が行われるなど、パラスポーツの競技として確固たる地位を築きつつあるわけですが、
このブラインドテニスは「音が鳴るスポンジボールを使う」「通常のテニスより狭いコート」「複数回バウンドした球を打って良い」など、視覚障害者に適した道具やルールが定められており、
それでもなおブラインドテニスは習得が非常に難しいことで知られています。
理由として、他にも視覚障害者向け球技はいくつか存在しますが、多くは平面的な動きが主体なのに対し、
テニスはどうしてもボールを打つため・ネットを越すための「高さ」の概念が不可欠であり、視覚情報なしに「高さ」を把握するのがきわめて困難だからなのだとか。
というわけで、普通のテニスボールとコートを使って普通にテニスをし、
しかもその状態で日本一の強豪校のエースを相手に勝っちゃう不二パイセンは「天才」とかそういう次元で済ませていい人ではなく、
あえて言うならハンターハンターの世界の人だと思います。


頭部外傷による視覚障害
まあそんなバケモンの話はおいとこう。
次に「頭を打って目が見えなくなる」、もうちょいお堅い表現で言うと「頭部外傷による視覚障害」について考えていきます。
そんなことが本当に起きるんか?と思いきや、実例の報告があります。しかも複数。
1993年、メキシコの眼科医であるアレハンドロ・ロドリゲス先生の報告によると、
頭を打ったのちに一時的に視力を失った例が5人存在したものの、彼らはいずれも頭を打ってから数分~数時間以内に正常な視力に戻ったようです。
経過が不二すぎる。
許斐先生は1993年の国際眼科学雑誌から着想を得て不二vs赤也を描いた可能性が……?
他にも、ボストン大学で小児神経を専門としていたエドワード・ケイ先生の報告によると、
同じく頭部外傷を負って視力を失った6人の小児について、うち5人は24時間以内に回復したものの、
1人は視力を1週間失い、そこから視力が回復するのにも1週間かかり、それでもなお視野の欠損状態が6年以上続き、片頭痛症状も出現したという重い後遺症をきたした例もあったようです。

「頭を打ったあとの一時的な視覚の障害」をきたす原因はいくつかありますが、これらの論文で出てきた症例は「Post-traumatic transient cortical blindness(外傷後一過性皮質盲)」と呼ばれるものです。不二もおそらくこれでしょう。
いずれも瞳孔や眼底の検査などには異常がなく、血管の反応によって視覚をつかさどる脳の部位が一時的な低酸素状態に陥ったのではないかと考えられていますが、いまだ仕組みはハッキリしておらず仮説の域を出ていません。
というかそもそも、こういった「意識は保たれているのに視覚だけが突然一時的にシャットアウトされる現象」自体があまりにもレアで、
「一過性皮質盲」の日本語論文を探しまくってもほとんど出てこないレベルですからね。おかげでこの記事の文献探しにめっちゃ苦労しました。
それもそのはず、人生において他は元気なのに目だけが急に見えなくなった経験ってそうそう無いと思います。
あったらもっと論文として世に出ているはず。
にもかかわらず赤也は「不二が視力を失っている」ことをガッツリ察している模様。

するってえと何かい、赤也くんは同じようにテニスボールぶつけて視力を失わせた経験が何人かあるのかい。
でなきゃおかしいもんな、赤也のリアクション的に「この打球の手ごたえならアイツ今ごろ目が見えてないはずだ」という経験則に基づいちゃってるもんな。
しかし言うまでもなく、外傷後一過性皮質盲が起きるほどの外傷を与える行為はあまりにも危険です。
前述のエドワード・ケイ先生が報告した例のように、視野欠損状態や片頭痛症状が6年以上続くというシャレにならん後遺症が残った例だって存在するわけです。
ちなみにこの症例では後頭葉と右頭頂葉の脳挫傷が確認されているようです。
赤也はのちに全国大会で「悪魔化(デビル化)」という謎現象を起こしますが、
このレベルの後遺症が残りうる頭部外傷を複数人に対し起こしてきたというのは確かに悪魔と言って差し支えないでしょう。
というか、いくらスポーツ中での出来事とはいえ傷害罪が付いても文句言えないと思うのだが。

(※悪魔化については私にも仕組みがよく分かっていないので詳細は割愛します)
竜崎監督について
とはいえ、スポーツに不測の事態はつきもの。中学生の試合となれば尚更です。
こういう時に大事なのが指導者や監督者による適切な対応です。
スポーツ庁管轄の組織である日本スポーツ振興センターにより、学校の先生や指導者などを対象とした頭頚部外傷フローチャートが公開されています。
このフローチャートによると、意識が清明であっても「物が二重に見える」などの視覚的な異常が生じ、それがすぐに治らない場合、速やかに脳神経外科か救急科の受診をすることが推奨されています。
もちろん『テニスの王子様』連載当時である2004年も同様で、日本臨床スポーツ医学会が2001年に発表した『頭部外傷10か条の提言』にて「重篤な神経症状がある場合は速やかな受診」が勧められています。
というわけで、青春学園テニス部の指導者である竜崎監督はこの時点でただちに試合を止めて救急車を呼ぶべきですね。

この場は不二自身の強い意志により試合は続行となりますが、そこはどんなに恨まれようが不二のためを思って棄権させるのが指導者の仕事だと思うの。
ていうかこの試合、勝とうが負けようが全国大会に進むことは決まってたので、
「選手生命が危険だから棄権します(激ウマギャグ)」で済ませた方がよかったと思う。
ところが、このオバチャンが試合中にしてたことといえば、事あるごとに「ウチの不二きゅん天才…」とリアクションを取ってただけ。

テニスで大敗して心停止する人とかが出るような世界観なんだから救急対応はキッチリしといてほしいぞ竜崎監督。

まあ竜崎監督の指導力に疑問符が付くのは今に始まったことではありませんが……
というか試合中の竜崎監督はリアクションがとれるだけの置き物なので、ファービーとかPepperくんを置いてるのとあんま変わんないのですが……
セカンドインパクト症候群
ここでひとつの概念を提示しておきましょう。
「脳振盪を受けたあとの脆弱な脳が再び外傷を受けると、脳がひどい腫脹を起こして致死的になり得る」
というものが存在します。
これを「セカンドインパクト症候群(Second Impact Syndrome)」といいます。
南極で使徒が爆発しそうなネーミングですが、マジでこういう名前です。
ただ、他の原因による脳腫脹との区別が明確でないため、このセカンドインパクト症候群の病態が本当に存在するのかは懐疑的に見られています。
この問題に関しては岩手医科大学の小守林先生が『セカンドインパクト症候群は存在するのか?』という直球なタイトルの特集を書かれています。オープンアクセス論文なのでご興味のある方はどうぞ。
しかし、セカンドインパクト症候群が存在するのかどうかはさておき、
「脳振盪から回復していない選手を再び受傷する危険にさらすべきではない」という事実は変わりません。
よって、「発症機序は分からんけど結論部分は合ってるし名前が覚えやすいからOK」という感じで、現場では今なおセカンドインパクト症候群という概念が生き残っているフシがあります。
不二に関して言うと、脳が完全に回復しきっていない状態の選手に試合を続行させれば、それこそ次はもっとひどい外傷を負う可能性があります。
やはりどの角度から見ても、竜崎監督は不二を棄権させるべきでした。
くれぐれも、目の見えない人を相手に嬉々としてボールをぶつけてくる輩と対戦させてはいけません。

医学的にはどう対応すべきか
それでは最後に「もし不二のような症例が発生したらどう対応すべきか」を考えてみましょう。
まず、不二の目が見えていないことを察した時点で、竜崎監督はただちに試合を中断して119番通報。
まあこの置き物のおば様はそれをしない可能性が大いにあるので、審判や大会主催者側が救急車を呼ぶことになるでしょう。
その後、救急隊員が状況を簡潔に把握。
「14歳の男子がテニスの試合中に頭を強打し、直後から急な視覚喪失」
と高次医療機関に伝わったら、余程の事情でもない限りただちに受け入れられることでしょう。
もしこれが脳挫傷や頭蓋内出血などであった場合、「目が見えなくなった」のは初期症状に過ぎず、病態が進行すれば自発呼吸が停止してしまう可能性すらある状態です。
いつでも人工呼吸が可能な準備を整えつつ、救急車で病院に向かいます。

病院に到着したら、外傷の初期診療で使われる「ABCDEアプローチ」から始めていきます。
ABCDEアプローチとは、
A:Airway(気道)
B:Breathing(呼吸)
C:Circulation(循環)
D:Dysfunction of CNS(中枢神経障害)
E:Exposure / Environmental control(脱衣・体温管理)
この順番で患者の状態を評価・処置する手法のことで、要するに「放っとくと死にかねないものから順番に見ていく」という外傷診療の基本です。
まあ実際には、順番にというよりほぼ同時並行でABCDEが行われますし、その内容次第で対応も変わってくるのですが、
今回の不二は「目が見えない」以外はめちゃくちゃ元気なのでA・B・Cは問題なしとして扱いましょう。
そして今回は、意識清明なので「切迫するD」(放っておくと致死的になりかねない脳の異常)こそ無さそうですが、
「目が見えない」というDの異常が存在するため、頭部CT検査を行いたいところです。
日本の外傷初期診療ガイドラインJATECでは、頭部外傷後にCTを撮るべき所見として局所神経症状が挙げられていますし、
NICEの頭部外傷ガイドラインでも、16歳未満の頭部外傷患者で局所神経症状(目が見えない等)が確認された場合には1時間以内にCTスキャンを撮ることが推奨されています。

ここで脳挫傷・頭蓋内出血・頭蓋骨骨折などの病変が無いことを確認できれば、
とりあえず「ただちに手術をしなければ命がヤバい」という状況ではなさそうです。
とはいえまだまだ気は抜けません。
CTでは検知できない異常や、時間が経ってから進行する状況なんかもありますので、
脳神経外科・神経内科や眼科の医師と協議の上、必要に応じて頭部MRIや眼球の検査などといった精査を進めていくことになります。
もちろんただちに帰宅とはいかず、少なく見積もっても翌日までは入院の上で経過観察することが望ましいでしょう。
JATECでも「少なくとも24時間の入院」が勧められています。
日常生活復帰後は、日々の状態や各種検査を確認しながら慎重に競技への復帰を進めていくことになります。

ここまでやってようやく「普通の対応」です。
特別に手厚いわけでも何でもなく、医学的にはごく自然な対応であり、
「頭部外傷を受けたら目が見えなくなった」というのはそれくらい厳重に管理すべき状態なのです。
受傷直後にテニスの試合?
していいわけないだろ(怒)
まとめ
というわけで今回は「頭にボールが直撃して視力を失っても大丈夫なのか?」を考察しました。
まあもちろん大丈夫なわけがないのですが、頭部外傷というものがどれだけ危険なものか、どう対応すべきかがお分かりいただけたかと思います。
近年はスポーツ界全体が「小児の頭部への衝撃」をなるべく減らす方向に動いており、
たとえばサッカーのヘディングも、アメリカのU11世代では練習・試合ともにヘディング禁止が厳格に定められていますし、
日本も「育成年代でのヘディング習得のためのガイドライン」にて、小学校低学年以下は風船や軽量ボールで練習するなど、年齢層に応じた技術習得を進めていく方針が打ち出されています。

頭の衝突が起きやすいラグビーやアメフトなどもそうした流れになっています。
本記事の読者様の中にはスポーツ指導者の方々もいらっしゃると思いますが、
是非とも一度、スポーツ庁が出している『運動・スポーツにおける安全対策の評価・改善のためのガイドライン』に目を通していただき、
今後の指導に活かしていただければと思います。
お政府様自らが啓発のために一般向けに出している資料なので、たいへん読みやすくなっております。
くれぐれも教え子の腕が紫色に変色してても震えて見てるだけの監督にはならないよう、ガイドラインをお役立てください。


教え子が客席の最上段まで吹き飛ばされても1コマも登場しない監督にならないようお役立てください。

以下、関連記事です。
テニプリ名物「乾汁」の医学的考察です。
「切迫するD」を伴った頭部外傷についてはこちらの記事で解説しています。
『ヴィンランド・サガ』アルネイズの死亡について医学的に考える
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