小児科医ふらいと先生からご献本をいただきました。
療育をテーマにした漫画『エスプレッソ・コーラ~児童発達支援ももの木スクール~』です。

私が産婦人科医として関わる小児といえば生後数日以内の新生児か、婦人科系の疾患をもつ一部の女の子くらいなもので、発達領域に関する知識は強くありません。
本作はそんな発達・療育を題材にした作品であり、ふらいと先生が監修に入られた漫画としては『コウノドリ』以来ということで、果たしてどんな作品だろうかと期待しつつ読み始めてみたのですが……


あっ、これはアレだ。紹介に気合いが要るタイプの漫画だった。
表紙や第1話の雰囲気からして、さほど重さを感じさせない雰囲気で進んでくのかなと思ってましたがそんなことは無かったぜ。
何せ、作画が『ニーチェ先生』で有名なハシモト先生ですからね。コメディど真ん中の前作との温度差で風邪ひいてまうで。

他作品との温度差という観点だと、押切蓮介先生の『ミスミソウ』、ちばてつや先生の『餓鬼』の読後感に似ています。
普段コメディやスポーツや人情ものを描いてる先生が本気で心を殴りにくる作品を描いたらちょっと立ち直れなくなるんだこっちは。
ただそれ以上に、自分自身の状況を振り返って心を動かされたのも事実ですし、
この作品は「我々育児世代が読んでおくべき一般教養だ」と思わされました。
そこで今回は、いかにして私がこの『エスプレッソ・コーラ』に打ちのめされ、おすすめするに至ったかをお話ししていきたいと思います。
『エスプレッソ・コーラ』とは
まず簡単に、物語の概要をご説明しておきましょう。
『エスプレッソ・コーラ』とは、新人保育士である主人公・山原剛(21)による障害児療育の苦悩と成長を描く物語です。


専門学校を卒業したばかりという山原の「障害児って可愛いし純粋でいいなと思って入職しました!」という宣言に危うさを感じずにはいられませんね。
彼を見る先輩保育士たちの目が笑ってないのがまた何とも。
そんな山原は、初日からダウン症の子・たくや君を担当し、指示を届けるどころかコミュニケーションすら満足に取れないことでさっそく心を折られかけますが、
そこに颯爽とベテラン保育士の高野真紀(32)が登場。


どうでもいいけど美男美女パラダイスだなこの施設。
まあ同じ病院の産婦人科に綾野剛と星野源と松岡茉優が居ると思えばあり得るか。うん。
というのはさておき、ベテランである高野はたくや君と適切なコミュニケーションを取り、他の子と一緒に遊ぶことすら難しかった状況をたちどころに解決。
山原の心をさらに折ります。


しかしその後、高野の指摘により、
山原は疾患に対する理解・子どもとの信頼関係の構築という根本を疎かにしていたことに気付かされます。


そして徐々にたくや君との信頼関係を築いていく山原。
友達と一緒に輪に入ることにも成功し、療育保育士としての第一歩を踏み出していくのでした。

『エスプレッソ・コーラ』のここがすごい
とまあ、簡単なあらすじはこんな感じなわけですが、
このマンガの何がすごいのかを一文でまとめるならば、疾患の解像度の高さに裏打ちされた細やかな描写と、「保護者」に対する理解度の高さ、そしてその問題に切り込む角度の鋭さだと言えます。
原作者・ほっかむりゆり子先生は児童発達支援の現場で働いていたご経験をお持ちだとか。そりゃこれだけ解像度高いわけだ……
児童発達の問題の難しさは、その言葉が内包しているものの幅の広さにあります。
単純に「発達に遅れがある」と言っても、疾患や個人の特性次第でその内容は多岐に渡るためです。
たとえば、第1話で登場したダウン症。
ダウン症とは21番染色体に異常をきたし、何らかの障害が出現する染色体疾患で、
高野の説明通り、障害の重さも人それぞれです。


ここで「ダウン症って何?」というところを説明しておきますと、
生き物にとっての設計図である「染色体」を本にたとえると、基本的に人間の染色体は44冊(全22巻の上下巻)+2冊(X染色体やY染色体)=合計46冊から構成されています。
全46冊の本からなる壮大な物語が綴られている、とお考えください。

しかし、本自体が1冊足りない or 1冊多いという状況になると、物語がうまく追えなくなります。
そして21番目の本が3冊ある状況というのが「ダウン症候群」です。
…というのが基本的な解説ですが、これはダウン症の「標準型」に限定した説明です。
ダウン症患者の95%はこの「標準型」で説明がつくのですが、
21番目の本のコピーが他の本に挟み込まれている「転座型」や、
体の細胞ごとに21番目の本が2冊だったり3冊だったりする「モザイク型」といった例外も存在します。
転座型は標準型と比べて重症度の違いが明確に存在するわけではありませんが、モザイク型は症状が軽いことがしばしばあります。(参考:CDC “Down Syndrome”)
作中で登場したたくや君は「歩き始めたのも発語が出たのも3歳手前」とあります。
これはダウン症としても比較的ゆっくりな部類(過去の研究では3歳で92%が独歩を獲得、3歳で90%が発語を獲得)である可能性がありますが、
だからといって自己の状態や他者からの評価を理解していないわけではなく、むしろそういった機微を敏感に感じ取っていることもあります。
作中におけるそういった描写の細やかさは圧巻の一言。


これだけでもすごいのですが、輪をかけて秀逸なのが「保護者」に対する理解度の高さ。
80~90%の割合で睡眠障害があり、90%の症例でてんかん発作を有するなど、目が離せないアンジェルマン症候群の子を見ることによる慢性的な睡眠不足・ストレスに苦しんだり、
子どもがADHD(注意欠如・多動症)である可能性を指摘され、すぐには受け止めきれない様子なども克明に描かれます。

時にはその過程で周囲と摩擦を生むこともありますが、
山原や高野らの助力もあって次のステップに進むための道筋が示されていく姿が描かれるのです。

ここで少し、私自身の話をしましょう。
私は幼少期から、他者とのコミュニケーションに難を抱えて生きてきました。
会話の中で相手の意図を読み取るのは苦手ですし、周囲との考え方のズレに悩むことも多く、友達のいない少年時代を過ごしました。
特に、他人の顔を覚えるのが強烈に苦手で、少人数で3時間飲み会をした相手と翌日会っても顔だけだと誰なのか分かりません。累計で5~6回会ってギリ覚えられるかどうかです。
この特性には昔から苦しめられ続けてきました……というか現在進行形で支障が出ており、めっちゃ偉いけど2~3回しか会ったことがない先生相手でも余裕でコレが発動するので、
大きめの会合とかだと「こいつ誰だっけ」と思い出すための数分間から始まるのです。

その間にソイツがどういう奴なのか、核心に迫る話題が出たら詰みます。そうなるともはやシロクマに遭遇した時のように死んだフリをして倒れる以外の選択肢はありません。
よって、私と2~3回目くらいに会う方はぜひ最新の顔写真をお送りください。さもなくば目の前でブッ倒れるおそれがあります。
話を戻しまして、小学校高学年くらいからようやく「他人となんか違うな」を意識して自分の中で多少の軌道修正はできるようになったものの、それでも根本的な部分がズレていることは自覚しているのでコミュニケーションへの苦手意識は未だに消えません。
産婦人科医としてはだいぶ奇異な私の文体も、まさにそういうズレから生まれているものだと思います。
私は発達障害の診断を受けたわけではありませんし、自分に何らかの病名を付けたいわけでもありません。この経験を、診断のある方や日常的な支援を必要とする方の経験と同列に置くべきとも考えていません。
それでも、自分と周囲との間にあるズレを感じながら育ってきたことは、『エスプレッソ・コーラ』を読む上で無関係ではありませんでした。
本作はそのことを再認識するきっかけになりましたし、発達に特性のある児の内面を丁寧に描写しつつ、保護者の負担や葛藤にもスポットを当てたという点において新機軸たり得る作品だと思いました。
そして、この漫画ほど小児の発達と療育について鋭く描き出した作品を私は知りません。
だからこそ、強く主張しましょう。『エスプレッソ・コーラ』は育児世代にとっての一般教養である、と。
まとめ
というわけで今回は『エスプレッソ・コーラ』のご紹介でした。
小さなお子さんを育てている・育てる予定の方はもちろん、保育、教育、医療、福祉に関わる方、
そしてこれまで療育という世界にほとんど接点のなかった方にも、ぜひカドコミの無料公開分だけでもお読みいただければと思います。
いちマンガオタクの視点としても、これから「来る」一作だと思います。続刊も楽しみにしつつ待機しよう。
と、ここまで書いて思いましたが、『エスプレッソ・コーラ』はきちんと後味の良い形で章区切りがありますが、
『ミスミソウ』と『餓鬼』はマジで救いようがないのでまたちょっと別ものかもしれない。
物語の構成としてはこの上なく美しいこの2作。暑い夏に涼しさを求める方はどうぞ。
2026年8月現在、Kindle Unlimited対象作品なので気軽に読めます。
関連記事です。
稀な染色体疾患「異性一卵性双胎」について解説しています。
ふらいと先生と対談させていただいた時の記事はこちら。

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