こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
今回の【漫画描写で学ぶ産婦人科】は、吾峠呼世晴先生『鬼滅の刃』です。
『鬼滅の刃』は言わずと知れた平成最後の大ヒット作にして、令和最初の社会現象を巻き起こした少年漫画です。
「鬼を倒す」というシンプルなストーリーを骨子にしつつ、秀逸なキャラクターや作り込まれた世界観は噛めば噛むほど味がするものであり、
子供から大人まで、男女を問わず幅広く親しまれる作品と言えるでしょう。
本日はそんな『鬼滅の刃』アニメ2期にあたる遊郭編のボスキャラクター、上弦の陸こと妓夫太郎・堕姫と梅毒について派手に考察していきましょう。
『鬼滅の刃』
まずは『鬼滅の刃』について地味におさらいします。
時代は大正の日本。
主人公の竈門炭治郎は家業の炭焼きで生計を立てていた13歳の少年です。
ある日突然鬼(人を襲い食べる怪物)に家族や家業の全てを奪われ、ただ一人残った妹の禰豆子も鬼にされてしまいました。
炭治郎は禰豆子を人間に戻すため、家族の仇を討つための旅に出ることになりました。
その後、炭治郎は鬼を討伐するための組織「鬼殺隊」に属し、様々な鬼との戦いを経て成長していきます。
禰豆子もまた、鬼でありながら人間としての理性を保ち、鬼としての身体能力を人間のために振るいます。
ちなみに禰豆子は全国の男子小中学生に「脚フェチ」という概念を芽生えさせたキャラクター第1位です。(やっきー調べ)
遊郭編
無限列車編での死闘を終えた主人公・炭治郎ら一行は、鬼殺隊の最高位の1人・音柱こと宇髄天元の任務を手伝うことになります。
宇髄の任務とは、吉原の遊郭に巣食っていると思われる鬼を突き止めること。
その後、炭治郎は花魁の蕨姫が鬼であることを突き止めます。
彼女の正体は堕姫。
物語のラスボスである鬼舞辻無惨の直属の配下・十二鬼月の「上弦の陸」でした。
要するに敵幹部の中でも上位に位置する難敵です。
体から生成する帯を自在に操る攻撃力と、何がとは言いませんが男子小学生が読んでいいギリギリの出で立ちで炭治郎を追い詰めますが、
加勢に来た音柱・宇髄により堕姫の首が斬って落とされました。
これにて上弦の陸は撃退…かと思いきや、何と堕姫は兄・妓夫太郎と二人で一体の鬼でした。
妓夫太郎は堕姫よりも遥かに強く、
しかも彼らを倒すには妓夫太郎と堕姫の首を同時に切らなければならない(猶予を与えると切った首が治ってしまう)という相当難しい条件での戦いを強いられますが、
宇髄や炭治郎らの奮闘により二人同時撃破に成功。
妓夫太郎は今わの際、人間だった時代のことを回想します。
妓夫太郎と堕姫の過去
妓夫太郎と堕姫は、遊郭の最下層で産まれた兄妹でした。
妓夫太郎は声や容貌のことで嘲られ、石を投げられる幼少期を過ごしていました。
堕姫は元々「梅」という名前の少女で、死んだ母親の病名から付けられた名前だったといいます。
梅は比類のない美貌を持つ少女で、妓夫太郎は彼女を守るために遊郭における取り立ての仕事を始めました。
妓夫太郎にとっては、梅の存在のおかげで貧しいながらも充実した日々でした。
そんな梅が十三歳の時、客との諍いが原因で生きたまま焼かれるという報復を受けます。
妓夫太郎自身も背中に刀傷を受け、瀕死の梅を抱いたまま倒れたところを鬼にスカウトされました。
そして彼は人間を呪ったまま鬼となり、上弦の鬼という最高幹部にまで上り詰めたのです。
妓夫太郎と堕姫
というわけで、妓夫太郎と堕姫について振り返りました。
彼らの境遇は主人公である竈門兄妹に共通する点が非常に多く、「容姿端麗な妹を誇りに思う兄」「突然の惨劇により妹を失いかけた」「窮地に救いの手が差し伸べられて兄妹で生きていくことになった」など、竈門兄妹と対比構造にあるキャラクターです。
そういった物語上の仕掛けや、凄惨かつ同情の余地がある出自と鬼になった堕姫のエロさにより読者人気は非常に高いですね。
妓夫太郎と堕姫の母親の病気は?
さて、妓夫太郎と堕姫の母親はある病気を患っていたようです。
明言こそされていませんが、あらゆる証拠がひとつの病気を示していますね。
その病気とは「梅毒」です。
堕姫の元の名前である「梅」や、妓夫太郎が後述する「先天梅毒」の特徴をことごとく満たしていることから明らかでしょう。
それでは今の日本で増えまくっている恐ろしい病気、梅毒について解説していきます。
梅毒について
梅毒は性感染症の中で最も有名な病気の1つです。
原因となっている細菌を梅毒トレポネーマと呼びます。
感染すると数週間で発症し、未治療の場合は10年以上という経過を経てじわじわと進行し、死に至ります。
元々はアメリカ大陸にしか存在しなかった病気ですが、1492年にコロンブスがアメリカ大陸に上陸したのをきっかけにわずか20年弱で地球上に広がりました。
性的接触がなければほぼ感染ることのない病気にもかかわらずこの蔓延スピードは凄まじいですね。
有名人だとシューベルトやニーチェ、日本でも結城秀康や前田利長といった面々が梅毒に罹患しており、歴史を変えた感染症のひとつとして知られます。
もっとも、そのくらい昔は「梅毒には水銀を飲めば治るよ!」とか「水銀の風呂に浸かるといいよ!」という現代の医療水準的には恐ろしすぎる民間療法が流行していたので、梅毒患者が水銀中毒で亡くなることも珍しくなかったとか。
古代~中世のヨーロッパでは困ったときは水銀を飲む風潮があったので仕方ないところではありますが…
もちろん言うまでもなく水銀は人体に猛毒なのでダメ絶対です。
とはいえそんな時代も今は昔。
医学界の偉人・フレミング博士が菌をやっつけるお薬こと「ペニシリン」を発見し、これが梅毒に派手に効くことが判明します。
不治の病として扱われていた梅毒ですが、ペニシリンが普及した1940年代以降は劇的に死亡率が低下しました。
梅毒の菌(梅毒トレポネーマ)はペニシリンに耐性を持たないので、これによって梅毒は根絶。
めでたしめでたし。
とはなりませんでした。
ペニシリンが十分に行きわたらない新興国では普通に流行っていますし、
日本でも戦後の経済苦の時期に売春が横行し、メチャクチャ流行りました。
それどころか2010年代以降の日本ではかつてないほど流行っています。
理由は諸説ありますが、2010年代から●国の観光客が爆買いのついでに日本の性風俗店で遊んで帰ったのが一因と言われています。
(あの国は梅毒患者が増加傾向であるほか、性風俗店の規制も厳しいので)
それだけでなく、日本国内でもコロナ渦の経済苦でパパ活(≒売春)が流行し、ここ2~3年での梅毒流行に拍車をかけているようですね。
先天梅毒
とはいえ、梅毒は手の施しようが無いほど進行するよりも前にそこそこ派手な見た目になる(気になる方はググってみて下さい)ので、患者さん自身も見過ごすことは少ないです。
そして、比較的初期の病状であればペニシリンを正しく投与すれば治療可能です。
私も梅毒の患者さんを何人か診てきましたが、ほとんどの方は比較的早い段階で診断・治療ができました。
産婦人科医学の見地から怖いのは「先天梅毒」ですね。
梅毒は妊娠中に赤ちゃんに感染し、様々な後遺症を残すことがあるのです。
流早産や赤ちゃんの知的障害、難聴、角膜炎など、その症状は多岐にわたります。
赤ちゃんにとって致命的なものも少なくないので、妊娠初期に検査する項目のひとつです。
ちなみに妊娠16週頃までなら感染のリスクは低いので、妊娠初期に梅毒が見つかった場合もただちにペニシリンを投与すれば感染を防ぐことが期待できます。
妊婦健診、だいじです。
そして2023年11月10日、悪いニュースが発表されました。
国立感染症研究所により、先天梅毒の子どもが過去最多人数にのぼったことが発表されました。
このニュースに対しては口惜しい気持ちで一杯です。
私も産婦人科医として、ブロガーとして、梅毒の治療と啓発活動にさらに力を入れなければ…と気持ちを引き締めました。
実際のところ、梅毒に感染しているかどうかは妊娠初期の検査で必ず調べるので、現代日本で先天梅毒が起きるということは、
「妊娠初期検査を受けてない(病院を受診する頃にはかなり週数が経ってしまっている)」か、
「妊娠初期検査後に梅毒に感染した」かのどちらかのケースが多くを占めます。
治療法としても、従来は抗菌薬を数週間~数か月内服する手法ほぼ一択という状況でしたが、
現在は筋肉注射の薬を1回または3回(病状により異なります)注射するだけで良いという薬も開発されています。
梅毒への手立ては昔より遥かに増えたわけですから、とにかく心当たりのある場合は病院を受診して頂きたいところです。赤ちゃんに取り返しがつかなくなる前に。
妓夫太郎の症状
ここで妓夫太郎の姿を見てみましょう。
まず、ギザギザの歯をしています。
先天梅毒の患者さんは「Hutchinson切歯」と呼ばれる先が尖ったような特徴的な歯をしているケースがあり、
妓夫太郎の歯はややそれと特徴が異なるものの、恐らくHutchinson切歯を意識したものと思われます。
体中の痣のような模様も「梅毒性天疱瘡」と呼ばれる皮膚の病気を暗示しているようですね。
その他、妓夫太郎と言えばこの極端に細い胴体も特徴的です(本人は「俺は太れねぇんだよなぁ」と言っています)」が、先天梅毒にこういった特徴の症状はありません。
先天梅毒は骨の形成に影響して手足が短くなる・骨がもろくなるといった症状を起こすことがありますが、それらとは特徴が合致しません。
これは先天梅毒というより「Marfan症候群」という病気の特徴に近いですね。(ここまで極端に細くなることは通常ありませんが)
とはいえ、Marfan症候群は運動機能や心機能に障害が出ることも多く、ここまで胴体が極端に細くなるほどの重症度なら人間時代の妓夫太郎のように喧嘩が強かったということにはならないはずです。
無理やり考えるとするならば、先天梅毒により胎児期の妓夫太郎に何らかの臓器障害が起こり、成長を妨げる原因となったのかもしれませんね。(先天梅毒の症状としてあまり一般的なケースではありませんが)
成長障害が出るほどの先天梅毒を罹患し、それでもなお喧嘩が強かった理由としては、
凄惨な生い立ちに由来する人を傷つけることに躊躇のない性格、そして鎌の技術で補っていたと考えるのが無難なところでしょうか。
堕姫(梅)は先天梅毒?
そして読者が気になるもう一つの事実、それは「梅が先天梅毒を発症した様子がない」ということです。
兄の妓夫太郎は先天梅毒を発症しているのに、妹の梅はなぜ無症状なのでしょうか?
実はこれ、ものすごく自然な流れなのです。
というのも、母体が梅毒を発症した初期の段階(第1期~第2期)で母子感染のリスクは60~80%とされていますが、
それ以降(第3期以降)の母子感染リスクは約20%にまで低下するのです。
以上のことから、兄の妓夫太郎が先天梅毒を発症し、妹の梅が無症状であることは実に正確な医学描写だと言えます。
「梅毒」という病名の明言を避けつつ、ここまで細やかな裏設定と実際の医学との整合性がとれた内容を描き切る吾峠先生の漫画力は素晴らしいものがありますね。
『鬼滅の刃』が一世を風靡したのも頷けるというのものです。
ちなみにここからは余談ですが、梅が客を諍いを起こした13歳という年齢は当時の水準からしてもアウトな年齢らしく、
吉原遊郭において遊女が客をとるのは通常どんなに早くても15~16歳頃からだったそうです。(参考『吉原遊郭調べ』)
人間時代の妓夫太郎・梅兄妹は羅生門河岸(実在した場所です)という吉原の最下層の出身でした。
13歳で客をとっていたということは、幕府公認の遊郭であった吉原においてそれなりに非合法な立場だったことが示唆されるわけで…
妓夫太郎と梅がいかに苛烈な環境にいたかが伺い知れますね。
まとめ
以上『鬼滅の刃』の妓夫太郎と梅毒に関する解説でした。
改めて、この作品のストーリーと世界観の奥深さを知ることができたでしょうか。
ここまで派手な人気作品になるとかえって読むのを避ける方もいらっしゃると思います(数年前までの私のことです)が、未読の方には是非一度読んでみてほしいですね。
これほどまでに流行した理由がきっと分かると思います。
以下、関連記事です。
甘露寺蜜璃の特異体質についても解説しています。
梅毒についてはこちらにも登場していますね。
性感染症に関する話はこちらでも取り扱っています。
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それはタフのことを言うてんのかい
梅の方はちょっとアホな子なところが先天性梅毒の症状である知的障害によるものなのかと思ってました