こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
今回の【漫画描写で学ぶ産婦人科】は、吾峠呼世晴先生『鬼滅の刃』です。
本記事の公開は2023年4月1日ですが、4月9日からはアニメ『鬼滅の刃』刀鍛冶の里編が始まりますね。
そんなわけで本日は刀鍛冶の里編における主要キャラクター、
恋柱こと甘露寺蜜璃の特殊体質について解説していきましょう。
なお、本記事では物語のネタバレを含みませんので、刀鍛冶の里編の原作を未読の方もご安心してお読み頂けます。
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刀鍛冶の里編
『鬼滅の刃』の概要については前回の記事でも説明したので省略させて頂きます。
今回お話しする「刀鍛冶の里編」は前回の「遊郭編」終了後の話です。
「遊郭編」で上弦の陸との死闘を繰り広げた炭治郎ですが、勝利の代償として愛刀の日輪刀を刃こぼれさせてしまいました。
そこで炭治郎の刀の製作者・鋼鐵塚に刀の修復を依頼するため、炭治郎は刀鍛冶の里へ向かいました。
刀鍛冶の里には鬼殺隊の最高位の1人・恋柱こと甘露寺蜜璃が居合わせていました。
鬼殺隊の「柱」のうち8割くらいは寡黙な男かゴツい男なのですが、
甘露寺はそんな中にあって異質なほどに天真爛漫で表情豊か、しかも非常に惚れっぽい乙女として描かれています。
殺伐とした鬼殺隊においてはそんな彼女に救われる人も多く、劇中では男女を問わず多くの人物から慕われています。
女性の優しさ、柱としての強さとエロさを併せ持った、非常に魅力のあるキャラクターと言えるでしょう。
その後甘露寺は刀鍛冶の里を後にし、炭治郎は引き続き刀の修復を待つことにしました。
この時、刀鍛冶の里には霞柱・時透無一郎と炭治郎の同期・不死川玄弥の2人も居合わせていましたが、
彼らのもとに突如として上弦の伍と上弦の肆が襲撃を仕掛けてきました。
敵の最高戦力のうち2人の襲撃とあって鬼殺隊たちは苦戦を強いられます。
炭治郎は上弦の肆こと半天狗(正確には分身の憎珀天)との1対1に持ち込まれ、その圧倒的な戦闘力に防戦一方。
そんな炭治郎の大ピンチに甘露寺が助太刀に登場し、炭治郎の窮地を救います。
これにより2対1となり勝負は振り出しに…と思われましたが、
甘露寺の攻撃時の隙をつき、半天狗が必殺の音波攻撃を繰り出します。
音波攻撃を直撃させたにも関わらず甘露寺の肉体が保たれていることに半天狗は驚愕します。
半天狗の反応からして、普通なら体がバラバラになるはずの攻撃であった模様。
このことから、甘露寺が常人より高い筋肉密度を持つ特異体質であると推察します。
そして、この半天狗の読みは当たっていました。
なんと甘露寺蜜璃は常人の8倍の筋肉密度を誇る特異体質だったのです。
1歳2か月の時には4貫(15kg)の漬物石を持ち上げたという過去があります。
この甘露寺と炭治郎たちが一致団結し、上弦の肆・半天狗と戦うのが刀鍛冶の里編のクライマックスとなります。
甘露寺蜜璃の特異体質
というわけで『鬼滅の刃』刀鍛冶の里編の概要についておさらいしました。
それでは本題の甘露寺蜜璃の特異体質について解説していきましょう。
あまり知られていませんが、このような「先天的に筋肉が常人よりも発達している病気」は実在します。
その病気とは「ミオスタチン関連筋肉肥大症/Myostatin-Related Muscle Hypertrophy」と呼ばれるものです。
多くの方は「聞いたことがない」とお思いでしょう。
それもそのはず、ミオスタチン関連筋肉肥大症の報告は世界的に見ても極めて稀なのです。
筋肉の発達について
では、ミオスタチン関連筋肉肥大症とはどのような病気なのでしょうか?
その解説をする前に筋肉が発達する仕組みについて考えてみましょう。
筋肉が発達する際にはフォリスタチンとミオスタチンという2つのタンパク質が介在します。(他にもいくつか介在しますが今回は割愛します)
ちょっと複雑なので、分かりやすく筋肉くんとフォリスタチンくん、ミオスタチンくんに擬人化して解説しましょう。
人間が筋トレなどで筋肉に負荷をかけると、下のような仕組みが働きます。
ワイは筋肉やで!
筋トレするよ!
んほおおおおお壊れるうううう
筋線維壊れちゃううううううう
今こそ筋肥大のチャンス!
栄養を筋肉に集めるぜええええ!
サンキューガッツ!
壊れた筋肉の修復や!同時に筋肥大するやで!
筋肉くんばっかり栄養を使ったら困るよ…落ち着いて…
せ、せやな…筋肥大は程々にするやで…
という感じでフォリスタチンは筋肉を増強する作用、ミオスタチンは筋肉の増強を抑える作用を持ちます。
筋トレをすると筋肉がつくのはひとえにフォリスタチンくんのおかげです。
(この作用を目当てにドーピングに使われることがありますが日本アンチ・ドーピング機構により禁止薬物に指定されています)
フォリスタチンくんのおかげで筋肉がつくこと自体は良いことなのですが、
筋肉にばかり栄養が回ってしまい他の臓器が栄養不足に陥っては大変なので、
そこを制御してくれるのがミオスタチンくんというわけですね。
ミオスタチン関連筋肉肥大症
それではミオスタチン関連筋肉肥大症の解説をしていきましょう。
ミオスタチン関連筋肉肥大症の患者さんの体内ではこんな感じの出来事が起こっています。
今日も元気な筋肉くんやで!
筋トレするよ!
きたぜ筋トレ!さあ筋肥大だ!
ファッ!?また筋トレやないか!
ウチにこんなに栄養がきてええんか?
ちょっと筋肉さん?
うちにも栄養回してくれないと困るよ!
す、すまんな…
フォリスタチンが暴走しとるンゴ…
でもミオスタチンが止めてくれるはずや…
…
………
おらんやないか…?
さあ筋肥大だ!いくぞ!!!
んほおおおおおらめええええ
筋肥大しすぎるのおおおおお
だいたいこんな感じです。
フォリスタチンくんの単独行動を止められるミオスタチンくんが居ないので筋肉がどんどん肥大してしまうわけですね。
このミオスタチン関連筋肉肥大症が初めて報告されたのは2004年のことです。
Markus Schuelke先生により筋肉が異常に発達した子どもの症例報告が発表されました。
この子は4歳半にして3kgのダンベルを2つ水平に保持し続けられるほどの筋力を有しており、
血縁者にも非常に強い腕力を持つ人がいることをきっかけに遺伝子疾患であること、そして原因となる遺伝子が突き止められたのです。
この症例報告があった2004年以前には存在しなかったかと言うとそんなことはなく、実際にはもっと昔から存在した病気だと思われますが、
遺伝子変異の存在やミオスタチンの作用が十分に解明される前だったので病気だと認識されていなかった可能性が高いですね。
そしてこの病気、とんでもなく稀な病気です。
私が知っている病気を全部並べたとしても5本の指に入るくらい稀です。
世界的に見てもほとんど症例報告がなく、過去に何人の患者さんがいるかすら確かなソースが見つけられませんでした。
上に示した症例報告も19年前のものなので、ひょっとして今は存在していない疾患概念なんじゃないかと心配になるレベルでしたが、
アメリカの権威あるGenetic and Rare Diseases Information CenterやMedlinePlusといったウェブサイトにも掲載されているのでそれなりに信憑性のある疾患ではあるようです。
ここまで極端に症例報告がないのは、ミオスタチン関連筋肉肥大症の発症頻度の低さに加え、
この病気のみで身体を著しく害する危険性が低い(筋肉がメチャクチャつくこと以外に困る症状が少ない)ことも関係していると思われます。
甘露寺蜜璃の状況は?
ここでもう一度、甘露寺蜜璃の描写を見てみましょうか。
彼女の筋肉の密度は常人の8倍だそうです。
上に挙げた文献によると、ミオスタチン関連筋肉肥大症で肥大する筋肉は最大でも常人の2倍程度のようですので、
彼女は特異体質の中でもさらに特異体質なのでしょう。
…と言いたいところですが、ミオスタチン関連筋肉肥大症は筋肉そのものが肥大する病気であり、
彼女のように筋肉の密度が上がるわけではありません。
というか筋肉の構造上、密度8倍を実現するのはかなり難しいです。
筋肉を模式的に描いてみると下図のようになっているのですが、
筋肉を構成している筋束(筋線維束)、筋束を構成している筋線維、筋線維を構成している筋原線維、
筋原線維を構成しているアクチン・ミオシンといった構造物は一般人でもこれ以上ないほどみっちりぎっしり詰まっています。
そして筋肉の最小単位であるアクチンとミオシンには一定の隙間がなければ収縮できない構造になっているので、
本当に筋肉の密度が8倍になっているとすれば甘露寺の筋肉はミクロ単位の構造からして常人と違うわけです。
もしかするとミオスタチン関連筋肉肥大症ですら無いのかもしれません。
もっとも大好物の桜餅を食べ過ぎてピンク色をベースに毛先だけ緑色というどうかしている髪の色になってしまった彼女なので、
筋線維が8倍の密度になっているくらいは恋の呼吸か何かでどうにかするものとしましょう。
甘露寺蜜璃の体重
次に気になるのは彼女の体格で、公式のプロフィールによると167cm、56kgだそうです。
BMIは約20.1なので、標準体重の22をやや下回る程度ですね。
いやおかしくね???
筋肉の密度が8倍なわけですから体重もメチャクチャ重くなっていなければおかしいですね。
ちょっと計算してみましょう。
人間の体重の約40%が骨格筋(手足や腹筋・背筋などの鍛えられる筋肉)です。
その密度が8倍になっているということは、甘露寺の骨格筋は同じ体格の一般人の体重×320%にあたる質量を持っているということ。
この320%に骨格筋以外の部分の60%を足すと、甘露寺の総体重は同じ体格の一般人の体重×380%=3.8倍である必要があります。
身長167cmの場合、標準体重は約61.4kgです。
したがって甘露寺の体重は233kgくらいでなければ計算が合わないのですが、消えた質量はどこに行ったのでしょうか。
甘露寺蜜璃と大食い
まあ、婚活のために鬼殺隊に入って柱にまで昇進してしまった彼女なので質量は気合いで消すものとしましょう。
質量保存の法則?しらんな
何にせよ常人の8倍の筋肉密度を持っているとなれば、甘露寺の規格外の大食いにも納得がいくというものです。
柱の中でも一番の大食いであり(駅弁を11個食べる煉獄さん以上)、相撲取り三人よりも多く食べたという逸話があります。
作中でも炭治郎と食事をするシーンで「今日はそんなに食べてないけど」と話しつつ悟空並みの食事量をとっているシーンがありますね。
筋肉に限らず、人間の体は生きているだけでエネルギーを消費します。これを「基礎代謝」と呼びます。
骨格筋の基礎代謝量は13kcal/kg/日です。(参考:厚生労働省 e-ヘルスネット)
甘露寺の実質的な骨格筋量は約196.5kgに相当しますので、
つまり彼女の骨格筋をただ維持するだけでも1日に約2554.5kcalを消費します。
その他の臓器の基礎代謝量を740kcalと概算すると、
彼女は生きていくだけで約3300kcalを消費するわけですね。
加えて、甘露寺は鬼殺隊の柱として常人よりも遥かに激しい運動が日常のはずです。
1日の総消費カロリーを表すTotal Daily Energy Expenditureの計算式では、
非常に激しい運動をしている場合、総消費カロリーは基礎代謝×1.9で表されます。
この場合、彼女の1日の総消費カロリーは約6270kcalとなります。
化け物かな?
実際問題として、ミオスタチン関連筋肉肥大症の患者さんは常人よりも多くのカロリーを必要とします。
特に小児期に栄養分が十分に足りていない場合、脳や内臓の発達に障害が出てしまうおそれがあるので、
食事に困らない現代の先進国ならともかく昔は死活問題だったであろうことが想像されますね。
甘露寺はその後、障害どころか人一倍大きく(意味深)育っていますし、
幼少期からこれだけの食事量を賄える甘露寺家はそれなりに裕福な家だったことが予想されます。
というか大正時代の日本人女性で167cmはメチャクチャでかいです。
西洋の高カロリーな食文化は彼女にとって僥倖そのものだったに違いありません。
『ケンガンアシュラ』若槻武士
そんなわけでミオスタチン関連筋肉肥大症について取り上げてきましたが、
「裏付けなしに腕力が強いキャラを作れる」というフィクション的においしすぎる特性のためにマンガ界にはよく出てくる属性でもあります。(病名が明言されていないことの方が多いですが)
現実では2倍の筋肥大がせいぜいですが、フィクションでは何の遠慮もなく甘露寺蜜璃の8倍などのぶっ飛んだ数字が出てきます。
「○倍」と明言されていない場合でも、『ACMA:GAME』の島津涼や『嘘喰い』の箕輪勢一など、どう見ても常人の2倍などという範疇では済んでいません。
そんな中でもおそらく頂点に君臨するであろうキャラクターが『ケンガンアシュラ』の若槻武士ですね。
彼は古海製薬に所属する闘技者で、フルコンタクト空手を得意とする『ケンガンアシュラ』屈指の実力者です。
そんな彼の身長は193cm、体重は193kg。生まれた時の体重は12150g。
筋肉密度は常人の約52倍だそうです。
先程の甘露寺蜜璃の体重と同じ要領で計算してみましょう。
身長が193cmということは、標準体重は1.93×1.93×22≒81.9kgとなります。
そのうち骨格筋が占める割合は40%ですが、その骨格筋の密度が常人の52倍なので、
若槻さんの筋肉量は81.9×0.4×52≒1704kgとなるはずです。
骨格筋以外の重さが81.9×0.6≒49.2kgなので、筋肉量の1704kgを足すと若槻さんの体重は約1753kgになるはずですね。
これはだいたいカバと同じくらいの体重です。
しかもこれは標準体重を基準とした話なので、人より鍛えているカバ槻さんであればさらに体重が増えても不思議ではありません。
ついでに消費カロリーも計算しましょうか。
甘露寺蜜璃と同じ要領で計算すると、彼の筋肉量で激しい運動をした場合、
必要なカロリーは骨格筋だけで1704×13×1.9≒42089kcalとなります。
ビスケットオリバかな?
52倍の筋肉密度を持つ若槻さんの体重がなぜ193kgというそこそこ常識的な数値で収まっているのかは謎ですが、そういえば若槻さんは空手の達人なので、
もしかするとカラテ・トレーニングによるダイエット・ジツなのかもしれません。
そういうことにしておきましょう。
ちなみに、常人の52倍の筋肉を持った人間に誰が勝てるねんと思うところですが、
『ケンガンアシュラ』の世界には若槻さんに勝利した人が3人もいます。
(黒木や雷庵など、たぶん格上であろうと思われる人間はもっといます)
どうなってんだこの世界。
まとめ
以上、『鬼滅の刃』甘露寺蜜璃と『ケンガンアシュラ』若槻武士に関する考察でした。
余談ですが、今回甘露寺蜜璃のことを調べるにあたりネット上の様々な情報をあたり、
「甘露寺蜜璃がオッパイ放り出してるのはどうなの?」という疑問に対し歴史学・民俗学・服飾学の観点から素晴らしい考察を書かれている記事を発見しました。
非常に学術的に興味深い記事なので、よろしければこちらもご覧くださいませ。
色々と書きましたが、結論としては蜜璃ちゃん可愛いということです。
彼女がアニメでどのような立ち回りを見せるか、そして例の温泉のシーンがどう描写されるのか。
私も常人の8倍の集中力で視聴したいと思います。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
以下、関連記事です。
上弦の陸・妓夫太郎と梅毒に関する解説はこちらです。
『ケンガンアシュラ』についても記事を書いています。
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現在、ニュースレター『産婦人科医やっきーの全力解説』を配信中です。
「男女の産み分けってできるの?」「逆子って直せるの?」「マーガリンは体に悪いの?」などの記事を基本無料で公開しておりますので、こちらもお楽しみください。
悲報 筋肉、J民だった
放り出しになってる胸部の膨らみは、脂肪に包まれた乳腺ではなく、8倍の密度を持った驚異の大胸筋だったんでしょうねぇ…めっちゃくちゃ硬いんだろうなぁ…w
(乳房の構造は、大胸筋の上に乳腺と脂肪が乗っている…調べるまでもなく考えればわかりますよね。男性の大好きな俗に言うπ=柔らかい脂肪と乳腺部分は筋肉で守られようがない。隊服でも守られていない。なんてこった。)
記事は大変面白く拝読しました。勉強になりました〜。
思い付いたので補足ですが…8倍の密度の筋肉を支えるため靭帯も8倍の密度(強度)を持つなら驚異のクーパー靭帯で守られているのかもしれませんね。どちらにせよめちゃくちゃ硬そうですね。後々、靭帯が伸び切ってしまったらとも心配になりますが。怖や怖や。