こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
本日の題材は、約1年半ぶりとなる『NANA』です。
少女漫画を語る上では外すことのできない伝説の少女漫画ですね。
『NANA』といえば少女漫画としてはかなり大人向けな内容が特徴(そもそも掲載誌のCookie自体が20歳前後くらいの女性をターゲットに作られている)で、
特に主人公の1人が避妊目的でピルを常用しているという描写は2000年代当時としては画期的でした。
今の常識からすると悪いことでも何でもないのですが、当時はピルに関する理解の低さも相まって「最近の少女漫画は過激だ」と言われる原因のひとつでもありましたね。
(ピル関係なく過激な内容なのは確かですし、前回の記事は妊娠中のセックスが題材だったわけですが)
しかし、現在でもなおピルという薬の役割が男性に十分に伝わっているとは言いがたく、
ただの避妊薬にとどまらない女性の健康を支える神の薬と呼んでも過言ではないことはあまり知られていないと思います。
そんなわけで本日は『NANA』の描写を題材にしつつ、ピルってどういう薬なの?飲んでたらどんなメリットがあるの?という話を詳しく説明していきましょう。
NANA
『NANA』のあらすじについては前回の記事でも触れたので今回は割愛するとして、
2人の主人公のうちの1人・大崎ナナは、恋人のレンとの同棲時にピルを内服していることを話しています。
そんな第2話の後はびっくりするくらいの紆余曲折を経るのですが、
まあ何やかんやあってナナとレンは東京で音楽活動の合間をぬって逢う恋人関係になります。
とはいえレンは超大人気バンド「TRAP NEST」の顔役とも言うべきギタリストで、
対するナナもメジャーデビューが決まり絶賛売り出し中のバンド「BLACK STONES」のボーカルです。
ナナの唯一無二の友人である奈々が自らのもとを離れてしまったことや、
レンが自分より仕事を優先して会えない状況が続く中で精神的に不安定になり、
ナナは過呼吸を発症してしまいます。
ヤスとシンは隣人の美雨に紙袋を借り、ペーパーバッグ法で応急処置をしました。
その後、ナナはマネージャーの顔馴染みだという病院へ移動。
検査の結果、やはり過呼吸と診断されました。
医師から説明を受ける中、ナナはピル内服中にもかかわらず喫煙していることを告白。
「血栓症になる恐れがあるぞ」と注意を受けます。
このやりとり、当時医学生ですらなかった私にとっては意味不明だったので、
ナナの病状と描写について詳しく考えていきましょう。
過換気症候群
まずは過呼吸こと「過換気症候群」について。
それほど珍しい病気ではないので、周囲で見たことがある、またはご自身が発作を起こしたことがあるという方もいらっしゃるでしょう。
過換気症候群がどんな病気かと言うと、まさにナナのように息をするのが非常に苦しくなるような病気です。
原因としては主に精神的なストレスが挙げられますが、他にも心臓や肺の病気など、基礎疾患が存在する場合もあります。
症状は突然の呼吸困難と動悸、手足のしびれをきたすことが多いですね。
これが発生する仕組みは結構複雑なのですが、シンプルに言えば呼吸機能を調整している体中の色々な信号がテンションをブチアゲてしまう感じです。
そしてこれ。
『NANA』によって過換気症候群の応急処置はペーパーバッグ法!というイメージが結構ついてますが、
実はペーパーバッグ法は1990年代頃から低酸素を起こすリスクが高く危険だという事実が明らかになり現在は推奨されていません。
仮に行う場面があるとしても、医療機関で血中酸素をモニターできる状況で行うべきですね。
じゃあ目の前で過呼吸が起きたらどないしたらええねんという話ですが、
不安感を取り除いてゆっくり呼吸させるよう指導すること、特に腹式呼吸を意識するようにすると改善しやすいとされています。
過換気症候群の発作に有効な薬は特に無いため、実際の医療現場でもこのような対応がとられる場合が多いです。
(参考:古川智一『過換気症候群』診断と治療 102(suppl): 263-266, 2014.)
ピルについて
そんなわけで本記事のメインテーマです。
これの話がしたくてここまで解説してきたようなもんです。
婦人科医療に明るくない人にとっては、ピルの役割といえば避妊くらいしか知らないという方も珍しくないと思います。(連載当時中高生だった私を含め)
しかしピルには避妊以外にも役割があり、大きく分けても7つのメリットが存在します。
①避妊
まず1つ目の効果が「避妊」ですね。
セックスはしたいが妊娠はしたくない、そんな人類の願望は古くから存在したため、避妊法の歴史は紀元前3000年頃にまで遡ります。
17世紀には魚の浮き袋や牛の腸間膜をちんちんに被せてコンドームみたいに使ってた記録もあるとか。
しかしながら、いずれも確実性の高い避妊法とは呼べないものでした。簡単に破損したようですし。
そんな中、20世紀に入り実用性の高いコンドームや経口避妊薬(ピル)などが開発されたことで、
「じゃあ具体的にどれだけ避妊効果があるのか比較してみようぜ」という検討がなされました。
現状、最も確実性の高い避妊法は不妊手術(男のパイプカットや女性の卵管摘出など)なわけですが、
最もお手軽な避妊法のひとつであるコンドームはというと、理想的な使用を行った場合でも1年間で3%ほどの避妊失敗率であるとされています。
ちなみにリズム法(いわゆる「危険日」を避けるだけ)による避妊は正しい専門知識をもってしても避妊失敗率は1~9%ほどにのぼり、
素人が自己判断で行う場合においては避妊失敗率は25%くらいです。基本うまくいかないと思って良いです。
これに対し、経口避妊薬(ピル)を正しく内服した場合の避妊失敗率はわずか0.1%ほどであり、
リズム法はおろかコンドームと比較してもかなりの確実性をもっていることが一目瞭然ですね。
(参考:厚生労働省『経口避妊薬(OC)の有効性についてのとりまとめ』)
望まぬ妊娠は人生が狂いかねないので、ピルの避妊効果の確実性がきわめて高いことは知っておきたいところです。
②生理痛を改善させる
避妊と同程度か、あるいはそれ以上に重要なピルの効果。
高校生時代の私を含めて男性からは意外と認識されていませんが、女性の健康を考える上でメチャクチャ重要です。
元々ピルは避妊のために作られた薬ですが、
内服者から「生理痛が軽くなった」という声があったことも知られていました。
その後、様々な研究において「ピルは生理痛も改善させる」という事実が立証されました。
生理痛は個人差が大きいですが、ひどい人はまともに動けなくなるレベルです。
古い考えを持った人の中には「ピルを飲んでいる=いかがわしい人間」というイメージの人も少なくありませんが、
「特に病気もしておらず性交渉もないけどピルを飲む」というのはむしろ体調管理の上でごく普通のことです。
無駄に生理痛を我慢することに特に意味はありませんし。
③月経血量を減らす
これまたピルの大事な効果。
男性にはなかなかイメージしにくいですが、勝手に股間から血が出てくる(ナプキン等を貫通することもある)というのはかなり不快なもので、それを減らす効果があるのはうれしいところ。
ピルの内服を行うと、ほとんどの方は出血量が減ります。
過去の研究によると2周期以上のピル内服により月経血量が43%減少したとされています。
④卵巣癌・子宮体癌・大腸癌の発症リスクが低下する
内服している女性からも知名度の低い効果かもしれません。
過去の様々な統計により、ピルの内服により卵巣癌・子宮体癌・大腸癌の発症リスクが低下することが確認されています。
⑤ニキビを改善させる
この記事をご覧の皆様はそろそろどんだけ効果多いねんと思っていらっしゃる気がしますが、
なんとまさかのニキビ(尋常性痤瘡)を改善させる効果がついています。
3~6か月以上の内服によりニキビの数も重症度も改善させます。
日本ではニキビ治療を目的としたピルの内服に保険は通りませんが、
アメリカではニキビ治療のガイドラインにピルが推奨度A(めっちゃおすすめ)として載っているレベル。
⑥生理不順を安定させる・生理の頻度を減らす・生理日をずらす
ピルは28日分で1セット(ものによりますが)になっており、
この28日のうち数日間で少量の生理が来る、という仕組みになっています。
これにより生理不順の方であっても月経周期を28日に調整でき、不意な出血のリスクを抑えることができます。
また、「連続服用」と呼ばれる種類のピルならば28日よりももっと長く(最長で120日)月経周期を調整することも可能なほか、
飲んでいるピルの種類にもよりますが、飲み方の工夫によっては生理日をずらすことも可能です。(婦人科の先生に相談してね)
⑦他にもいろいろ
上記の①~⑥に加えて子宮内膜症やPMS(月経前症候群)など、
ピル内服により治療効果が認められている疾患は多岐にわたります。
…と、ここまでメリットばかりを紹介してきたピルですが、何のデメリットもない薬というものは存在しません。
一部ではありますが、ピルが使いにくい状況というものも存在します。
デメリット①血栓症
ピルを内服する上で最も気を付けるべきリスク、それが「血栓症」です。
これこそが産婦人科的にはピル処方における最重要項目と言っても過言ではありません。
血栓症というのは、簡単に言えば「血管の中に血栓(血の塊≒かさぶた)が出来てしまう病気」と言い換えられます。
血栓ができたり詰まったりする場所によって症状は様々ですが、急にどこかが痛くなったり体調が悪くなった場合はすぐにかかりつけの先生へ相談する必要があります。
とはいえ、厳密には「飲まない人に比べて発症率(相対リスク)が上がる」というだけであり、
血栓症が起きる絶対的なリスク自体は高いとは言えません。
具体的に言うと、ピルを飲んでいない人が血栓症を発症する確率は年間1万人に1~5人程度。
それに対してピルを飲んでいる場合は年間1万人に3~9人程度です。(統計によって多少の誤差があります)
確かに発症率は上がっているのですがそもそもの絶対的リスクが高くありませんし、
他の条件と比較してみると妊娠中の血栓症発症リスクは年間1万人あたり5~20人、
産後に至っては年間1万人あたり40~65人という高率です。
よって、ピルの内服によって血栓症を引き起こすリスクは妊娠中や産後よりもずっと低いということが言えます。
ただ、問題は「血栓症を起こしやすくする他のリスクが重なった場合」ですね。
例えば40歳以上の方やBMIが30以上の肥満の方など、「ピルを飲んだらダメなわけじゃないけどちょっと慎重になるべき条件」はいくつか存在します。
これらはいずれも「血栓症や心筋梗塞などのリスクが高い人」であり、ピル処方時には慎重な判断が求められます。
「喫煙」もそのひとつで、ピルの処方に関する方針が書かれた『OC・LEPガイドライン 2020年度版』によると、
「35歳以上で1日15本以上の喫煙者にピルを投与してはならない」という内容が記載されています。
ナナが先生から注意を受けていたのもこういった理由によるものですね。
ナナは20歳なので年齢的には大丈夫かもしれませんが、煙草はどう見てもメチャクチャな本数を吸っており、
21世紀の漫画に出てくる喫煙シーンの多さとしては『NANA』と『BLACK LAGOON』で頂点を争っているレベルです。
ナナがピルをどこで調達しているのかは謎ですが、私が担当医なら煙草かピルのどちらかを止めてもらうかな…
デメリット②乳癌・子宮頸癌との関連性
過去の統計データにより、ピルの内服者はわずかながら乳癌と子宮頸癌のリスクが上昇する可能性が示されています。
ただし、これは必ずしも現在の状況で同様のことが言えるとは言い切れません。
例えば乳癌のリスクが上昇する機序は「ピルに含まれているエストロゲン(女性ホルモン)が乳癌を増悪させる方向に働くから」というものですが、
現在ではエストロゲンの量を従来のものよりも下げた「超低用量ピル」が存在し、こちらでは乳癌の発症率が上がらない可能性が指摘されています。
それに、「乳癌のリスクを上昇させる」の根拠のひとつであるメタ解析の結果は「発症リスクが1.081倍になる」というごくわずかなものでした。
子宮頸癌についても、上記のような発症リスクに関する研究が出されたのはHPVワクチンが普及する前のものであり、
HPVワクチンが普及した後の状況としては大きく変わっていることが予想されます。
HPVワクチンに関してはこちらの記事をどうぞ。
【医学の話】『コウノドリ』より 子宮頸がんとHPVワクチンについて考える
なお、ピルと過呼吸にこれといった関係はなく、
特別に発症しやすいという事実はありません。ご安心ください。
まとめ
ピルのメリットとデメリットについて解説してきましたが、
結論としてほとんどの妊娠可能年齢の女性の方々にとっては総合的に見てメリットが上回ると思います。
加えて、デメリット②で乳癌と子宮頸癌のリスクについて説明しましたが、
これらはどちらも「無料または格安で定期的ながん検診が受けられる病気」です。
タバコを止めるのは基本として、ピルを適切に内服して上記①~⑦の恩恵を享受しつつ、
関係がある(かもしれない)乳癌と子宮頸癌についてはキッチリがん検診を受けて対策。
これが21世紀を生きる女性に是非おすすめしたい体調管理法の基本ですね。
ナナが飲んでるピルは何?
ここからは余談ですが、ナナが飲んでいるピルは明治製菓株式会社(当時)が販売していたエリオット21という薬で、
1999年4月に販売開始となったものの、わずか2年後の2001年に販売中止となったかなり稀少なピルです。
私の父(1999年当時から産婦人科クリニックを開業している)に聞いてみましたが「一度も扱ったことがない」とのこと。
そこで現在のMeiji Seika ファルマさんに販売中止の理由を問い合わせてみたところ、
「シェアは1%程度と全く売れなくて、その後上昇する兆しも無いので中止にした」とのことでした。
クソ失礼な質問に超丁寧な対応をして下さって本当にありがとうございました。
当時、ヤスに憧れて「Black Stone Cherry」という葉巻を吸ってた知人が居ました(すっげえ甘い独特の匂いでした)が、
果たしてナナに憧れてエリオット21を手に入れていた剛の者は居たのでしょうか…
薬はさすがに無理だよな、たぶん…
以下、関連記事です。
性を扱いまくった少女漫画の記事はこちら。
新條まゆ先生の作品もどうぞ。
前回の『NANA』考察記事はこちら。
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