こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
本日の【漫画描写で学ぶ産婦人科】は、赤坂アカ先生・横槍メンゴ先生【推しの子】より
星野アイの妊娠と出産に関する考察です。
【推しの子】といえば、『かぐや様は告らせたい』で一世を風靡している赤坂アカ先生が原作を担当し、女の子の可愛さに定評のある横槍メンゴ先生が作画を担当する、今最も話題の作品ですね。
実績のある両先生のタッグということで連載開始時から話題になっていましたが、2023年4月よりアニメが放送されます。
ちなみに私は赤坂アカ先生の未完の名作『ib -インスタントバレット-』の続編をいつまでも待ち続ける勢です。
魔女さんかわいい。
目次 非表示
あらすじ
【推しの子】は宮崎県の山奥の病院に勤める産婦人科医、ゴロー先生の独白から始まります。
ゴロー先生はアイドルグループ「B小町」のセンターとして活躍するアイ(16歳)の熱狂的ファン、いわゆる「推し」です。
その推しっぷりは患者さんの病室で「B小町」のライブビデオを観るほどです。仕事しろ。
そんなある日、突然アイは活動休止を発表。
もちろんゴローはショックを受けますが、気を取り直して日常診療に勤しみます。
その矢先に目の前に座った初診の妊婦は、ゴローの推しである星野アイでした。
推しのアイドルが妊娠していた事実に嘔吐しそうになりながらも診察はきちんとこなし、20週の双子がお腹にいることを告げます。
アイの両親は不在、16歳での妊娠、しかも子供の父親は明かせないということで、なかなかにリスクの高い状況です。
事務所の社長も難色を示す中、アイは出産を決めました。
出産後もアイドル活動は続けるつもりなので、妊娠や出産は公表しないことに決めたわけです。
ゴロー先生はファンとして、そして医者として、
アイの出産が無事に済むよう全力を尽くすことを誓いました。
妊婦健診も順調に進み、ついに出産予定日。
分娩を待機するゴロー先生ですが、謎の男に襲われ、意識を失います。
目が覚めると、なんとアイの息子に転生していました。
このようにプロローグこそなんでやねん展開ではありますが、
アイの息子として生きることになったゴローことアクア、
そして同じくアイの双子の娘として生きることになったルビー、
芸能界で生き抜く兄妹と二人を取り巻く個性的な人々の物語は必見です。
「萌えっぽい絵柄のアイドル漫画」ということで敬遠している方はもったいないですよ!
まずはアプリで1巻だけでも読んで頂きたいです。
個人的に【推しの子】の1巻は数ある漫画の1巻の中でも屈指の完成度だと思います。
中絶の可能性について
それでは、アイの妊娠と出産について産婦人科医の視点で考えてみましょう。
アイの妊娠・出産に関するハードルは大きく2つあると思われます。
・社会的なリスクの高さ
・双子であるという点
特に「社会的なリスクの高さ」は現実問題として大きく、ゴローや事務所の社長も危惧していたように妊娠を続けるかどうかが第一の争点になってきます。
要するに、中絶をするかどうかですね。
さて、あまり知られていませんが、中絶という行為は法律でガチガチに固められています。
赤ちゃんとして産まれるはずだった命を絶つわけですから、一つ間違えば殺人スレスレの行為です。
このへんをきちんとしてないと医者も普通にお縄にかかります。
それ故に、我々産婦人科医としては法律に反していないかは入念にチェックするところです。
ここで中絶に関する法律、「母体保護法」の第十四条を見てみましょう。
都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。
一 妊娠の継続または分娩が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
二 暴行若しくは脅迫によってまたは抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの
…はい、分かりにくいですね。
内容を分かりやすく嚙み砕いてみると、こんな感じになります。
・中絶をしていいのは都道府県医師会が許可した医者だけだよ
・その医者のことを「母体保護法指定医師」って呼ぶよ
・中絶していいのは妊娠や出産が母体にめちゃくちゃ負担な時だけだよ
・ここで言う負担っていうのはお金が無いとか体が弱いとかだよ
・強姦された人に関しても中絶OKだよ
ここでアイについて振り返ってみましょう。
アイドルという事情は置いておいても、アイは親のいない16歳です。
人気こそあれど1~2年の休業に耐えられる程の蓄えがあるとは思えませんし、その間の収入もほぼゼロでしょう。
これはもうバリバリの特定妊婦であり、行政の介入は避けられません。
現実なら100%、行政が介入する妊娠・出産です。
ゴローの全面協力があったとはいえ、よく出産を隠し通せたものです。
このような場合は、上に挙げた母体保護法第十四条における「経済的理由」にあたりますので、妊娠中絶も許容されると思います。
しかし、ここで大きなハードルがあります。
未成年の妊娠中絶には親権者や保護者の同意が必要です。
現時点で作中にアイの親権者に関する言及はなく(「母親が窃盗で捕まった」という記載のみ)、
苺プロ社長が養子縁組を行っていれば話は早いのですが、アイの苗字が「斉藤」(苺プロ社長)になっていないところを見るとその線は薄いでしょう。
アイの親権者が行方不明や死去している場合、様々な手続きを経て家庭裁判所の決定により未成年後見人を立てならなければならないわけですが、
アイは既に妊娠20週なのでそんな悠長な事をしていたら次項で解説する中絶可能な時期を過ぎてしまいます。
中絶時期の問題
妊娠中絶は妊娠22週以降に行うことができません。
なぜなら、医学が発展した現代では22週の赤ちゃんはギリギリ生きていける可能性があるからですね。
22週以降の赤ちゃんを中絶しようものなら堕胎罪に問われます。
つまり、アイの初診時である妊娠20週はかろうじて中絶が可能な週数です。
この時期の中絶を「中期中絶」と呼び、日帰りでできるような妊娠初期の中絶手術とはだいぶ勝手が異なります。
詳細はここでは省きますが、処置を開始してから中絶が終了するまでにだいたい3~5日くらいが必要です。
したがって上記のような経済的理由を勘案した上で、20週という週数で妊娠継続の意思を確認するという流れは理にかなっています。
その上でアイ本人が妊娠継続を希望することを確認したら、それに向けて全力を尽くす。
ゴロー先生の対応は産婦人科医として満点と言えるでしょう。
双子の出産のリスク
そして次の問題が、双子の出産ということ。
28週の妊婦健診時にゴロー先生は、
「赤ん坊の頭蓋骨が大きかった場合 君の体型だと骨盤の開きが足りないことが多いんだ」
と言って帝王切開を提案していますが、これはちょっとおかしいですね。
確かに双子では帝王切開をすることが多いですが、
それは「確率的に片方は逆子になりやすい」「陣痛が弱くなりやすい」といった理由によるものです。
赤ちゃんの頭蓋骨が大きくて骨盤を通れない、いわゆる「児頭骨盤不均衡」は双子とは直接関係ありませんし、
それを28週時点で指摘することはまず無いでしょう。
結果として出産時のシーンを見る限り帝王切開している雰囲気は無いので、
アイは無事に双子を経腟分娩することができたようです。
双子の合併症についてはもっともっとリスクの高い双子の某兄弟が漫画界には居ますので、その時に詳しくお話ししましょう。
まとめ
ゴロー先生は患者の病室でライブビデオを流すヤバい医者ですが、
肝心の医療内容は結構きちんとしていることが分かりました。
そして産婦人科医時代(転生前)はこんなにハジけたキャラだったのに、
アイの息子として育ってから(転生後)はある事件がきっかけで寡黙で達観したキャラになりました。
その理由も、1巻を読めば分かります。
本当にお勧めできる作品ですので、1巻だけでも読んでみることをお勧めします。
余談ですが、妊娠35週で踊っているアイのビジュアルはセラそっくりですね。
ということで、私はまだまだインスタントバレットの連載再開の可能性が残されていることを主張したいと思います。
『かぐや様』も【推しの子】も読んだという皆様は、是非「インスタントバレット」も読んでみて下さい。
全5巻と大変読みやすくなっております。
最後にゴロー先生に倣って、私も名言を残しておきましょう。
赤坂アカ漫画を読むと健康に良い。それが私の医師としての見解だ。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
以下、関連記事です。
上に書いた「もっともっとリスクの高い双子」宮沢静虎と宮沢鬼龍に関する記事です。
『TOUGH』より双子(一絨毛膜一羊膜双胎)について解説する
『かぐや様は告らせたい』田沼正造先生に関する考察です。
『かぐや様は告らせたい』田沼正造はいかにして四宮家のお抱え医師になったのか?
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このサイト双子の話出る度にタフの空気がチラつくな……
出産のことはあまり分からないのですが、帝王切開を勧めるのは双子云々ではなくアイの身長的に自然分娩は厳しいからではないでしょうか…?
腹部大動脈についての解説も欲しかったところ
記事拝見しました。
ゴロー先生は双胎の若年高リスク妊婦にも関わらず、プライバシー保護のために田舎の小〜中規模病院で分娩に臨んだレベルの高い産婦人科医(の設定)だと思います。
ただ、ご指摘通り双胎の児頭骨盤不均衡は少し的が外れてますね。
双胎が40週まで陣痛起こらないのも、予定日だから分娩なった的な描写があったことも、かなり違和感があります。
漫画自体のクオリティーが高いだけに、1巻のその辺りの描写が残念でなりません。
推しの子の医療的な側面はあまり参考にしないでほしいですね。
分娩が本筋の漫画ではないのですが、1巻の序盤の話で構成を練る時間は多く取れたと思うので、せめて知人の産婦人科医にでも少しアドバイスしてもらって方がよかったのでは、と思います。