こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
本日の【漫画描写で学ぶ産婦人科】はこちら。
森永あい先生『山田太郎ものがたり』より、
山田綾子が出産した三つ子の出産にまつわるエピソードです。
あらすじ
『山田太郎ものがたり』の主人公・山田太郎は、
成績優秀、眉目秀麗、スポーツ万能、人柄にも優れ、
女子生徒たちの憧れを一身に集める学園のヒーローですが、
凄まじい程の極貧生活を送っているという唯一にして最大の欠点を持ちます。
父・和夫は自由人でほぼ家を空けており、
母・綾子はお嬢様育ちゆえに金銭感覚が麻痺しています。
さらに六人いる弟や妹たちは小学生のため、
太郎は彼らを養うために、昼は学校、夜や休日はアルバイトに精を出しつつ、殆どの家事を一手に担う、
まさに一家の大黒柱とも言うべき活躍を日常としています。
そのあまりの貧乏ぶりから、完璧超人ながら思考は超庶民派であるという、
相反する性質を持った愛すべきキャラクターの山田太郎、
さらに彼を取り巻く個性的な友人たちや家族たちが織り成す名作コメディ、
それが『山田太郎ものがたり』です。
本編は20年以上前に完結していますが、
故・森永あい先生の全盛期のギャグセンスは今読んでも色褪せません。
太郎が高校三年生になる頃、父・和夫の失踪と同時に、母・綾子の妊娠が発覚します。
出産費用の工面に苦心する太郎でしたが、
出産を控える時期にエチオピアで医療に従事する祖父母がちょうど日本に帰っていたため、
二人が出産を取り上げることになり、資金面に余裕のできた山田家は順調に出産に備えていました。
その頃、太郎の高校の元先輩である杉浦圭一は浪人生でしたが、
紆余曲折を経て太郎と共にコスプレパブでアルバイトをしていました。
不運にも綾〇レイのコスプレをしているところを家族に発見され、外に飛び出してしまったところ、
道端で陣痛が来て動けなくなっている綾子に遭遇します。
杉浦さんはその姿のままヒッチハイクで山田家の自宅に戻りますが、
太郎の祖父母は不在であり、お産の進行は一刻の猶予もない状態でした。
杉浦さんは悪戦苦闘の末に綾子の出産を介助し、
太郎らが戻って来た頃には無事に出産が終了していました。
しかも三つ子だったというオチでした。
三つ子について
前回の四星の時に多胎妊娠についてお話ししました。
1850年頃の中国の四つ子に比べれば、
現代の日本で、きちんと病院で妊婦健診も受けており、
綾子さんの三つ子出産は幾分インパクトに欠けるかもしれません。
しかし、それでも三つ子の出産は非常にリスクが高いことを忘れてはいけません。
基本的に人間は一回の妊娠で一人を出産するようにできていますので、
多胎妊娠とは母児にとって非常にハイリスクです。
まず、母体に関しては妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病などの合併症のリスクが高くなりますし、帝王切開の確率も上がります。
赤ちゃんに関しても、早産で体の機能が未熟な状態で産まれるリスクが高くなりますし、
今回は詳細を省きますが「双胎間輸血症候群」という疾患になる可能性もあります。
これらを乗り越えて無事に出産したとしても、複数人の赤ちゃんを同時に育てるというのは家族にとって強い負担です。
医療従事者でなければ中々理解されにくいものの、
双子や三つ子というのは、確かに2倍・3倍おめでたいのですが、
内包するリスクはそれ以上に高いのです。
しかし、綾子さんも三つ子も何の支障もなく無事に出産、成長しています。
前回の四星の解説でも引用した文献によると、
日本では三つ子の平均分娩週数は32.7週のようです。
(参考:https://web.archive.org/web/20110711211748/http://www.jsog.or.jp/PDF/52/5201-007.pdf)
綾子さんの分娩週数を直接推測する手がかりになる描写はありませんが、
産まれたばかりの赤ちゃんを抱っこするシーンの描写からすると、
赤ちゃんはそこそこ大きく、32週前後の早産児には到底見えません。
正期産(37週以降)の平均的な赤ちゃんの大きさくらいはありそうです。
お産の日に太郎が「もうそろそろなんだから」と言っているところを見ると、
三つ子の大きさを加味すれば少なく見積もっても36~37週くらいでしょう。
私は何人か三つ子の妊婦さんを診たことがありますが、
36週どころか34週までもった妊婦さんすら見たことがありません。
さすが綾子さん、十児を出産した経験は伊達ではありません。
妊婦健診していた病院の対応は?
しかし、綾子さんの妊婦健診をしていた病院の対応については、
産婦人科医の目から見て大いに疑問が残ります。
綾子さんは善崎産婦人科小児科という病院で妊婦健診をしていたようです。
この病院のように、産婦人科と小児科が併設している医院は時々ありますね。
こういった病院は殆どが個人病院で、夫が産婦人科医で妻が小児科医(またはその逆)の夫婦経営といったパターンが多いです。
兄弟や親子でのパターンもよくあります。
妊婦健診や出産は産婦人科医が対応、赤ちゃんの健診などは小児科医が対応するといった形で、
お母さんとしては、ひとつの場所で両方の診察が済ませられるため非常に便利です。
赤ちゃんを連れて産婦人科に行ったり小児科に行ったりするのは大変ですからね。
そして、個人病院ではリスクの高い合併症妊娠を扱わないことが多いです。
例えば双子や三つ子、妊娠高血圧症候群、その他持病のある妊婦さんなどは総合病院に紹介されることになります。(病院によっては例外もありますが)
これらの合併症妊娠では、緊急帝王切開や大出血、新生児仮死(胎児機能不全)などのリスクが通常より高いため、緊急時の対応が遅れてしまう可能性があるのです。
総合病院なら血液検査やCT検査などもすぐにできますし、薬や輸血の在庫もあり、小児科や救急科、麻酔科など他の先生の助けを借りることも比較的簡単ですからね。
このような個人病院で三つ子の妊娠を診ることはまずありません。
100%とは言いませんが、まあ99.99%ありえないでしょう。
私がこの善崎産婦人科に勤める産婦人科医だとしたら、三つ子と診断した時点で総合病院に紹介します。どんなに遅くとも20週くらいまでですね。
場合によっては三つ子のうち一人を中絶する「減胎手術」も考慮されます。
そのためにはなるべく早めに総合病院に紹介しなければなりません。
三つ子とは、それくらい母児にとってリスクが高いのです。
綾子さんが何週まで善崎産婦人科で健診を受けていたかは不明ですが、作中の時間経過的に少なく見積もっても30週くらいまでは診ていた印象です。
産婦人科医の視点からは、善崎産婦人科という病院は相当問題のある病院であると言わざるを得ません。
勿論、総合病院と密な連携がとれており、ただちに紹介ができる体制が整っているなどの場合も無いとは言い切れないので一概には言えないところですが…
妊婦さんが受診しなくなったら
そして、この善崎産婦人科のもう一つの問題点は、
自分のところの妊婦さんが突然「家族に取り上げてもらう」と言い出したことを許容していると見られるところです。
仮に妊婦さんから「義理の両親が医師なので、自宅で出産させてほしい」という申し出があったとしたら、
私なら「積極的にお勧めはしない」「妊婦健診は受けるように」「何かあったらすぐに連絡するように」など、いくつもの条件をつけた上で、なおかつ正常妊娠の場合に限り許可はするかもしれません。
が、三つ子となると話は別です。
三つ子の妊婦さんが「自分ちで産みます」と言い出したら、私なら体を張って止めます。
そもそも綾子さんは、今で言う「特定妊婦」にあたると思われます。
「特定妊婦」とは、厚生労働省により「妊娠中から家庭環境におけるハイリスク要因を特定できる妊婦」と定義されています。
分かりやすく言うと「この人、きちんと赤ちゃん育てられる状況か不安だな」という妊婦さんです。
家庭環境が複雑な場合や、精神疾患がある場合のほか、経済的基盤が不安定な妊婦さんなどがこれにあたります。
夫の和夫は画家を生業としていますが、実態としては無職であり、
生活保護も受けていないため、家計のほぼ全部が太郎のバイト頼り、時には弟妹たちの給食費にも困窮するという悲惨な状況です。
この「特定妊婦」という定義は2009年の児童福祉法改正以降のものなので、
1998年の作品である作中の時間ではそういった制度自体は確立されていませんが、
この環境の妊婦さんは確実に行政が介入するレベルの事案になります。
作中の描写を見るに、山田家のもとに保健師さんや役所の職員が訪問したりしている様子も無さそうです。
つまり、善崎産婦人科の医師や助産師は、超ハイリスクな妊婦さんを放置していることが推測されます。
これだけズサンな病院だと、数年に1回くらいは患者さんから医療訴訟されるような事件を起こしていても不思議ではありません。
杉浦さんの功績
前回、ウィンリィが出産を介助した話について考察しましたが、
綾子さんに指示されながらとはいえ、このお産を無事に済ませた杉浦さんの功績は絶賛に値します。
杉浦さんはウィンリィと違い一般家庭の息子であり、出産介助に関する知識があるとは到底思えません。
具体的な描写がないので詳細は不明ですが、結果として母体を含め全員が無事そのものであり、実に適切な対応をしたことが伺えます。
しかも三つ子の経腟分娩です。
産婦人科医の私でも経験のない症例です。
それをぶっつけ本番で行った杉浦さんには産婦人科医の才能があると思います。
幸い杉浦さんは素で成績優秀な上、特定の状況下(太郎がらみ)なら死ぬほど努力ができる人なので、
農学部もいいですが医学部を目指してみてほしいですね。
まとめ
以上、山田綾子の三つ子のお産にまつわる考察でした。
今回、久々に『山田太郎ものがたり』を読み直しましたが、やはり何度読んでも面白いですね。
私は法学方面には疎いのですが、山田家の境遇を法律的に見て何とか救う手立てはないのかな?と改めて思ったところです。有識者の方のご意見を伺ってみたいですね。
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