こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
当ブログを開設してから1年7か月、
もはやブログのメインコンテンツの1つと言っても過言ではない作品が『鋼の錬金術師』です。
本記事を含め、これまでに書いた単独記事数は計6本。
これは『ブラック・ジャック』(2023年12月30日時点で4本)を上回る記事数であり、もちろん当ブログで最多数です。
『鋼の錬金術師』ウィンリィが立ち会った出産について産婦人科医学的に考察する
『鋼の錬金術師』イズミ・カーティスが失った臓器を医学的に推測する
『鋼の錬金術師』最終決戦でホークアイ中尉が首を切られた描写について考察する
『鋼の錬金術師』マスタング大佐の「焼いて塞いだ」について考える
この作品はアクション要素が強めのファンタジー作品でありながら科学を置き去りにしすぎない世界観なので、医学考察の余地がけっこうあります。
とはいえ、私としてはイズミ師匠の内臓考察がうまく書けた時点でハガレンはそこそこ語り尽くした感があったのですが、
流石は名作中の名作・ハガレンだけあってリクエストも多く寄せられ、それに応える形で記事を執筆してきました。
そんな中、最後に残った医学描写がこちらです。
コレとかコレとかでえらいことになってた2人と比べると刺さってる鉄骨が相当に太いので、
この怪我はなかなかの事態になっている可能性がありそうです。
そんなわけで本日は当ブログ最後のハガレン考察(多分)として、
エドワードに鉄骨が刺さったシーンについて考察しましょう。
なお、今回はイズミ師匠の考察でも協力してくれた、中学生の頃からのやっきーの友人で放射線科医であるI先生にも監修をもらっています。
受傷の経緯
では、エドワードがこの怪我を負った経緯を見ていきましょう。
舞台となったのは北の要塞・ブリッグズ。
主人公のエドワードはロリコンこと「紅蓮の錬金術師」キンブリーと対峙します。
エドワードはキンブリーの右手の錬成陣を使用不能にし、最大の武器である賢者の石も紛失させました。
これで勝利かと思いきや、キンブリーは奥の手として胃の中に隠し持っていた2つ目の賢者の石で周囲一帯を爆破。この賢者の石くさそう。
衝撃で気を失っていたエドワードが目を覚ますと、
キンブリーの部下であるハインケル(ライオンの合成獣)・ダリウス(ゴリラの合成獣)もろとも竪坑に落とされたこと、
そして左の脇腹に大きな鉄骨が刺さっていることに気付きました。
やむを得ず、一緒に落とされたハインケル・ダリウスの力を借りて鉄骨を抜き、
すかさず自身の生命エネルギーを利用した錬金術で治療を行ったことで一命を取り留めます。
とはいえこれは応急処置のみだったため、ハインケルらの伝手で医者にかかり、
腹に大穴が空いたにもかかわらずわずか4話でバリンバリンの本調子全開まで回復しました。
刺さった鉄骨
…冷静に考えると、いくら錬金術で応急処置したからといっても腹に大穴が空いたのにそんなすぐに元通りに回復するだろうかという疑問が湧いてきますね。
そんなわけで、エドワードの腹に鉄骨が刺さった描写を見ていきましょう。
受傷場所
まずは鉄骨の刺さった場所を確認したいのですが、
刺さったところは服で隠れっぱなしです。
それどころかエドワードはこの事件以降、連載終了まで一度も上半裸にはなりませんでした。
ラッシュバレーでは頻繁にパンイチになってたくせに何で急にガードが固くなったんだろう。
一番よく見えたシーンでもせいぜいこのくらいですよ。
これじゃどこを怪我したのかよくわかんねえ。
たいした意味もなくシックスパックを見せびらかしてた大佐を見習いなさい。
そんなわけで、今回の手掛かりはこの2コマだけです。
うーん少ない。
実に手掛かりの少ない状況ではありますが、不幸中の幸いなのが姿勢のおかげでエドのケツ(大殿筋)のラインがけっこう分かることです。
このコマを見る限りエドのケツはノーダメージのようですので、
左の大殿筋よりも頭側…つまり左側の腸骨稜(腰の後ろ側の骨のでっぱり)よりも上側に刺さっていることが推測されます。
加えて、鉄骨が刺さった場所も体の正中線からは明らかに離れていますし、
脊髄や大動脈などの大血管は避けられていそうですね。
というわけで、左側腹部あたりで損傷する可能性のある臓器を考えてみると、
胃、脾臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸が挙げられます。
さらに他の描写をたんねんに見返してみると…
思った通り、例の描写がありました。
荒川漫画あるある、大ダメージを受けると血を吐きがち。
お腹を怪我して血を吐いているということは消化器のどこかを傷つけた、
もっと言うと十二指腸の最後にある「トライツ靱帯」よりも口側を損傷した(トライツ靱帯以降の小腸・大腸に傷がついても吐血はせず、便に血が混ざる)ことが示唆されますので、
エドワードは胃か十二指腸を損傷したと考えられます。
そして十二指腸は体の右半分に位置しているので、エドワードが損傷したのは胃であると断定できます。
他の臓器損傷は?
というわけでエドの胃に大穴が空いたっぽいことは分かりましたが、事態はもう少し複雑です。
なぜなら、胃の背中側には脾臓・腎臓・膵臓などが存在するためです。
そもそも、外傷性胃破裂それ自体だけでもなかなかの大惨事になります。
胃は太い血管に覆われているので鉄骨なんて刺されば大出血は免れませんし、胃の内容物が腹腔内に漏れ出ることによる腹膜炎(お腹の中で胃液や細菌などが暴れ回る状態)も懸念されます。
一応、先ほど挙げた3つの臓器(脾臓・腎臓・膵臓)の中で、
この刺さり方を見る限り比較的体の中央にある膵臓は逸れている可能性が高いと見て良さそうです。
いやーよかった。
膵臓が損傷した場合、メチャクチャ強力な消化酵素がお腹の中にバラ撒かれる可能性があるので、傷を塞いだ程度だとほぼ死んでたところです。
しかし、上の画像を見る限りは脾臓か腎臓のどちらかは確実に損傷していそうですね。
脾臓や腎臓は血管のかたまりみたいな臓器なので、損傷すると(比喩でなく)死ぬほど出血する可能性があります。
錬金術による止血がどの程度強固なものかは不明ですが、さすがに脾損傷や腎損傷を受けた直後は絶対安静です。
エドワードの病状は?
以上の前提知識を踏まえて、エドに起きていたことを推測していきましょう。
キンブリーの爆破により、(恐らく)背後から飛んできた鉄骨がエドの左側腹部を貫通します。
ちなみに、こういう鉄骨のように先端の尖っていない棒状のものが刺さった傷を「杙創」と呼びます。
刃物が刺さることによる「刺創」に関しても「ヘタに抜いたら出血して危ない」という話は聞いたことがあるかと思いますが、
杙創は刺創よりもさらに断面積が広いため、刺さったものを抜いたら刺創以上にめちゃくちゃ出血します。病院に着くまでそのままにしておきましょう。
しかしそこはハインケルさん、軍人だけあってそのへんよく分かってる。
この後、エドは錬金術で無事な組織をつなぎ合わせて止血した模様です。
…ということは、ですよ。
吐血しているエドは確実に胃破裂を起こしているため、胃の内容物(胃液など)は胃の外に漏れ出しています。
そして傷が塞がったことで止血できたことに関しては良いのですが、胃の内容物はそのまんま閉じ込められています。
この場合、腹膜炎を起こすリスクが非常に高いですし、下手すれば敗血症で死にかねない事態です。
よって、すみやかに病院で緊急手術を行い、腹腔内を大量の生理食塩水で洗浄してドレナージ(細いチューブを通し、腹腔内にわずかに残った消化液を体の外に出す処置)しなければなりません。
ちなみに腎臓や脾臓の損傷については、血さえ止まってしまえば当面の危機は脱することができます。
もし腎損傷が起きていた場合、しばらくニーサンの血尿が止まらなくなるとは思いますが。
エドを受け入れた医者が行った処置は?
その後、ダリウス・ハインケルの伝手で訪れた病院(診療所?)でエドの治療が行われ、
バリンバリンの本調子全開まで回復したわけです。
しかしながら、エドの腹腔内には胃の内容物が漏れていることが想定されるため、
漏れ出た胃液などを回収するための開腹手術か腹腔ドレナージが必要です。
この老夫婦医師たった2人で開腹手術をする設備なんてさすがに無さそうですし、
よほど腹水がパンパンならともかく、超音波やCTがない中での腹腔ドレナージ手技は相当厳しいものがあります。
果たしてこの老夫婦はごく限られた設備で、どんな治療を行ったのでしょうか。
以前の記事では子宮や胃を失って出血死が必至なイズミ師匠の救命を行ったダブリスの医療技術を褒めましたが、
こんな小ぢんまりした診療所で外傷性胃破裂の管理を完璧に行えるあたり、
やはりアメストリスの医療技術は凄まじい水準にあると思われます。
まとめ
というわけで、本日は最後のハガレン考察、鉄骨が刺さったエドワードについて考察してきました。
錬金術で治療できたことと大血管を避けられているという観点から考えると、大佐やハボックの考察に比べていくぶん地味な結論ではありましたが、
とりあえずアメストリスで大怪我しても基本は大丈夫っぽいことが分かりました。
ともかく、全6回にわたってお届けしてきた『鋼の錬金術師』医学考察ですが、
未読の方はぜひこの機会に読んでみて下さい。
以下、関連記事です。
イズミ師匠の考察は今なお好きな記事ベスト3くらいに入っています。
『鋼の錬金術師』イズミ・カーティスが失った臓器を医学的に推測する
錬金術さえあれば出血に関しては何でもありかも。
『鋼の錬金術師』最終決戦でホークアイ中尉が首を切られた描写について考察する
『鋼の錬金術師』はおすすめ漫画ベスト100でも最上位につけています。
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ハガレンの考察ありがとうございます!これからのハガレン考察も期待してます!